とある夏休みの夜
高校一年生夏休みの出来事だった。午後8時頃、俺、A君、B君、Cさん、Dさんの5人は大きな川沿いにある広場で花火をしていた。打ち上げ花火のような派手なものは用意していなかったが、それなりに楽しんでいた。
午後8時半頃、花火の残りが少なくなってきた時にちょっとしたハプニングが起きた。火をつけていたライターが切れてしまったのだ。
「あー、ライター切れたわ」
「振っても駄目なん?」
独り言のように呟くと隣にいたA君が反応した。俺はライターを振ってスイッチを押してみたが、残念ながら火が出ないようだ。
「駄目だなあ。どうしようか?」
「コンビニで買えば良くない?」
「え? コンビニにあるのか?」
「おう、100円だったはず」
「安いな。ならちょっと買ってくるわ」
コンビニは堤防沿いにあるが、堤防沿いは街灯が少ないため、かなり暗い道を通る事になる。だが、まあ何とかなるだろうと考えているとB君が先程の話を聞いていたのか会話に入ってきた。
「堤防沿いのコンビニか? でも、あそこは遠くないか?」
「いや、歩いて十五分程だからすぐ買ってくるわ」
「でも、一人は危ないでしょ? 二人で行ったら?」
全員が手に持っていた花火を終えたようで、戻ってきた。
「なら、俺行くわ」
「遅くなるといかんから早く行こうぜ」
俺とA君が広場から出て、かなり暗い堤防沿いをひたすら歩く。夏だから夜でも然程寒くないが、虫が多く、辺りから虫の合唱が聞こえていた。
「でも、ついていないよなあ。ライターが切れるなんてさ」
「それな。予備を持ってこりゃ良かったよ」
「本当になー」
そんな雑談をしながらどんどん歩を進める。会話をしながらコンビニまで後半分くらいかな? と思っていたら不意に背後が気になった。
思わず歩みを止めて、背後を向くと変わらずただ暗い堤防沿いだ。所々街灯が灯っているが、精々虫をおびき寄せる事しか効果を発揮していないようなも灯りだ。
「どうしたんだ?」
「ああ、いや、何か後ろが気になってさ」
「後ろ? 何もいないみたいだけど」
「俺の気のせいみたいだったわ」
何だったんだろうなあと思いつつも歩みを再開すると今度は夏にしては少し冷たい風が足をすり抜けていった。
「風、少し冷たくない?」
「ああ、それ思った。もう少し暖かい風が良いよな」
「そうだよな」
少し寒いなあと思いながらも、さらに進んでいくと何故か鳥肌が立つほどに寒くなってきたような気がした。何だかおかしくないかと考えるが気のせいだと自分に思い込ませて進んでいく。
コンビニまで残り四分の一に差し掛かった所でまた不意に背後が気になった。思わず背後を見るが先程振り返った時と同じような光景が広がっているだけだ。だが、先程とは違い何だか不気味に思える。
重圧感とはこの事なのだろうか? まるで見えない何かがそこにいるような気がしてしまい、恐ろしくなってくる。だが、これは多分気のせいだと思っていると隣にいるA君が少しオドオドした様子で話し始めた。
「な、なあ。何かここやばくないか?」
「……おい、そんなこと言うなよ? 俺もやばいって思っていた所なんだからよ」
「だよな? やばいよな?」
「ああ、コンビニまで走ろうぜ!」
「賛成だ!」
俺とA君はコンビニまで必死に走った。相変わらず背後が気になるがもう恐ろしくて振り向く事も躊躇ってしまう。頭の中でやばいやばいと思っている中、A君の顔を見ると顔を青ざめながらも走っていた。
A君も俺と同じように感じているのだろうか? だとしたらこれが俗に言う心霊現象なのか? 混乱している頭で結論の出ない事を考えながら必死に走り続けるとコンビニの駐車場に着いた。
その瞬間、背後が気になる事がなくなり、汗を少し掻いたにもかかわらず、風も心なしか寒くないように感じる。
俺とA君はほっと息を吐きながらコンビニへと入る。ごく一般的なコンビニであるが、夜であるため商品が少ない。そんな事はどうでも良い事でライターを探すとすぐに見つかった。100円の青いライターだ。
「ああ、これか」
「早く買って戻ろうぜ」
「そうしようか。だけど、さっきのは一体何だったんだろうな?」
「分かんねえな。ああ、あれじゃね? 心霊現象ってやつ。実際に体験してみると恐ろしいもんだなあ」
「それな」
そんな雑談をしながら会計を行う。店員の後ろにある時計は8時42分を指していた。9時前には戻れそうだなと思いつつお金を払う。
「さあ、戻ろうぜ……ってあそこまた通るんだよな? 嫌じゃね?」
