1.御神楽華扇 同日談
昼休みの時間、御神楽華扇は急かされるようにして廊下を歩いていた。事は数分前、華扇の親友である浅井佳乃が、背後から話しかけてきた事だ。
昼食のお誘い。彼女との関係を考えれば、自然なものだろう。しかし華扇は、それに対して不自然に動揺した。絶対に怪しまれただろう。後ほど問い詰められるに違いない。
まあ、その場は何かいろいろと察したらしい久努姉妹、ふゆみとなつはが強引に治めてくれたが……こちらからも問い詰められるだろう。
御神楽華扇が困る理由は、これから会う人についてであった。
靴を履き替え、昇降口から出る。次いで、校舎裏へと向かう。逸る鼓動を抑えながら、自分の事を待ってなどいないだろう、その人を探す。
果たして、彼はいた。校舎にもたれかかり、怠そうに惣菜パンを頬張っている。その頬には痣が見受けられ、手の甲は赤く腫れていた。
迫水圭、この学校ではそこそこ悪名高い不良生徒であり、何度か自宅謹慎を受けた事もある。まだ辛うじて退学になっていない、問題児であった。
華扇は思わず、圭に駆け寄った。礫を踏むローファーの音に気付いた圭は、華扇の方へ向く。
「また、喧嘩ですか?」
「……悪いかよ」
華扇の問いに、圭はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向く。圭には、どうにもこの女子が苦手なのだ。敵意を向けるでも無く、恐怖するでも無く、純粋な真心と僅かな好意でもって世話を焼く。
「そのままそっちを向いててください」
ほら、今もこうだ。頬の痣に対し、ごく自然に手当てをしている。華扇の絹のような指先が、圭の頬に触れている。
「……もういいだろ」
ますます居心地が悪くなって、頭を振る。普通の女子ならば、直ぐにでも手を払っただろうが、華扇に対してはやりにくい。
「また直ぐに取ったらだめですよ?」
華扇が頬のガーゼを指差して言う。わーったよ、と、圭は答える。微妙に息苦しいこの空気が、直ぐに終わって欲しいと思った。
「あ、お弁当、作って来たんです。一緒に食べませんか?」
パン一個じゃあ足りないでしょうし、と、華扇は二段に重ねられた弁当箱を出す。またも、二人の空気を変えるのは華扇なのだ。
要らねえよ、と、圭は華扇を拒絶しようと考えた。だが、もし圭が華扇を拒んだとしても、華扇の態度は変わらないだろう。きっと昼休みには二段重ねの弁当箱を持って圭のいる校舎裏に来るだろうし、怪我を見れば手当てをしてくれる。
「……勝手にしろ」
圭は、折れたと言い訳して、受け入れた。