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星を巡るソフィア  作者: 彩都 諭
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最終話 星を巡るソフィア

 最終話 星を巡るソフィア



 宇宙。


 そこはずっと夜であり、昼でもある。


 外には星の煌めきが夜空のように瞬き、同時に太陽が朝日のように照らしている。


 惑星アリアスを脱出したばかりの船団は、何もない宇宙空間を当てもなく彷徨っていた。


 その船団の中の一隻、琥珀の女王号が船団の船に接舷している。


「急に押しかけてしまって、すまなかったな」


「いえ、姫様は娘を心配して来てくださったのです。これくらい、なんでもありません」


「そうか…ありがとう」


 千人以上が滞在できる船内の部屋は広い。その中の一室では、ルー家も滞在している。


 リゴを見送った後、ソフィアは琥珀の女王号から家族が乗る船へ移った。その船にはエメリアも乗船しており、惑星の崩壊による船団の被害が無いか、状況を確認した後でエメリアはソフィアの元に駆けつけたが、エメリアが到着した時には既にソフィアはルーナと抱き合い、ベッドで眠っていた。


「二人とも、よく眠っているな」


 エメリアはソフィアとルーナの顔を眺めながら呟く。ソフィアはまだパイロットスーツを着たままだった。


「ええ。たっぷり泣きましたからね…。ルーナもわんわん泣いていましたが、ソフィアがあんなに泣いたのは初めてかもしれません」


 カトラは優しい顔をしていたが、少し寂しそうだ。


 ソフィアが帰ってきた時、まず真っ先にルーナが泣きながら飛びついてきた。ソフィアは少し困った感じだったが、ニカッとした笑顔でルーナを抱きしめる。


 だが、家族でひとしきり再会を喜んだ後でリゴの事を聞かれた瞬間…ソフィアはその場に崩れ、大泣きしてしまった。


 事情はわからないが、テオとカトラはすぐに察した。リゴはソフィアの前からいなくなってしまったと。ルーナも突然の事でわたわたしていたが、姉のただ事ではない泣き方をみてリゴのことを察すると、二人して抱き合いながら大泣きし、そのまま泣き疲れて眠ってしまったのだ。


「リゴを泣かないで見送ると決めたのはいいが…やはり相当に我慢していたのだな…こんなに涙の跡が残って……?」


 ふと、エメリアは話しながら自分も涙を流していることに気づく。それを見たテオとカトラが心配そうにしていた。


「すまない…大丈夫だ。私も、ソフィアと同じだ。我慢していたのだ…ずっと」


 流れる涙はそのままに、エメリアは部屋の天井を見上げ、目を閉じる。


「護るべき国…護るべき民…共に戦った古狼たち…マルセラ…そして、陛下である父を、私は失ってしまった。最後には、ここまで私と民を導いてくれたリゴもいなくなってしまった。耐えきれるものか…」


 本当に多くの犠牲があった。王としても、エメリア個人としても、限界だった。流れる涙がそれを表している。


 その様子をみていたカトラは、エメリアを抱きしめる。


「な、なんだ? どうして…?」


 自分が何をされているのかわからず、エメリアは驚く。だが、カトラの温もりが少しずつ伝わってくる。


「姫様…ご無礼をお許しください。ただ、しばらくこのままで…」


 そう言うと、強く、しっかりと抱きしめるカトラ。テオもエメリアの元に来て、頭を優しく撫でる。


「私も…大変なご無礼を働きますが、どうかお許しください。姫様はご立派に耐えられました。だから…もう我慢しなくていいんです」


「まったく…おまえたちは……っぅ…ぁぁ」



 それ以上の言葉はなく、ただ、時間がゆっくり過ぎていく。


 エメリアやソフィアたちだけではない。人々は皆、ずっと耐えてきたものがある。ある者は家族と、ある者は友人と、ある者は一人で…



 こうして、船団は長い一日を終えた。




 次の日、エメリアはモニターの前に立ち、船団の人々に語りかける。


 まず最初に、犠牲になった人々の追悼をする。それから、故郷への別れを述べた。だが、この船団はこれからどこへ向かうのかは、これから状況を説明に赴くとだけ、人々に伝えた。



