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星を巡るソフィア  作者: 彩都 諭
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第22話 ソフィアの船出

 第22話 ソフィアの船出


 格納庫は頑丈な壁に保護されていた。だが、ミナリスは大規模な崩壊の最中であり、あちこちで火の手も上がっている。外からはリゴとローケンの激しい戦いの振動が伝わって来ており、格納庫の中に積んであるコンテナが小刻みに揺れている。


 ソフィアとエメリアは"琥珀の女王号"と呼ばれる宇宙船の中で、悶々と時間を過ごしていた。原因はアビーに言われた衝撃の事実だ。


「私が…リゴの子孫…リゴは私の…ひーひーひー…とりあえず、おじいちゃん?」


 ソフィアは先ほどからずっと、ブツブツ呟いている。アビーから自分はリゴの子孫だという事実を告げられ、姫様と一緒に心からの驚きを叫んだばかりだ。だが、変な気持ちになっていた。リゴと血の繋がった家族なのが嬉しいとか、現実感が無いとか、色々な感情があるのだが、不思議と違和感がない。なぜだろう?


「んー、なんだろ、この感じ」


「ソフィア、大丈夫か? 落ち着かないのはわかるが…なんか変だぞ?」


 エメリアはソフィアの心配をしているのだろう。だが、ソフィアは心ここにあらずだ。


「まあ…リゴとの関係は私も驚いたが、意外としっくりくるな。うん。よかったじゃないか」


「そうなんです。しっくりくるんですよね〜。それが、なんか変な感じなんですよ。喜んでいいのかどうか…」


「うむ…反応に困るな。…とりあえず! これからの事を相談しよう! リオン! アビー! リゴの計画書の説明を頼む」


 エメリアがそう言うと、リオンがフヨフヨと近付いてくる。テーブルの上に計画書を置き、アビーと少し相談してからリオンが話を始める。


「えー、とりあえずですね、リゴ様が考えたこれからの計画を、お二人に簡単にご説明します。まず、皆様がこの施設に来た目的は達せられている状況です」


「宇宙船のメリダに必要な箱の回収だな。もうこの船に積んだのだろう?」


「はい。無事に搭載を完了してます。それから、惑星から避難する船団の障害となるミナリスの対空システムも、連続発射による負荷で自壊が進んでおり、間も無く完全に沈黙します。ただ…犠牲が出ており、目的を達成とは申し上げにくいのですが…」


 エメリアとソフィアは、マルセラと陛下たちの最期を思い出し、胸が締め付けられる。自分たちは間に合わなかった。それは事実だった。


「確かに…な。私たちは間に合わなかった」


 空気が沈む。重い空気をなんとか打ち消そうと、アビーがフヨフヨと漂いながら近づく。


「残念です…。ですが、エメリア様とソフィア様はここにいらして下さいました。危険を承知で。だからこそ、まだ出来ることがあるのです!」


「…励ましてくれてるんだね。アビー、ありがと」


 ソフィアは暗い表情になっていた自分の頰を両手で叩いて気合いを入れ直す。それを隣で見ていたエメリアも、ソフィアに倣って頰を叩いた。


「そうだな。私たちはここまで来た。そして、今度は行かねばならない。メリダの元へ…そして、生き残った民の元へ」


「そうですね。今度こそ! アビー、この船はいつ動けるの?」


 ソフィアに尋ねられ、アビーはピロピロと音をたてる。


「各チェックはもう終わっていますので、いつでも発進できます。ですが、リオンの説明の続きを聞いてからの方がいいと思います」


「そうだったね。リオン、待たせてごめんね! 続きをお願い!」


「畏まりました。アビーが申しましたように、出発の準備は完了しております。操縦のサポートはアビーと私が行いますので、御安心下さい。ですが、このミナリスを脱出した後は迅速な行動が必要になります。時間は切迫しておりますが、作戦の最終段階の流れを充分に確認した上で行動しないと…後戻りは出来ないのです。そこはどうか御理解下さい」


