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星を巡るソフィア  作者: 彩都 諭
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第31話 彼方に光る

 第31話 彼方に光る


 星が燃えている。


 惑星アリアスは、炎の中に包まれていた。大地には無数の亀裂が走り、そこからオレンジ色の光が漏れる。その光は輝きを増し、やがて惑星全体が光に覆われた。


 閃光ーー


 一瞬、目が眩む程の強烈な光を放つ。それは、惑星の最期の輝きだった。光が収まったかと思うと、星は吹き飛んだ。


 四散し、巨大な岩石になった惑星アリアスが、船団に猛スピードで飛来する。だが、メリダの薄紫色で巨大な盾が、岩石の行く手を阻む。船団から見ていた人々とエメリアたちは、息をのむ。


 ソフィアを除いて、ルー家の一同もモニター越しに、この光景を見ていた。


「あの日…エバ山脈が崩れたあの時と同じ気分だ。この世のものとは思えないな…」


 テオは思い出す。地震が起こり、メリダの街へ駆けつけた時に見た、エバ山脈の崩壊。そして、崩れた山の岩石から街を護っていた、メリダの盾。規模は違えど、状況はどこか似ていた。


「お母さん…私たちの家も、街も、国も…みんな壊れちゃったんだね…」


 ルーナは母のカトラに抱きつきながら呟く。カトラはルーナの赤毛の髪をそっと撫でる。


「そうね…みんな、なくなっちゃったね。でもね、ルーナ。私たち、みんなここにいるわよ? お父さんも、お母さんも、ソフィアは…ちょっとお出かけしてるけど、見えるところにいるわ。だから、大丈夫よ」


 ルーナはギュッとカトラを抱きしめる。ちゃんとわかっていた。みんな、ここにいると。


「そうだよね。大丈夫だよね、お姉ちゃんも。みんな、一緒だよね」


 ルーナの顔に、少し笑顔が戻る。それから、三人はソフィアの顔を想い浮かべた。あの船、琥珀の女王号に乗り込むとき、ソフィアは小さいけど、凛として、金髪を大きくたなびかせながら、真っ直ぐに飛び乗って行った。


「ふふ…あの子は、ソフィアは、大きくなったのね」


「え? お姉ちゃん、まだちっちゃいよ?」


「ははは! まあ、確かにな! でも、大きくなったよ、あの子は…」


 三人は嬉しそうに、ソフィアのことを話して笑っていた。




「へっくち!!」


「おや? ソフィア様、風邪ですか?」


「いや…なんか、どこかでちっちゃい言われたような…」


 アンブル・ドゥ・レーヌ号の中で、外の様子を見守っていたソフィアは、謎の寒気に襲われる。でも、なぜかメラメラとした気持ちが奥底から湧いてくるような…


「そういえば…アビーともお話しないとね…。ねぇ、アビーさん?」


「…システムチェック中。システムチェック中。しばらくお待ちください。しばらくお待ちください」


「ふふふ…アビーさんったら」


 怖い。アビーは自分に表情がないことを心から感謝した。


 ソフィアは不気味な笑顔で、アビーを見つめる。パイロットスーツを着る時に言われたことを、ちゃんと根に持っていた。


 そこに、通信が入る。モニターには、リゴとエメリアが別々に映し出された。


「ソフィア…って、なんか、すごい顔だな…? 大丈夫か?」


「へへへ…まあ、大丈夫ですよー」


 なんか怖い。エメリアは苦笑いする。


「ごほんっ。まあ…いいや。えーと、リゴに聞いたが、惑星の崩壊はもうすぐ落ち着くらしい。メリダの盾も、もうすぐ時間切れだ」


 時間切れ。そう。それが意味するのは…


「ソフィア…。やはり、ワープ・ドライブは限界のようだ。もうすぐ、飛ぶことになる」


 リゴとの別れが近づいてきた。メリダの盾を展開するために使用した、ワープ・ドライブ。しかし、本来の使い方ではないので、長時間の出力はエンジンにかなりの負担を強いる。そして、最終的に出力が臨界を大きく超えるため、安全装置が起動、緊急ワープに入るようになっていた。仮に安全装置が作動しなければ、エンジンは大爆発を起こしてしまう。そうなれば、船団も無事ではいられない。


