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第22話 アリスのわがまま

 眠いなぁ。


 お布団がぬくい。


 ああ、ずっとこうしてダラダラとした生活を送りたい。


 やばい、また眠気が…………


「──ご主人様! 起きてください!」


 何度目かわからない夢の中に潜ろうとしたところで、私の部屋の扉が勢いよく開かれた。そしてお布団が私の上から消えて行く。


「ああ、布団が、吹っ飛んだ……」

「吹っ飛んでいません! 私が退かしただけです」


 …………むう、なんでそんな酷いことをするのだ。


「なんでって、それはもうお昼だからです!」

「おおー、アリスはエスパー……ぐう…………」

「その顔を見てればわかります──って、寝ないでください!」

「ぬぐぉ!?」


 アリスがベッドシーツを引き、その上にいた私は転がり、ドスンッと地面に落下する。

 その衝撃で頭を強くぶつけて、少しフラフラしながら起き上がる。


「…………鬼め」

「ご主人様を真人間にするためなら、私は鬼にだってなってやりますよ。ほら、昼食の準備ができましたので、顔を洗ってからリビングに来てください。また寝たら怒りますからね!」


 もう怒ってね?

 ……と言うのはやめておこう。それを言ったら蜂の巣に転職することになりそうだから。


 言われた通りに洗面台の前まで転移し、冷たい水で顔を洗う。

 同じ階層にあるから歩いて来られるんだけど、面倒なので転移を使っている。


 魔力をめちゃくちゃ消費した後の日は、とてもダルい感じがする。魔力は精神のようなもので、一度に使いすぎると疲れが津波のように押し寄せてくる。昨日の改装のせいで精神面の疲れが抜けきっていないのだ。アリスもそれは知っているはずなんだけど、真面目なあの子は怠けることを許してくれない。


 真面目なのは悪いことではない。アリスがしっかり働いてくれているから、私たちはこうして健康的に過ごせているし、百層も綺麗なまま保たれている。レインは掃除をしようとしても、何かを壊す確率の方が高いし、私はそもそもやる気がない。だからアリスがいなければ、今頃ここはとてつもないことになっていただろう。


「……そういえば、ここの掃除をしてくれているのってアリスだけなんだよね」


 百層は私たち三人が暮らす場所なだけあって、とても広く設計されている。本人は気にしている様子はないけど、毎日ここの掃除をするのは負担になっているはずだ。

 思い返せば、あの子が休んでいるところを見たことがない。


 …………うん。


 私はアリスが待っているであろうリビングに飛ぶ。


「あ、もう少しで配膳の用意が出来るので、座って待っていてください」


 テーブルの上に並べられている料理の数々。きちんと栄養バランスが考えられていて、それでいてどれも美味しそうだった。


「もうすぐでレイン様も帰ってくるはずなので、揃ったら食べるとしましょう。……あ、お腹が空いて我慢できないようでしたら、先に食べていてください」

「ねぇ、アリス」

「はい、なんですか?」

「新しい使用人を雇おうか」


 ──ガシャーーン!


 何かが割れる音がリビングに響いた。驚いて音のした方向を向くと、アリスが呆然と立ち尽くして固まっていた。その下には、割れたお皿の残骸が広がっている。

 アリスは皿が割れたことなんて一切気にせず、私の前にしゃがみこみ、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。


「な、何かご主人様に粗相をしましたか!? あなた様のためだと思ってやっていたことが煩わしかったでしょうか!? ──申し訳ございませんっ! 二度とそのようなことはしないと誓います。なので、どうか……どうかご主人様のお側に置いてください!」


 スカートの裾をギュッと握りしめ、泣きついて縋るように言ったアリスの顔は、とても痛々しく見えた。


「違うよ。誤解させちゃったみたいだけど、私はアリスを絶対に手放さないよ。むしろ、アリスが出て行こうとしたら、私が泣きついて行かないでくれって懇願すると思う」

「では、なぜそのようなことを……」

「単純にアリスのことを思ってだよ。いつも仕事ばかりで大変でしょう? だから、少しでも負担を軽減できるように、と思ったんだよ」

「そう、ですか……よかったです。本当によかった。私はセリア様に手を差し伸べてもらった時から、我が身の全てを捧げると心に誓いました。なので、私も絶対にご主人様から離れません」


 そこまで慕ってくれているとは思っていなかった。

 私は何か特別なことをした覚えはないけど、アリスにとってはそこまで思うほどのことがあったのだろう。

 だったら、主人としてその気持ちに応えなければならない。


「ご主人様の提案は嬉しいです。私を思ってくれた言葉なのですから、嬉しいに決まっています。……ですが、気持ちだけ受け取らせてください」


 アリスの返答は、否定だった。


「でも、私はアリスに無理をしてほしくないよ」

「……わかっています。ですが、私はわがままなのです」


 …………? どういうことだ?


「確かに使用人が増えれば私の仕事は減り、掃除もさらに丁寧にできるでしょう。それでも私は、私以外の者がご主人様のお世話をするのが許せないのです。……嫉妬、というのでしょうか。その光景を想像しただけでも、私はどうしようもなくなってしまいそうなのです」


 これは一種の束縛なのかな。でも、そう言ってくれるのが嬉しいと感じてしまう私がいる。

 多分、これはレインも同じなんだと思う。レイン以外の奴が私の隣にいると、面白く思わないだろう。当然、私はレイン以外を、私の右腕とは思わない。


 だからアリスは、自分以外が私の身の回りの世話をするのが面白くない。


「…………わかった。使用人の話は忘れて。でも、絶対に無理はしないこと。それだけは約束してね」

「はい! 改めて、これからもずっとよろしくお願いします!」


 先ほどの悲観にくれていた表情とは真逆に、アリスは花が咲くような明るく可愛らしい笑顔を向けてくる。


「──っ、ご、ご主人様!?」


 無性にアリスが愛おしくなり、気がついたら私は彼女を抱きしめていた。


「ありがとう。私を想ってくれて。そして、ごめんね。アリスに誤解させちゃって。──大好きだよ。レインも、アリスも、大好きだよ」

「ごしゅじん、さまぁ……う、あぁ……わあぁああぁ……!」


 安心したのか、アリスは私を強く抱き返して胸に顔をうずめ、大泣きした。


「……よしよし…………」


 左の腕を腰に回し、右手でそっと優しく頭部を撫でた。


 アリスは魔族の中ではまだ幼い。魔族として幼い頃から戦い、任務に失敗して奴隷にされた。そんな過酷な人生を送ってきたこの子に、私が出来ることならなんでもしてあげたい。


 私はそれを強く決意した。

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