第25話 来客
「外に変な奴らが集まっている?」
朝一番、アリスに緊急の連絡があると叩き起こされた私は、寝ぼけ眼でそれを聞いていた。
どうやら、迷宮の入り口付近に変な武装をした奴らがたむろっているらしい。
「はい。いかがなさいますか?」
「冒険者じゃないの?」
「身なりは冒険者に似ているようですが、レイン様が言うには冒険者ではない何かを感じる、とのことです」
「何か、ねぇ……」
何との曖昧な情報だけど、レインの言葉なら信用に値する。……にしても、武装した集団か。
「それで、いかがなさいますか?」
「……一回、様子を見る。アリスは迷宮核を持って玉座の間に来て」
「かしこまりました。それでは失礼します」
アリスの姿が消える。
私はベッドの上で腕を組み、首をかしげる。
「このタイミングで侵入者? ……いや、入り口にはギルドの関係者が見張っているはずだから、そんな馬鹿なことするか?」
だとしたら偵察? そうだとしても結局は中に入れないので、意味はない。見れるとしても迷宮の外見だけだろう。
まさか王国の騎士団が来たのかな。それで、騎士だとバレないように変装しているのか。可能性としては十分にありえる。でも、やっぱりここを訪れる意味がわからない。
──それか全くの部外者か。
「確かめてみないとわからない、か」
私は寝間着から着替えて、レインとアリスが待っている王座の間に転移する。
「おはようございます、セリア様。朝早くから申し訳ございません」
「いいよ、知らせてくれてありがとう。それで、奴らはどうした?」
「依然として外で待機しているようです。警備の者がいるからでしょうか、入ってこようとはしませんね」
「ふむ……」
アリスが持って来た迷宮核と同調して、私は『千里眼』を飛ばす。こうすることで、私が視ている光景を核が映し出して、二人にも見えるようにしているのだ。
……えっと、変な集団、変な集団と……ああ、いた。
連中は黒いローブを身に纏い、何かを話していた。音声までは聞き取れないので、何を言っているかはわからなかった。
「確かに怪しいね……」
「レイン様の言う通り、冒険者には見えませんね。王国の騎士団でしょうか?」
アリスが私の予想と同じことを言うけど、レインは首を横に振った。
「いや、おそらくそうではないだろう」
「どうしてそう思うの?」
「奴らの動きは騎士というよりも、武人に近いのです。我は少しばかり人に武術を習っていた時期があったので、違いがよくわかります」
残念ながら私には、武術の心得というものを持ち合わせていない。だから、レインの考えに同意することは出来ないけれど、魔眼で見た反応から、あの連中は相当な手練れだと判断出来た。
「……ってことは、今回の調査とは全くの部外者なのかな」
「そうではないかと思われます」
……ふむふむ、さて、どうするか。
部外者たちはギルドの関係者に見えないように潜んでいるし、いつまで経っても中に入ってくる気配はない。
「いっそのこと、何しに来たのか直接聞いてみる?」
「相手は武装もしていますし危険な手段ですが、それが手っ取り早いのではないでしょうか? それならば、我が行って来ましょう」
「いや、レインは出なくていいよ。その代わりアリス、頼めるかな?」
「……え、私ですか?」
まさか自分が指名されるとは思っていなかったのだろう。アリスは映像に集中していて、反応が遅れて帰って来た。
「相手の実力が未知数なので、レイン様が適任だと思いますが……」
アリスがそう言い、出番がないことに不服なのか、レインはその発言に頷いている。
「確かにレインに行かせるのが一番安全なんだけど──レイン。お前は静かに戦える?」
「……相手が思ったよりも手強かった場合、少々手荒になってしまう可能性がありますが」
「じゃあ、ダメだ」
「なぜです!」
「…………ああ! そういうことですか」
っと、ここでようやくアリスが私の考えを理解してくれた。
「レイン様、今彼らがいる場所を考えてください。あそこはこの迷宮の入り口近く、つまり冒険者ギルドの関係者が見張っている場所の近くです。ご主人様は荒事にせず、なるべく穏便に済ませようとお考えなのでしょう」
「ご名答。さすがアリス。ご褒美になでなでしてあげる」
「いえ、それは恥ずかしいので、二人きりの時にお願いします。必ず」
うん、なでなではして欲しいのね。遠慮しないところが可愛い……って今はそれどころじゃない。
「奴らはずっとあそこから動いていないんでしょう? ただの偵察なら、もう帰っているはずだ。無理やりに攻略したいなら、危険な手だけど見張っている関係者の意識を奪えばいい。……それに、私には彼らが何かを待っているような気がするんだ」
「何かを待っている、ですか……」
「うん、だから秘密裏に接触して、ここで何を知るつもりなのかを聞きたい。敵対してくるようなら、無力化してここに連れて来て」
「かしこまりました。それでは、行ってまいります」
メイド服の両端を摘まみ、優雅にお辞儀をしてアリスの姿が搔き消える。
映像に目を移すと、ちょうどアリスと謎の集団が接触するところだった。
連中は話しかけられるまで存在に気づいていなかった。あの子の隠密性能はある意味、チートかもしれない。奴隷になる前は魔王軍で働いていたって聞くけど、実は幹部クラスだったりするのかな?
黒ずくめの連中は反射的にそれぞれの得物を構えるけど、アリスに敵意がないのを悟ったのか、警戒は解かないまま武器を下ろす。
「……よかった、一先ずは友好的に対話できそうだね」
「アリスは流石ですね。奴らが武器を構えた時、それよりも速く暗器を飛ばし、いつでも背後から刺せる準備を完了させていました」
「え、マジで? 私には何も見えなかったけど」
「我も微かに視界に捉えられた程度なので、セリア様が見えないのも仕方ないかと」
レインですらやっと視認出来る速さ? いくら魔族と言えど、それは強すぎじゃないか?
そんなに私の魔眼による『進化』の影響が強く出ているのか。
主人より配下の方が強いってどうなの? とは思うけど、私はただの村娘だったからなぁ……まずスタートが違いすぎる。ここは割り切って「私の配下ヤベェ!」くらいに考えておこう。
「……どうやら、話が纏まったようですね」
見ると、アリスが集団を連れて迷宮の裏口に歩き始めた。
このままここに連れてくる気かな? アリスが大丈夫だと判断したなら、大丈夫なんだろう。
「──ご主人様」
アリスが一人で転移して来た。どうやら、お客人は別室に置いてきたらしい。千里眼でさっきの人たちの様子を見ると、緊張しているのか微動だにせず用意されたソファに腰掛けていた。
「おかえり、無事でよかったよ。それで、どうしたの?」
「はい、話を聞いたところ、ご主人様と話がしたいとのことでしたので、勝手ながらお招きしました。不快でしたらすぐさまおかえり願いますが……」
「いや、いいよ。アリスの判断で招いたのなら、私は文句を言わない。お客様を呼んでくれるかな?」
「かしこまりました。それでは、少々お待ちください」
そういえば迷宮主として人と会うのは初めてかも。……あ、ヤバい。緊張してきた。




