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第23話 団欒

「今帰ったぞ。アリス、今日の飯はなん──なんなのだ。この状況は……」


 私達が抱きしめあっている時、レインがリビングに転移してきた。

 仕事帰りのお父さんみたいなことを言いながら入ってきたレインは、予想外の光景に目を丸くして固まっている。


「これは我も混ざった方が良いのか? ……いや、むしろ混ざらなければ、何かに追いつけない気がしてきた」

「混ざらなくて良いよ。レインに抱きしめられたら全身の骨が砕ける。それと、おかえり。外はどうだった?」


 レインに力一杯抱きしめられたら奇跡が起きない限り死んでしまうので、私はアリスから慌てて手を離し、席に座り直す。

 アリスは一瞬名残惜しそうにしていたけど、すぐに仕事モードに切り替えて配膳の続きをし始めた。割った皿はいつの間にか跡形もなく消えていた。プロってヤベェ。


「ただいま帰りました、セリア様。外は相変わらずでした。ここを誰が先に攻略するか。もしくは誰が一番進めるか。その賭け事に本気になり、結局は喧嘩に発展していました」


 ……なにやってんの冒険者は。というか仕事しろよ。なんで昼間っからそんな賭け事しているんだよ。ニートどもの集まりか?


「ご主人様も人のこと言えませんよ」


 キッチンの方から、アリスさんの辛辣な一言が。セリアは一万のダメージを受けた。


 というか本当になんで心読まれているの?


「顔を見ればわかりますよ。ご主人様は特にわかりやすいですからね。この程度、誰にでもわかるんじゃないですか?」

「マジか、そうなの? レイン」

「えっ!? え、ええ、勿論です。セリア様の腹心である我が、主人の御心を見抜けないなんて、そんなことはあり得ません」


 汗ダラダラの視線動きまくりだった。……これは怪しい。


「じゃあ、私が今、何をしたいか言ってみ?」

「うぐっ……」


 レインは一歩、後ずさる。今、この子の脳内では、必死に最適解を探していることだろう。

 その姿は、完全に逃げ場をなくした獲物のように見えて、少し面白かった。


「ほ、ほら! せっかくアリスが作ってくれた料理が冷めてしまいますから、早く食べてしまいましょう!」


 …………あ、逃げたな。まぁいいけど。

 料理が冷めちゃうってのは私も同意見だし、お腹も空いてきた。


「はい、ではみんなで食べましょう。昨日はご主人様が珍しく無理をされたので、疲労回復に効く茶葉を使った飲み物を用意しました。お昼ですが、ご主人様は今まで寝ていたので、そこまで重くないものを。それでいてしっかりとお腹に溜まり、食生活が不安なセリア様のために栄養のしっかり取れるパエリアを作りました」


 なんか、所々に棘がある気がするのですが…………それでも私のことをしっかりと考えてくれていて、レインの大食いのことも視野に入れて、料理を作ってくれている。

 新鮮な野菜、生きのいい魚に、上質なお肉。それに加えてスープを米と合わせ、炊き込んだものだ。

 使う具材が多くて、その分、手間がかかる料理だ。


「いただきます」


 大皿に乗っているパエリアを小皿に取り分け、口に含む。


「うん、美味しい。美食家みたいに言葉では表せられないけど、すごく美味しいよ」

「初めてこれを食べたが、うん、とても美味だ。様々な素材の味が無駄なく引き出されていて、いくらでも腹に入ってしまいそうだ」


 レインさん、めっちゃ美食家みたいなこと言いますやん。

 けれど本当にその通りで、寝起きでもたくさん食べられる濃すぎない味だ。レインの言う通り、いくらでも食べられる気がする。


「ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいです。たくさん作ったので、遠慮なさらずに食べてくださいね」


 こうして私たちはアリスの料理を楽しんだ。

 食後のデザートは、甘くした牛乳を冷やして固めたアイスクリームだ。熱いものを食べた後の冷たいものは格別で、頭がキーンとなるほどたくさん食べてしまった。レインは頭が痛くなっても気にせず夢中で食べたせいで、後に地獄を見ていた。

 アリスはその様子を見て、とても楽しそうに笑っていた。


 ──今の生活は、この世界の誰よりも充実している。


 そう思えてしまうほど、心地良い時間が流れていった。


「……そういえばセリア様。外に行っている時、妙に気になることがありました」


 それは食後の休憩時、アリスは食器を洗いに行き、私は食べ過ぎで膨れた腹をさすっていた時だった。

 不意にレインが思い出したようにそう言い、それがキッチンの方にも聞こえたのか、アリスは水に濡れた手を拭きながらこちらに寄って来た。


「気になることですか? レイン様でも気になるのでしたら、相当なことなのでは?」

「まさか、何か予想外のことが起きていたりするの? ここを本当に攻略出来そうな人がいたとか?」

「いえ、そんなに警戒するようなことではないのですが、今日のギルド内は妙におかしくて……」


 んん? ギルドがおかしい? いったいどうしたんだろう。


「なぜか、頭皮を露出させている者が増えた気がするのです」

「──ブフォ!」


 私は口に含んでいたお茶を吹き出した。

 まさか、ここであれが話題に出るとは思わなかったので、完全に不意を突かれた感じになってしまった。


「もう、ご主人様。片付けるこっちの身になってください」


 そう言いながら、アリスは台拭きでお茶を拭き取った。……ごめん、本当にごめん。


「セリア様は何か知っていますか? 元からということではなく、なぜか急に増えたので、無駄に気になってしまって。セーレという受付のものに聞こうにも、気軽に聞ける話題ではなかったので、さらに気になってしまって…………」


 どうやら、セーラさんはまだ名前を覚えてもらっていないようだ。ほんと、すいません。


 ……それで、レインの気持ちはわかる。

 なんでハゲが増えたの? なんて聞ける人は、そうそういないだろう。


「ああ、実はね────」


 私は昨日の出来事を所々省略して説明した。


 レインが馬鹿にされたから怒ってやりました。なんて恥ずかしくて言えない。だから、大勢の男たちに絡まれ、うざかったから全員の毛根を滅ぼした。という感じで誤魔化した。

 興味津々で聞いていた二人は、すぐに顔から表情が抜け落ち、危ない雰囲気を纏い始める。


「──ってことがあっただけだよ」

「ほう、昨日そんなことが起きていたとは」

「なるほど、そういうことでしたか」


 二人は納得したように立ち上がり────


「「ちょっとそいつら滅ぼして来ます」」


 とても物騒なことを揃って言い出した。


「いやいやいやいや! 待って、待ってください!」


 私は転移しようとしている二人の腕を掴む。

 ここで止めてなかったら、マジでやらかしそうな気がした。


 冒険者の大量虐殺なんてものをされたら、迷宮の調査どころではなくなってしまう。ほんと、今は問題だけは起こして欲しくなかった。


「止めないでください、セリア様。我が君主に逆らった愚か者を断罪しなければならないのです」


 お前の場合は断罪じゃなくて、殺戮だからね!?


「ご主人様、お願いですから行かせてください。今宵の暗器たちは血に飢えているのです」


 何を妙にカッコいいこと言ってるの!?


「二人とも目が本気(マジ)じゃん。とにかくやめて! これは命令だからね!」

「ぐぅ、セリア様の命令であれば……」

「逆らうわけには……」


 とりあえず大人しくなってくれてよかった。まさかここまで怒るとは思ってなくて、今一度二人の忠誠心を知ることが出来た。

 そして、今回のことでわかったことがある。


 ──絶対に二人を怒らしてはいけない、と。

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