第32話 高みの見物
私の迷宮に初めてのお客様がいらっしゃった。
数はおおよそ150。
その人達はそれぞれ別のルートに分かれて捜索を始めた。
『気をつけろ、どんな敵が来るか未知数だからな』
『後ろの警戒は任せてくれ』
『ああ、頼む。……しかし、思ったよりも暗いな。コナー、光をくれるか?』
『はい──光よ』
迷宮に入る前の余興が効いたらしく、このように調査隊の面々は最大の注意を払って進んでいた。
どうやら迷宮内なら敵の声は聞こえるようになるらしく、実際に迷宮を攻略している感想を聞けるようになっていた。
それを後に改装の案に加えて、よりよい迷宮作りを目指していこう。
次々と襲いかかる魔物を蹴散らして進んでいく調査隊の姿を、私たちはお菓子を食べながら、のんびりと眺める。
死んでしまった魔物達は、問題なく生活区の方で復活しているらしく、各々が反省を始めていた。真面目か。
ちなみに、そっちの方はグレン以外の鬼族に任せている。みんなで何が悪かったのか理解したら、ウンキョウやシキがビシバシと直接指導を始めていた。
いや、だから真面目かって。
クレハはみんなにおにぎりなどの差し入れを、スイレンには死んだ調査隊の装備を回収してもらっている。勿論売るためだ。私たちが生きるためには、お金が沢山必要だからね。稼げる時に稼いでおきたい。
グレンは説明役だ。
私たちは迷宮の攻略については何の知識もない。だから、ここをこうしたらよくなるとか、そういった助言をしてもらうために、グレンには残ってもらった。
マトイはただの暇人だ。
「調査隊はどのくらい頑張ってくれるかなぁ」
「ノーライフキングで終わるんじゃないですか? 中には相当な実力者もいますが、長く続く戦いは厳しいでしょうし」
「我はもっと下の階層で終わると思うぞ。なにせ、50層のミノタウロスは我が鍛えたのでな。やすやすと負けないだろう」
レインはいつの間にそんなことしていたんだ。
けど、レインに鍛えられたとあっては、ミノタウロスにとってはプレッシャーだろうな。何せ、ここの最大戦力に鍛えられたんだから、無様な敗北は晒せない。
配下の皆、迷宮の魔物達には、事前に今回の戦闘を監視していると伝えてある。そのお陰なのか、全員がやる気に満ちていて、昨日の魔物の生活区は夜中だろうと常に剣戟の音が聞こえていたらしい。
グレンもそれに付き合っていたせいで、今は眠そうだ。
「お、何か宝箱を見つけたそうじゃぞ」
マトイが指をさす。
いくつか表示していた画面の一つでは、四人組の冒険者パーティーが宝箱に手をかけようとしていた。
「中には何が入っているのですか?」
「んー、細かくは覚えていないけど、適当に核から作った武器や防具、付けると何かしらの効果がある装飾品とかだよ。ああ、何に使うかわからない物もポイッてしたかもしれない」
前の迷宮主が残していた意味のわからない物だったり、何で作ったのかわからなくなった物だったりを、流れ作業のようにポイポイしていた。だから、いちいち何が入っているのかなんて把握していない。もちろん、1層で取れる物と50層で取れる物の性能が同じだったら面白くないので、ちゃんとグレードの管理くらいはしているけど。
「随分と適当じゃのぉ」
「仕方ないでしょ、宝に回す魔力が勿体無かったんだから…………おっと、あの中身は武器だったか」
それは直剣だった。重すぎず振り回しやすい、多くの人に愛用されている武器の一つだ。
剣を手に取った冒険者風の男は、新しい武器に大変喜んでいる様子だった。
うむ、存分に感謝するがいい。
「……おい、セリア様?」
「ん? どうしたの、グレン?」
「セリア様は、今、適当に作った武器って言ったよな?」
「お、おう……そう言ったね……どうしたの、ち、近いんですけど……?」
ズイッと体を寄せて来るグレンに、何か言い知れぬ威圧感を感じた私は、体を後ろにそらす。
「あれのどこが、適当に作った武器なんだ?」
ええ……?
