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星を巡るソフィア  作者: 彩都 諭
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第17話 姫と少女

 第17話 姫と少女


 ミナリスの内部は、その白く荘厳な外観とは大きく異なっていた。


 壁や床、天井から扉に至るまでが、鋼と思われる素材で出来ている。無駄を省き、機能を重視した構造。まさに要塞の内部だ。エメリアは辺りを見回しながら、そう感じていた。


「リゴよ、ミナリス…という建物だったか、ここは過剰なまでに頑丈な造りだな」


「そうですね。姫様の言う通り、今となっては過剰なくらいガチガチに防御を固めた造りです。ここは昔の軍の実験施設ですからね」


「実験?」


 実験という言葉についてエメリアは思考するが、いまいちピンとこない。なんの実験だろうか。それに、何か嫌な感じがする。


「ねえ、リゴ。前にも聞いたけど、この建物はリゴの友達が作ってたんだよね?それに、リゴもしばらくはいたんでしょ?素朴な疑問があるんだけど…」


「ん?そうだが…どうしたんだい?」


「あのさ、どうしてここはあの人形たちに占領されちゃったの?ここには大事な物もあったわけだし…リゴの仲間もみんな留守にしてたのは変な気がして。仮にみんな留守にしてたとして、あの人形たちはいつ現れたの?」


 ソフィアの疑問はもっともだった。リゴたちは人形の事を敵と認識して話していたが、人形の謎は深まるばかりだ。それに、この重要な拠点を留守にしていた事は確かにおかしい。エメリアもソフィアと顔を見合わせ、同意する。


「リゴよ、ソフィアの言う通りだ。人形の話は出発前に聞いたが、単純に敵と考えるには、不明な点も多い。まあ、現に敵である事は事実なんだが…あれはお前の時代に宇宙からやってきた敵と同じなのか?」


 リゴはしばらく沈黙したまま走り続ける。少し考え込んでいるようだ。ソフィアとエメリアは返事を静かに待っていた。やがて、リゴが重々しく口を開く。


「…あの人形が最初に現れたのは、私たちが各地に赴き、数百年の時間を超えて帰ってきた後です。出発前、ここには留守を任せていた者たちがいました。ですが、戻ってきた時には一人を除いて誰もいませんでした。代わりにいたのが、あの人形たちです。人形たちの正体はわかりません。私たちは敵がこの星からの撤退前に残していった、置き土産の兵器と考えていました。先ほどまでは…」


「先ほどまで?どういうことだ?」


「実は…気になっている事があるのです。先ほど私たちが遭遇した獣の姿の人形…あれは、ここに残っていた仲間の最後の一人、彼のような気がします」


「ええ!?」


「それは本当なのか!?」


「はい…。そして彼は、私たちが数百年の時を超えていた事や、今の世界の状況を教えてくれた者です。かなり老齢になっており、程なくして亡くなったと聞いていましたが…その詳細は何も知らないのです。今の状況を考えると、彼と人形たちには何らかの関わりがあるように思えます。勿論、これは推測の域を出ません。ここの人形たちに捕縛され、兵器として利用されている可能性もあります。ですが、嫌な予感がします。とにかく急ぎましょう」


