第17話 アイリス
私の突然の告白にアイリスは目をパチクリさせていた。奴隷がいきなり告白されるとは思ってなかったんだろうけど、私だってただで告白するわけじゃない。
理由は可愛いから。
それで充分。むしろそれが重要。
もし、アイリスがそこら辺にいる少女くらいだったなら「今日から私が主人になるから。よろしくね」くらいに留めていた。
「アイリスって家事出来る?」
「…………はい。家事全般は一人で出来るように、教育を受けていました」
「なら合格」
まだ警戒されているようなので、ゆっくりと近づいてレインにしているように頭を撫で撫でする。
そして、良キャラで習得した外面スマイルをして安心させようと、私なりの努力を見せる。
アイリスからすれば私はお隣に住むお姉さんな感じに見えているだろう。
そう信じておく。
だけど、内心では想像出来ないくらいカーニバル状態になっていた。
だって、二度と何かの丸焼きを見ることもなくなるし、掃除で必ず何かを壊される心配もない。
核から魔力で物を作り出すことは可能だけど、なるべく無駄な消費はしたくないっていうのが本音だ。
……にしても『動くな』『黙れ』と言ったけど、ここまで人が変わると逆に私のほうが困惑してしまう。
「どうしたの? ──もう、自由にしていいよ」
これで私が言った命令は解除されたはず。
それでもアイリスは暴れないし、大声を出したりしない。
これってマジで怖がらせちゃった?
やっちまった。なんとかして謝らないと……やっぱり一番効果的なのは土下座?
私はプライドないから余裕で出来るよ。
「違うんです。別に貴女が思っているような感情は少ししか持っておりません」
私がオロオロしているのを見て察したのか、クスクスと笑いながら否定してくれる。
今まで酷い扱いだったのか顔はボロボロ。そこらにあざが出来ていて酷い顔だ。
だけど、本心から笑ってくれたその顔は、とても愛らしいと思ってしまう。
……というか怖いって少しは思っているのね。ごめんね。
「昔、魔王様が『魔眼の魔女』に命を救われました。それから魔王軍には『直接的な関係はなくとも、魔眼の継承者には敬意を表せ』と伝えられてきたのです」
やめて、知らない人達に慕われているとか恥ずかしすぎて今から死にそうだからやめて。
「……私を見に来た豚共は、私のことを性処理の道具としか見ませんでした。
人間の貴族は金は沢山持っているのに、皆が臆病者だと聞いていたので、出来る限りの威嚇をすれば私を買う者は出ません。
今回は女性だが、どうせこいつも私を玩具にするんだと思い…………心から謝罪いたします」
「いやいや、私は別に気にしてないんだけどね。むしろ怖がらせちゃったみたいで申し訳ないっていうか……」
ああ、ダメだ。これじゃあ何時まで経ってもキリがない。
扉を開けて商人を呼ぶ。
「お決まりですか?」
商人はすぐに来て、念のために扉を閉める。
しかし、それは私にとって好都合。
「うん。この子にする」
「お買上げありがとうございます。それでは購入手続きのほうに──」
「ねえ、商人さん。私って──貴方の命の恩人だよね」
商人の言葉を遮って、目を見て話す。
「──命を助けたお礼に奴隷を一人貰えるって話だったけど、忘れちゃった?」
「…………ああ、ああっ! そうでした。私としたことがなんて大事なことを忘れてしまっていたのでしょう……いや、申し訳ない」
うっし、洗脳完了。
元々こうするつもりだったので、お金は少ししか持ってきていない。
この前に訪ねた奴隷屋の主人にも同じようにできたんだけど…………言ってしまえば、これは単なる私のわがままだ。
本当に必要な時以外、私は『魔女』としてではなく、なるべく『人』として誰かと接したいと思っている。だから、いい人には能力を使いたくなかった。
「謝らなくていいよ。それでこの子を貰うけど構わないよね?」
「ええ、それでは契約の方をするので、こちらに来ていただけますか?」
奴隷との契約はすぐに終わった。
商人が何かを唱えて、私とアイリスの右手に紋章のような痣が浮かび上がって完了。
これで奴隷は主人に手出し出来なくなった。それでも抗って主人を殺したら奴隷も一緒に道連れという、完全に自由を奪われた一種の呪い。
今はアイリスをお風呂に入れてもらっている。
商人には念入りに洗うようにと言っておいたので、若干時間がかかっている。私は用意された椅子に座って終わるのを待っている。
「お待たせしました」
「おお……」
商人の後ろに連れられて来たのはアイリスフィールなんだけど、別人のように綺麗になっていた。お風呂に入っただけでここまで可愛くなるなら、化粧して可愛い服を着せたらどこまで可愛くなるのだろう。
「服は決まりですので、少しボロボロの物しか用意出来ません」
「いいよ、服を買うお金くらいは持っているから」
