第23話 束の間の休息
第23話 束の間の休息
頭上には星が瞬きを見せる夜空。
その中に溶け込むように飛ぶ琥珀の女王号は、下から見るとまるで流れ星のように青白い尾を真っ直ぐ引いていた。
船体の下部ハッチからキャヴァリアーと一緒に引き上げられたリゴは、船内で出迎えてくれた顔ぶれをみて安堵する。
「ソフィア…姫様。よくぞ…」
気が抜けたのか、リゴは人間の姿に戻る。だが、見るからに先ほどの戦いで負った傷が多い。キャヴァリアーを操作していたリオンがすぐに手当てを始める。
「リゴ! 無事で良かった!」
ソフィアはリゴの腕を掴みながら喜ぶ。隣のエメリアも、ホッとした面持ちだ。
「ああ、本当に良かった。ソフィア、気持ちはわかるが、あんな無茶をするなんて…」
「リゴが勝手にあんな計画を立てるからだよ! それこそ無茶なんだから!」
ソフィアは怒鳴りながらリゴに突っ伏す。どうやら、泣いているようだ。
「リゴまで死んじゃったら、私どうしたらいいかわからないよ…」
「ああ…ソフィア、すまなかった。心配をかけたね。もう大丈夫だよ」
こんな小さな体で、ソフィアは頑張ってくれた。リゴは心から感謝しつつ、罪悪感にもかられる。ふと、ローケンの話も頭によぎってきた。
「私は…私たちは、古い世界の罪と罰に、みんなを巻き込んでしまったのだな」
「リゴ、なんの話だ?」
エメリアが尋ねる。もう、この子達に隠しごとはしたくない。リゴはローケンと話したことをソフィアとエメリアに話した。
「なるほどな…理解しづらい内容も多いが、旧世界の崩壊の裏にはそんな事があったのか」
「はい…私たちは許しがたい罪を犯していました。その結果がこの星の崩壊で、更に皆さんを巻き込んでしまいました。そして、その罪を負う者たちの生き残りは、私一人だけです」
「ふむ…。それで責任を感じているのだな? 罰を受けるべきだと」
「結局、私もローケンと同じ狂った世界の人間だったのです。滅びる運命だった…」
そんなリゴの言葉に、エメリアは腹を立てて怒鳴ろうとする。が、隣のソフィアに先手を取られた。
「リゴの馬鹿!!!」
バシン!!
ソフィアは怒鳴りながらリゴに馬乗りになり、渾身のビンタも放つ。リゴは放心した。
「ソフィア…?」
「馬鹿! 馬鹿!! 馬鹿!!!」
続けて拳がリゴの胸を強打する。ソフィアの小さな体では、リゴは痛みこそ感じない。だが、一回殴られる度に、なぜか涙がこみ上げてくる。
「リゴ…そんなことを言っちゃダメだよ…。だって、リゴも、マルセラさんも、一緒に戦ったみんなも、ずっと頑張ってきたんだよ? 最期まで私たちのために、命をかけて頑張ってくれたんだよ? 過去に何かあったことは関係ない。私たちは、リゴたちにお礼が言いたいの!! だから…そんな悲しいこと言わないでよ…!」
ボロボロと涙を流しながら、ソフィアは言葉を絞り出す。リゴはその言葉を聞いて、自分が何を言っていたのか、やっと理解した。
「そうだった…。私はマルセラや同志たち、陛下たちと、ずっと戦った。この星に残った人々を護るために…」
「守護者としてな! 私もそう誓ったではないか!」
エメリアもリゴを一喝した。
「すみません…姫様。目が覚めました。ソフィア…許してくれ」
リゴはソフィアを抱きしめ、涙する。
「いいよ…。リゴも大丈夫だね!」
「ああ。ありがとう、ソフィア」
「よし、ひとまずは一件落着だな。さて…リオン! リゴの治療が終わったら、次の準備だな」
「はい、エメリア様。もう少しかかりますので、その間に少しお休みになられては? 一睡もされないのはお体にさわります」
「そうだな…大丈夫と言いたいが、朝日が昇る頃には大仕事だ。休ませてもらおう」
三人はそれぞれ怪我もしており、疲労も溜まっていた。休める時は休むのが一番だと、エメリアは判断する。
「よかった。では… アビー、メリダ到着まではどのくらいかかりますか?」
『通常推進の全速で、1時間。巡航でプラス30分くらいです。先ほど、船のレーダーで地表をスキャンしましたが、メリダには2時間以内につかないと余裕がありません』
船内スピーカー越しのラビーの説明を受け、リオンは了解の返事をする。
「と…言うわけで、エメリア様。1時間程ですが、少し体をお休めになって下さい。ソフィア様も、ここは私に任せて下さい。船内にはお風呂もございますよ?」
ソフィアとエメリアの耳がピクッと動く。お風呂というキーワードが、二人を捉えた。
「この船には、風呂もあるというのか…!」
