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星を巡るソフィア  作者: 彩都 諭
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第13話 ソフィアの決意

 第13話 ソフィアの決意


 メリダ街の上には、夜の帳が下りていた。見上げるとそこには、宝石のような星々の輝きが、幻想的に散りばめられている。


 だが、その輝きの下で、メリダにいる全ての人々が不安な夜を迎えていた。国王がメリダを発ってからすぐに、エメリア姫は人々を南門の前に集めた。そして、可能な限りの現況を伝えたのだが、話を信じられる者は多くなかった。


「世界が終わる?だから船に乗って空に上がるだぁ?いくらなんでも、そんな馬鹿な話があるかい!」


「そうだそうだ!いくら姫様の御言葉でも、それは無茶苦茶な話だ!」


「私たちの故郷を捨てるなんて、嫌よ!例えまた大崩壊が起こっても、何度でも家を建て直すわ!」


 街に住んでいた人々が、口々に叫ぶ。その先でエメリアは頭を抱えていた。全てではないが、伝えられる真実を話した。だが、やはりこの話は唐突すぎる。昔から物語か伝説か何かで、皆が知っている事が現実に起きてしまったというならば、まだ理解できるのかもしれない。その辺りが、リゴをはじめ獣人たちの準備が足りないところだった。エメリアはそう思うと、リゴをジロッと睨む。リゴはすかさず目線を逸らした。


(やれやれ…後で覚えていろよ、リゴ)


 少しむすっとしたエメリアは気を取り直し、説得を再開する。


「皆さんの言いたいことはわかります。私も最初はそう思っていた。しかし、皆さんも承知のとおり、大崩壊で北の山々は崩れてしまった。それどころか、その先には異様な光景が広がっているのをご覧になったはずです。そして、私たちの住むこの国は、間も無くあの地のようになってしまう。もはや、残された時間は少ないのです。今行動しなければ、私たちは滅びてしまう。どうか、私たちを信じて、避難をしては貰えないだろうか」


 エメリアは姫だが、将軍だ。武人の気質が強く、あまり公の演説などはした事が無かったが、今はそうも言っていられない。慣れない言葉遣いもあるが、人々に誠意を持って話しかける。だが、それでも人々を説得するには、障害があった。


 人々が実際に見た北の地の光景は、確かに避難を呼びかける口実としては申し分ない。だが、避難用の船とはなんなのか。西の海の裂け目の話は誰もが知っている。船で逃げるのはまず無理だ。それどころか、星の世界を渡るという常識外れの内容は、とても信じ難い。


 そしてもう一つ。エメリアの側に並ぶ集団、リゴたちの存在が、人々の不安を掻き立てた。今は人の姿をしているが、正体は巨大な漆黒の狼、巨大な大鷹という、謎の獣たちだ。"古狼"の話は伝説にあるが、実際に見るとその威圧感は凄まじい。人間の姿になっても、革鎧にフード付きのマント姿。まるで暗殺集団だ。国王陛下の説明では敵ではないらしいが、周りの兵士たちは相当に警戒をしている。言葉だけでは伝わらないことも多いのだ。


「姫様は騙されてるんじゃないんですかい?後ろの得体の知れない奴ら…ありゃ、なんなんだ」


「そうだそうだ!そいつらが俺たちの土地を奪おうとしてるんじゃないのか!?姫様は利用されているんだ!」


「だとしたら、姫様を助けないと!兵士たちは何をしてるの!?私たちも戦うわよ!」


 不味い流れになった。エメリアは唇を噛む。兵士たちも全員がこの話を信じているわけではないだろう。このままでは、暴動が起こってしまう。己の人望が無いわけでは無いのだろうが…父のようなカリスマがあるわけではない。リゴたちの力で抑えるなど論外だ。どうしたらいい。


 その時、エメリアの前に飛び出してきた小さな人影が見えた。


「こっの、わからずやーーーー!!!」


 辺りに少女の声が響き渡る。突然の事で人々は虚を突かれ、呆然とする。エメリアも、リゴたちも口をあんぐり開けていた。人影の正体はソフィアだった。


「リゴはね、私を助けてくれた!妹のルーナも!それに、ずうっと前から、私たちを助けるために頑張ってくれてたの!今までこの世界を守ってきたんだよ!?

