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第16話 奴隷購入

「召使いを買いに行きます」


 この前の牛丸焼き事件から数日が経過した。


 それからレインは家事をやる度に折角作った家具をぶち壊し、掃除は何をトチ狂ったのか全てを排除しやがった。

 レインに甘々な私でも、流石にキレた。

 まさかここまで家事に疎くて壊滅的だとは思ってなかった。

 私の可愛い従者は、ただの脳筋だったようですね。わかっていたよ畜生!


 そんなこんなでやって来ました王都の奴隷市場。

 今日は目を瞑って歩くのが面倒なので、深めのフードを被っている。他人が見たら絶対怪しいよね。


 ちなみにレインは反省としてお留守番。


 奴隷って聞いたら、ほとんどの人が嫌なイメージを持っていると思う。

 人権はほぼ無いに等しいわ、嫌な主人に当たったら性の捌け口にされるわ、従順にならないと瀕死までぶっ叩かれるわで最悪だ。

 奴隷にはエルフや獣人。それに魔王の手先でもある魔族などがいるので、何か変な感情が出てくるのは仕方ないと言えば仕方ないのかな?


 だからって実行に移すのは、最低だと思うけれど。


「……だと思ったんだけど、これは予想外だなぁ」


 人に聞いた奴隷商人がいる施設は、とても大きな屋敷だった。

 もしかしたら間違いなのかも? と思ったんだけど、看板には『奴隷屋』と書いてあった。


 恐る恐る中に入ると、そこには優雅にお茶を楽しむ奴隷達が──いやいや、ちょっと待て。


 一度、外に出る。看板を見る。

 …………うん、奴隷屋って書いてある。間違いではないようだ。

 また中に入ると、人懐っこく微笑む男性が立っていた。その人の首には奴隷の証である首輪がなかったので、この人が奴隷商人なのだろう。


「いらっしゃいませ、お客様。奴隷の購入ですか? 客間に案内しますので、どうぞこちらに」


 そうして言われるまま案内された場所は、本当に客間だった。

 油断したところを突いて奴隷にする作戦か? と思ってしまうくらい、想像よりも奴隷に対する認識が違った。


「お客様、どうなさいました?」


「あ、いや……想像していた奴隷の印象と違うなぁ、って思って……」


「……ああ、そうですね。他はどうだか知りませんけど、うちは奴隷だろうと普通の人として扱っていますよ。だって、瀕死の商品を誰が快く買うでしょうか? 契約をしていただく時にも、奴隷に暴力を与えないと誓っていただくようにしています」


「なるほど……言われてみれば、その通りなのかもしれませんね」


 身の回りの世話だけをしてほしいと思って奴隷を購入する人は少なくない。この奴隷商人は、そういう人を対象にした販売をしているんだろう。人を売るということは変わらないけど、まだこっちの方が好感は持てる。

 けど、状態が良いだけあって値段は上に設定されている。

 残念だけど、ここでは奴隷を買えないな。


 ……それと、ここの奴隷はどれも弱い。迷宮の掃除を任せられるほどの体力は、持ち合わせていないだろう。慣れれば出来るようになるだろうけど、私は即戦力が欲しい。


「……すいません。ここの奴隷は私にとって高くて、質の悪い奴隷を扱っている奴隷商人を知りませんか?」


「……ふむ、確かに私の奴隷は、お客様のような若い方には高価ですよね。裏路地の方に同業がいますが、そこは治安も悪いため、一人で行くのはお勧めできません。……私と契約している護衛を付けましょうか?」


「いえ、さすがにそこまでしていただく訳には……私、こう見えてもBランクの冒険者なので、そこそこの実力はあるので大丈夫です」


「そうですか……まぁ、お客様ならば奴隷を酷く扱わないでしょう。私、そういうのは見ただけでなんとなくわかるんです。…………はい、この印に同業が経営している店があります。本当にお気をつけて」