本当は迷宮核から作ろうと思っているけれど。
ホント、迷宮便利。
「じゃあ行こうか」
手を差し伸べる。
「あの……よろしく、お願いします。ご主人様」
恐る恐る手を握り返してくれる。
その手をギュッと強めに握って外に出る。
少し歩いて場所はまだ路地裏。
だけど、人が最も通らないだろうと思われる場所まで歩いてきた。
「……ご主人様?」
「ごめんね。私の能力を使うには人目があったら困るから……」
フードを取ってアイリスの目を覗き込む。
「今からアイリスと『契約』する。少し怖い思いすると思うけど、我慢して受け入れてほしい」
『支配』のその先、進化することを私は『契約』と名付けた。
支配した相手が心から私のことを受け入れてくれなければ、契約は成立しない。逆に、受け入れてくれるだけで契約は簡単に成立する。
成立すればレインのようにあらゆる力が強化される。私もその影響を受けられるので、どちらもメリットが高くて逆にデメリットはない。
アイリスフィールの支配はすでに完了している。後はこの子が私を信じてくれるかどうかにかかっているんだけど…………
「私はもう、ご主人様の物です。貴女がそうやれと言うなら、私は従います」
「…………。…………うん、契約は完了したよ」
レインの時と同じような見えない糸の繋がりを感じて、そこから流れてくる力もしっかりとわかる。
そして、微かにアイリスの過去も視ることが出来た。
彼女は幼い頃から戦いに身を投じていた。魔族は人と戦争をしている。こんな可愛い子だろうと関係なく、戦争は人々を巻き込んでいるのか。
そして、アイリスはとある任務を任されたが、それを失敗してしまい、奴隷に落とされた。
田舎村でのうのうと暮らしていた私とは全く異なる世界。それをこの子は必死に生きていたんだ。
……なんだよ。これを見たら、この子に情が湧いちゃうじゃんか。ずっと大切にしてあげたいと思っちゃうじゃん。
「これは……」
「私の力だよ。契約した従者の情報を全部上書きして完全に私の物にする。ついでに進化して能力の底上げもしてくれる。多分、奴隷の紋章も消えていると思うよ」
アイリスはハッとした顔で自分の右手を確認する。そして、実際に紋章が消えているのを見て、なんとも言えない表情になった。
「どうする? もう奴隷じゃなくなったけど──私から逃げてもいいんだよ?」
いらずらっぽく笑う。
ここで本当に逃げても私は一向に構わなかった。
逃げて魔王軍に戻るもよし、奴隷商人に復讐しに行くもよし、私は全てを見逃すつもりでいた。
ダメだったらまた引き返して他を貰うだけ。その程度のことだったので、そこまでの苦労はないと考えていた。
「私は奴隷じゃなくなりました。なので……その命令には従えませんっ♪」
──コフッ(吐血)
その笑顔、魔物を殺せるだろ。
というか私は死にかけました。
犯人はアイリスです。誰か愛してあげてください。
やっぱりダメです。
この子は私が愛します。
小腹が減ったので、買い食いなどの寄り道をしながら、帰るために王都を出る。
「あの、ご主人様?」
「んー、どうしたの?」
「私はご主人様のお屋敷に向かっているんですよね。王都、出ちゃいましたが……」
「お屋敷っていうほどの物じゃないよ。私ともう一人の従者、それに無数の手下がいるくらいだよ」
自分で言っておいてそれって結構なお屋敷なんじゃね? と思ってしまうけど、迷宮は塔の形をしているのから、屋敷とは言えないでしょ。
……そういえば私の家が迷宮だってこと言ってなかったかもしれない。まあ、反応が楽しみなのでギリギリまで隠しておこうかな。
そうして数分歩いて迷宮がハッキリと見えてきた。
「あれだよ」
「わー、大きな迷きゅ────って迷宮ですか!?」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
驚きすぎて顎が外れたのかと心配になってしまうけど、こうなってしまうのも仕方ない。
普通は迷宮主であろうと迷宮から出ることは出来ない。それは当然のことなのに何故か迷宮主(私)が外に出て自由に行動している。
「どうして……ご主人様が外に……?」
「契約した従者の情報を全部上書きして、完全に私の物にする。そう言ったでしょ?」
そう、契約してしまえば全ての制限を上書きすることが出来る。
奴隷の証も、迷宮の制約だって消せる。
「私も自分と契約した。簡単なことでしょ?」
迷宮主なら外に出られると思って勢いよく出口から出ようとした時の『見えない壁に衝突事件』は本気で痛かった。
だからムカついて自分から契約して制約を塗り替えてやった。
「ついでに強くなれるならいいかな〜って軽い考えでしたすいません」
「そんなことで魔眼の能力を自身に使うとは……ある意味で肝が据わっていますね」
…………すいません。