「そうだな…答えはいずれわかるだろう。今は急ごう」


「リゴ…」


 三人とも無言で先を急ぐ。だが、目的の上階に辿り着いた矢先に、不意にその沈黙は破られた。


 突然の轟音。瓦礫が撒き散らされ、煙が立ちこめる。エメリアとソフィアは横からの強い衝撃を受け、リゴの背から投げ出された。


「っ!何が起こった!?」


 エメリアが叫ぶ。すぐ横からソフィアの呻き声が聴こえてきた。


「ソフィア!大丈夫か!?」


「…うん。なんとか。姫様は大丈夫ですか?」


「私はこのくらい問題ないさ。リゴ!無事か!?」


 エメリアが呼びかけるが返事がない。


「リゴ!?どうしたの!?返事をして!!」


 ソフィアも声を振り絞り呼びかける。しかし、返事はない。ソフィアは急に恐怖を感じた。


「どうしよう…リゴが…私、どうしたらいいの…」


「ソフィア、しっかりするんだ。まずは状況を確認しないと…」


 エメリアは辺りを注意深く見る。瓦礫が散乱しており、壁か何かが破壊されたようだ。煙はまだ多いが、徐々に晴れてきている。後ろの階段は…


「くっ…階段の一部が崩壊している!跳び越えられなくはないが…厄介だな」


 その直後、隣にいたソフィアが悲鳴をあげた。エメリアは驚き、すぐに振り返りソフィアを見る。全身をわなわなと震わせ、恐怖の表情を浮かべるソフィアの視線の先の床には、どこからか赤い血が流れていた。


 エメリアは恐る恐る、その流れの元に目を向ける。その先には、黒い狼が倒れていた。それはリゴだった。


「リゴ!!」


 エメリアは素早く立ち上がり、倒れているリゴの元へ駆けつける。リゴは全身傷だらけで、腹部から血が流れていた。


「くそ!出血がひどい!早く応急処置をしないと!ソフィア、手伝ってくれ!」


 エメリアがソフィアを呼ぶ。だが、ソフィアは頭を抱えて引きつった声で泣いていた。


「おい、ソフィア!!早くこっちに来てくれ!」


「リゴが…リゴが死んじゃう…私…私…」


 ソフィアはショックで完全に混乱しており、エメリアの声が届かない。エメリアは歯をぎりっと噛み、即座にソフィアの元へ走る。そしてソフィアの胸ぐらをグイッと掴み上げ、無理矢理立たせた。


 バシ!


 乾いた音が鳴り響く。


 エメリアがソフィアの頬を思い切り叩いた音だ。


「ソフィア!!お前がここに来た理由はなんだ!!?目を覚ませ!!」


 ソフィアは立ち尽くし、叩かれた頰に手を当てる。涙は止まっていた。


「ソフィア。今、リゴにはお前の助けが必要なんだ。私にも。だから、自分を見失うな」


 エメリアの静かな言葉が、ソフィアの心に反響する。そして言葉の意味を理解すると、ソフィアは歯を食いしばる。


(私は…馬鹿だ!何してるの、ソフィア!!)


 ソフィアは目を閉じ、自分の両頬を両手で思い切り叩いた。そして再び開いた目に力が戻る。


「すみません…姫様。目が覚めました!」


「よし!リゴの元に行くぞ!これから応急処置をする。手伝ってくれ!」


「はい!」


 二人はリゴの元に駆け寄る。リゴの出血は多く、傷も浅くはない。だが、不幸中の幸いなのか、急所は外れていた。


「よし…止血さえ出来れば大丈夫だ。ソフィア、手を貸してくれ!」


「はい…ここですか!?」


「そうだ…いいぞ、そのまま押さえててくれ」


 エメリアの応急処置は素早かった。医者の手際とは違うが、兵士としての訓練を重ねてきた経験が発揮されている。ソフィアは先ほどの自分を情けなく思い、悔いていた。だが、首を振り雑念を捨てる。今は自分に出来ることに集中しなければ。そう言い聞かせ、エメリアに言われる通りに手を動かす。


 そうしてどのくらい時間が経ったのかはわからないが、リゴの手当てが無事に終わった。


「うむ…とりあえず、これで大丈夫だ。ソフィア、よく頑張ったな」


「姫様…ありがとうございます…。私一人では何も出来ませんでした。すみません…」


 ソフィアは一瞬安堵したが、すぐに自責の念に駆られ、ボロボロと涙を溢す。エメリアはそのソフィアの肩を引き寄せ、優しく抱き締めた。


「ソフィア、怖かったな。でも、大丈夫だ。お前もリゴを助けたんだ。頑張ったんだよ。ちゃんと見ていたぞ」


 そのエメリアの言葉に、ソフィアは救われた気持ちになる。心のダムが決壊したかのように、ソフィアはエメリアの胸でわんわんと泣いた。二人はしばらく、そのまま身を寄せ合っていた。


 まるで年の離れた姉妹のように。



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