第20話 スキンヘッド
野郎、ブリッツは好き勝手喚く。
その度、奴に同調する馬鹿どもが笑う。
確かにレインは他人との接し方に問題があるかもしれない。
だけど、辛い時でもずっとそばに居てくれた私の大切な、何者にも代え難い大切な従者を馬鹿にされて黙っているほど、私は我慢強くないんだ。
「おい、そろそろ何か言ったら──」
「黙れ」
私は静かに、それでいてギルド全体に響くような声で呟いた。
「お前、お前、お前……」
一人一人、ブリッツに同調して居た奴らを指差していく。
「お前ら全員、レインを笑ったな?」
こっちが盲目を演じているからって、好き勝手言いやがって。
地味に私の悪口を言っていたのに腹も立つけれど、今は私よりもレインのことを悪く言ったことの方が腹立たしい。
「許さない。レインほど己の意思に真っ直ぐで、素直な子はいないっていうのに、それを力だけの馬鹿だと?」
──ああ、その通りだよ!
料理と言って牛の丸焼きを持ってくるくらいに料理できないし、私がドン引きするほどの脳筋だよ。
でも、レインの本当の優しさを知らない奴に、それを悪く言われたくない!
「テメェら、タダで帰れると思うなよ?」
「せ、セリアさん……?」
セーラさんが私の豹変ぶりに驚き、恐る恐る名前を言ってくる。
「すいません、セーラさん。大切な従者を馬鹿にされても我慢が出来るほど、私は心が広くないんです」
──なので、少しやらかします。
「……セリアさんの気持ちはよくわかります。なので止めはしません。ですが、彼はあんなのでも一応貴族です。今後の生活に支障をきたすようなことだけは避けてください」
時々、貴族の中でも冒険者をやっている人がいる。
その人達は暇潰しだったり、魔物を狩るのが趣味だったりと様々だ。おそらくブリッツもそれと同じなのだろう。
……ということは、ブリッツの同乗している連中は奴の関係者だな。
そう思った理由は、貴族の魔物狩りの仕方を前に聞いたことがあるからだ。
貴族はほとんど自分から狩りをしない。
誰かを金で雇って十人単位の大人数で魔物狩りに向かい、一体の魔物を蹂躙した後に貴族がとどめを差す。
それの何が楽しいのかわからないけど、それが貴族の嗜みなのだと、私にそれを教えてくれた人は、呆れたように言っていた。
「ええ、本当は殺したいところですが、問題にはしたくありませんからね」
クズでもどんなに馬鹿でも、貴族は貴族。
私は別に敵に回しても痛くないけれど、そいつを殺して誰かに迷惑がかかるのは避けたいところだ。
こいつが迷宮に侵入した時は、命の保証はしないけど。
今はセーラさんに免じて、ブリッツを殺さないでおこう。
「……逃げないでくれるかな?」
ブリッツに同調していた奴の数名が、こそこそとギルドから立ち去ろうとしていた。音を立てないように慎重に歩いている様子だったけど、残念ながら私は全部視えている。
指をさした時点で、こいつらの支配は完了している。だから逃げられないよう、体の自由を奪わせてもらった。
「な、なんだ!?」
「動けねぇ……!」
男たちからすれば、いきなり金縛りにあったような感覚だろう。
もう一度言うけど、こいつらの支配は完了している。もうこいつらの命は私の命令一つで何にでも変えられることができる。一言「自害しろ」と言えば、体はそれに忠実に働く。
それでも男たちは全力で逃げようと、全身を使って抵抗してくる。
……無駄なのにご苦労なことだ。
「全員の命は私が握っていると思え。──ああ、ブリッツ、お前だけは動いていいよ」
自由にして良い許可を出し、私は一歩、また一歩とブリッツに近く。
「や、やめろ! 俺は貴族だぞ!? 貴族に手を出せば、どうなるかわかっているんだろうなっ!」
「……追い詰められた馬鹿が使う、権力の主張か。そんなもの、どうでもいいよ。お前に何かしたことで、お前の家族が私を断罪しようとするなら、私はお前らの一族を全て根絶やしにする」
「う……ぁあああぁああっ!」
何かを言いかけたブリッツだったが、私が本気でそれを言っているのを理解すると、みっともなく喚いて私に剣を振り下ろしてくる。……振り下ろす速度は遅く、太刀筋もお世辞にも良いとは言えない。
「そんな鈍った剣じゃ、私に傷を付けることは不可能だよ」
余裕を持って剣を避け、空振りした剣を蹴り飛ばす。
弾かれた痛みで腕を抱え、私を力一杯睨みつける。まだ抵抗する意思があることだけは評価するけれど、双方の実力差を理解していないのがダメだ。最初から私との差をわかっていれば、こうして無駄に噛み付くこともなかっただろうに。
「お前をこれで殺すことは簡単だ」
そう言って、私は腰にかけてある一振りの剣を、ブリッツの首元に突きつける。
これは迷宮で生成できる剣の中で最高位の物で、護身用の時のために所持している物だ。勿論、迷宮で出来た剣でも、無機物ならば外と中を自由に持ち運び可能らしく、それを知らなかった私は剣も『支配』してしまった。
すると、驚くことに剣も進化してしまい、万象を斬り裂く魔剣になってしまった。
取り扱いに気をつけないと持ち主の私でも危ない代物なので、ぶっちゃけ今もうっかりで首を斬り裂かないか心配になっている。
私は素の状態から、外面用の友好モードに切り替える。
これ以上やると、私が培ってきた優しい印象が変わりそうだ。
「ですが、セーラさんのお願いもあり、殺すのは止めにしましょう。……あなた、セーラさんに感謝したほうが良いですよ。彼女は命の恩人なのですから」
コクコクと勢いよく頷くブリッツ。
いきなり動くものだから、剣に触れそうで焦っただろうが!
「……さて、だからってこのまま見逃すほど、私の怒りは収まっていないのです。なので、あなた方には別の部分で滅んでもらいましょう」
その言葉に安心に染まりかけていた馬鹿どもの表情が崩れ、「滅び」と聞いて体を恐怖で震わせた。私個人の二つ名は『滅殺』だからね。折角だから、それに従った罰を与えようじゃないか。
「私が滅殺と言われている所以、その身をもって体験してください」
ぱんっ! と両手を合わせる。
何をされるのかわからない男たちはそれだけでビビり、情けなく地面に座り込む。
だけど、目立った外傷はないとわかった途端、私が魔法を失敗したと思ったのか、ニヤニヤとそれぞれの武器を構え始める。
「おいおい、随分と吠えてくれたじゃねぇか。よくも俺達に──」
そう言った男、その頭部に変化が訪れた。
小さく纏めていた髪の全てが、何の前触れもなくパサッと地面に落ちた。
同じようにレインのことを笑った奴らの髪が、次々と落ちていく。
そして少し経った頃には、ツルツル頭が数人出来上がっていた。
男たちはそれぞれが面白い反応を示し、それを静観していた人は何が起こったのかわからずに、目を丸くさせている。
やったのは簡単だ。
魔眼の能力『死滅』を使って、全員の髪の毛を滅ぼした。
人の毛は一応、生き物ではないという分類に入るので、アリスの手枷を壊した時のように見ただけで滅ぼすことは可能だった。
全員分となると魔力の消費は大きかったけれど、その代わりに良い光景を見ることが出来たので結果オーライだ。
「全員の毛根を滅ぼしました。これから一生、スキンヘッド生活を送ってください」
私はそう言い、微笑んだ。




