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第10話 盲目キャラは強し

 商人の馬車に乗れたことで、予定より早く街に着いた。


 まだ夕暮れ時だから、宿に泊まるのも早すぎるということで、私は最初に冒険者ギルドを訪れた。


 冒険者ギルドというのは、魔物狩りを専門にした人たちが多く集まる一つの組織みたいな場所だ。

 魔物狩りを専門。と言っているけど、それは死と隣り合わせのことをしているということでもある。

 なんでそんな危ない仕事をするのか? そのような疑問を投げかけても、返ってくる返答は様々だろう。


 ある人は、他に就ける職がないと答える。

 ある人は、魔物に困っている人を助けるためだと答える。

 ある人は、魔物を狩るのは貴族の嗜みだと答える。


 そんなタイプの違う人達が集まっているため、冒険者ギルドの中は色々とトラブルが多い。


 ある場所では喧嘩なんて日常茶飯事だと、昔私の村に来た商人さんに聞いたことがある。

 その話を聞いたのは数年前のことだったけど、どうやらそれは、今も変わっていないようだった。


「うっわぁ……」


 ギルドの中を覗いた私は、帰りたい気分でいっぱいになった。

 中には見るからに野蛮そうな男性が何人もいて、見たことない私たちに、全員が視線をこちらを向けてくる。

 死と隣り合わせの職だからか女性は少ない。


「視線が邪魔ですね……消しますか」


「やめろ、やめて差し上げろ。レイン、絶対に角と尻尾を出さないでよ? バレたら絶対に面倒なことになる」


「かしこまりました……」


 とにかく、こんな場所で足止め食らうわけにはいかない。目を閉じて『千里眼』を発動しながら、カウンターのお姉さんのところまで歩く。これなら覗かれて目を見られる心配もない。


「こんにちは。今日はどのようなご用件ですか?」


 営業スマイルで挨拶してくるお姉さん。

 目を閉じたままだが、フードを被りっぱなしというのもおかしいので、顔を出してこちらも笑顔を作る。


「冒険者登録をしたくて……すぐに出来ますか?」


「ええと、お二人でよろしいですか?」


 お姉さんは登録をしたいと聞いて困った表情になる。


「はい」


「わかりました。それでは用紙をお持ちしますのであちらの席でお待ちください」


 言われた通り席に座って待っていると、別のギルド職員の人が来て紙を渡してくれた。


 私がずっと目を閉じているから盲目なのだろうと気づかってくれた職員は、代筆するかと提案してきたけど、やんわりと断った。


 だって見えているし、気持ちは嬉しいけどこれは演技だし。


 面倒な手続きをするのかと思いきや、書かねばならない項目は名前だけ。その名前も偽名を使っていいらしい。なんでも、名前を持たない孤児が仕方なく冒険者という道を選ぶ。という場合もあるから、偽名でも問題ないと決まりがあるのだとか。


 後は注意事項と死ぬ可能性が高いけど本当にやりますか? という確認だった。


「……ん、セリア様。家名の『アレース』は付けないのですか?」


 私の紙を横目で見たレインはそう聞いてくる。

 レインが言ったとおり、私の名前記入欄には『セリア』としか書いてない。


「私は家の者じゃなくなったからね」


「──っ、すいません」


 感情が読み取られないようにサラッと言ったつもりだったけど、レインは敏感に察したらしく急にしおらしくなる。


「これは私が選んだ道なんだから謝らないで、ね?」


「はい……」


 少し暗い雰囲気になってしまったけど、とりあえずこれを受付のお姉さんに渡せば登録出来るのだろう。


「これでお願いします」


「はい。確かに承りました。……念の為、注意事項をお読みしますか?」


「あー、はい。お願いします」


 断るのも面倒だし、私も流し読みしていたから、見逃している部分もあるかもしれない。レインもどうせ注意事項なんて読んでなかっただろうから、ちょうどいい。


「冒険者という職は魔物と戦うのが基本となります。なので、死に一番近い職業となりますがよろしいですか?」


「はい。大丈夫です」


「……次に冒険者同士の争いについてです。冒険者は気が強い人も多いので、喧嘩が絶えません。それにより怪我をしたり、賭け事で物を失ったりしても、全て本人の責任となります」