 エメリアの話が終わった後、リオンの報告で無人の船が船団に数隻あることがわかった。それは居住用ではなく、水の精製や食料の生産、空気の浄化や電力の供給など、今後の生活に必要なものを補う様々な設備が備えられた、まさに船団の核となる船たちだ。どうやら、これもリゴから船団の人々への贈り物らしい。


 早速リオンが確認し、船団は連結作業を開始する。エメリアはリオンと話しながら詳細を詰め、人々に説明するために各船に赴く。それをソフィアが琥珀の女王号で手伝っていた。


 ソフィアはこの機会に船の操縦を覚えるため、操縦桿を握る。最初は酷いものだったが、少しずつコツを掴めてきたのか、いきなり宙返りすることはなくなった。


「ソフィア、だいぶ操船に慣れてきたんじゃないか?」


「いやあ、それほどでも…」


 エメリアに褒められ、照れるソフィアの後ろから、アビーがジトっとした目でソフィアを見る。


「ソフィア様…私がアシストしてるから、まだ真っ直ぐ飛んでいる事をお忘れなく…」


 アビーの突っ込みに、ソフィアは頰を膨らまして抗議する。隣でエメリアは大笑いしていた。


「この調子でアビーに鍛えられれば、あっという間さ。そうだろ?」


「うん。エメリアお姉ちゃん、私はやるよ」


 リゴを迎えに行く。


 二人は黙っているが、心に思っていることは同じだった。



 エメリアたちが赴くのも残り数隻となった時、急に通信が入る。だが、それはリオンではない。それどころか、船団のものではなかった。


「なになに? 誰からの通信?」


 アビーが分析する。どうやら、かなり古い時代に発せられたものらしく、宇宙空間に浮かぶビーコンのような発信機から送信されているようだ。だが、それ以上に不可解なことがわかった。


「この通信の宛先は…アンブル・ドゥ・レーヌ号。つまり、この船に宛てて送られた通信です。しかし、この船の存在を知る人は多くありません」


 この船はリゴとその親友、オーランドが建造した。そして、彼らの家族以外は誰も知らない。では誰が? そう考えていると、アビーの分析が完了し、通信データが再生される。それは、音声データだった。



「アンブル・ドゥ・レーヌ号、聴こえているか? この通信データを受け取っているということは、俺との約束を守ってアリアスから無事に脱出できたのだろう」


 男性…少し年配だ。そのはっきりとした話し方は、どこかで聞いたことのあるような雰囲気だった。


「話したいことは山程あるが、要点だけ伝える。俺たちは現在、敵の艦隊と追いかけっこの最中だ。今のところは殿が頑張ってくれているので、避難船団の被害はない。だが…このままでは逃げ切れないだろう」


 通信を送ってきた相手は別の船団にいる?


「アビー、これはどういう事だ? 他にも脱出した船団がいるのか? それに、敵もいるのか?」


「いえ…私たちの船団以外には何もいません。それに、この通信はかなり古いです。もしかしたら…」


 何か心当たりがあるようだが、アビーは再び黙る。通信にはまだ続きがあるようだ。


「…そこで、これから俺たちは長距離ワープを行う。座標データも送るが、行き先は未調査の宇宙空間だ。なぜ、そんなところに行くのか聞きたいだろうが、全部説明している暇はない。だが、言えるのは…」


