第28話 決着
第28話 決着
「姫様! 全員の乗船が完了しました! 後は我々だけです!」
テオの報告を聞き、エメリアは頷く。長い時が過ぎた。想像以上に時間がかかったが、五万人の民が船に乗り終えたのだ。
「皆、ご苦労だった! 本当に感謝する! さあ、我々も乗船するぞ!」
エメリアと残りの兵士たちも最後の船に乗船し、ハッチが閉じられる。船の中は広々としており、各船に千人近くが乗り込んでも快適だった。だが、正直落ち着かない。
「立派な避難船に乗れることには感謝せねばならないが…見慣れないものだらけの船内には、少し不安にさせられるな」
船内は細かなブロックに分かれており、人々はそれぞれ十分な広さの個室に滞在している。質素だか綺麗な部屋の内装には、戸惑いながらも落ち着けている。だが、不安になる理由は他にある。
この船には人間の船員がいない。
乗り込んだ人々には、リオンやアビーと同じようなユニットが対応していた。彼らを初めて見る人々は当然馴染めなかったが、エメリアが各船の人々にスピーカー越しに声をかけ続け、なんとか従ってもらったのだ。
「皆が船の生活に慣れるには時間がかかりそうだな…。まあ、その話は後だ。リオン! ソフィアたちに連絡を!」
側にいたリオンがソフィアたちに通信を試みる。その間に、エメリアたちの船は空に上がり始めた。
「ソフィア様、エメリア様から通信が来ています!」
アビーが嬉しそうに声をあげる。やった! ソフィアは待ちに待った連絡が来たのを、ガッツポーズで喜ぶ。ずっと人形を食い止めるべく戦い続け、それが今報われようとしていた。
「ソフィア、私だ! 大丈夫か?!」
「エメリアお姉ちゃん! お待ちしてました! こちらは大丈夫です。船にはみんな乗り込めたんですね!?」
モニターに映るエメリアの顔を見て、ソフィアは喜びの声をあげる。つい、エメリアをお姉ちゃんと大声で呼んでしまったが、照れ笑いでごまかした。それに、エメリアはお姉ちゃんと呼ばれて歓喜の叫び声をあげそうになるが、堪えた。
「ああ! お姉ちゃんたちはもう全員空の上だ! 待たせてすまなかったな! よく耐えてくれた!」
画面越しのエメリアは満面の笑みだ。妹…ソフィアにお姉ちゃんと呼ばれていることも合わせて、感極まって少し涙が出そうになる。だが、側にいる兵士たちの目もあるので、エメリアは我に返り、腕で素早く涙を拭っていた。
「みんな、無事でよかった…。でも、まだ終わっていません。これから、リゴの救出に向かいます!」
そう、まだ終わっていない。メリダが人形たちの攻撃を受けて身動きが取れなくなっている。行かなきゃ。
「そうだな。まだ喜ぶのは早いか…。ソフィア、すまない。リオンとも確認したのだが、私たちはもう待つことしか出来ないようだ。ここまでの戦いで私たちを護り切ってくれたソフィアたちを、助けにいけない事を許してくれ…」
エメリアは頭を下げる。本当は、またキャヴァリアーに乗って馳せ参じたい。だが、この船団はもう星からの離脱に向けて最終準備に入っており、動けない。それに、リオンの話によると、援護しようにも避難船に武器は無いようだった。
「お姉ちゃん…ありがとう。大丈夫だよ! 私たちが必ずリゴとメリダを連れて戻るから、安心して! アビー、準備はいい?」
「いつでも行けます、ソフィア様。リオン! そちらは頼みますよ!」
ソフィアとアビーは力強く頷く。エメリアとリオンも顔を見合わせ、頷きを返した。
「ソフィア、アビー、絶対に! 無事に帰ってこい! 待ってるぞ!!」
「はい!! では、行ってきます!!」
エメリアは力強く声を振り絞り、ソフィアたちを送り出す。ソフィアも元気いっぱいの声を振り絞り、エメリアたちに叫ぶ。互いの信頼を確信し、その目にはそれぞれの決意があらわれていた。
こうして琥珀の女王号は放たれた矢のように飛び去って行った。
「くっ…出力が上がらない…早く行かねばならないのに…」
リゴはメリダのブリッジで、一人奮闘していた。船は絶え間なく襲う衝撃に揺られ、警報が鳴り響く。