 私は知ってる!!リゴたちもマルセラさんも、他のみんなも、すっごく優しい人たちだよ!!」


 拳を握りしめ、ありったけの声を絞り出すようにソフィアは話を続ける。いつものソフィアならこの後に涙を流すところだが、目には涙の代わりに力強さを溢れさせていた。


「今も、この世界に住むみんなを助けたいって、命懸けで守ろうと頑張ってる。リゴたちだけじゃない。陛下も、姫様も、お父さんもお母さんも、みんなを助けようと頑張ってる!!みんなが選ぶ道は自由だけど、話を最後まで聞いてよ!!ちゃんと考えてよ!!」


 ソフィアはありったけの声を振り絞り、叫んだ。その拍子に、少しフラついて後ろに倒れそうになるが、エメリアがソフィアの背を支える。先ほどまでの険しい顔が嘘のように、晴れ晴れとした笑顔を向けていた。ソフィアも満面の笑みを浮かべた。


 人々は納得した訳では無さそうだが、少し落ち着きを取り戻し、各々考え込む。そうしていると、リゴたちがエメリア姫の前に並び、人々に背中を向けたかたちで跪いた。中央にいるリゴが少し顔を上げる。


「姫様。これまでの我らの非礼をお詫び申し上げます」


 突然の事で人々は動揺する。あの得体の知れない集団が、エメリア姫の前に跪いている。人々は注目し、静かに耳を澄ました。


「改めて、お願いを申し上げます。どうか、人々をお導き下さい。我らは姫様とこの国の民を、この命に代えてもお守りすることを誓います」


 リゴたちはエメリア姫と人々の前で忠誠を誓った。その姿はまるで騎士のようだ。エメリアは腰にさした剣を抜き、その柄に口づけをする。そして捧げるように天に剣を掲げる。


「この剣にかけて、エメリア・オーランドはそなたらの忠誠に応えることを誓う!我ら共に、民の守護者なり!!」


 エメリアは剣を胸に強く押し当てる。その誓いは、王国の古い伝統の中でもあまり知られていないものだった。かつて、王国が他の小国をまとめ上げ、統一を果たした時に当時の王が宣誓した言葉が、この誓いだった。今、エメリアはリゴたちとその誓いを交わした。


 誰からかは分からないが、その場で拍手が湧き起こる。兵士たちの警戒も解け、エメリア姫と同じように胸に手を当てる者もいた。これで人々への説得が終わった訳ではないが、不安は薄れ、明るい顔が人々に戻ってきた。



「はぁー、疲れた」


 集会が終わり、エメリアたちは一息つく。全員が納得した訳ではないが、なんとか避難を始める事で、話はまとまった。一同はひとまず執務テントに戻る。中にいる者は昼間より増え、エメリア、リゴとマルセラ、テオとその部下の二人、執務を任せていた副官たち、それからソフィアたちも引き続きその場にいる。


「ソフィア。先ほどはなかなか見事だったぞ。テオ、お前の娘は大物になりそうだな!」


「姫様、ありがとうございます。ですが、私はヒヤヒヤしてましたよ…」


「もう、お父さんってば。だって、みんな勝手な事ばっかり言ってるんだもん!」


「ソ、ソフィア、わかってるって。落ち着いて、な?」


 ソフィアにふくれられて、テオは苦笑いしていた。それを見ていたエメリアは大笑いする。少し父親に似た笑い方だった。


「さて、明日からの動きを確認しよう。まず、早速人々の避難を始める。目的地は西の果て、海岸線の裂け目近くに向かえば良いのだったな?」


 エメリアが尋ねると、リゴが頷く。海岸線は北から南に平野が広がり、避難民が集まるには最適な広さがあった。予定では、王国の各地からも避難をしてきた人々が集まる。そこで船団が順次人々を乗せて出航する手筈だ。


「他の地域との連絡は密にするように。それから次は、東だな。リゴ、これが一番難関になりそうだな」


「はい。当初の計画では、マルセラたち大鷹による、空からの援護がありました。ですが、空に上がることが出来ない状況です。これは船団も同様で、人々の脱出も危ういのです」


