第5話 メリダの盾
第5話 メリダの盾
「報告は以上か?」
「はい、陛下。王国各地の医師団にメリダ救援を要請しました。王都と近隣都市からも可能な限りの兵士を派遣、姫様の指揮で人手をかき集めています。私もこれから姫様の補佐のため、派遣部隊に合流します。」
「わかった…。皆の尽力に感謝する。娘のエメリアの元、引き続き頼んだぞ。私も各都市の連携を強化するよう呼びかける。後続は私に任せて、存分に動いて欲しい」
「はっ!陛下!」
メリダとエバ山脈に降りかかった災厄。その報告は王国中に衝撃を与えた。アリアス王国の王都サダリアでは、ヒース・オーランド国王陛下の命で直ちにメリダへの救援要請が発せられ、メリダの近隣都市、並びに王都を含む王国各都市から、医師団と兵士が順次派遣されている。
現地の救援活動を指揮するため、アリアス王国の王女であり、将軍でもあるエメリア姫もメリダへと向かった。
災厄が起こってから三日、救援部隊の第一陣がメリダへと到着する。
「これは…ひどいな」
エメリア・オーランドはメリダの南門前に到着し、現状をその目で確認する。門の前には、避難してきた市民の仮設キャンプがあり、所々で怪我人の治療が行われていた。メリダの兵士たちは周辺の安全を確保しつつ、行方不明者の捜索や瓦礫の撤去、そして…遺体の搬送を行なっている。
兵士の怒声、怪我人の苦しむ声、家族を失った人々の泣き声…様々な声が飛び交い、混沌としていた。
エメリアは自分の胸に手を当てる。緊張のためか、心臓の鼓動が速い。
"銀髪の騎士"の二つ名を持ち、将軍の威風に包まれ、存在が大きくみえる彼女の背中が、小さく震えていた。
エメリアは胸に当てた手をぐっと握り、自分の使命を果たすために心を奮い立たせる。馬を降り、長い銀髪を後ろにたなびかせ、彼女は叫ぶ。
「改めて、現場の報告が聞きたい!メリダ市内はどうなっている!?」
エメリアが声を振り絞って叫ぶと、仮設キャンプから兵士が一人駆けつける。短い金髪に無精髭を生やした中年の男は、現在メリダの兵士の指揮を取っている。彼の名はテオ・ルー。ソフィアたちの父だ。
「エメリア姫!来てくださったのですね!私はテオ・ルーと申します。現在、メリダの兵士を指揮しております」
「そうか。これまでよく市民を守り、苦難に耐えてくれた。国王陛下に代わり、皆の尽力に深く感謝する。さて、我々はメリダ救援部隊の第一陣だ。後続の部隊も順次来る。以後、私が全体の指揮を執ることになっている。テオにも引き続き、働いてもらいたい。宜しく頼むぞ」
「はっ!感謝申し上げます!」
テオはエメリアに膝をつき、頭を下げた。エメリアはテオの肩に手を当て、一度頷く。
「さあ、現場の報告を聞きたい。災厄が起きてから現在までの状況を詳しく教えてくれないか?」
エメリアが再度尋ねると、テオが立ち上がり、三日前の事を話し始める。
「あの日、私の隊は東の国境調査の任務からメリダへ帰投する途中でした。メリダの壁が見え始めたその時、突然地面が揺れ始め、辺りに轟音が響き渡りました。そして…私たちは見ました。エバ山脈が崩壊し、砕けた岩と粉塵が凄い勢いでメリダに襲いかかる瞬間を」
そこまで言うと、テオは目を閉じ、その光景を思い出したのか、拳を握りしめた。その手は震えている。
「それから私たちは、メリダの南門に急行し、市内に入りました。辺りはまだ粉塵に覆われ視界が悪く、辺りには建物の瓦礫が散らばっておりました。私は街の指揮を執っているはずの衛兵隊長と行政官を探しましたが、彼らは既に亡くなられていました…。それで私が指揮を執る事になったのです」
「なるほど…そして現在に至るわけか。それで、被害の全容はどのようになっている?」
エメリアが聞くと、テオは少し呼吸を置き、話を続ける。
「はい…。街は半壊、死傷者は市民の約半数に及んでおります。しかしながら、我々が見たあの大崩壊の規模からみて、これでも街への被害は抑えられていたと言えます。山脈の砕けた山肌が、巨大な石つぶてとなって街に襲いかかってもおかしくはありませんでした。しかし、実際には地揺れと粉塵混じりの強烈な突風による被害が主です。岩石に潰された家屋などは一つも見られませんでした」
テオがそう言うと、エメリアは疑問に思う。話に聞くだけでも凄まじい崩壊にも関わらず、これだけの人々が生き延びたことは、奇跡だ。メリダの壁も損傷は見られるが、原型をしっかり留めている。
「ふむ…不幸中の幸いと言っていいのか…わからんな。本来街を襲う可能性があった岩石は、どこへ落ちたのだ?」
エメリアが尋ねると、テオは北の壁の方へ振り返る。
「…岩石は、北の壁の手前で止まりました。いえ、"止められた"と言うべきかもしれません」
テオがそう言うと、エメリアは困惑する。"止められた"とはどういう事なのか。
テオの報告を聞き終えてすぐに、エメリアは再び馬に乗り、北側の状況を確認するため走り出す。東側から回り込む途中の足場も、細かい岩で地面が抉られた跡が見られたが、壁から一定の距離内には一切その跡が見られない。
エメリアは奇妙な不安に襲われる。こんな事が起こりうるのだろうか?
そして、北側に辿り着いた時、エメリアは寒気を覚えた。
エバ山脈の変わり果てた姿が間近に見え、その奥の異様な光景…宙に浮かぶ大地などは恐怖を覚えるのに充分であったが、さらに不可解な光景を目の当たりにして言葉を失う。
家屋程もある巨大な岩石群が、北壁から一定の距離離れた場所に、規則正しく固まっている。まるで、巨大な見えない盾に阻まれたかのようだった。