第31話 始まりの時
三日が経った。
今、下の階層は魔物たちが騒々しく駆け回っている。
その理由は、外に大勢の調査隊が待機しているからだ。
スイレンと私が予想した通りの日程に、奴らはのこのことやって来た。
ただ三日間何もしていなかった訳ではない。各々が準備を整え、この時を待っていた。…………私以外は。
ええ、私は何もやっていませんでしたよ。
だって何もやることがないんだもん。
レインやアリス、鬼族といった配下のみんなが色々とやってくれて、私はその確認だけしていた。
ぶっちゃけ報告書を渡されてもわからないから、適当に返事していたけど。
だから、ほとんど何もやっていない。
毎日のようにマトイが遊びに来るから、接客くらいはしていたかな。他から見れば、ただ友人と遊んでいる奴だと思われているかもしれない。というか十中八九そう思われている。
「ご主人様、外の様子を見て来ました」
「ああ、アリス。お前は私の天使だよ」
「──っ!? い、いきなり何を言い出すんですか! 今日のご飯のリクエストくらいしか聞いてあげませんよ!」
リクエストは聞いてくれるのね。
「じゃあ、ステーキがいい」
「わかりました。それで、いきなりどうしたのですか?」
「いや……私って最近何も働いてないじゃん? それなのに、今も変わらずに慕ってくれるのが嬉しくて」
「なんだ、そんなことですか。私がご主人様を嫌いになるはずないですよ」
「うう、アリスぅううう! ステーキは特大のやつがいいよぉおおお!」
「はいはい、お任せください」
私のメイドはとても優しいのを再確認した。本当に可愛いなぁ。
「それで、外の様子なのですが……」
「あ、うん。どうだった?」
「予定通り、冒険者と王国騎士団の両名が集まっています。冒険者が約百名、騎士団がその半分といったところでしょうか」
「随分と多いね……」
特に冒険者の数だ。
けど、納得も出来る。何日も豪遊できる金が貰えるんだから、臆病者以外は参加するに決まっている。
「それと、冒険者の中にセリア様を愚弄した頭の寂しい連中もいました。確実に罪を後悔させるため、マーキングは完了してあります」
「あ、はい。程々にしてあげてね。まぁ、どうせ死ぬか撤退するかのどっちかになるんだろうけど」
迷宮内で死んだら、魂が魔力体となって迷宮核に吸収される。そうすれば私の負担が減るので、全員を無事に帰すつもりはない。
引き際を心得ている人たちは帰っちゃうだろうけど、それはそれで私の迷宮の宣伝役になってくれるから問題ない。
「玉座の間に移動するよ。お客さんを迎える最後の仕上げをしなきゃね」
「仕上げ……いよいよやるのですね。それでは、核の用意もしておきます」
「うん、よろしく頼むよ」
「……では、お先に失礼します」
アリスが転移する。一分後くらいには全員が集まるだろう。
それまでに私も身支度を整えて、長丁場になった時のために大量のお菓子を抱えて玉座の間に転移する。
「──ん!?」
「──ぬ!?」
「──む!?」
そこには私と同じように大量のお菓子を抱きかかえたマトイとレインの姿があった。
なぜかマトイはクレハの前で正座をしている。レインはそれを見て困り顔だ。
嫌な予感がするのは私だけだろうか。
「…………何を、しているの?」
「それはこっちのセリフじゃ」
「我はセリア様が喜ぶかと思い……!」
「はぁ……三人して何やってんだ」
その場にいたグレンに呆れられてしまった。
マトイが来ているのも驚きだけど、まさか同じようにお菓子を持って来ていたとは……つくづく似た者同士だな。
レインは私のことを思ってくれたみたいだし、ありがたく受け取るとしよう。
「先ほどマトイ様に怒りましたが、セリア様には流石に怒れませんね……」
やっぱりマトイはお菓子のことで怒られていたのか。……危なかった。クレハの主人になっていてよかった。
「なんでじゃ!? なんでセリアは許され、妾は怒られるのじゃ!? ──これは差別じゃ! 獣人は差別に敏感なんじゃぞ!」