 簡単に書かれた地図を受け取る。

 商売敵を紹介してくれという私に、ここまで親切にしてくれるのはありがたい。


「何から何まで、ありがとうございます」


「いえいえ、今度はうちの者を買ってくれるのを、楽しみにお待ちしています」


 そうしてやってきました。アガレール王国の裏路地へ。


 全体的に暗い雰囲気な場所に印はあって、気合いを入れて私は下に伸びる階段に足を踏み入れる。

 奴隷商人が商売しているのは地下だ。

 入り口には筋肉質の男性が二人立っている。万が一にも大事な商売道具が逃げられないように逃げ道も一つに絞ったということだろう。奴隷として扱われて体力も疲弊しきった体では脱出は不可能、そういうところは徹底してあるので腐っても商人って感じだ。


 先ほどの奴隷の館とは似ても似つかない。


 さっきの場所はもう一度行きたいと思うけど、ここは用事が終わったら二度と来たくないと心から思ってしまう。

 地下に通じる階段を下ると、嫌な気配といくつもの檻が視界に入る。

 檻の中には普通の人、亜人や魔族が乱暴に詰められていて、新たに来た私を虚ろな目で見る者、まだ理性があるのかこちらを睨んでくる者、何の反応もしなくてただ虚空を見上げている者と、反応は様々だ。


 ……これが元から想像していた光景なんだけど、違うものを見た後では、余計に嫌な感じがしてしまうな。


「いらっしゃいませ。……おやおや、随分とお若いのに奴隷をお求めですか?」


「そうだけど、悪い?」


 こんな外道には外の面を被るのすら面倒になる。


「いえいえ、お客様なら誰であろうと歓迎いたします。それで今日はどのような奴隷をお探しで?」


「とりあえず見回って決めることにする。別にいいでしょ?」


「かしこまりました。ここらの奴隷は他よりも健康状態は良く、多少は従順でしょう。奥になりますとクセの強い奴隷が多くなりますので、十分にお気をつけください。それでは、お決まりになったらお呼びください……」


 奴隷商人は後ろに下がって元いた場所に戻っていく。


 やっぱりレインを置いてきて正解だった。あの子なら、怒って全ての奴隷を開放しようと暴れるはずだ。

 私もそれをしてあげたいという気はあるんだけど、それでは流石に奴隷商人が食っていけなくなる。一応、ちゃんとした商売でやっているのだから、壊したら悪いのはこちらだ。


「……さっきからずっと視線を感じるんだよなぁ」


 奴隷商人は常にこちらを監視している。こっち見んなやクソがっ! と思うけど、これはしょうがない。


 他にもチラホラと私を見る奴隷は少なからずいるのだが、一つだけ奥のほうから感じる視線は他とは違った意志が感じられる気がする。

 目に関する能力を手に入れたら視線にも敏感になるのか、ある程度の感情は読み取れる。

 そして奥から感じられる感情は『畏怖』だ。自分が売られる怖さや死に等しい人生を送ることへの恐怖ではない、私に向けた畏怖。


 まさか、私の魔眼に気配だけで気づく奴がいるのか?

 それが気になってしまって、私は奥の更に奥へと足を向けた。


 すると、ある扉の前で奴隷商人からストップが掛かった。


「お客様。その部屋に入っている奴隷は危険です。先が長い人生、無駄にしたくないのなら、入らないことをオススメいたします」


「この部屋に私の求める子がいるかもしれない。商品なら見ていいんでしょ?」


 商人の警告を完全に無視して、さっさと商品を見せろや、という雰囲気を出す。


「…………わかりました。お部屋には私も同伴させていただきます」


 奴隷商人は懐から鍵束を取り出して扉を開ける。最初から奴隷商人と同伴じゃなきゃ入れなかったようだ。それほど危険という人物に興味がより一層深まって、ワクワクしてしまう。