「あれは俺が使っている武器と同等の性能だぞ。それを適当に作ったとは……セリア様には驚かされる」
マジすかグレンさん。なんか可哀想だから、後で良い物あげるね。
「で、でもね? あれは私が一日分貯めた魔力だけで千本作れる程度の物で、武器に詳しくなかった私はそこまでいい物だとは気づかなかったんだよ」
「…………一応聞くが、その剣はどれくらいしたんだ?」
グレンの視線は、私の腰にある護身用の剣に向けられていた。
えっと、これは確か…………。
「私の魔力三日分かな。この迷宮で作れる最上位のやつだったから、結構使っちゃったよ」
そう言って鞘から刀身を引き抜く。これは私の魔力三日分、つまりあれの三千本がこの剣に詰まっていると考えられる。
それだけで、グレンの目の色が変わった。
「……ふむ、どれ、ちょいと貸してみぃ」
横からそれを見ていたマトイは、私の手から剣をヒョイッと取り上げる。
そして、刀身をよく眺めた後、軽く剣を何回か振り、静かに鞘に戻した。
「セリア」
「は、はい」
「やりすぎじゃ」
「誠に申し訳ございません」
まさか自重知らずのマトイに言われるとは思っていなくて、私は反射的に謝ってしまった。
言い訳みたいになるけど、私の身を守るために作ったんだ。妥協したものだと不安だったんです。
ちなみに、私の剣と同じくらいの性能を持った装備を、レインとアリスも持っている。
レインは武器を必要としないので、私の剣と似た……いわゆるペアルックというものと、装備者の力を何倍にも引き上げる最上級の防具と装飾品を。
アリスにはいくつかの暗殺用の武器を。それと、素早さが何倍にもなる防具、隠密性能が上がる装飾品等々。
「……これならば……を、……も…………」
「え、マトイ、今なんて……?」
「──っと、なんでもない。とにかく、これを使う時はなるべく自重するようにな。己の身を守るのだから、半端な物は扱いたくないという気持ちはわかるのでな」
「う、うん、わかった。なるべく気をつけるようにするよ」
いつもおちゃらけたマトイとは違った真剣な雰囲気に、コクコクと頷いてしまう。
「……ご主人様、そうしている間に調査隊の方々が5層を突破したようです」
「おお、やっとそこまで到達したか」
アリスが指差した箇所を見ると、鎧を着込んだ数人が、6層に転移するための魔法陣に立つところだった。魔眼で見た感じ、あまり反応は強くない。それにしては、よくここまで来れたと思う。
「あれは騎士団の方かな?」
「だと思われます。冒険者で一番先を行っているのは……このグループ、3層ですね。騎士団と比べて随分と遅いようですが……」
「……だが、冒険者の方が迷宮を攻略する上では正解だ」
「え、そうなの?」
「……ああ、迷宮は何が起こるかわからない。どこにどのような罠が仕掛けられているかわからず、いつ敵が襲いかかるか不明だ。だからこそ、常に体力を温存しながら進まなければ……ほら、ああなる」
それは先程の騎士団だった。
次々と襲いかかる魔物達に、彼らは徐々に疲弊していき、やがて一人が致命傷を受けて倒れた。そこから戦況は一気に変わり、やがては魔物の物量の前に全員が倒れた。
核に魔力が流れ込む。……やっぱり、あまり多い魔力量ではなかった。
「なるほど、異様に早かったのは、無理して突っ込んでいたからなんだね。それでさっきみたいに息切れがきたと」
「その通りだ」
「……私達がここを攻略した時は、そんなこと一切考えなかったなぁ」
「懐かしいですね。あの時は、昆虫軍団にセリア様が──むぐっ!?」
「わーわー! それ以上はダメ!」
私は黒歴史を暴露しかけたレインの口を慌てて抑える。
「危ない危ない……虫が怖すぎて気絶した、なんて恥ずかしくて言えないからね。ほんと、虫はダメだよ。この世界に必要ない生物だと思うよ。見つけ次第、削除だよね」
「…………セリア、心の中、全て流れておるぞ」
「…………おーう、やっちまったぜぃ」
「お茶目なご主人様、可愛いです」
「恥ずかしいからやめて……」