エメリアをキャヴァリアーで送り出してから間も無く、人形たちの一部がメリダを包囲する動きを見せた。最初はメリダの武装で撃退していたが、急に状況が一変する。
包囲している人形たちの中に、形が異なる12体の人形がいた。その人形たちは四つ足…まるで獣の姿をしており、背中には他の人形にはない武器を搭載していたのだ。
そして、リゴは目を疑うような光景を目にする。12体の人形たちは、背中の武器から青白い閃光を放ったのだ。
それは、フォトン・キャノン。フォトン・バルカンのような連射は効かないが、一撃はかなり重い。12体の人形の一斉射撃を受け、メリダは機関にダメージを受けてしまった。
二撃目が来る前に急遽シールドを展開したので、その後の損害は免れたが、シールドを張り続けているため出力が足りず、身動きが取れなくなってしまう。
「船団への指令はなんとか飛ばせたが…通信妨害までされるとはな。メリダ対策をされていたとなると…奴の仕業か」
リゴの脳裏に、ローケンの顔が浮かぶ。ミナリスの崩壊に巻き込まれ、ローケンは死んだ。だが、奴の置き土産がここにもあったらしい。
「最後まで…やってくれるな。くそっ!」
リゴは椅子を叩く。この状況はかなり不味い。メリダの損傷に対する応急処置はなんとか出来たが、まだ移動するには出力が足りなかった。しかし、時間が差し迫っている。このままでは船団を護ることが出来ない。
「あと一時間…ここまで来て、何も打つ手がないのか!? 俺は今まで何をして来たのだ!!」
ソフィアとエメリア姫。二人をどれだけ危険な目に遭わせたのか。戦いに送り出しておいて、自分は何も出来ない。
情け無い。これがリゴ・ソラン、お前という男なのか。
鳴り止まない警報の音に、思考が沈んでいく。リゴは、ただ、無力感に苛まれていた。
しかし、そこに通信モニターから雑音混じりの声が飛び込んで来る。それは、よく知っている声だ。
「…る!? …リゴ…返……して!」
「まさか…ソフィア…ソフィアなのか!?」
リゴはすぐに通信の調整を行う。妨害を受けているが、近距離からの通信を拾っているのだ。という事は、近くに来ている!
「リゴ!! 返事をして!! 助けに来たよ!!」
ソフィアだ! 無事だった! リゴは嬉しさのあまり、天を仰ぐ。そしてすぐに応答する。
「ソフィア! 私だ! 無事だったんだね! よかった!」
「リゴ! 聴こえるよ! よかった! 今、メリダが見えた! 下の人形たちを追っ払うから、待ってて!!」
リゴはハッとする。まずい! 下の人形はフォトン・キャノンを撃ってくる。あれに当たれば、ソフィアたちが危ない!
「ソフィア、ダメだ! 迂闊に近づいたら危険だ! その人形たちは強力な武器を撃ってくる! 当たれば命がない!」
必死に叫ぶリゴ。しかし、人形たちが既に狙いをソフィアたちに合わせていた。
「くっ! 間に合わない!」
シールドを操作するが、遅かった。人形たちは砲撃を始める。閃光が一直線に走り、琥珀の女王号に命中した。
…と、思われたが、琥珀の女王号は健在だった。確かに命中し、ダメージを負っているようだが…損傷は軽微だった。
「ソフィア、大丈夫か!?」
リゴが呼びかけると、モニターにソフィアの顔が映る。
「ふーっ! 危なかった! リゴ、私たちは大丈夫だよ! アビーが、なんちゃらシールドを出してくれたんだ。 アビー、ありがと!!」
「なんちゃら…じゃなくて、ディフレクター・シールドです。リオンからの報告で、メリダが砲撃を受けている事は確認していましたので、予め展開しておきました。フォトン・キャノンとは、予想より強力な武装の人形ですね」
リゴは素直に驚く。こちらはソフィアたちの状況を把握出来ていなかったが、ソフィアたちからはこちらの状況が確認出来ていたのだ。
「はあ…よかった。アビー、ありがとう。リオンにも後でお礼を言わねばな」
「いえいえ。お安い御用ですよ、リゴ様。しかし、そこの12体の人形を相手にするのは骨が折れますね。こちらの損傷はかすり傷なので、問題ありません。ですが、何度も当たるわけにはいきませんね。どうしましょう?」
