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第24話 図書館

 なんとか二人の暴走を止めることが出来た。


 これからは私も変に二人を刺激しないように報告しないといけない、と反省をして図書館に転移する。

 やっぱり魔力を使い果たしたせいで調子があまり良くない。だから少しの間、本を読んで休息しようと思った。怠けることに厳しいアリスもそれを察してくれたのか、何かあったらこっちに来るとだけ言って仕事に戻った。


「今日は何を読もうかな……」


 まだ読んでいないジャンルの本を読むのも良い。気に入った本を読み返すのも悪くない。

 そうして様々な本を手にとって、いつも私が本を読む場所に行くと、遠くの方でヒソヒソとした話し声が聞こえて来た。


「……?」


 気になったのでそこに行く。

 そこでは、子供達がそれぞれ異なる本を読んでいた。

 子供達、と言っても人間ではない。体は人の形をしているのに顔は犬の『ワーウルフ』という、そこまで強くない部類に入る迷宮の魔物だ。

 その子達は図書館では静かにするという約束事を守りながら、時々面白いと思った場面を話し、楽しみを共有していた。


「……そういや、ここに私以外が本を読みに来たのは初めてかもな」


 図書館は95層に設置してあるので、迷宮に住む者なら誰でも利用可能だ。

 けれど、私が毎日のように利用しているからなのか、遠慮してしまってあまり魔物は来なかった。たまーに興味心を抑えきれずに来るのもいるけれど、それだけだ。

 ワーウルフの子供達は、年少組では初めてのお客さんだ。たった三匹だけど、興味を持って来てくれたことがなんか嬉しくて、同時に何を読んでいるのか気になった。


「──だ、誰!」


 ワーウルフの一匹が私の気配を感じたのか、警戒したように振り向く。犬なだけあって、感覚は人間よりもはるかに上らしい。一匹が気づいたことで、全員が完全にこちらを向いているので、このまま隠れていると余計に警戒されてしまうな。


「ごめんね、邪魔をするつもりはなかったんだよ」

「「「──っ!?」」」


 私の姿を見た瞬間、三匹は即座に私の前に駆け寄り──平服した。


 ……って、えぇ?


「ご、ごめんなさい! かってに入っちゃって!」

「せりあ様にらんぼうな口をきいちゃってごめんなさい!」

「命だけは許して!」


 …………えぇ〜〜、なんでそんなに怖がられているの? 私って何かしたっけ?


「別に謝る必要はないよ。ここは誰でも利用できるように作ったんだから。むしろ興味を持ってくれて嬉しいよ」


 出来る限りの笑顔を作って、子供達を安心させようとする……けれど、全然安心しているようには見えなかった。

 こういう場合は……共通の話題を出せばちょっとは距離が縮まるかもしれない。


「何を読んでいたの? 随分と集中して読んでいたみたいだけど……」


 テーブルに置かれたままの本を手に取り、パラパラとページをめくる。


「へぇ……ギーブルの大冒険か。私も小さい頃によく読んだなぁ……」


 この本は、各地を旅していたギーブルという冒険者の物語を、面白おかしく絵本にしたものだ。

 冒険している時のワクワク感が細かく書かれていて、初めて読んだ時は、まるで自分が実際に冒険したような感覚になり、興奮したのを覚えている。


 それで一時は冒険者になりたいと思ったけど、まさか冒険者の敵になるとは思っていなかった。人生何が起こるかわからないものだなぁ。


「せりあ様も読んだことがあるの……?」

「うん、読んだよ。面白いから何回も読んだな。……でも、結構難しい表現があるけど、そこは大丈夫?」


 まだ小さいから、難しい表現や文字はわからないだろう。

 三匹は黙っているけど、顔が物語っている。


「そうだ! せっかくだから読み聞かせしてあげるよ」

「──いいのっ!?」

「もちろんっ! 面白いのにわからないってのは嫌だからね。どうせなら気になっている作品も持って来ていいよ」

「うんっ!」


 子供達は大きく頷き、走らないという図書館のルールを守りながら、それでも早歩きでそれぞれの気になっている本を持って来た。気づけば私達のテーブルには、本が山のように積まれていた。


 ……これは、今日中に終わるかな?


「よしっ、それじゃあギーブルの大冒険から読んでいくよー」

「「「はいっ!」」」


 こうして私はゆっくりと、そして時に抑揚をつけて絵本を読み聞かせしていった。時々、わからない場面の質問をされたり、どうしてこんなことをするのかの疑問を説明したりと、わかりやすく解説しながら読んでいたら、あっという間に外は暗くなってきていた。


 本の山はまだ半分しか減っていない。流石に多すぎたか?


「ねぇねぇ、次は!?」

「お話の続き見たい!」

「あはは、わかったよ。えーと、この本の続きはどこに──」

「ガブ〜、グブ〜、ゲブ〜? そろそろご飯の時間よー」


 続きを探している時に、図書館に別の人が入って来た。声からして女性だ。

 どうやら本を読むために来たのではなく、誰かを探しに来たらしい。……ってことは、この子達のお母さんかな?


「あ、ママだ!」

「おむかえに来たのかなぁ?」

「こっち、こっち!」

「こら、図書館では静かに、だよ」

「「「ご、ごめんなさい!」」」


 この子達の母親もワーウルフだろうから、今の声で方角はわかっただろう。だったら、ここで待っていた方が良さそうだな。


 ……そうか、もう晩御飯の時間か。

 今日のご飯はなんだろう? アリスの作る料理は全部美味しいから、今から楽しみだ。


「あら、ここにいたの──せ、セリア様!?」


 お母さんは私を視界に入れた瞬間に跪いた。

 さすがワーウルフ、身体能力が凄い。一連の動作が見えなかった。


「あなたがこの子達のお母さん?」

「はい! そうでございます!」

「そっか、じゃあ残念だけど、今日はここまでかな」


 そう言ったら、子供達が「いやだ!」とか「まだ本を読みたい!」とか、子供らしいわがままを言ってくる。

 その度、お母さんの顔面が蒼白になっていくので、少し可哀想になってきた。


「親を困らせたらダメだよ。また今度読み聞かせしてあげるから、今日のところはおしまい」

「ほんと!?」

「また読んでくれるの!?」

「やくそくだよ!」

「うん、約束。せっかくだからお友達も呼んで良いよ。図書館はみんなが利用するものだからね」


 一匹ずつ指切りをして、子供達は母親に連れられて魔物の生活区に帰っていった。

 ……やっぱり、誰かと本を読むのは楽しいな。


「ご主人様、お食事の時間が──どうしたのですか? 随分と機嫌がよさそうですね」


 ちょうど良いタイミングでアリスが迎えに来た。

 アリスは常に気配を消して行動しているので、接近に気づかずにニヤニヤした顔を見られてしまった。


「ふふっ、何でもないよ」

「…………?」


 そうして私は、リビングに転移した。

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