自問する
それからの文化祭において、俺は見事に何もしていなかったに等しい数日を過ごした。
勿論、当初の予定通り、そして宣言通りに店番をやり通したのだが、統也や園田先輩との絡みも、戸木沢先輩や古谷先輩との会話も、沢城先輩とのやり取りにおいてさえ、終始一貫して上の空になってしまっていた。
ずっと、考えていたのだ。
大宮さんの話。
沢城先輩の過去。
そして――俺の動機。
俺なら、沢城先輩に再び青を使わせることができるかもしれないと、大宮さんは言った。
だが、理由がない。俺が沢城先輩に、青を使うよう働きかける理由が。
俺は『永遠の青』の作者が知りたい。
沢城先輩がかつて描き出した青は、『永遠の青』によく似ている。
俺は――沢城先輩の青が、見たいか?
どうなんだ。
自問する。自問する。自問する。
俺は――
「――滝崎くん?」
気が付くと、沢城先輩が俺の顔を下から覗き込んでいた。
「……あ、はい、何でしょう」
「何でしょうって言うか……滝崎くん、ここ何日かずっとぼんやりしてて、何かあったの?」
「何か……いえ」俺は視線を逸らした。「特には、何も」
「そう?」
沢城先輩は、あからさまに不審そうだ。だから俺は、何でもないことを主張するべく口を開き、しかし何も思い浮かばず、
「あっれー、タッキー、またぼんやりして、楽しまなきゃ損だよー?」
「そうだよー、盛り上がってないのもうザキくんだけだよー!」
部外者がうるさい。
「あんたら美術部関係ないだろうが。何でいる」
「いいじゃないかー、ねえ?」
「そうだよー、ねえ?」
「いいんだよー」
応じたのは、戸木沢先輩だ。俺は深くため息をついた。
文化祭が終わっての、東高と西高の美術部による打ち上げ、である。東高の美術室でジュースパーティ、的な。若干名部外者も混ざっているが。
「俺はもともと、盛り上がりに欠ける人間だから」
「タッキー、何をネガティブなことを……」
「というか統也、園田先輩も、自分たちの部活の方での打ち上げは」
「この後行くー」
ねー、と統也と園田先輩。
阿保ふたりが、仲良くなりやがって。鬱陶しい。
「でも実際さ、タッキー。沢城先輩の言う通り、このところ随分ぼけっとしてるよ」
確かに、と園田先輩も統也と並んで俺の顔を覗き込む。ふむ、ほほう、と園田先輩が頷いて、
「……ボケた?」
「…………」
「痛っ、あ痛っ、ちょ、ザキくん、一応は先輩の頭をチョップでなんて!」
はあ、と俺は大きくため息をついた。しっし、と阿保ふたりを追い払い――少し考えて、統也だけ手招きして戻す。
「ん、なに」
「ああ――なあ、統也」
迷いながらも、俺は問う。
「『青』の話なんだが……あれから、何かわかったことはないか」
「ん? ああ、そうだね。そういえば――」
ああ、と顔を明るくして統也は何かを言おうと大きく口を開き、つい、と視線を反らして、閉じた。
「――いや、まだ何もわかってないかな」
「……ほんとか? 今、何か」
「まだだよ。全然。そりゃまあ、ちょっとずつ情報を集めてはいるけれど、まだまとまってないしタッキーに報告するほどじゃないよ」
「そう、か」
統也が新しく何かを掴んでいれば、それが判断材料にもなるかと思ったんだが……何もないのなら、仕方がない。俺は俺で考えるしかない、か。
ふう、と吐息していると、また沢城先輩が心配そうな顔で近寄ってきた。
「本当に、大丈夫なの? 滝崎くん。悩みとかあったら、言える範囲でもいいから、相談してくれたら、乗るよ? 人に話すだけでも楽になるって言うし」
「あ、沢城先輩……いえ」
俺は、首を振った。
「本当に、何でもないんです。大丈夫ですから」
「……そう?」
「ええ。――ええ、本当に」
何度も頷いて、俺は、まじまじと沢城先輩を見下ろした。うん? と沢城先輩は小首を傾げる。けれど俺は、やはり何も言わない。
大宮さんに、話を聞いたことも。
沢城先輩の、青についても。
「――沢城先輩、そういえばあの後、大宮さんには会えたんですか?」
ずっとぼんやりしていたので訊いていなかった。大宮さんは、会いに行くとは言っていたが。
沢城先輩は、にこっと笑った。
「あ、うん。会えたよ。はるかちゃん、大学生になってから忙しいって、なかなか会う機会がなかったから、嬉しかった」
そうですか、と俺は頷いて、沢城先輩を見る。
青を使うことのできない、沢城先輩。
俺は――