 モニターに座標データと、見慣れない紋章がついた船らしきものが映し出される。


「…我々は孤立無援ではないという事だ。リゴよ、先に行って待っているぞ!必ず追いついて来い!」



 通信データが終わる。


「リゴ…今、リゴの名前を…」


 ソフィアはエメリアの腕に抱きつく。小さな体が震えていた。


「それもそうだが、この話し方の感じは…似ている。もしかして…」


 その答えは、アビーが告げた。


「 手間取りましたが、声紋データが一致しました。間違いありません…この方は、グウェン・オーランド様。エメリア様のご先祖様です」


 リゴの親友、グウェン・オーランド。アリアスに残ったリゴに対して、グウェンは避難船団を率いて脱出した。その彼から、リゴに送られたメッセージだった。


「まさか…こんなところでご先祖様の声が聴けるなんて…」


 エメリアは感動のあまり、ソフィアの髪をクシャクシャにする。抵抗するソフィアだが、なす術がなかった。


「お、お姉ちゃんのご先祖様は、ちょ…なんとかワープで脱出したんだよね? よかったけど…どこに向かったの? アビー、何かわかった?」


 なんとかエメリアの拘束から逃れたソフィアは、アビーに質問する。すると、アビーが驚きの声をあげた。


「これは…とんでもない事が判明しましたよ」


 モニターに、何やら色々なデータが表示されるが、ソフィアとエメリアにはよくわからなかった。アビーは興奮した様子で話を続ける。


「この座標には、我々や敵とは違う、更に別の高度な星系文明が栄えているようです。そして、その文明は私たちの味方であることは間違いありません。それから…これが最も重要なのですが、リゴ様を探す手がかりが掴めるかもしれません」


「え!? リゴのいる場所がわかったの!?」


 凄い大声でソフィアが叫ぶ。それほどの衝撃だった。


「ソフィア様、落ち着いて…正確な場所は不明ですが、彼らの文明はワープ技術に非常に優れているらしいのです。リゴ様が行なった緊急ワープのような長距離の移動を頻繁に行えたり、ワープの航跡を辿る技術を持っています。つまり、この星系文明の協力を得られれば、リゴ様を迎えに行く事が出来るのです!」


 アビーの話を聞いて、ソフィアとエメリアに光明がさした。船団の行き先だけではなく、リゴを探す方法が得られるかもしれない。


 だが、少し問題もあった。


 それは、船団のワープ距離だ。


 この船団は確かにワープが可能だが、一度のワープでは目的地に辿り着けず、何度もワープしなければならない。緊急ワープは行き先を制御できないので、使用は論外だ。それに、ワープにはそれなりのエネルギーも必要なため、連続使用もできなかった。


 つまり、目的地までは相当な時間がかかる、という事だった。


「…年単位とは、なかなか骨の折れる船旅になりそうだな」


「でも、闇雲に探すよりはいいよ!」


「まあ…確かにな。それに、他に行くあてもない。長旅になるが、行くしかないな。だが…リゴは待っててくれるだろうか」


「大丈夫…リゴは待っててくれるよ。お花を育てながら、必ず」


 不安はあるが、ソフィアの意志は揺らがない。エメリアも同意し、二人は頷く。



 数日後、船団の全船が連結し、ひと塊りになる。その際に、エメリアは船団名を「アリアス船団」と名付けた。今後の行き先も改めて発表され、旅の準備が始まる。


 人々はまだ新しい生活に馴染めていないが、宇宙での生活を送るために細かい講義を毎日受けており、少しずつ順応してきている。仕事は流石に以前と同じようにはいかないが、一つの船団の乗組員として、出来ることから役割を分担し始めた。


