楽しんで
その後は、統也と園田先輩に半ば強引に連行され、文化祭を巡るハメになった――まあ、全く楽しくなかったとは言わない。だが酷く疲れたのも事実だし、どうしても上の空になりがちで、何度も沢城先輩に気遣われて申し訳なくもなっていた。
沢城先輩に、美術部のOGだという大宮さんの話をそれとなくしてもみたのだが、
「え、はるかちゃん来てるの? 私はまだ会ってないなあ……会いたいなあ」
「沢城先輩たちが出てた生徒会企画、観戦するようなことを言ってましたから、観客席にいたんじゃないかと思いますけど」
「ああ、そうだったのかな。緊張してたから気付かなかった……」
見たところ、沢城先輩の様子に妙なところはなかった。普通に、先輩を慕う後輩の絵図だった。――強いて不思議に思ったことを挙げるなら、細かいところだが、
……はるか、ちゃん?
親しい間柄で、下の名で呼び合うのは別に変なことではない。大宮さんの方も、沢城先輩を下の名で呼んでいた。だが、呼び方が、先輩、ではなく、ちゃん、であるのは、おかしくないか。
と、そんなことを思った程度だった。
とにかく、あちこちを見て回り、まあ、所詮は学生の、高校生の学校祭だな、と思ったくらいだ。
一通り回った後で、俺は時計を確認し……やや躊躇いながらも、沢城先輩に頼まなければならないことを思い出した。
「――あ、沢城先輩、あの」
「ん、なに?」
「その……お願いが、あって」丸一日だって店番やりますとか言った手前、結構頼みにくいんだけども「ちょっと用事が出来てしまいまして。四時から、しばらくの間、店番お願いしてもいいですか?」
俺としては、結構言いにくいというか、緊張していたのだが、これに沢城先輩は拍子抜けするほどあっさりと頷いた。爽快なほど快く。
「いいよ。勿論」
「明日からは、本当にずっとやるので」
「いや、明日からだってずっとやってくれなくてもいいんだけどね……」沢城先輩は時計を確認する。「四時ね。じゃあ、もう行く?」
「はい。すみません」
「いやいや」
楽しんでおいでよ、と沢城先輩は笑顔で手を振って美術室の方へ向かっていった。ちなみに統也と園田先輩は道中でそれぞれがそれぞれの部の同輩に捕まり連行されていった。俺は会釈して、沢城先輩の背が角を折れて見えなくなるまで見送ってから、自分の行くべき方向へ足を向けた。
楽しんで、か。
沢城先輩がどのような意図をもってそう言ったのかはわからない。だが、
「楽しくなれば、いいんですけどね」
何だかわけもなく、楽しくなるような気はしないのだった。