確かに。リゴは考える。ディフレクター・シールドで防ぐ事は出来たが、何発も当たれば、さすがに持たない。しかし、フォトン・バルカンはある程度接近しなければ、あの人形たちには当たらないだろう。メリダも迂闊に攻撃すれば、致命的なダメージを受ける可能性がある。そして、ゆっくりする時間もない。
リゴが悩んでいると、明るい声が飛んできた。
「大丈夫! 当たる前にやっつけちゃえばいいんだよ! リゴ、任せて!!」
ソフィアが笑顔で解決策を言う。いや、それはさすがに安直じゃないか? リゴはポカンと口を開ける。
すると、ソフィアはアビーと何やら相談し、攻撃態勢に入る。
「待つんだ、ソフィア! もう少し作戦を練ってから…」
リゴが止めようとするが、琥珀の女王号は人形たちに突っ込んでいく。真正面から。
「ソフィア! 無茶だ! 回避しなさい!」
必死に呼び止めるが、止まらない。リゴは心臓が飛び出そうになる。しかし、人形たちの砲撃が真っ直ぐソフィアたちに向けて放たれるが、直撃しても全く効いていない。
「アビー、えらい! 今度はこっちの番だよ! いっけぇー!!」
ソフィアがトリガーを引き、近距離でフォトン・バルカンが放たれる。三体の人形は瞬く間にバラバラになった。
「よし! 作戦成功! 次、行ってみよう!」
同様に、更に五体の人形が蹴散らされる。通常型の人形は周囲に群がっているが、砲撃型は残り4体になっていた。
「これは…ソフィア、何をしたんだい?」
良い結果だが、リゴは困惑する。何が起こったんだろうか。
「あのね、アビーに頼んで、ディふた?シールドを船の前に全力で出してもらったの。あの攻撃を一発受けても、そんなに痛くないなら、一気に突き抜けちゃおうと思って。リゴの体当たり風だね!」
「ディフレクターです、ソフィア様…」
発想はよくわからなかったが、リゴは理解した。つまり、船の前面にシールドを集中して、真正面から受け止めたのだ。敵に囲まれているメリダには無理だったが、琥珀の女王号は速い。多方向から狙われる前に突進して、正面の人形だけを刈り取っていったのだ。
リゴは思わず笑い出す。考えれば、確かにその方法があった。自分がそれに気づかなかったのは悔やまれるが、まさかソフィアがそんな発想の攻撃を思いつくなんて。リゴは素直に驚いた。
「まったく…この子は…」
「えへへ。さあ、残りも片付けちゃおう!」
ソフィアたちは再び攻撃態勢に入る。だが、その直後に通信が入ってきた。
「おーい、お嬢ちゃんたち、聞こえるかい?」
ソフィアは鳥肌が立つ。この声は聞き覚えがある。ゾッとするような、嫌な声だ。
「だ、誰なの!?」
「おいおい、もう忘れちゃったのかい?寂しいねぇ。あんまり年寄りをいじめないでくれよ」
まさか…。信じ難いが、間違いない。
「ローケン…ダール…」
「はい、正解! よく出来ました!」
ローケン・ダール。かつてのリゴの仲間であり、護るべき人々を裏切った人物。ミナリスの崩壊に巻き込まれて死んだはずの狂人。だが、この声は間違いなかった。
「ローケン! 貴様、なぜ生きている?! ミナリスで死んだはずだ!」
リゴが怒鳴りつける。そう、ローケンは死んだのだ。本人もあそこで死ぬつもりでいた。
「あー…リゴ、急に通信に割り込むなよ。せっかく可愛らしいお嬢ちゃんと話してたのに。そうだよ、お前の言う通り、俺は死んだよ。オリジナルは、だがな」
「オリジナル? どういう意味だ!? 答えろ!」
「いちいち怒鳴るなよ、頭痛いだろ!? そのまんまの意味さ。俺たちはローケン・ダールの人格・記憶を人工脳に複製した、コピーだよ。それを事前に12体の人形に搭載したんだ。あ、残り4体か。コピーだけど、オリジナルとは思考の共有もしていてな。ミナリスの事はちゃんと知ってるぜ」
オリジナルとコピー。ローケンは自分の人格と記憶を複製していた。その行為はまさに狂気。禁断の技だった。しかし、理論的には可能性があっても、非常に危険な行為だ。
「貴様…そこまでして…ミナリスで満足して死んだと思っていたが、まだ飽き足らないか!」
