第30話 暇人=魔王
「セリア〜、遊びに来たぞ〜」
夕食も食べ終わって自室でゆったりとして時間を過ごしていた時、そいつは来た。
マイペースに私の部屋に入って来たのは、つい先日協力者になったお人好しな獣人の魔王、マトイだった。
唐突すぎる来訪に、ベッドで横になりながら本を読んでいた私は、そのままの体制で固まる。
「ぬ? なんじゃ変なものでも見るかのような目をしおって。お主の唯一の友、マトイ様が来てやったのだぞ? ほれ、何か歓迎せい」
「なんか勝手に友人扱いされているし……というか勝手に唯一とか言わないでよ。私にだって友人の一人や二人は…………」
言って気づく、私に友と呼べる人がいないことに。
「うん? 一人や二人はどうした?」
「──コホンッ、そ、それは良いとして、なんでここに来たのさ」
「誤魔化したな? まぁ、良い。どうせ友など居ないと思っていたからのぅ。……それで、妾がここに来た理由じゃったか。それはな、暇なのじゃ。ものすごく暇なのじゃ」
「あ、そう……」
そんなことだろうと思ったよ。
この魔王様は自由だ。
きっと、マトイの部下の人達も苦労しているんだろう。
ほら、そんなことを思っている間に、こっちに走ってくる音が聞こえてきた。
「──マトイ様! なにいきなりこっちに来ているんですか!」
入ってきたのは、予想通りクレハだった。
相当急いできたのだろう、息も絶え絶えで、元の主人を咎めるように見ている。
「なんじゃ、いつどこで妾が何をしようと勝手じゃろう?」
「せめて事前報告の一つくらいしてください! よりにもよって、なんでお風呂に入っている時に来るんですか! あなたが勢いよくドアを開けたせいで、洗面所にいたグレンに裸を見られてしまったじゃないですかぁ!」
グレン……また変なタイミングで居合わせちゃったのか。ほんと災難だな、あいつ。
今頃、グレンの水死体が風呂場から発展されていても、私は驚かないよ。
「ご主人様! グレンさんが、グレンさんがお風呂の中で上半身だけ地面に埋まって…………!」
アリスが血相を変えて部屋に入ってきた。ほらね、やっぱりこうなった。
ちょっと想像以上の被害になっているけど、私は驚かないよ。
「……アリスはグレンの介抱をしてあげて。起きたら記憶があるかの確認、その後クレハの全てを見た感想を聞いておいて」
「ちょっとセリア様!?」
クレハが騒ぐ。だって私も見たいんだもん。グレンだけずるい。
……いや待て? 私は女だから堂々と見ても犯罪じゃないのでは?
よし、早速今日から実行に移すとしよう。
アリスは何が起こったのか何となく察して、すぐにグレンの救出に向かった。
「お? なんじゃクレハ。随分と可愛らしいものを着ておるのぉ」
「ちょ、あまりジロジロ見ないでください……恥ずかしいんですよ、これ」
アリスが新調した巫女服は、上半身の部分は動きやすいように肩出しで、下は足が隠れるくらい長い袴だったけど、重量はあまりなさそうだった。
さすがアリス、クレハ独特の可憐さを無駄にしないように、派手過ぎない服の構成にしてある。
「よいではないか。前の服よりも似合っておるぞ。その服を作った者をこちらに迎え入れたいくらいじゃ」
「ダメだよ。うちのアリスは絶対にあげません」
「アリス……ああ、思い出した。元はギー坊のところにいた魔族か。真名は確か……アイリスじゃったか?」
「……アリスのことを知っていたの?」
「知っているも何も、ギー坊の側近の中でも、三強に入っておったからのぉ。何度か魔王同士の会議に出席しておったから、名前と顔くらいは覚えておるよ」
……アリスってそんなに強かったのか。
いや、魔族ってのを見たことがなかったら、その種族が全員このくらい強いのかな? とは思っていたんだけど、やっぱりアリスが特別だったんだね。
「しっかし、あやつはその時より別格の強さになっておるではないか。あれはどういうことじゃ?」
「あはは……まあ、企業秘密ってことで」
「…………ふむ、あえて話さぬか。よいよい、まだ警戒されているとしても、これから信頼を培って行けば良いのだからな」
なんか悪い気がするけど、マトイの言う通り、私はまだ魔王を信頼出来ていない。
鬼族のみんなを与えてくれたのは嬉しいけど、それだけで完全に頼り切れるほど、私はお人好しではないよ。
「じゃが、セリアのもう一人の従者ははっきり言って異常じゃな。あれは魔王に至ってもおかしくない存在……いや、魔王という器さえも超える逸材じゃ」
「それについては私も同意見だよ。本当に、私には出来過ぎた従者だ」
「それでもなお、己の従者と呼ぶか。主らの絆はそれほど強くなっておるのじゃな。それは良いことだと思うぞ?」
「……ありが────」
──ドガァアアアアンッ!!
