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空色パレット、海色キャンバス  作者: FRIDAY
弐 混色交錯
15/33

アホふたり

「――お疲れー。どう、儲かってるー?」

 大宮さんが去った後、あの人の残したこの上なく思わせぶりな言葉の数々を検証している間に、生徒会企画が終わったらしい、戸木沢先輩たちが美術室に戻ってきた。戸木沢先輩を先頭に、古谷先輩、沢城先輩と続く。


 俺は、机の上に広げていたノートをさりげなくしまいながら、頷いた。

「ええ、まあ。思っていたよりは入りましたよ。待ち人が出るほどではありませんでしたけど。先輩方は?」


 思考に没頭していたために、開いている窓から入って来る歓声を訊いていなかった俺は、その結果を戸木沢先輩に問う。まあ、別に大したこともなかっただろうと思ったのだが、予想に反して戸木沢先輩は満面ににんまりと笑った。

「優勝したよー。ほら」

 言って、戸木沢先輩は俺の眼前にびらんと景品である出店のタダ券を広げた。十数枚綴りの紙片が、複数枚重なっている。それを見て、美術室奥にいた西高の美術部員が歓声を上げた。


「はいはい慌てない騒がない。券は人数分ぴったりしかありませんから、自分の分より取らないこと。あと、連絡できる他の部員にも連絡してあげてください」

 群がる部員たちを容易く統制する古谷先輩。さすが、この人はできる人だ。俺が感心を込めて見ていると、不意に横手からびらっとタダ券が広げられた。

 何だと思えば、沢城先輩だった。


「これは?」

「滝崎くんの分。滝崎くんも美術部なんだから」

 はあ、と俺は受け取るも、別に使わないんだよなあ、と思う。俺が持っていても腐らせるだけだ。誰かに上げてしまおうか。例えば、そう、

「沢城先輩、見てましたよ! 美術部優勝でしたね!」

「凄いよはるにゃん! 圧勝だったよ! 最後の連続二十跳び、もう惚れちゃうところだったよ!」

 なぜか嬉しそうに美術室に飛び込んできた統也や園田先輩辺りに、な……いや連続二十跳びって、一体何をやってるんだ、生徒会企画は。文化部対抗戦だったんじゃないのか?


 ひとしきり園田先輩と一緒に騒いだ統也は、椅子から動かない俺へ顔を近づけて笑う。

「タッキーも出ればよかったのに」

「出ないさ。あんな日光浴びまくりの暑苦しい中でハッスルできるか――ん」

「先輩方がハッスルしてたっていうのに……え、なに?」


 俺が突き出したタダ券を見て訊き返しながらも、統也は目の輝きを隠さない。わかってるなら訊くな。

「やる。どうせ俺は使わないからな」

「ええ⁉ 本当かい? やった、どうせタッキーはこれもらっても腐らせるだけだろうと思って捨てる前にダッシュでここまで来てよかったよ!」

「ああ‼ みやもんズルい! 私も同じこと考えてたのに!」

「……あんたらな」


 統也はともかく、園田先輩には本当に悪気がないからより悪い……あと、みやもんというのは勿論統也のあだ名だ。案の定統也は嫌そうな顔をしていたが、どうせそんなことになるとは思っていたのだ。ザキを笑った天罰さ。はは、ざまァ。


「ザキくんザキくん! 私にも頂戴よ! 私にくれたら今度からレベルアップしてザラキって呼んであげるから!」

「あんた最初っからわかって呼んでやがったのか‼」

 やめろ、攻撃範囲を広げるんじゃない――俺はため息をついた。

「別に、好きにしてください。なんなら統也と分ければいいんじゃないですか」あとザラキと呼ぶなよ。ザキはもう諦めるから。


 こういうのは、それこそ恋人とでも使えば都合もいいのだろうが……俺や統也は言うに及ばず、園田先輩だって、結局のところあの告白の件は断ったらしいからな。手に入れた分はきっちりと自分で使い切るのだろう。最悪だ。

 ところがこれには、意外なところから仲裁が入った。


「あー、あのね、それなんだけど」

 沢城先輩が、苦笑いで万歳三唱しているふたりの間に入る。

「実はそれ、生徒会の規定で優勝した部に所属している人しか使えないんだよね」

「ええ⁉ それはまたどうして」

「まあ、こういう譲渡を防ぐため、だよね……」

 それもそうか。当たり前と言えば当たり前で、沢城先輩は俺の方を見ることはないが、これは暗に俺も責められてるよな……愕然としている統也の手から、俺はタダ券を抜き取った。


「それなら、悪いがこれはあげられないな……悪かったな、半端に希望を持たせて」

「くっ……本当だよ、タッキーが普段からもっとイベントに意欲的ならこんなことには……!」

「全くだよ。ザキくんがもっと明るい人なら……!」

 おい、遠回しに俺の人格まで否定するんじゃない。傷つくだろうが。


 阿保ふたりは放っておいて、俺は沢城先輩に顔を向けた。

「ともかく、お疲れ様です。優勝もおめでとうございます」

「うん、有り難う。皆で頑張ったからね――あ、そうだ、滝崎くん、お昼はもう食べた?」

「いえ、まだですが」

 そういえば、忘れていた。考えることでいっぱいで……まあ、恐らく一度は立ち寄るであろう統也をパシらせて何か買ってこようかくらいには考えていたが。

 そっか、と沢城先輩は頷いた。

「それじゃあ、受付は私が代わるから、滝崎くん何か食べて来なよ。折角だし、その券使ってさ」

「え、いやでも」

「いいからいいから。ほら、代わるよ」


 こうでもしなければ俺は動かないとでも思ったのだろう、半ば強引に俺を立たせて、タダ券を握らせる。えっと、と俺は自分の手の中のタダ券を見下ろした。と、

「おや滝崎さんも昼食まだだったんですね。それなら、ちょうどいい。沢城さんも一緒に昼食を摂ってきたら」

「え?」

 驚いて振り返った沢城先輩の先にいるのは、古谷先輩だ。フラットな表情で言う。


「沢城さんも昼食はまだだったでしょう。このままだとお昼抜きでいることになりそうな時間ですし、ついでに」

「でも、受付は」

「いやいや、それこそ気にすることはありませんよ。こちらには部員が余ってるんですから。遊ばせすぎるのもよくありませんしね」


 え、という顔で古谷さんを見たのは、今度はタダ券に盛り上がっていた西高の美術部員だった。だが古谷先輩は飄々として意に介さない。


「さあ、おふたりともさっさと行ってきてください。勤労欲求旺盛なのは結構ですが、ときには休息も必要なんですよ」

 そう言って、にっこりと古谷先輩は笑ったのだった。


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