 ソフィアとエメリアは顔を見合わせて頷き、同意する。ここは急がば回れだ。


「ありがとうございます。では、続きを。まず、この船はメリダと合流します。そこでエメリア様と私リオンはメリダに移り、シールドの復旧と避難船団の展開を開始します。その間、ソフィア様とアビーはこの船で周辺の状況をスキャンで確認して頂き、避難される国民の皆様を援護して下さい。…サダリアの特攻で西側の人形たちは足を止めましたが、おそらくは相当数が、北に迫っていると思われます」


「なるほど…奴らを阻止できるのは、メリダとこの船だけというわけか」


「あの…リゴたちは…?」


 ソフィアが恐る恐る尋ねるが、エメリアたちはしばし沈黙する。


「リゴは…今もローケンと戦っている。私たちを無事に出発させるために殿になる気だ」


「そんな! リゴは残る気なの!? そんなのダメだよ!!」


「落ち着いて、ソフィア。リゴは後から追いかけると言っていた。何か策があるのだろう。ここは信じよう」


 エメリアはわかっていた。リゴは嘘をついている。ここに残る気なんだ。だが、ソフィアには言えなかった。ソフィアは黙っていたが、小さく頷いた。それから、続けて尋ねる。


「そういえば…外で戦っているリゴの仲間のみんなは?」


 その質問には、アビーが答えた。


「私から説明をしますが…ソフィア様、残念ですが、リゴ様の部下の皆様は既に全滅してしまいました…。外の人形と相討ちになってしまったのです」


「みんな…死んじゃった…」


 ソフィアは再び死を目の当たりにした感じがした。心臓の鼓動が速くなる。


「ソフィア…落ち着いて。辛い気持ちは私もわかる。彼らは戦士として戦い抜いたんだ。生き残った者が、弔わねばな。だが、今は悲しみに浸る時間は無い。すまないが、わかってくれ…」


 深呼吸を、一回…二回…。ソフィアは呼吸を整え、なんとか涙を堪える。


「姫様…。いえ、こちらこそ取り乱してしまいました…。今は私も耐えないといけませんね」


「ソフィア…ありがとう」


 取り乱して当然の状況だが、ソフィアはなんとか押し寄せる悲しみに耐えた。悲しむのは後で。そう心に言い聞かせて…


「さて…大体の計画は把握した。星を脱出する際は、さすがにリオンとアビーに頼りっきりになるが…どうか頼む。私たちを助けてほしい」


「リオンの主人はエメリア様です。何なりとお申し付け下さい。私はそのために造られたのですから」


「私もソフィア様に仕えるよう造られました。ソフィア様がなさりたいことを、全力でサポートさせて頂きます」


 エメリアにはリオン、ソフィアにはアビーが付き従ってくれる。二人にとって、とても頼もしい二体だった。


「では、行こうか!」


「はい! 姫様! …あ、そうだ。アビー、早速なんだけど…」


「はい? なんでしょう?」


 ソフィアはアビーと何やら相談している。なんだろうか? エメリアはなんとなく嫌な予感がした。


「ソフィア? どうしたんだ?」


「えへへ。早速、脱出前の一仕事をしようかと…」


「一仕事?」


 それから程なくして、格納庫の上部扉が開き、"琥珀の女王号"は飛び立った。



「さあて、リゴ! もう時間切れだ。ミナリスのエネルギー炉もオーバーロードし、吹き飛ぶぞ! お祈りは済ませたか!?」


「やれやれ…決着がつかないとはな…不甲斐ない。だが、ここで私が死んでも、あの子達はまだ諦めないさ」


 リゴは格納庫の方を振り向く。すると、上部扉が開くのが見えた。


「どうやら…私の勝ちだな。ローケンよ、彼女たちの船出を見送ろうじゃないか!」


「ふん…仕方ないな。俺からの冥土の土産だ、好きにしろ」


 格納庫から琥珀の女王号が姿を現し、離陸に備えてエンジンの出力が上がる音が轟く。後は矢のように空に放たれる。リゴはそれを見送れる事を喜んだ。そして、心の中で別れを告げる。