 こうして一ヶ月、一年はあっという間に過ぎて行き、三年後には、いよいよ最初のワープに入る準備ができた。


 船団がワープに入る前に、ワープ先の偵察を行う役割を琥珀の女王、アンブル・ドゥ・レーヌ号が担う事になり、船の操縦席にはソフィアが座っていた。


「アビー、船内の最終チェックはいい? 忘れ物したら大変だよ?」


「問題ありませんよ。強いて申し上げるなら…ソフィア様のおやつは先ほどルーナ様が食べてましたよ」


「あ! ちょっと、ルーナ! それ私の!」


 ソフィアの後ろの座席には妹のルーナが座っていた。何かを頬張っている。これで決定的だ。


「んぐっ! アビー! なんでバラしちゃうの!? もう少しで誤魔化せたのに!」


 ルーナがアビーに文句を言うが、無視される。


「もう! あとでご飯を大盛りにしてもらうからね! さて、ルーナ、レーダーとスキャナーのチェックはいい?」


「うん! 全天操作、異常なし! 空間異常も無いよ!」


 手慣れた手つきでレーダー系の操作をするルーナ。この三年で、この船のマニュアルをかなり覚えていた。それで、アビーと共にソフィアのサポートをすることになったのだ。


「よーし、ワープ日和だね! あとは…」


「おーい! まだか!? 私はもう準備万端だぞ?!」


 モニター越しにエメリアが叫ぶ。船の格納庫でキャヴァリアーに搭乗して待機している。機体は銀色に塗装され、ブースターやパイル・バンカーなどを装備しており、宇宙空間用にカスタマイズされていた。その機体の整備をしていたフラガとサラが、エメリアの叫び声を聞いて笑っていた。


「エメリアお姉ちゃん、そんなに張り切って待たなくてもいいのに…」


 ソフィアは呆れた顔で呟く。だが、エメリアは引かない。


「備えあれば憂いなし! 妹たちよ、お姉ちゃんに任せなさい!」


 エメリアは三年の間に、すっかりソフィアたちのお姉ちゃんになっていた。ルーナは最初、ソフィアとエメリアの関係に戸惑っていたが、姉のソフィアを取られないように奮闘しているうちにエメリアに懐いてしまった。


 三人のあまりの仲の良さが船団中に広まり、いつの間にか人々から、「アリアスの三姉妹」と呼ばれるようにまでなっていた。三人とも、その呼び名は気に入っているが、姉が女王陛下なので、少し複雑な気分だった。無論、エメリアはそんなことは気にしてないが。


「はあ…ま、いいか。それじゃ、そろそろ行こう! アビー、離岸準備! 姿勢制御スラスターを噴射!」


 アンブル・ドゥ・レーヌ号は連結を解除し、船団からゆっくりと距離を取る。ソフィアは船体をロール回転させながら、船首を船団の前方に向けた。


「進路クリア。第一加速、通常エンジン、スタート!」


 船体の両翼にあるエンジンが起動し、前進する。ある程度、船団から前方に離れたところで、通常エンジンがカットされ、慣性で前に進む。


「エンジン、カット確認。さて、アビーお得意のパルス・エンジン、行ってみよー!」


「ソフィア様…まだ大気圏離脱の時のこと、根に持っているんですか?」


「え? 褒めただけだよ、アビー。……パイロットスーツの件は絶対忘れないけどね?」


 じっとりとしたソフィアの視線に、アビーが恐怖する。視線から逃げるために、慌ててパルス・エンジンをスタートさせた。


 急加速に乗って、グングン進む。この船がワープに入るには、少し助走が必要だった。


「よし…ワープ・ドライヴの出力上昇! ルーナ、エメリアお姉ちゃん、飛ぶよ? 準備はいい?」


 エメリアはモニター越しに、ルーナは後ろでニッコリ笑う。ソフィアは目を閉じ、リゴの笑顔を頭に思い浮かべる。


(リゴ、迎えに行く準備、出来たよ。待っててね)


 どんなに長い道のりでも、どんなに困難が待ち構えていても、そして…何年かかっても、必ず会いに行く。


 それが、私の約束なんだから。


「さあ…飛ぼう! ワープ・ドライヴ、スタート!!」



 緑と白の閃光が一筋走る。



 星々が輝く宇宙の中を、アンブル・ドゥ・レーヌ号は旅立っていった。




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