「そうだな。オリジナルは随分と満足して逝っちまったが、俺たちコピーはこの国をただ走り回って潰したくらいで、ずっと暇だったんだ。だから、死ぬ前にお前ともう少し遊びたくなってな。付き合ってもらってたんだよ」
「ひどい…この国をメチャクチャにして、あんな酷いことをして…あんた、なんなの!!?」
身勝手な狂人、ローケンに対し、ソフィアが怒りをぶつける。それを聞いたローケンは嬉しそうにゲラゲラと笑った。
「いやー、お嬢ちゃんは本当に可愛らしい反応をするねぇ! オリジナルも気に入ってたぜ。まあ、俺の遊びはそろそろ終わりだ…リゴをいじめるのも飽きたしな。この後はスリル満点の脱出ゲームがあるんだろ? 早く行かないとな。というわけで、お嬢ちゃんに俺を撃つ権利をあげよう。おっと、リゴは動くなよ? さあ、撃ちな」
そう言うと、4体のコピー・ローケンは無防備に立ち尽くす。他の人形たちはその場にバタバタと倒れ、動かなくなった。ソフィアはレバーを動かし、ローケンに照準を合わせる。
「ソフィア! よすんだ! 私が決着をつける!」
「リゴ、お前はそこを動くな。動けば、そいつのエンジンをぶっ壊す。黙って見てな」
ローケンのフォトン・キャノンの砲身が、頭上のメリダに向けられる。リゴは飛び出して行きたかったが、メリダのエンジン出力が不安定になっており、調整し続けないとシールドが保てない。動けば間違いなくエンジンを破壊される状況だった。
「くっ! ソフィア! ソフィアは撃ってはいけない! 撃つんじゃない!!」
引き金を引けば、ローケンは死ぬ。それは、人を殺すということ。その事実に、ソフィアは気づいていた。顔には激しい怒りが浮かんでいるが、同時に額から汗がふきでる。
「あいつは狂人。大勢の人を苦しめて、人生を奪い、故郷を奪った、仇だ! ソフィア、何を躊躇っているの?! 撃ちなさいよ!」
大切な人たちの仇を前にしているソフィア。だが、トリガーにかけた指が動かない。
「なんで…なんで!? なんで!? なんで!!!?」
ソフィアは撃てない。どんな狂人であっても、人を殺す事には変わりない。ソフィアは顔を覆い、わけもわからず涙を流す。
「なんだぁ? 早く撃たないと、みんな死ぬぞー? なあ、お嬢ちゃん。撃てったらよ!!」
「ああああぁぁ!!!!」
ソフィアは顔を覆いながら叫ぶ。
その瞬間だった。
青白い閃光が連続で走る。その先で爆発が起こり、4体の人形は吹き飛んだ。
閃光は琥珀の女王号…アンブル・ドゥ・レーヌ号のフォトン・バルカンだった。
「え…?」
ソフィアは顔を上げる。目の前で何が起こったのか、わからない。トリガーからは両手が離れている。じゃあ、なんで?
ゆっくり横を向くと、アビーがトリガーに手を伸ばしていた。
「ソフィア様を…ご主人様を、これ以上苦しめる事は許しません」
引き金を引いたのは、アビーだった。自分の主人を苦しめるローケンを、アビーが撃ったのだ。
「ソフィア様…申し訳ありません。ですが、あなたが怒りに任せて引き金をひき、あの男を殺しても、ソフィア様は報われません。あなたがあの男を殺す事で、あの男の亡霊に一生苦しめられる姿を見たくありません」
「でも…でも…」
アビーの話を聞きながら、ソフィアはボロボロ涙を流し、息を詰まらせる。
「アビーは…ソフィア様をお守りします。これからも、ずっと。だから、泣かないでください」
「…泣かないで、なんて…無理だよ…」
そう言って、ソフィアはアビーに飛びつく。それから、わんわんと大きな声で泣いた。ひたすら、泣いた。
仇を撃つ。人を殺す。その狭間に悩み、苦しむ。復讐を果たす事は、正しいのか? ソフィアには、わからなかった。
おそらく、誰にもわからない。
リゴは泣き続けるソフィアの声を聞きながら、自分の掌を見つめる。ミナリスで、自分は何をしようとしていたのか。復讐を果たそうとしたのか、決着をつけようとしたのか…
「私は…何もわかっていないのだな」
それから程なくして、メリダと琥珀の女王号は飛び立った。大地は激しく揺れ始め、遠くの空が赤く染まり始める。
時が満ちた。