第11話 夕暮れ時に
第11話 夕暮れ時に
「メリダ…?リゴ、今そう言ったのか?」
エメリアがリゴに聞き直す。300年前にリゴたちが崩壊する世界各地から持ち帰った船、宇宙船。星を渡ることが出来るという、おとぎ話に出てくるような船が、アリアス王国の北の境、ここメリダの街にある。しかも、その船の名前がメリダだと、リゴは言う。
「はい、姫様。船団を守護する船の一隻の名は、メリダです」
「なんと…。リゴ、いい加減に全て説明しないか。東に行って箱とやらを取ってくる計画は聞いたが、そんな船があるとは聞いていないぞ?しかも、メリダの名を冠しているとは」
「そうですね…申し訳ありません。どうも言葉足らずの癖は治らないようです」
「そうだぞ、リゴ。何度も言うが、娘だけでなく我々にも話してもらわねば」
「いやはや…返す言葉もありません」
ヒースにもエメリアにも、再び迫られてしまい、リゴは小さくなっていた。その様子を見ていたソフィアたちはクスクスと笑っている。
そこにテオが話に割って入ってきた。
「失礼致します、陛下、姫様。リゴ殿にお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
ヒースとエメリアが頷き、リゴも頷いた。
「感謝します。では、リゴ殿、先ほど東に向かう計画の事を話されていたが、それは一体…?」
「そうですな。ちょうど皆さんにもお話ししたいと思っておりました。ですが、そのお話をする前に、少し外の空気を吸いませんか?ずっとテントの中でしたので、お疲れでしょう」
「確かに、一理あるな。普段の執務よりマシだが、体が鈍りそうだ。父上も宜しいですか?」
「うむ。私も構わない。皆さんも御一緒しましょう」
一同はテントの中からぞろぞろと外へ出る。振り返ると、メリダの街が夕日に染まり始めていた。
「メリダ…船の名前になっていたんだね。星を渡る船。ルーナ、なんだか、凄く嬉しいね」
「お姉ちゃん…そうだね。でも、宇宙船って、どうやって浮かぶんだろ?水の上に無くても大丈夫なのかな?」
「むー。わかんない。船も本で読んだ事しかないからね」
「そうだよね。南の大河や湖では、大きな船が使われているみたいだけど…」
アリアス王国の船は、風を受けて水の上を走る帆船だ。主に大河や湖の上を(西の海は裂け目がある為に行くことが出来ない)、交易と移動の為に使用されている。ほとんどの船が貨物船や旅客船で、後は警備などに当たっている小型の軍艦があるくらいだ。ソフィアたちの住む地域には小さな川しかないので、手漕ぎのボートしか見かけない。
「さて、テオ殿の質問にお答えしよう。先に姫様と陛下にはお話しさせて頂いたのですが、東の国境を越えた先にある、昔の建物から一つの箱を持ち帰らねばならないのです」
「箱?それはいったい?」
「はい。そういえば、まだ姫様と陛下にも漠然とした計画しか話しておらず、箱が何かはお知らせしておりませんでしたな。実は、船に関わる大事な事なのです」
エメリアたちがまた、何か言いたそうな細い目で見ていたが、リゴは目線を合わさないように話を続ける。
「先ほどお話ししたメリダの盾…シールドに問題がありまして、このままでは船団を守護しながら宇宙に上がれません。そこで、その箱が必要なのです。箱には、船を動かす力の一部が込められており、それさえあれば、またシールドが使えるようになるのです」
「なるほど…。しかし、あの盾…シールドを使わねばならぬ程の危険が、これから船団に降りかかるのでしょうか?」
「いかにも。星が崩壊するという事は、相当な危険を伴う。エバ山脈の崩壊とは桁が違う危険が襲ってくるのです」
「なんと!それ程の事が起こるのですか!?」
テオも一同も、驚愕する。先の大崩壊を遥かに上回る危険。今まで現実感のなかった世界の終わりが、一気に現実になる。そんな風に全員が感じた。