 リゴがそう言うと、マルセラが一歩前に出て跪く。


「姫様、申し訳ありません。私が油断し、失態を犯したばかりに…」


「こら!何をしょげてるのだ!」


 俯き、嘆くマルセラに、エメリアが一喝を入れる。


「先ほども誓っただろう?我らは共に民を守る守護者なのだ。むしろ、今まで何もしなかった我らの方が頭を下げねばなるまい…。苦労をかけてすまなかったな。許してほしい」


 そう言うと、エメリアは頭を下げる。テオたちと副官たちも、頭を下げた。マルセラは驚き、慌てふためく。


「ひ、姫様、お顔をお上げください!」


「礼儀だ。そうはいかない」


「わかりました!!許しますから、お願いします!!」


「くっくっく…」


 その様子を見ていたリゴは、笑いを堪え切れなくなったようだ。すると、エメリアも可笑しくなってきて、笑ってしまう。マルセラもワタワタしながら、少し苦笑いをする。


「すまんな、マルセラ。いやはや、なんか嬉しくてな。こうして姫様たちとの結束が固くなれた。今までの我らでは、不可能だったかもしれない。これもソフィアのおかげかな?」


 リゴがソフィアの方を振り向くと、テントの中の全員が同じように振り向く。


「え?なになに?私何かした?」


「お姉ちゃん、今更なーに慌ててんのさ?」


「そうよ、ソフィア。お母さんもしっかり聴いてたのよー。カッコよかったわ」


「えーー?」


 ルーナとカトラにも言われ、ソフィアはこそばゆくなり、少し顔を赤らめた。そしてテントの中に、再び笑い声が響き渡る。


「話が逸れてしまったな。それで、どうする?人形とやらの相手は大丈夫なのか?」


 エメリアたちの顔つきが真剣になる。明日向かう先は、かなり危険だ。相当な数の防衛戦力がいるに違いない。だが、それでも行かねば、未来への希望が途絶える。覚悟が必要だった。


 リゴが鋭い目つきで、エメリアを真っ直ぐ見る。


「先ほど誓いました通り、我らは命に代えても、姫様と民をお守りいたします」


「うむ…。では、予定通り明日、我らは東へ出立しよう。どのくらいかかる?」


「我らの全速で向かい、往復で二日です。残された時間も余りありません。迅速に目的を果たさねばなりません」


「なるほどな。しかし、戦力は私とリゴたちで足りるのか?」


 そこでテオと部下の二人が前に歩み出る。


「姫様!私も共に参ります!」

「私たちもついていきますぜ!」

「私もお供させて下さい!」


 テオ、フラガ、サラが揃って申し出る。しかし、エメリアが手を上げて言葉を遮った。


「お前たちの勇敢な気持ち、ありがたい。だが、連れては行けない」


「何故ですか!?話の限りでは、敵は手強い。こちらも戦力が多い方が…」


 食い下がるテオを、エメリアは静かに諭す。


「わかっている。だが、我らの使命はそれだけではない。避難の指揮と護衛も必要だ。人手が足りないのだ。お前たちは優秀な兵士であり、指揮も出来る。私の副官たちと共に、民を西へ無事に送り届けてほしい。頼めるか?」


 エメリアにそう言われて、テオたちは押し黙る。現実的に見れば、エメリアの言う通りだ。それに、陛下が敵の侵攻を食い止めるため、兵を率いて戦っている。王都からの増援を出せる余力はない。


「…わかりました。姫様、こちらはお任せ下さい」


「すまんな。苦労をかける」


 エメリアはテオたち三人の肩を叩く。


「さて…後は諸々の支度をするだけだな。ソフィアたちもそろそろ休んで、明日に備えないと」


 エメリアが軽く微笑みながら、ソフィアに声をかけたが、返事がない。


「…も行く」


「え?」


 ソフィアは小さな声で呟いた。エメリアは聞き返す。


「私もリゴたちについてく!!」


 突然の宣言に、一同は驚き、ざわめく。


「お、おい、ソフィア。何を言ってるんだ?」


「だから!私もリゴたちと一緒に東へ行くって言ってるの!!」


 テオが口をあんぐりと開け、固まる。


 それを聞いたリゴたちが一斉に叫んだ。


「待つんだ、ソフィア!あそこは危険だ!君を連れては行けない!」


「お姉ちゃん!何を馬鹿なこと言ってるの!」


「ソフィア、それは、めっ、よ!お母さん、心臓が止まっちゃうわ!」


 ソフィアに向かって、雨のように言葉が降り注ぐ。


「ソ、ソフィア?豪気な性格は好ましいけど、さすがにそれは…」


 エメリアも困惑しながら、ソフィアを止めようと試みる。エメリアが一番混乱していた。


 ソフィアは一同の反対を跳ね除けるように、再び叫び出す。


「絶対に行く!!私は決めたの!!」


「わ、我儘を言うんじゃない!!」


 テオが怒鳴り返す。さすがに父親として、無謀な娘を叱りつける。しかし、ソフィアは譲らない。


「わかってるよ!!私、我儘を言ってる!でも、行きたいの!」


 叫びながら、今にも泣きそうな顔をしている。なぜソフィアはここまで行きたがるのか。リゴがソフィアに理由を尋ねる。


「…ソフィア、なぜそこまで行きたがる?とても危険な場所なんだよ?」


「それもわかってるの。でも…今度は私がリゴの力になりたいの。私を助けてくれた。ルーナも助けてくれた。他にもいっぱい、みんなを助けてくれた。千年前にも。沢山つらい目にあっても、諦めずに頑張ってくれた」


