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空色パレット、海色キャンバス  作者: FRIDAY
弐 混色交錯
22/33

進展、そして

 学校の門限ギリギリまで(俺以外が)大騒ぎしていて、ようやく見回りに来た教師に追い出され、家についたのはもう午後八時近くになってからだった。


「……ただいま」

 家に帰りついて靴を脱いでいると、奥から母が顔を出して、俺に電話がかかってきていたと言う。誰からと訊くと、中学の美術教師からだという。午後九時までなら学校にいるから折り返し電話してもいいということで、時計を見るとまだまだ余裕がある。俺は頷いた。

 美術教師から、か。ということは、

「……もしかして、何かわかったのか……?」


 つぶやきながら、逸る心を抑えつつ、電話を取り、電話機横に置いてあるメモ用紙に走り書きされていた番号をプッシュする。呼び出し音が数秒鳴った後、はい、という応答が聴こえてきた。

「――あ、大島先生ですか。御無沙汰してます、滝崎です」

『ああ! 滝崎くん。久し振りだねえ、元気にしてたかい?』


 若い男性教師の声で、俺はすぐにその顔も思い出した。俺が入学する少し前に第三中学に赴任してきた新任教師で、まだまだ垢抜けない感じの先生だったが……声だけでは、あまり変わったようにも思われないな。

 少しの間、近況報告と世間話で盛り上がった。だが既に時間も遅い。大島先生もすぐに我に返って、咳払いする。


『――と、危ない危ない、本題に入ろう』

「あ、はい。何の用でしょう」

『うん、滝崎くん、うちに飾ってある『永遠の青』について、調べてたよね』

「ああ、ええ」

『今でも調べてる?』

「はい、勿論――もしかして、何かわかったんですか?」


 多少の緊張で、声が裏返らないように注意する――もっとも、そこまで、それこそ大宮さんに期待していたほどの期待は、していない。

 何せ、大島先生には悪いが、俺が中学生のときにも大島先生には訊いていて、結局わからなかったのだ。大島先生自身若い新任であることもあって、それよりずっと古いあの絵については、わかれという方が難しい、という話だ。

 だが俺の内心に反して、受話器の向こうの声は明るく、軽かった。


『うん、わかったんだ』

「――え」


 俺は一瞬、絶句した。それから勢い込んで、受話器に食らいつく勢いで声を上げる。

「本当ですか! それで、一体⁉」

『いやー、ずっと作者不明だった絵の作者がようやくわかって、これは快挙だよ。判明したのは割と幸運に依るところが大きいけれど、そもそも気にする誰かがいなくっちゃ始まらなかったわけだし、滝崎くんには感謝してるよー』

「それはいいです。それで、作者は一体」

 誰なんですか、と俺は能天気な受話器の向こうを急かす。えっとね、と受話器の向こうで紙の音がした。どうやら、何かに書き留めていたようだ。俺は固唾を呑んで待つ。


『えっと……ああ、あったあった。あのね、実はこの間、教員会で飲み会があったんだよね。そこで、何と僕、前任の前任の美術部の顧問の先生にお会いしたんだよ。もうとっくに還暦で退職されていて、しかも凄い高齢で、覚えているか心配になったけど、いやあ、教師っていうのは凄いね、これがしっかり覚えてるんだよ』

 教師たるものかくあるべしってねえ、と平和に笑う大島先生に、さっさと続けろと怒鳴りたい衝動を必死に堪えて、俺は先を待つ。


『何でもあの絵は、その先生がうちの学校で美術部の顧問をしていたときの生徒さんの作品らしくて、描かれたのは今からおよそ二十七年前――古いねえ』

 確かに、相当に古い。十年以上前のものだとは思っていたが、それ以上だった。

 また、紙をめくる音が聴こえる。


『で、それを描いた生徒――女の子らしいんだけど、その女子生徒は卒業後、市内の高校に進学、さらに国内の有名美術大学に進んだんだそうだ。しかも、そこを卒業後はなんと画家になったらしい――十年前にあった同窓会で、その先生はその生徒さんに会ったらしいよ。しかも結構有名になってたらしくてね。夢を叶えたって言うのかな、凄いよねえ』

 ええ、と俺は相槌を打ち、失礼にならないように先を促す。

 いい加減、焦れてきてはいるのだが。

 また、紙をめくる音。


『あの絵、すっごい綺麗な青だよね。その生徒さん、当時からそうだったらしいんだけど、職業画家になった後も青がもの凄かったんだって。何でも、一部じゃ『青の魔術師』だなんて呼ばれてたとか』

「青の――魔術師?」


 俺は、思わず訊き返した。

 その単語は、つい最近、聞いた。

 どこで聞いたかなど、わざわざ記憶を探るまでもない。


『ただ、ね――残念ながら、滝崎くん、君も僕も、もうその生徒さんには会えないんだよね……』

 大島先生の声のトーンが、下がる。その理由も、俺は聞くまでもなく、知っている気がした。


『その生徒さん……何年か前に、亡くなっちゃったんだそうだ』

「…………」


 俺は、それを。

 知っていた。


『何か、重い病気を患っていたらしい……娘さんもひとりいて、御存命なら不惑になったばかりでまだ若かったのに、残念なことだよね――ああ、その娘さん、そういえば東高に通っているらしいんだよ。滝崎くんも東高だったよね。もしかして、もう会ってたりするかもよ?』

 そう、俺はもう会っている。


「……あの、大島先生」

『うん、なに?』

 掠れた声で、俺は問う。

 確認する。


「その……女子生徒さんの、名前は」

『ああ! そうそう、それを言うのをすっかり忘れていたよ。はは、一番肝心なところなのにねえ』

 大島先生は笑う。

 自分の胸の鼓動がうるさい。

 耳を澄ませる。


『えっとね』

 紙をめくる、音。

『そうそう、その女子生徒さん、『永遠の青』の作者さんの名前は』

 聞く。

 『永遠の青』の作者の名前は。



 大宮若菜。

 結婚後、改姓して。

 沢城若菜。


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