夏休みの過ごし方
入学後は、新たになった環境に順応することに手いっぱいで、次々と訪れる行事を何とか乗り越えるだけで、気付けばもう夏休みになっていた。宿泊研修やら期末考査やらあれこれと忙しかったのに、終わってみると何ひとつ有意義なことをした覚えがない、というのはどうやら中学校も高校も大差ないらしい。
そうは言っても、他の誰もが同じように漫然と過ごしていたということにはならないだろう。早い部活、例えば陸上部などは既に高体連を終えている。もしも俺が、中学校からそのまま陸上部を続けていたとしたら――全く想像できないな。地区予選で夏が終わっていたであろうことは確実なんだが。
では、俺は何をしていたのかというと――別段、何もしていなかった。美術部に入部することはできたものの、絵を描くわけでもなく、ただいるだけである。
それもそうだ。『永遠の青』についての情報を得るために美術部に入ったとはいえ、唯一の美術部員である沢城先輩が知らなかったのだ、望みはもはやないに等しい。勿論、美術部の顧問にも訊いてみたが、こちらも順当に外れだった。
それでも俺は、毎日のこと美術部に通ってはいた。行ったところで美術的活動に従事するわけではなく、適当な新書を読んで、沢城先輩が描き終えて剥いた林檎をもらい、ときどきやって来る統也や園田先輩と雑談して過ごしていた。
なぜか、といえば、他にすることもなかったからだ。
だが、それを無益な、無意味な時間であるとは思わない。若い時間をただ浪費しているとは思わない――なんとなれば、人生なんていうものはそんなものだと思うからだ。知ったような口をと思うなかれ、その点に関して俺は自分を疑っていない。
生まれて、生きて、死んでいく。
結局は、何事であってもそれだけなのだ。
だから、同じだけの時間を何に、どのように消費しようとも、過ぎ去ってしまえばただの過去だ。
そもそもの話。
時間に、人生に、意味を探す、考える、求めるというそれ自体が、無意味であると俺は思う。
どうしても必要ならば、山にでも籠って瞑想していればいい。それをこそ、他人は迷走であると嘲笑うことだろうが。そんなものだ。
と、戯言はともかく。
夏休みだ。運動部ならば今が盛りといったところだろうし、文化部もコンクールやら何やらで力が入って来る頃合いだ。さらには東高は夏休みが明けた直後に文化祭があり、その準備が夏休み前から夏休みいっぱいをかけて行われるため、東高が静かになる時期というものはまだまだない。実際、運動部が汗を流しているであろうグラウンドからの掛け声だけでなく、校舎からも騒ぎ声が聞こえてくる。
そう、俺は夏休みのこの今に、何と学校に向かっている。
入部したものの活動はしない、幽霊でもなく活動部員でもない、いわば浮遊霊である俺には別段、登校する義務はない――部活がなくともクラスの出し物はあるわけで、ならばそちらに参加するべきという向きもあるかもしれないが、この高校ではクラスよりも部活動を優先する風潮があるようで、一応は美術部員である俺もそれで免除になっていた。クラスに熱を入れるのはせいぜい真の幽霊部員と、部活動並に行事が好きな連中くらいのものだ。俺はそのどちらでもない。だから俺に強いて学校へ暑い中わざわざやってくる理由もなさそうなものだったが、これには別個に意味があった。
「……暑い」
校門に立ち、生徒玄関前やら中庭やらでわらわらと立ち働く生徒たちを一望してみる。全く、よくやるものだ。敬服に値する。これでも数年前までは俺もあちら側にいたはずなのだが、一度怠惰に身を置けばこんなもののようだ。急ぐでもない、のったりとした足取りで入っていく。途中すれ違う顔見知りやクラスメートに会釈しつつ、生徒玄関を抜け、美術室へ向かう。
作業の白熱している教室は勿論のこと、廊下もほとんどの窓が開け放たれている。お陰で風はそれなりに入ってくるが、目覚ましいものではない。暑いものは暑い。
「……ふう」
美術室の戸の前に立って、俺はひとつ吐息した。――さすがに入部から数か月を経ている。ひとりでも迷うことはない。
俺は美術部の戸に手を掛けた。