 今も視線を向けてくる人たちを見れば、毎日喧嘩しているんだろうなぁってわかる。


「先程も言ったとおり、命の危険がある職業です。なるべくパーティーを組んで行動したほうがいいと思いますが、お二人の他にお仲間は?」


「いえ、私とこの子だけです」


「我と組んでも足手まと──むぐっ!?」


 慌ててレインの口を塞ぐ。

 危ねえ、もう少しで気の荒い冒険者の皆に爆弾投下するところだった。


「レインはお口チャック。……すいません、続けてどうぞ」


「……はい。パーティーなのですが、お二人だけだと危険と思われます。他に人数が空いているパーティーがいくつかあるので、紹介しますか?」


「いらないです。私とレインだけで全て事足りるので……」


「ですが……その目では困難なのでは?」


 ようやく目の話題が来た。

 どうせ盲目では何も出来ないと思われているのだろう。盲目キャラが本当はめちゃくちゃ強いって話もよくあるだろうに。

 とまぁ、この時の対処もすでに考えてある。


「レイン、私を──本気で殴って」


「本気、ですか?」


「うん。手を抜いたら許さないよ? 受付のお姉さん。これを避けられたら実力は大丈夫だと認め、無用な気づかいをしないと約束してもらえますか?」


「…………わかりました。もし、怪我をした場合は医務班を呼びますので、安心してください」


 レインの本気パンチを食らったら、怪我どころじゃなくて首から上が無くなると思うんだけどね。


「それでは……行きます!」


 レインが拳を振り上げる。数秒もしないうちにレインの拳は私に当たるだろう。


 ──と、ここで『支配』の説明。


 一度支配した者は永遠に私の物になる。と前に言ったと思う。

 実はもう一つ隠れた『支配』の使い方がある。

 なんと支配した相手の思考を読み取ることも出来てしまう。


 だから私には、レインがどこに打ち込むかなんて手に取るようにわかる。

 レインは顔面ドセンターを狙っているようなので、首を横に倒すだけで簡単に避けられる。


 拳が顔の真横を通り、ブンッ! という風を切る音が聞こえてくる。正直、真横を通過する空気の振動で、私の首が持っていかれるかと思った。

 本当に本気で打ち込んだらしく、私の背後がパンチの衝撃波で、椅子も机も床も全て吹き飛んでしまった。


 ……ギルド内部を半壊させるのは予想外だったなぁ。


 レインも悪気があってやったのではないのだろう。

 だから私は、諭すように優しく言う。


「確かに私は本気でやれと言ったね。だからって建物ぶっ壊すほどではないと思うんだ」


 ほら、見てみなよ。私達をずっと見ていた冒険者の皆を。


「「「「………………………………」」」」


 全員がレインのパンチによって起こった惨劇を呆然と見ている。


「………コホンッ、とりあえず私たちの実力は充分理解して頂けたと思うので、登録のほうさっさとお願いします。ね?」


「あ、はい! すぐに準備いたします!」


 相当焦っていたのだろう。お姉さんが入っていった裏側ではガシャーン! という騒がしい音が聞こえてきた。

 やがてお姉さんが持ってきた物は、二枚のプレートだった。


「そ、それではこちらのプレートに触れてください」


 言われたとおりに触れると、プレートは僅かに光って次々と文字が浮かび上がってくる。


『セリア(女)

 冒険者ランク:C』


 プレートにはこのような簡単な文字が出来上がっていた。


「これは冒険者の証でもあります。これがあれば街や国に入る際の通行料を支払わなくて大丈夫になるので、無くさないようにお願いします」


「もしも無くしてしまったら?」


「面倒な手続きと手数料がかかります」


 ──よし、絶対に無くさないようにしよう。


「今日はもう遅いので、依頼は明日からのほうがよろしいかと思われます」


「わかりました。では……あ、ここら辺でおすすめの安い宿ってありますか? 私たちはこの街に来たばかりなので、何もわからなくて」


「それでしたら『狐の果実亭』がおすすめですよ。新人冒険者が多く泊まっているので、情報交換には最適です。中央通りに看板がありますよ」


 情報交換か……金になる話とかあったら嬉しいな。新人ってことは変なプライドとか持ってないだろうから、気軽に接することも出来る。


「ありがとうございます。そこに行ってみますね」


 踵を返してギルドを出る。

 こういう時は大抵誰かが邪魔をして来るのが定番なんだろうけど、先程レインがやらかしてくれたおかげで誰も近寄ってくる気配がない。


 とにかく今日は疲れた。


 他人と話す時に自然と良キャラになってしまうのも難点だ。そのせいで余計に人のことを意識してしまうようになり、精神的なストレスが積もるようになってしまった。


「さっさと宿で寝たい……」

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