 確実に安全装置を起動させるには、リゴが残って操作する必要がある。


 しかし、緊急ワープに入れば、リゴはどこか遠くに飛ばされる。行き先はリゴにもわからない。


 場合によっては、二度と会うことはできないだろう。


 でも、ソフィアを始め、三人はもう決心していた。死に別れたわけじゃない。だから、必ず会いに行く。そう決めているのだ。


「そっか…。寂しくなるね。でも、絶対に探し出してみせるから。だから、それまでちゃんと待っててよ?」


「ああ。星を渡しながら、行く先々に花を植えて置くよ。道しるべとして。そうだ、あの花の事を教えておこう」


 リゴはポケットから、花の種を取り出す。見覚えのない種だ。


「これはね、あのメリダの街の花壇にも植えていた花の種だ。昔のアリアスには良く咲いていて、私の妻が好きで、庭の花壇で育てていた。他にも、アリアスの各地から持ってきた種がある。花のデータはそちらに送っておくから、後で見てほしい」


 リゴは沢山の花の種を持っていた。それもそうだ。リゴはこないだまで、別の名で呼ばれていたのだから。


「さすが、お花のおじいちゃん! いっぱい持ってるね!」


「なるほど…王都でも聞いたことがあるぞ。メリダにいる、花の老人の噂は。そういえば、お前だったか」


 花の老人。かつては名前も明かさず、人々との距離を置いていた。"古狼"という獣として生活していたこともある。あの時のままだったら、ここまでやってこれなかっただろう。リゴはしみじみ、そう思う。


 それから三人は、短いが濃密だった一日のことを話す。決して良い思い出ばかりではない。辛く悲しいことが沢山あった。だが、それを三人は乗り越えてきた。それを確かめ合いたかったのだ。


「あっという間だったけど、こんな出会いができて、本当に良かったよ。ね、エメリアお姉ちゃん」


「ああ…。って、ソフィア?! リゴの前でお姉ちゃんって…!」


 慌てるエメリア。ソフィアと二人の時は姉妹のように呼び合えることになっていたが、今はモニター越しとはいえ、リゴの前だ。ソフィアも、あ! という感じで今頃気づく。


「はっはっは! なるほど、姫様とソフィアが姉妹になられたのですか! それはいいですな!」


 大笑いするリゴ。だが、リゴは嬉しそうだ。


「かつての私の友のお孫さんであるエメリアと、私の遠い孫であるソフィアが、こうして姉妹のように仲良くしてくれている。私は…私と友は、その光景を思い浮かべたことがあります。一つ、願いが叶いましたよ」


 エメリアとソフィアは照れくさそうにしているが、お互いに顔を見合わせて笑っていた。リゴもその様子に満たされた気持ちになる。


 こうして、幸せなひと時が過ぎた。



「さて…もう時間のようです。私は無事にワープ出来るように、エンジンを調整しなければ」


 エメリアとソフィアは頷く。


「リゴ…ここまでやってくれたお前に、私は何も恩を返していない。だから、私が恩を返しに行くまで待っていてくれ。アリアスの王として、約束だ」


「はい、女王陛下。ありがとうございます。お待ち申し上げております」


 先ほどとは違い、丁寧に挨拶を交わすエメリアとリゴ。それは女王と騎士の誓いのようだ。


「リゴ。私はまだまだ船のこと、アビーに頼りきりなの。だから、これから沢山勉強して、この船を自由に飛ばせるようになるね! そして、リゴを迎えに行く時はその成果を見せてあげる! だから、ちゃんと待っててよ?」


「ああ。ソフィアがその船で飛び回る姿を見れる日を楽しみにしてるよ。それまで、ソフィアも体に気をつけて。テオ殿やみんなにも宜しく伝えてほしい」


「うん! リゴがおじいちゃんだって、ちゃんと伝えておくから、みんなで迎えに行くよ! リゴも元気で!」


 ソフィアとリゴ、そしてエメリアは微笑む。もう、そこに涙はなかった。


「それじゃあ、また。二人とも、元気で」


 手を振るリゴ。そしてモニターが消え、リゴの姿は見えなくなった。


 エメリアとソフィアは、それぞれ窓の外を見る。メリダの盾が小さくなっていき、メリダの船体が緑の光を放ち始める。いや、緑の膜に包まれているようだ。


 それから激しい閃光がメリダから放たれる。ソフィアたちは眩しさに目をつむった。そして再び目を開けた時には、そこにメリダの姿はなかった。



 リゴはメリダと共に、宇宙のどこかへと飛び去っていった。



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