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1.御神楽華扇

恋愛ものとか書いたことはありません。どうかこの稚拙な文章にお付き合いください。

 僕と同じクラスに、御神楽華扇(ミカグラカセン)と言う名の女子生徒がいる。

 名門御神楽家の令嬢であり、絵に描いたような大和撫子。はっきり言って、こんな普通の私立高校でしかない高校に通っているべき人物ではない。

 部活はしていないが、習い事で茶道と日本舞踊をやっていると言う事は耳にした事がある。


 さて。

 どうして僕が、そのような今後関わる事も無さそうな生徒の事を話しているのかと言えば、すなわち面白そうな雰囲気を感じ取ったからに他ならない。出演者ではない、傍観者たる僕は、面白そうな物語を手に取れた。

 きっかけはある授業中だった。ぼうっとしている時に先生に当てられて、御神楽華扇は慌てて立ち上がった。マンガよろしく「聞いていませんでした」とか言って笑われたりしないのは、さすが御神楽の令嬢と言ったところか。関係無いか。

 その時は、あの御神楽華扇でも惚けるような事があるんだなと、むしろただ完璧である訳では無かった事に安堵した。しかし、その日から御神楽華扇……いい加減フルネーム呼びは止めようか。御神楽さんはぼうっとしている事が多くなった。

 そんなあからさまに変わった訳で、僕で無くとも誰もが勘ぐるはずだ。御神楽さんに何かあったんだろうか、なんて。

 まあ年頃の高校生が授業に身が入らない程に悩む事なんて、だいたい進路か性的な事、あるいはそれに起因する事象である訳で。(偏見とは思わない。何せ僕にも覚えがある)

 その、なに。結論を言ってしまえば、御神楽さんもその例に漏れず、俗な悩みを抱えていた。


 御神楽華扇の交友は広い。御神楽の名に興味を持ち、下心で友達をしている者もいるだろうが、多くは御神楽さんの人柄に惹かれている。

 容姿端麗、文武両道。仁愛主義で堅気気質。文字に起こしたらいっそ気持ち悪くて近付きたく無くなる程だが、事実として御神楽さんの人気は高い。柔らかな雰囲気も幸いして、昼休みにひとりでいる事を見かけるのは至難の業ですらあった。

 そんな彼女が今、なんと友達との昼食を断っているではないか。あまりに珍しい光景に男子連中どころで無く、教室中の全員がこっそり注目していた。


「あれ、今日はひとりで食べるの?」と問うたのは浅井佳乃(アサイヨシノ)。教室で御神楽さんと最も仲の良い女子である。昼休みが始まり早々、弁当箱を持って誰にも声をかけずに教室を出ようとした御神楽さんの背中へとクリティカルヒットの一声をかけた。

 そこで慌てないのが御神楽さん。「はい、今日はお外で食べたい気分なので」と、そそくさと教室から退出しようとした。が、


「外でかあ、いいね! 僕も外で食べよっと」


 その直後に聞こえた「へっ?」と言う御神楽さんの裏返った声を、僕らは忘れる事は無いだろう。「えと、あの」と目をバタフライさせながら慌てふためく様は、永遠に僕らの心の中で大事に保管されてゆく。

 我らが鈍感娘佳乃ちゃんは、そんな御神楽さんの様子を見て「どうしたの? 具合悪い?」と心配しているのだが、そうではない。どうやら見かねたらしい久努(クヌ)姉妹が佳乃の両肩を持って教室内に引きずり込み、御神楽さんに行ってらっしゃいと手を振った。

 そこで助け船を出されたと気付いたらしい。御神楽さんは久努姉妹にありがとうございますと頭を下げて、逃げるようにお外へと向かった。この日の佳乃ちゃんの弁当にはミートボールが二個加わったらしい。


 ……さて。

 皆さまお分かりのように、本当に外で昼食を食べたいだけならば佳乃を拒む必要は無い。御神楽さんがお外で昼食を食べるために、仲の良い友人ですら払わなくてはならないと言うことはまあ無いだろう。

 そんな訳で、男と逢うために行ったのではと思うのは余りに当然の帰結であり、その男が誰なのだろうと気になると言うのはまったくもって自然極まりない。

 ところで話は変わるが、本日は非常に良い天気だ。うちの学校には無いが花壇の花なんかあれば、如雨露の水をはねっ返して咲いている事だろう。

 こうも天気が良いと、お日様を浴びながら昼食を食べるのも悪くないなー、と、僕は棒読みで考えながら屋上へ向かう事にしたのであった。


 ……御神楽さんの後を追わないのかって?

 とんでもない。僕は、インタビュアーでもカメラマンでも、ましてやストーカーでもない。劇場のステージを眺めるオーディエンスの一人でしか無いのだ。

 屋上では、何人かの生徒が弁当箱かパンの袋を開けていた。僕はその中で空いている空間を見つけ、弁当箱の蓋を開ける。水筒の中身をコップに注いで、いただきますと手を合わせた。


 真下からは、御神楽華扇らしき女子の声と、それに答えるような粗暴な男子の声が聞こえてきたが。

 ……一先ずこの物語は、ここで終幕とさせてもらおう。

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