第18話 人が来ない理由
あれから一週間が経った。
私の迷宮はより成長して、見た目も元より大きく変化した。だけど、それがいけなかったのか、冒険者の訪れる数がここのところゼロになってしまっている。
冒険者が来ないのはこちらも困る。
死んでいった冒険者の遺品をアリスに売ってもらって金にしているのに、来ないからお金もない。
核で作れないのが魔物以外の生物、食品、金の三つ。前にも言ったけど、私は食事も睡眠もいらない体になった。けれど、美味しいご飯を食べれば自然と元気になる。
……あれ? 言ったっけ? 言ってなかったっけ? まあ、今言ったからどっちでもいいか。
……と言っても、それは私とレインの場合だ。アイリスはただの魔族なので、食べないと死んでしまう。
──つまり、金と食品は必要不可欠なのだ。
なのに、一切来てくれない。
これは、何かあったのかと思った私は、レインに冒険者ギルドに行かせた。迷宮の情報を持っているのはギルドなので、どうなっているのか探ってもらっている。
ちなみに私は何もしていない。
え、ただの引きこもりだって?
ハハハッ、面白いことを言うね。ちょっと目を見せてみ?
……とまぁ冗談は置いといて。
冒険者が来ないんだから迷宮を監視する意味もないし、魔物の統率だってあいつら結構知性あるから勝手にやってくれている。
だから毎日、核で作った図書館で本を、それこそ時間を忘れて読んでいる。
気づいたら一日過ぎていたなんて普通にあった。
どこを見渡しても本、本、本。
私が一番望んでいた光景が今、私の物となって存在している。なんと素晴らしいことかっ!
最初はテンションが上がりすぎて、レインに優しい目を向けられてしまった。
ちなみに、ここにある本は王都にある図書館の本を全てコピーしたものとなっている。つまり、ここは王都の図書館と言ってもおかしくはない。
前は誰かが読んでいる本を千里眼で盗み見するだけだったけど、これで自由に見れるようになったわけだ。
そんなこんなで自室よりも長い時間いる図書館だが、勿論私だけの物ではない。
出来た当初は私しかいなかったけど、今は様々な種族の魔物が本を読んでくれるようになっていた。
読書好きとしては、本を読んでくれる者が増えるというのは嬉しい。
でも、下僕である魔物たちは迷宮主の私に近づき辛いのか、私の周囲には誰もいない。
談話室を設置したので好きな本について話したかったんだけど、それは叶いそうになくて残念だ。
「ご主人様〜……ご主人様〜?」
十四度目の読み返しをしようと本のプロローグに戻ったところで、私を呼ぶ声が遠くから聞こえた。
私を『ご主人様』と呼ぶのは一人しかいない。
「アリス……図書館では静かに」
最初はアイリスと呼んでいたのだけれど、本人から愛称で呼んでほしいとお願いされたので、今は『アリス』と略して呼んでいる。
「わわっ、いきなり後ろに転移しないでください。……少々、驚いてしまいます」
「あ、うん。……マジでごめんなさい」
少し驚かしてやろうかと思ってアリスの背後に立ったら、見えない速さで私の喉元に短剣が軽く当てられて、周囲には同じような短剣がどうやってかわからないけど、何本もこちらに向かって浮遊している。
下手したら従者に殺されるということに、冷汗を滝のように流す。
「もう……言ったではないですか。魔王軍の暗殺部隊だった私は、背後に立たれると無意識に反応してしまうと……」
「わかった! わかったから一刻も早く喉元の短剣と、なんで浮遊しているかわからない凶器複数をしまってください!」
もうどっちが上の立場かわからない。
アリスは小さく息を吐き、短剣が音もなくメイド服の中へ戻っていく。どうやって無数の武器を隠しているのか知らないけど、とにかく言えることは「暗器使いすげえ」ということだ。
「そ、それで何の用だったの?」
「レイン様から、情報を掴んだからそろそろ帰ると念話が……」