「その危険から船団を守護する為に、メリダのシールドが必要なのです。御安心下さい。箱さえあれば、それが可能です。明日、私たちがそれを取りに行って参ります」
それを聞いてテオは少し安堵する。
「そうでしたか。リゴ殿、ありがとうございます。何か私に出来ることはありますか?」
テオが手伝いを申し出ると、リゴは首をゆっくりと横に振る。
「テオ殿のお気持ちはありがたいが、この件は私たち獣人と、姫様にお任せ下さい。テオ殿には陛下と共に、これから始まる船団への避難計画を進めて頂きたいのです」
「避難計画…わかりました。お任せ下さい。私に出来る限りのことは…ん?姫様が東に?」
何か変だ。テオは先ほどのリゴの言葉を頭の中で反復し、結論に至る。エメリア姫が東へ行くと言っていたのだ。
「姫様!まさか東へ赴かれると言うのですか!?」
「そうだぞ、テオよ。ひとっ走り行ってくる」
エメリアはなぜか、満面の笑みでテオに言う。執務の憂さ晴らしが出来るのが、そんなに嬉しかったのだろうか。テオは血の気が引いた。
「ひ、姫様、危険です!東の国境を越えた先は、何があるかわかりません!私ども兵士にその任をお与え下さい!」
「何を言うのだ、テオよ!危険だからこそ、私が行くのではないか!私は騎士であり、将軍だ。そんなところに部下を行かせてなるものか!」
「しかし…」
確かにエメリア姫は強い。将軍になれる実力が備わっている。しかし、一国の姫を行かせていいのだろうか。テオは悩む。そこにリゴが口を挟む。
「テオ殿のご心配はわかります。確かにあの地は危険です。昔の侵略者の置き土産もあります。ですが、その箱を取るには王家の方の認証も必要なのです」
「王家の…認証?」
そこにヒースが前に出て、話を補足する。
「そうなのだ、テオよ。娘がそのような危険な地に赴くには理由がある。これも300年前になるが、彼らは我々が故郷を捨ててまで船に乗る意思があるかを問い、その答えとして、箱を受け取る時に王家の者が認証を行うことになっていたらしいのだ。と言うのも、リゴから貰った昔の王家の手紙に書いてあったので、私も最近知ったのだがな」
「意思を問う…?」
「そうだ。故郷を捨てると言うことは、簡単ではない。私たちはその選択をしなければならない。その時が来たということだ。国王である私が赴くのが筋なのだろうが…リゴから止められてしまった」
ヒースはリゴの方をまた細い目で見る。リゴは苦笑いで誤魔化した。
「陛下には、この国の人々を説得する役目があります。それは陛下にしかできません。選択と申しましたが、私たちは可能な限り多くの人々を救いたい。だから、既に答えは出ているのです。ソフィアたちもそうだろう?」
リゴはソフィアたちの方を見て微笑む。ソフィアもルーナも、そしてカトラも、一緒に頷いた。
「というわけで、テオよ。私は行くぞ」
「わかりました、姫様。どうかお気をつけて。リゴ殿、姫様を頼みます」
「お任せ下さい。それに、私たちが、御守りします。そろそろ御紹介しましょう」
リゴはそう言うと、突然両手をあげる。すると、頭の上で勢いよく手をパチンと打った。
「リゴ、何してるの?」
「合図を送ったんだよ、ソフィア。見てごらん」
リゴは西の方を指差した。すると、沈んで行く太陽の下を、砂煙が走っている。こちらに向かっているようだ。
「リゴ、あれは?」
ソフィアは食いつくように砂煙の方を見る。
「あれは"古狼"と呼ばれる私の同胞、仲間たちさ」
近づく砂煙は、屈強で大柄な黒い狼の一団だった。その数は20はいるだろうか。
「改めて御紹介します。彼らは古狼。千年前に姿を変えた獣人であり、私の同胞です。明日の東への旅路は、私たちが姫様を御守り致します」
こうして日が沈む頃、メリダの南門前に黒い狼の一団が整列した。