(さようなら、ソフィア。エメリア姫。私の孫と、友の孫に、幸あれ)


 リゴの目から、一筋の涙が流れる。それは深い愛情の結晶となって、顔から離れていった。その時…



 目の前を砂塵が覆い、突風が吹き荒れる。いったい何が起こったのだろうか。


 困惑するリゴに次に襲ったのは、強烈な光線。辺りを真昼のように照らされ、幻惑される。


「な…これはいったい!?」


 リゴが堪らず叫ぶと、横からローケンの笑い声が聞こえてきた。


「はっはっはっは!! これは愉快だ!! リゴ、お前の子孫は楽しいなぁ!」


 リゴはハッとした。目を凝らして光の方を見ると…琥珀の女王号の船体が見える! こちらをサーチライトで照らしているのだ! そして、ハッチから手を振る少女が見えた。


「ソフィア!! どうして!?」


 困惑するリゴ。なぜ脱出しない!? 計画書にはちゃんと書いたし、リオンとアビーにも伝わっていたはずだ。姫様も御理解して下さったはずなのに。


 そうしていると、ソフィアから怒声が返ってきた。


「リゴ!! おじいちゃんの馬鹿!! 我が家の家訓では、家族を見捨てるなんて許されないんだから!!」


「え…!? ソフィア、どこでそれを!?」


「アビーがサラッと衝撃的な事実を教えてくれたよ!! もう! ずっと黙ってるなんて、ずるいよ!! お父さんとお母さん、それにルーナのところに引っ張っていくから、覚悟してよ!!」


 まずい。もうこの一帯が吹き飛ぶ! リゴは慌てて叫んだ。


「ソフィア!! 時間が無い!! もうここはミナリスの爆発に巻き込まれる!! 私の事はいいから、早く行きなさい!!」


 すぐに飛び乗りたかったが、リゴはローケンにやられた怪我の具合が限界で、もう足に力が入らなくなっていた。船を地上に着陸される時間は無い。


「そうはいかないよ、リゴ!! そこをそのまま動かないでね!!」


「だめだ、ソフィア!! 言う事を聞きなさ…い?」


 リゴは一瞬、状況が理解できなかった。だが、それが目に入る。


 キャヴァリアー?

 なぜここに?


 キャヴァリアーは大型のパワーフレームユニットだ。運搬作業にも戦闘にも使える、汎用型の有人機であり、コア・ユニットを中心に、腕部から脚部、バックパックに至るまで、状況に応じて交換できる。それが今、リゴの目の前に降り立ち、ガッシリとリゴを両手で掴まえた。

 どうやら、リオンが操縦しているようだ。更によく見ると、背中にケーブルが繋がっている。


「なんだか…嫌な予感がする…」


 辺りの空気が震え、エンジン音が高まる。


「リゴ、いっくよーー!!」


 ああ、やっぱり。私はこのキャヴァリアーに確保されたまま、琥珀の女王号に吊り下げられた状態で発進するのか。


 おそらく、音速を軽く超えて…



 リゴがそう思った矢先、急な加速がリゴを襲う。上昇しながら、ぐんぐん加速する。キャヴァリアーは対G能力にも優れているが…リゴは生身だ。それは確かに、全速力で体当たりをするスピードも相当速いのだが…これは生身で味わうには未知のスピードだった。


(私が悪かった!! ソフィアーーーー!!!)


 リゴの懺悔は言葉にならず、そのまま琥珀の女王号はミナリスを脱出した。その直後、地上に閃光が広がり、ミナリスが吹き飛ぶ。少し離れたところで、手足が人形みたいになっている大きな狼が、光に飲み込まれていった。その顔は嬉しそうに微笑んでいた。



 その夜、エバ山脈に沿って流星が西に向かって飛び去っていった。



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