聞きたくないブラックな部分を聞いてしまった。
獣人やエルフなどの『亜人』と総称される種族は、人間からの差別で奴隷にされやすい。私が少し前に行った奴隷商人の所でも、亜人が七割を締めていた。
離れて暮らしていたところをいきなり集落を襲われて、そのまま商品行き。なんてことが時々あるらしく、亜人の中で最も大きな問題となっている。
私は亜人とか気にしないけれどね。みんな可愛いから良いじゃんと思うけれど、一部の連中は違うらしい。
「ま、まあ……どうせ長丁場になるんだし、何かつまむ物があっても良いじゃん。マトイもそう思って持って来てくれたんでしょう?」
「そ、そうじゃ! 妾は皆のことを思って、菓子類を大量に持って来たのじゃ! 決して独り占めしようなんて考えておらんかったわ!」
「…………そういうことならば、もう何も言わないことにしましょう」
──ほっ。
とりあえずこれで怒られることは回避した。マトイもこれ以上何も言われないことに安堵したのか、静かに胸をなで下ろしている。
「これを床に並べるのも衛生面上、よくありませんね……何かテーブルを────」
「持って来ました」
「ああ、アリス様。ありがとうございます。では、私は全員分の椅子をお持ちしますね」
「ええ、お願いします」
タイミングよく、アリスが大人数が使う用のテーブルを持って来てくれた。途中から姿が見えないと思っていたけど、わざわざ探しに行ってくれていたのか。
「ありがとう、アリス。いつも行動が早くて助かるよ」
「いえ、私はご主人様が望むことをこなすのが勤めですので」
「それでもお礼は言わないとでしょ? ありがとう」
「…………今日のステーキは最上級の物を用意いたします」
私は心の中でガッツポーズをした。
別に狙った訳じゃないけど、こうして今日の晩御飯がグレードアップしたのは喜ばしいことだ。
私はお菓子をテーブルの上に並べながら、迷宮核と同調して千里眼を発動して、全員が見れる巨大な画面を映し出す。
「おお、これは便利じゃな。どこでも好きな場所を見れるのか?」
「そうだよ。私の眼と繋がっているから、気になる所があったら言ってね」
今は外に集まっている連中が画面に映っている。
ちょうどそれぞれの代表が戦闘の前の激励みたいなものを言い終えたらしく、全員が得物を構え、今にも迷宮の中に押しかけて来そうだった。
「レイン、アリス、始めるよ」
「ええ、セリア様の思うがままに」
「私はご主人様と共に参ります」
迷宮核に手を伸ばす。
──さあ、最後の仕上げを行おう。
私は今まで、内部の改装しかしていなかった。今回やるのは外部、迷宮の見た目を変えることだ。
今の迷宮はシンプルな塔の形をしている。
塔という形はそのままにして、塔の長さを増加させ、外見を全く別のものに変更する。
全てを呑み込むかのような黒。禍々しい深淵をイメージしたその塔の入り口には、今にも侵入者を喰らわんとアギトを大きく開けた凶悪な竜の姿が描かれていた。
「──黒雲よ、巻き起これ」
「──鳴れ、轟雷」
二人が練り上げていた魔法が完成する。
それによる変化はすぐに訪れた。
迷宮を中心として、真っ黒い雲が渦を巻きながら出現する。明るい青空が広がっていた晴天は、一瞬にして暗闇に染まった。
轟雷が辺りに鳴り響き、凄まじい破壊力のある光の筋が、何度も雲の中で発生している。
それが起こり、大地を轟かす轟音が鳴る度、調査隊の面々は恐れおののき、中には腰を抜かして地面に座り込む者もいた。
『────っ、────!』
代表らしき人が何かを叫んでいる。
おそらくそれは激励だったのだろう。それまで戦意を喪失していた調査隊の面々は、またもや武器を手に取り、迷宮の入り口を力一杯睨みつけていた。
私は入り口を開放する。
それと同時に流れ込んで来る侵入者。
「さあ、いらっしゃい」
どうか、存分に楽しんでいってくれ。




