第19話 許せないこと
翌日、私は冒険者ギルドに足を運んでいた。
レインとアリスはお留守番だ。
今日は依頼を受けに来たのではなくて、情報収集のために来たのだから。
「あ、セリアさん。今日はお一人ですか?」
冒険者ギルドの受付のお姉さん、名前は確か……
「こんにちは、セーレさん」
「セーラですよ」
……おっと、これは失敬。
ここに来たのは登録をした時以来だから、人の名前なんて覚えられる訳がない。
……というか待てよ? この受付嬢の名前はレインから聞いたんだよな。ってことは、あいつが間違えて覚えているってことじゃん。
「はぁ、レインさんも全然名前を覚えてくれないんですよ……」
困ったようにそう愚痴るセーラさん。
本当すいません、後でしっかりと言っておきますので、許してください。何もしないけど。
「それで、今日は何をしに来たのですか? 今は『閃滅』のお二人に見合った依頼は出てないんですよ」
──ンンッ!
その二つ名は恥ずかしいからやめていただきたいのですが……それを言っても聞いてくれないんだろうな。
「今日は依頼を受けるために来たのではなく、噂になっている迷宮のことを聞きたくて来たんです」
突如として外見が変化した王都の迷宮。最高難易度と言われている迷宮が変貌したということで、今は厳重な警備が入り口に敷かれている。
……私の迷宮のことなんですけどね。
別に何もしないまま侵入者を出迎えてもいいんだけど、調査に参加する人たちがどの程度の実力を持っているのかが気になった。
だって、参加者が予想以上に弱すぎたら、一層で全滅されちゃうかもしれない。そうしたら危険すぎる迷宮として報告されてしまい、迷宮に訪れる人が減ってしまう。迷宮で人が命を落とすことによって、それがよくわからんエネルギーとなって迷宮の糧となる。今の迷宮の大きさになってしまうと、とても私一人では補えない量の魔力を日々必要とする。
挑戦する人の実力と、迷宮の難易度。それがいい感じにバランスよくなってないと、迷宮は存在を維持できない。ってわけだ。
「セリアさんも調査に参加するのですか!?」
「いえ、私は参加しませんよ。もちろんレインもです」
「そう、ですか……」
見るからに残念がっているご様子。
自分の家を調査とか、どんな茶番だ。
「お二人が参加してくれるのであれば、いい結果が望めるかと思ったのですが」
B級なのにこの期待は何だ? さすがに目立った行動をしすぎたか、レインが。
気になったので、実際に聞いてみる。
「私たちに二つ名が付いているとしても、所詮はB級です。そこまで期待されるような結果にはなりませんよ。それに、情報未確定の最高難易度の迷宮に挑むほど、私は愚かではないので」
「……そうですか、本当に残念です」
「ええ、申し訳──」
「折角、金貨十枚なのに」
「ごぶおぁ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、いえ……大丈夫です。はい」
き、金貨十枚ですと!?
一ヶ月は遊んで暮らせる金額じゃないか!
「何でそんなにお金が出ているのです? それはどこから……」
「何でも王家が関わっているらしく、参加者一人一人にその金額が配られるらしいですよ。もちろん、少しでも情報を持ち帰って来た人にですが。さすがに何もせずに帰って来た人に、金貨十枚なんて馬鹿げた報酬は与えられませんけどね。それでも金貨三枚は貰えるらしいですよ」
何てこったい。
それじゃあ結構な人が参加するんじゃないの?