「お、お風呂…!」
「あの、リゴ様。御二人にとって、お風呂とは特別なのですかね?」
「うむ…」
リゴとリオンは喜ぶ二人の女子を横目に、黙々と治療を続ける。エメリアとソフィアは自動操舵で手の空いたアビーに案内され、浴室に向かった。
時間はあっという間に過ぎた。風呂から上がりさっぱりしたエメリアとソフィアは、すっかり緊張がほぐれ、リラックスしていた。
「ああ…。風呂はいい。至福の時だったな」
「はい…。溶けました」
殺風景だが簡易寝台が並ぶ部屋で、二人は体を横にする。とはいえ、もう到着まで時間はあまりないだろう。名残惜しそうな気持ちになる。
「やれやれ、のんびりもできないな。もっとこの船のことを色々知りたかったのだが…。まあ、船の大きさも、空を飛ぶ事も、その速さも、未知の体験だった。なんというか、心が踊るな」
エメリアは童心にかえったかのように、目をキラキラさせている。ラビーから着替えに渡された「ジャンプ・スーツ」という服も、結構気に入っているようだ。
「そうですね。私も、ずっと心臓バクバクでした。これが宇宙船…そう思うと、ワクワクします! もっとこの船のことが知りたくてたまりません!」
ソフィアもジャンプ・スーツ姿で喜ぶ。小柄な体でぴょんぴょんと跳ねまわる姿は年齢よりも幼く見えるが、それがエメリアには愛らしく見えた。
「ほんと…ここでソフィアとこうして話しているのは、運命なのかもな」
「姫様?」
「いや、私たちの御先祖様が親友で、こうして子孫の私たちも、歳は少し離れているが、仲良くなれた。なんか嬉しくてな」
「そうですね…。今までは姫様とお会いできる機会も無かった私が、こうしてお話をしたり、命懸けの冒険をしたり、一緒にお風呂に入ったり…今考えると、夢のようですね。私も、とっても嬉しいです!」
二人は可笑しくなって、姉妹のように一緒に笑い出す。
「ふふ…。なあ、ソフィア。お前とは短い付き合いだが、随分長い時間を過ごしたような気がするよ。友のような、そんな気持ちだ。良ければ、私のことはエメリアと呼んでくれないか?」
突然の申し出に、ソフィアは慌てる。
「え? でも、私、姫様に失礼じゃ…」
「なーに、構わんよ。その方が気楽でいい。ソフィアも話し易いだろ?遠慮するな?」
ソフィアは悩むが、同時に嬉しいことは間違いなかった。
「じゃあ…エメリア…様?」
「おいおい、様もいらないぞ? あ…他人の前では逆に気を遣わせてしまうか。じゃあ、二人の時はエメリアと呼んでくれ。それならいいだろ?」
「はい…。でしたら、こう呼んでもいいですか? 」
もじもじするソフィア。初めて見る様子だ。エメリアは尋ねる。
「ん? なんだ?」
「 その、エメリア…お姉ちゃん…?」
この瞬間、エメリアの心に稲妻が走る。
お姉ちゃん。
この魔法の言葉を聞いたエメリアは、頭から、耳から、湯気が吹き出そうなくらいに顔を赤くし、表情が緩む。ソフィアはハラハラしながら、心配そうにエメリアを見つめる。
「あの、突然すみません! やっぱり、ダメですよね…?」
エメリアはハッと我にかえる。いけない、ソフィアがまた遠慮してしまう。
「いやいやいやいや、ソフィア、全然大丈夫!! 何も問題ない!! 全て大丈夫!!」
言動がおかしくなるエメリア。ソフィアはキョトンとしているが、とりあえずホッとはした。
「あー、よかったです! ありがとうございます! 改めてですが…これからもよろしくお願いします。エメリア…お姉ちゃん!」
「よ!よ!よろしくな、ソフィア!!」
うん。ソフィアは私の妹だ。決定!エメリアは今、確信した。"お姉ちゃん"という言葉は、一人っ子のエメリアにとっては魔法の言葉だ。なんとか冷静を装いたかったが、自分をお姉ちゃんと呼ぶソフィアがとても可愛いらしく見えて、自分を見失いそうになる。いや、見失いたい。
二人が盛り上がってきたところで、船内のスピーカーからアビーの声が聞こえてきた。
「エメリア様、ソフィア様。間も無くメリダとの合流ポイントです。リオンがお迎えに参りますので、ブリッジにお越しください」
呼び出しがかかり、二人はリオンに連れられてブリッジに上がる。大きな椅子を二つか三つくらい並べられる、そのくらいの幅だ。ラビーが中央で操舵をしており、リゴは近くの椅子でゆったりと構えていた。
ソフィアはブリッジを見回して興奮していたが、窓の外を見てハッとする。眼下には懐かしい風景。そう、そこはメリダ。生まれ故郷の街がそこにあった。