 中が見えるようになって好奇心半分、若干の怖さ半分で室内を覗く。


 そして、私は想像以上に酷い光景に、言葉を失った。


 中にいる危険な人物はレインに引けを取らないくらいの美人なのだが、白い髪は何日も洗ってないせいでボサボサ。疲れているのか体はダラーンとしていて、目の色は完全に失われている。

 その子は開かれた扉にようやく気づいて、私を見つけた瞬間に目の色を変えた。


 それを見つめ返す私。


 目と目が合う、瞬間好きだと────♪


「ウゥううう……ああああアっ!」


 思っクソ威嚇された。

 目が合っても好きにはならなかったか、残念。


 少女の口には猿ぐつわが付けられていて、手足はとても分厚い拘束具で固定されている。それでもギシギシという音が部屋に響くので、普通の人が入ったなら腰を抜かしてしまうだろう。


 ……いや、私もめっちゃ怖いんだけどね。


 それでもまだ普段通りに立っていられるってことは、レインのビックリ仰天お料理フルコースを見せられて耐性付いたかな?


 ……うん、よく考えると手足を拘束されて暴れている美少女より、牛の丸焼きや皮だけ剥ぎ取られた兎、豚の生首の横に、その手足がピースしている感じで並べられた料理(本人は料理と言っていた)の方が何倍も怖いな。


「このように他のお客様が来た時にも暴れまして、商品として扱えないのです。魔族という珍しい商品なので手放しも出来ないので、困っているのです」


 魔族……そりゃ危険だね。手放したら即刻殺しに来るでしょうな。

 よく見たら確かに耳が少し尖っている。魔眼で確認してもちゃんと魔族って出てくる。

 私がじっくりと観察している間にも、少女はギシギシと金具を鳴らしている。


 ……うるさいな。少し黙らしたほうがいいかな。流石に耳がおかしくなりそう。


「──黙れ。──動くな」


 少女がピクリと動きを止めて、荒々しい声も出さなくなる。

 実は目と目が合った瞬間に支配完了していました。いくら強い子だろうと、弱っていれば魔力の消費もそれほど多くはない。

 迷宮の魔物を全員支配して進化させたおかげで、私も影響を受けて魔力量が増えたってのもあるだろうけど、私個人の所持魔力だけで充分足りた。


「この子もおとなしくなったから、ちょっと外で待っていてくれます?」


「何をしたか気になりますが、わかりました。用が済んだらまたお呼びください」


 パタリと扉が閉まる。

 少女は文字通り何も出来ないので、部屋の中は最初と違って静かすぎる。


「さて、と……」


 ここからは込み入った話もあるので、商人に聞かれないように小さく話をするため、少女に近づく。


「(ビクッ!)」


 一瞬目が合った程度ではわからなかったかもしれない。

 だけど、今はフードを取って魔眼を隠していない。少女は私の能力に気づいてガクブルし始める。

 私はそんなこと無視して、少女の猿ぐつわを外……そうとしたけれど、意外とガッチリ固定されているから私の腕力では外せない。


 魔眼の新たな能力『死滅』で猿ぐつわを存在ごとなくす。

 これは全てを滅する力。不死だろうが最強の奴だろうが、関係なく存在ごと滅ぼす。これも無機物は見るだけで発動は可能だけど、生きているものには目を合わせる必要がある。それでも強力すぎる言葉通りの必殺技だ。


 そのため消費魔力は馬鹿にならないんだけど、少女に圧倒的な力を示さないと言うこと聞かないだろうから、仕方ないと思って諦める。


 Q:猿ぐつわを滅する程度で力を示せるの?

 A:知らん。


「これで喋れるかな。ねえ、貴女の名前教えてくれる?」


 なるべく優しく、安心させる声で話す。


「あぇ……うあ…………あイりす。アイリス……」


「なるほどなるほど。 ──アイリス。私と、共に暮らしてくれないか?」


 プロポーズしちゃった。いやん♡(殴

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