その中には熟練の人もいたり、逆にまだまだ未熟な人がいたりするだろう。
……いや、流石に難易度が不明な迷宮調査に、ギルドは未熟な新人を参加させないか。
熟練の人たちに関してはどうでもいい。どうせレインには勝てないだろうし。
問題なのが実力のない人たちだ。この場合で示しているのは、参加条件ギリギリの人たちのことだ。
その人たちは実力が見合っていないのに、無理して高い装備を買って、能力を上げていることがある。
でも、それだけでは迷宮の攻略は難しい。攻略には実力だけではなく、知識も必要だからだ。
そもそもの話、私の迷宮は一層から進化した魔物が出てくる。弱い部類に入るゴブリンですら、進化したらホブゴブリンとなり、元の何倍もの強さとなる。その弱い人たちが進化した魔物に勝てるのかと言われたら、それは難しいと思う。
……これは迷宮の見直しが必要になるかもしれないな。
どうせ七十階層もあるんだ。最初は初心者でも攻略できる難易度にして、徐々に難易度を上げていく仕様にしよう。しようにしよう……ぷぷっ。はい、ごめんなさい。
そのためには、また魔力を大量に消費しなければならない。
……ちょこっと、周辺の魔物に私の餌になってもらおうかな。
「──おやおや、滅殺のセリア様とあろうものが、随分と弱気じゃないか」
野太い、相手側を馬鹿にしているような声が冒険者ギルド内に響く。
私たちの二つ名を呼んだということは、先ほどの発言はこちらに向けたものなのだろう。
「それではセーラさん。私はこれで帰るとします。お付き合いいただき、ありがとうございました」
だからって、いちいち馬鹿の相手をするのも面倒だ。聞きたいことも聞けたし、私はその場を立ち去ろうとした。
「おっと、どこに行く気だ?」
……まぁ、行く手を阻まれますよね。
私に喧嘩をふっかけて来たのは、野太い声のわりに細身な男性だった。腰に下げているのは軽そうな片手剣。背中には大きめの盾を背負っていて、攻守バランスのいい戦い方ができる戦士という感じか。
装備は見るからに重そうな全身鎧に、兜だけを取った感じになっている。暑い時には一種に居たくないタイプだ。
「……誰ですか」
「ふん、俺か? 俺の名は──ブリッツ・レイ・バルブレダだ!」
名乗る時に、わざわざ前髪を手でわさぁってやるやつ、初めて見た。こんなにうざいんだね。というか長いね。覚えられる気がしないわ。覚える気はさらさらないけど。
「あ、そうですか。では、私はこれで失礼します」
「──おっとぉ、逃がさないぞ?」
さっさと帰ろうとしたところを、二度も邪魔された。
壁際を抜けるように行こうとしたので、ブリッツに壁ドンされる状況となってしまった。思ったよりもキュンとしないものだ。
やっぱり、相手が悪いと効果も薄れるんだろうな。レインにやられたら、即座に落ちる自信あるもん。従者に落とされる主人も問題だけどね。
「ブリッツさん! もう騒ぎを起こさないでくださいとあれほど……!」
受付の場所から出て来たセーラさんが強く注意をするも、当の本人は全く気にした様子はない。
……なるほど、こいつは問題児なのか。前にもこうして何かの騒ぎを起こしたけど、懲りずにこうして私に喧嘩をふっかけて来た。救えねぇ奴だな。
「少し前にレインさんにボコられたからって、次はセリアさんですか!? 馬鹿も程々にしてください!」
……まさかのレインが関わっていましたか。しかもボコるとか、相変わらずうちの従者は他人に容赦がないな。そして、今度は腹いせに私を狙って来たと。ほんと、救えねぇ奴だな。
レインのヤバさは、すでにギルド内に知れ渡っていると思っていたけれど、人のプライドってものは、圧倒的な実力差すらわからなくなってしまうものなのかな?
過去の痛い記憶をバラされたブリッツは、顔を赤くしながら私のことを指差す。
「ふんっ! あの小娘のような力だけの馬鹿と比較するな! この俺が少し遊んでやろうと思ったら、後輩のくせに無礼な態度を取りやがって。少しは従者の手綱くらい握っておけ! お前も俺が話しかけてやったのに無視をしやがって──この主人あっての従者だな!」
所々から笑い声が聞こえる。とても、ああ、とても耳障りな笑い声だ。
私が言いたいのは一つだけ。
──こいつだけは絶対に許さない。