「なんだ、それなら直接私にかけてくればよかったのに……」
「読書の邪魔をしないように、というレイン様の配慮でしょうか」
ちゃんと考えて行動出来るようになってくれたようで、ご主人様としては嬉しい限りだ。
16層にある図書館から転移して、レインがここに来るのを待つ。
別に私の部屋でもリビングでも構わないんだけど、迷宮主として話を聞くなら玉座のほうがしっくりくる。
「…………来たね」
「ただいま戻りましたセリア様」
玉座の間の中心に片膝をついた形で転移してきたレインは……うん、様になっている。
私の前世の記憶を辿り、核から特別に作った『軍服』というのがレインの威厳を増している。
やっぱり、かっこいい人には軍服が似合う。私は昔から軍服を着こなしているキャラが大好きだったので、この世界でそれを再現できて嬉しい。
「それで、ギルドのほうはどうだった。帰ってきたってことは何か掴んだんだよね?」
「はい……実は……」
レインが言うには、
突如、姿を変えた王都近くの最高難易度迷宮。
それの実態がわかるまで、冒険者ギルドで入ることは許可されないらしい。
今のところ迷宮についてわかっていることは、前よりも魔物の強さが段違いに上がっていること、そして迷宮のはるか上空に謎の魔力体が観測されたことの二つ。
魔物の強さに関しては私の契約だろう。
上空の魔力体は……レインの戦闘場所かな。
思っていたよりも把握されてなくて安心。
「それで、数日後に調査隊が派遣されると?」
「はい、王都の実力ある騎士団と冒険者の混合パーティーが複数……」
「実力あるって言うからには相当強い奴らが来るんだろうけど、攻略不可能だろ、これ」
心配なのが22層からのボスラッシュ。
レインには劣るものの、並外れた身体能力を持つアリスですら、ボスラッシュを見た時には顔面蒼白になっていた。
ノーライフキングというのは迷宮の最奥に控えるほど強力で、普通なら途中の階層ボスに設置しない。というのはアリスの言葉。
それを超える強力な魔物が22層からぞろぞろと出てくるので、私とレイン以外で突破するのは難しい、いや、不可能に近いと言っても過言ではない。
アリスは自身の実力アップのため、一人でボスラッシュに挑んでいるみたいだ。
……アリスもアリスでやることがヤバイよね。
「調査隊が戻らなかったら危険すぎて立入禁止とかなりそうだよね。……その日だけ『死んだら入り口まで戻る護符』を21層の休憩場所に販売するか」
「そもそも調査隊というのはノーライフキングに勝てるのでしょうか? その前で終わってしまうのではないですか?」
「そしたらどうしようもないけど……まあ、大丈夫でしょ。とりあえず下僕たちに連絡を入れとくか」
私の声を迷宮全体に届けるのは核に触れて魔力を流しながら話せばいい。
レインとアリスを連れて核を保管してある部屋へ転移し、深呼吸してから核に触れる。
『あ~、テステス……聞こえてる? みんなのセリア様です』
レインから聞いた話を簡単にまとめて迷宮全ての下僕に説明する。
『……ということで、ボス達は存分に力を発揮して私を楽しませて。1層から19層に配置されている下僕達、相手は強力な奴らが来ると思うけど、臆せずに戦うこと。
どうせ死んでも移住区で復活出来るから、どんどん戦って戦闘経験を積め。……なぁに、いつもみんながやっている遊戯の相手が人間になっただけだよ。今回も遊びだと思えば楽しくなるでしょ?』
移住区の下僕は時々開けた場所で、死なないのをいいことに命がけの模擬戦を行っている。
前に私も見学人として見に行ったらすぐにバレて、その場の全員が頭を垂れてしまい、模擬戦どころじゃなくなったことがあってそれ以来行っていない。
邪魔しちゃうのも悪いからね。
暇な時に参加しているレインとアリスの話では、魔物たちは日に日に強くなって経験を積んでいるらしい。
……ってことで下僕たちは大丈夫だろう。
私も最後の仕上げに取り掛かるとするかな。