「なんじゃ!?」
突如として百層に響いた轟音に、マトイは驚いて飛び上がる。
「ああ、レインが料理に失敗したんだね」
「たわけ! 料理の失敗ごときでこんな音がするかっ!」
私がお茶をすすりながら答えると、あり得ないと怒られた。
……うん、普通はこういう反応するよねー。わかるわかる。
「これは敵襲ではないのか!? よし、妾が追い返して────」
「セリア様。レイン様が料理に失敗した」
「マジじゃったぁああああ!?」
スイレンが報告に来て、マトイが頭を抱えて悲痛に叫ぶ。反応が面白い。
「……今回の被害は?」
「調理室でアリス様に見守ってもらっていたが、アリス様が目を離した瞬間にレイン様が余計なことをし、爆発。アリス様は瞬時に己の身を守ったが、すぐ横で介抱されていたグレンは守れず、結果吹き飛んだ」
おおぅ、本当に災難な男だな、グレンは。
本人は何も悪いことはしていないのに、ここまで不幸が降りかかるものなのかねぇ。
「わかった。レインは調理室一週間出禁。グレンはリビングに移動させて、誰かが診ているように。スイレンはアリスのお手伝いをしてあげて」
「御意……」
スイレンが消える。
すぐに遠くから「なぜだぁああああああ!」というレインの叫びが聞こえて来た。
……これで大丈夫かな。
「なぜ、普通に対応できるのじゃ。……わからん、妾の友人の居る環境がわからん」
「マトイ様、そのうち慣れます」
クレハの声が、なぜか妙に優しかった。
「おお、クレハが珍しく優しいぞ。いつもは怒ってばかりじゃったというのに……」
「マトイ様がワガママすぎるからです。いつもいつもお仕事をせずに遊びに行って、連れ戻す配下の身にもなってください」
それで良いのか魔王よ。
「セリア様は素晴らしいですよ。いつもは堕落した生活を送っていますが、仕事はしっかりとこなしてくれます。マトイ様とは大違いです」
いつも堕落した生活してしまい、誠に申し訳ありません。
けど、治すつもりはないよ。なんせ迷宮主ですから!
「むう……じゃが、妾は直そうとは思わんぞ。なんせ魔王じゃからな!」
…………意外と私とマトイは気が合うかもしれない。
「胸を張って言わないでください。いい加減怒りますからね!」
クレハの背後に般若が現れた気がした。
「「はい、すいませんでした」」
元主人と現主人の二人は、即座に土下座したのだった。
前から予告していましたが、本日2月10日をもって毎日投稿を停止し、週一投稿となります。
ストックが無くなったのです……!申し訳ありません!
『転生エルフさんは今日も惰眠を貪ります』
に関してはまだ毎日投稿を続けます。これも週一投稿することになった場合、事前にお知らせします。
詳しい日程は活動報告とマイページの方に記載するのでチェックお願いします!