「嫌だなあ。なあ、別の道で戻ろうぜ」
「賛成。あんな暗い道より住宅街を通った方が安全だ」
コンビニを出て、先程とは別の道である住宅街を進む。堤防沿いの下にある住宅街だ。道が細かく、方向音痴であれば迷う可能性もある所だ。だが、住宅街の方が明るく、間違いなく堤防沿いよりかは安全だろう。……少なくともこの地点では俺もA君もそう考えていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……なあ、ここってこんなに暗かったか? 予想よりも暗くてやばいんだが」
「おかしいな……。予想ではもっと明るいと思っていたんだけどな」
住宅街に入ると予想以上の暗さに俺とA君は驚く。街灯はまだしも、家から漏れ出る光があれば明るいはずだと高を括っていたのだが、そんな事はなかった。
まだ9時前なのに家から漏れ出る光はほとんどなく、街灯も予想以上に少ない。本当にここが住宅街なのかと疑う程だ。それ程までに灯りが少ない。
選択を間違えたかと思ったが、すぐにその考えを改める。例え住宅街が暗くとも、あの薄気味悪い所をまた通るのだけはごめんだ。というか二度と夜に通りたくない。
「ここも薄気味悪いなあ。なあ、さっさと行こうぜ」
「あ、ああ。そうだな。……ん? ちょっと待って」
A君が早く戻ろうと提案した所で、俺はある事に気づいてしまった。
「どうした?」
ただの気のせいだ……そう願いながらも、声を震わせて俺は言葉にする。
「あの家の中、誰もいない……よな……?」
先程から、家から漏れ出ている所を見ても誰も見当たらないのだ。一軒や二軒だけならまあ、偶々、いないのだと思うのだが、リビングらしき部屋で数人は座れそうなテーブルの上に湯気が出ている料理が並んでいる所でも誰もいない。
普段ならそこまで見る事は無いのだが、先程の体験からの恐怖心が抜けていないのかそんな些細な事さえも気にしてしまう。
「き、気のせいだ! そうに違いない! 偶々キッチンとかに行っているだけだって!」
「そ、そうだよな! 気のせいだよな!」
自分に言い聞かせるように夜間でありつつも少し大きな声で言った瞬間。
「カァー! カァー!」
「「うあぁ!」」
先程の声で驚いたのか、近くにある木々から数多くのカラスの鳴き声が響き渡り、そのまま暗闇の中、自分たちが進む方向へと飛んでいった。夜間でなければ日常的に聞く鳴き声であるが、夜間に聞くと恐ろしいものだ。まして、カラスが飛んでいった先―――俺たちが進む方向に何か恐ろしい存在がいるのではないかと錯覚させられてしまう。
そんな錯覚から先に進みたくないという気持ちが芽生える。だが、今更戻るという選択肢もない。恐怖心を押し殺しながら進むしかないのだ。
「カ、カラスかよ。驚かせやがって」
「だけど、この時間にカラスって……嫌な予感しかしないな」
「それな。もう走るか?」
「そうだな、そうしようぜ」
少しでも早く戻るために俺とA君は再び走り出す。誰もいない住宅街を抜けて、道路沿いに生えている妙に湿気を感じる竹林がある所を通り抜け、ついに見知った道に出た。
小道であったが、知っている道だ。安心感は全然違う。それに加えて、先程まで感じていた恐怖心が大分薄れてきている。
そうなれば後はもう進むだけだ。知っている道を歩いて遂に皆がいる広場に戻ってきた。広場では皆がベンチに座っている姿が見える。
「ようやく戻ってこれた……嫌な目に合ったな」
「全くその通りだな……おーい! 買ってきたぞー!」
ライターを掲げながら皆を呼ぶと何故か怒っているように俺たちを見ている。花火の続きが出来るというのに何故なんだ?
「遅い! どこまで行っていたんだよ!」
「今何時だと思っているの!? もう帰るよ!」
時間は大体9時頃のはずだ。だからまだ出来るはずだ。
「え? 何言っているんだ。まだ時間あるだろ?」
「そんなに時間無いよ! だって今は11時だよ!?」
……え? どういう事だ?
「電話しても出ないし、勝手に帰ったのだと思った!」
「いや、電話なんて一度も……!」
来なかった。そう言おうとした所でスマホの着信音がなる。慌ててスマホを見るとメールが数件届いていた。一応中を覗いてみる。
手紙の内容はただ、楽しかったよ。と書かれているだけであった。
偶々書きたくなった短編ですが、ほとんど実話です。違う点で言えば最後のメールの所だけです。
後、もし気に入っていただけたら現在連載している悔いのない転生を! を読んでいただけたら幸いです。