 ソフィアの目からは、また涙が溢れる。しかし、声はハッキリと出し続ける。


「だから、私はリゴの側に居たい。私に出来ることがあるのかはわからない…。お花のお手伝いも途中だったし、足手まといなんだと思う。でも、決めたの!!絶対にリゴの力になるって、私は決めたの!!」


 そう言うと、ソフィアはリゴに駆け寄り、飛びつく。リゴはソフィアを抱きかかえ、支える。


「お願い、リゴ。私にリゴを助けさせて。お願い…」


「ソフィア…」


 しばらく、沈黙が続いた。ほんの1分くらいだったが、とても長い沈黙が。そしてリゴが口を開く。


「ソフィア…ありがとう。でも、もう一度言わせて欲しい。とても危険な場所に行くんだよ?」


「うん…」


「お父さんとお母さん、それにルーナも、とっても心配するんだよ?」


「うん…」


「とても怖い目に会うかもしれないんだよ?」


「うん…」


「それでも、ソフィアは行きたいのかい?」


「うん…絶対に」


 ソフィアは真っ直ぐリゴを見つめる。その目は今までにないくらい、力に満ちていた。小さな背丈が、急に伸びたようだ。リゴはため息を吐き、そして優しくソフィアの肩に手を置き、微笑んだ。


「本当に、頑固だ。知る限り、こんなに頑固な娘はもう一人しかいない。わかったよ、ソフィア。一緒に行こう」


 そうリゴが告げると、ソフィアの顔が満面の笑みに変わる。しかし、反対の声も上がった。


「リゴ殿!どうして…!」


「テオ殿…わかっています。連れて行くべきではないと。父親としては、許し難いでしょう。しかし、ソフィアは只の我儘を言ったわけではないのです」


「…どういうことですか?」


「ソフィアはとても家族想いの優しい心を持っています。テオ殿のお気持ちも痛い程わかっているのです。それでも、ソフィアには譲れない、貫きたい信念があるようです。それは、一人の人間としての選択です。それを私は尊重したいのです」


 テオは迷う。親としては、許すわけにはいかない。だが、ソフィアの"信念"を無下にしたくない。テオの心は揺れる。その時、背中から声が飛ぶ。


「まったく…お姉ちゃんはどこまでも無鉄砲なんだから。でも、カッコいいよ、お姉ちゃん」


「ルーナ…ありがとう」


「ソフィア、あなた体が小さいのに、こんなに大きな事を言えるようになったのね…お母さん、嬉しいわ〜」


「あ、ありがとう、お母さん。小さいは余計だけど…」


 家族の何気ない言葉が温かい。ソフィアは心が満たされていくのを感じる。すると目の前のテオが頭をくしゃくしゃとさせて、長いため息を吐く。


「はぁー。まったく、誰に似たんだかなぁ」


 すると後ろの部下二人がクスクス笑った。


「そりゃあ、隊長の娘さんですよ?ねぇ?」


「お、フラガと意見が合うとは、珍しいな?」


「お前らなぁー。後で覚えてろよ」


「はっ!了解であります!」


 フラガとサラはささっと後ろに下がる。テオはやれやれと言いながらソフィアの前に立ち、優しく抱きしめる。


「ソフィア、無茶するんじゃないぞ?約束できるな?」


「お父さん…ありがとう。約束する」


「リゴ殿…どうか娘を頼みます」


 テオは深々と頭を下げる。リゴは腰の短刀を抜き、口づけをして掲げた。あの誓いと同じような仕草だ。


「テオ殿、そしてルー家に誓う。リゴ・ソランは必ず、ソフィアを無事に連れて戻ります。お任せ下さい」


 リゴはその名にかけて誓う。こうして、ソフィアはリゴについて行くことになった。エメリアはまた、父親に似た笑い声を上げていた。


 一同にとっては、この夜がメリダで過ごす最後の夜になった。


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