第4話 大崩壊
第4話 大崩壊
「ルーナ!ルーナ!」
ソフィアは中層地区に降り、瓦礫が散乱する道で妹の名前を叫びながら走る。街はまだ粉塵が収まっていないので、視界が悪い。辺りからは、混乱した人たちの悲鳴、兵士の怒声、怪我をして助けを求める人の声などが入り混じって聴こえてくる。
ソフィアは所々で転んだり、壁にぶつかったりしながら、必死に家に向かう。今朝、妹が落ち込む姉を励まし、見送ってくれた時の光景が頭をよぎる。
ソフィアの目に、また涙が溢れてきた。粉塵の影響もあり、余計に前が見えない。涙を拭っても、止まらない。
「早く…早く帰りたい。ルーナ…」
「ソフィア、待ちなさい」
突然、背後から手が伸びてきて、ソフィアの左腕を掴む。花の老人が、後を追ってきてくれていたのだ。
しかし、ソフィアはとにかく急いで帰りたいがため、老人の手を振り払おうとする。
「おじいちゃん、離して!!早くルーナの所に行かないと!きっと家で待ってるの!お願い、離して!」
必死に前へ進もうとするソフィアを、老人は強く抱きしめる。
「お願い…行かせてよ…おじいちゃん」
ソフィアは老人の胸で泣きながら、懇願する。老人はソフィアの頭を撫でながら、優しく話しかける。
「わかっている。わかっているよ。だからこそ、この手を離すわけにはいかないんだ、ソフィア。君に何かあったら、ルーナと言ったな、その子が悲しむだろう。だから、落ち着いて。私が一緒に行こう」
老人に言われて、ソフィアは涙を拭い、ぐっと気持ちを堪える。涙は止まったようだ。
「…うん、わかったよ。おじいちゃん、ありがとう。そうだ、おじいちゃんの名前を教えてよ」
ソフィアは老人の名前を聞く。今まで、決して教えてくれなかった名前を。老人は少し考え、再び口を開いた。
「すまなかったね。今まで黙っていて。わしの名前は、リゴ・ソラン。リゴで構わんよ」
老人はソフィアに名を告げた。ソフィアは自分の胸に手を当て、その名前を大事に仕舞い、そしてニコッと笑う。
「よろしくね、リゴ!改めて…私はソフィア。ソフィア・ルーよ」
リゴはソフィアの頭に手を乗せて、優しく微笑む。
「そうか、そうか。ありがとう、ソフィア」
二人はようやく、ちゃんと自己紹介をすることができた。リゴはソフィアの手を引く。その手は大きく、ソフィアの手をしっかりと包み込んだ。二人は再びルーナが待つ家に急いだ。
「痛っ…。私、どうしちゃったの?なにがあったの?」
目が覚めたルーナは、まだ視界がぼんやりとしている。頭も痛い。あちこち怪我をしてるようだが、とりあえず生きている、と、自分で確認した。
「確か、お姉ちゃんを見送った後、二階の掃除をしてて…なんか目眩がしたみたいに揺れたと思ったら、急に何かが下から突き上げてきたような…」
頭を少し打ったのか、なかなか記憶が辿れない。ルーナは深呼吸をして、再びゆっくりと記憶を繋いでいく。
「それから、外で凄い轟音が聞こえたと思ったら…何かに飛ばされたような。あれ、そういえば私、なんで外にいるんだろう?家の中にいたはずなのに…というか、私の足元の板、これ二階の天井…?」
ルーナは自分のいる場所を見回す。辺りは何かの粉塵に包まれて、モヤモヤとしているが、なんとなく家の庭先であることがわかった。だが、二階の天井が落ちていたり、瓦礫が散らばっているのを目にして、心臓が止まりそうになる。
「そんな…私たちの家が…ばらばらになってるの?そんな…そんな…」
ルーナは痛みを忘れて起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。致命傷は免れたみたいだが、打撲や捻挫があちこちにある。起き上がれないルーナは両手で顔を覆い、泣き出した。
「お母さん…お父さん…お姉ちゃん…みんな、どこ?お家がなくなっちゃったよ…みんなが帰ってくるお家が…」
なかなか一緒に揃えない家族の、貴重な思い出が詰まった家を失ったことが、ルーナにはとても堪えた。どうしたらいいのか、何も考えられない。ただ、泣くことしかルーナには出来なかった。
「ルーナ!!」
頭の上から、聞き覚えのある声が聞こえる。
「ルーナ!!大丈夫!?お姉ちゃんだよ!返事をして!」
「お姉ちゃん…?」
「そうだよ、ルーナ!帰ってきたよ!」
ルーナは姉の声をハッキリ聴いて、声がする方向に顔を向ける。そこに金髪が埃だらけで、涙目の姉がこっちを見て笑っていた。ルーナは姉に会えたことを実感し、涙を溢れさせて声を出す。
「お姉ちゃん…帰ってきてくれたんだ。お姉ちゃん…お姉ちゃん…!」
言葉を絞り出した後、わんわんと泣き出したルーナを、ソフィアが小さな腕で優しく抱きしめる。
「ただいま、ルーナ。さあ、まずは手当てしよう」
そう言うと、ソフィアはリゴを呼んで、ルーナの手当てを始めた。
街に漂う粉塵が収まり始め、視界が徐々に開けてくる。人々は安堵する間も無く、街の変わり果てた様子を目にし、立ち尽くす。この日、エバ山脈は崩壊し、メリダの街は半壊した。多くの怪我人と犠牲者が出たこの日を、後の人々は"大崩壊"と呼んだ。