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空色パレット、海色キャンバス  作者: FRIDAY
弐 混色交錯
11/33

先輩と後輩の距離感

「――あ、もうこんな時間だ。今日はこの辺でお開きかな」

「そうですね。続きはまた、次回ということにしましょう」


 気が付いたら、白熱して打ち合わせいた沢城先輩と古谷先輩がノートを閉じ、立ち上がるところだった。ここまで俺は全く一言も口出ししていない。いや、俺はともかく、名目は西高の美術部部長であるところの戸木沢先輩までノータッチなのはどうなんだ?


「あ、そうだ、滝崎さん」

「……え、あ、はい、何でしょう」

 不意に古谷先輩に話しかけられて、ぼんやりとしていた俺はやや反応が遅れた。そんな俺に小首を傾げつつも、古谷先輩は先を続ける。


「初めに見せてもらったあの絵の写真、写しを取らせてもらってもいいでしょうか?」

「え……それは、どうして」

「ええ、私や戸木沢部長は残念ながらわかりませんでしたが、こちらの部員の誰かに心当たりのある人がいるかもしれないと思いまして。戻ったら訊いてみようかと」


 それは……願ってもない申し出だ。俺は例の写真を取り出して、そのまま渡した。

「このまま持っていってもらっても大丈夫です。元のデータはあるので」

「そうでしたか。それでも一応、お借りさせていただきますね」


 言って、古谷先輩はその写真をノートに挟みこんだ。そしてそのまま、既に戸の付近に待機していた戸木沢先輩と連れ立って部室を出ていく。

「それでは。次の打ち合わせについては追って連絡します」

「うん。まあ、こっちはいつでも大丈夫だから、気軽に連絡して」

 ええ、と頷いて、古谷先輩は出ていった。じゃーねー、と手を振って戸木沢先輩も後に続いていく。

 古谷先輩は見た目通りしっかりしている。だがあの戸木沢先輩は一体何なんだ。


「――滝崎くん?」

 沢城先輩の声で我に返った。それも、どうやら既に数回呼んでいたらしい。慌てて俺は、横に並んで立つ沢城先輩を見る。

「はい、何でしょう」

「何でしょうって言うか。滝崎くんこそ、さっきからどうしたの? ずいぶんぼんやりしちゃってて……ああ、そっか。打ち合わせ、つまんなかったもんねえ」

「え、いや、そんなことは」


 咄嗟に否定するが、内心では首肯してしまうために否定しきれない。沢城先輩は、どうやら半ば冗談であったらしく、慌てた俺の反応を見て悪戯っぽく笑った。


「どう? 西高のふたりは」

「どうと言われましても……」椅子の方に戻っていく沢城先輩に続きながら、俺は答えに窮する。「凄くしっかりした人でしたね、古谷先輩って」

「そうだね。ほんとに凄いんだよ、古谷さんは」椅子に座り、閉じていたノートを広げながら沢城先輩は言う。「几帳面って言うかね。部の運営は全部古谷さんがやってるんだって。予算の計算から、コンクールの出品から。今回の打ち合わせもね、実際、私から言うことってあんまりなかったんだよね」


 いや、ずっと横で見ていた感じだと、沢城先輩も古谷先輩と対等以上に議論していたと思うが……しかしどうやら、俺の古谷先輩への印象は間違っていなかったらしい。

 敏腕秘書って感じだもんな。


「で?」沢城先輩が言った。で、とは一体何のことでしょう。「戸木沢さんは?」

 それは、できれば回答を避けたいところなのだが。

 正直言って、全く部長らしくないし、何で部長は古谷先輩ではないのかと。「不思議な人だな、って思いました」ザ・言い逃れ。


 あはは、と沢城先輩は笑って、頷いた。

「確かにね。何だかふわふわしてるもんね」人の顔じっと見るし。「でも戸木沢さんも凄いんだよ? よくコンクールでいいところ取ってるし」

「えー……そうなんですか?」

 イメージできない。芸術家は奇人変人が多いとかいう(割と信憑性のある)迷信とか、そういうことか。

「ま、ふたりともそれぞれに凄い人たちだよ。――うん、これなら、今年の文化祭も安泰だねえ」


 うーん、と沢城先輩は大きく伸びをする。――それから、俺の顔を見直して、小首を傾げた。

「ん、どうかした?」

「え?」

「何だか物憂げな顔をして。……そういえば、一度戸木沢さんに呼ばれてたみたいだったけど、そのとき何かあった?」

「いえ、そういうわけでは」なくもないのだが。


 まさか、はっきり言うわけにもいくまい――いや、最終的には言うことにもなるのだろうが。

 まだ、俺の方の整理がついていない。


 沢城先輩は、奥歯にものの挟まった風の抜けない俺に思うところはあるものの、それ以上追及することもないと思ったのだろう、頷いた。

「ん、そっか。まあ、何かあったら気軽に言ってよね――私は、今日はもう帰るかな。滝崎くんは?」

「え、ああ、じゃあ俺も帰ります」

「りょーかい。じゃあ鍵は私が返しておくね」

「いえ、今日は俺が」

 いつもともに利用しているのに、鍵を扱うのはいつも沢城先輩だ。いつでも先に来て林檎を描いていて、しばしば俺が帰ってもまだ残って本命の絵を描いている。同時に帰るときくらいは俺が返そうと思ったのだが。

「いいよいいよ。ほら、私部長だし。それに、職員室にもちょっと用があるからね」

「用?」

「うん。顧問の先生に軽く状況報告をね」


 別件を持ち出されては、無理にするほどのことでもない……そうですか、と俺は引き下がった。

「それじゃあ、すみません、お願いします」

「いいのいいの。――それじゃあ、また明日ね」


 美術室の鍵を閉め、そこで沢城先輩と別れる。職員室と昇降口は逆側だ。

 手を振る沢城先輩に、手を振り返すのは後輩としてどうなんだろうとも思い軽い会釈で返して、お互いに背を向け逆方向へ歩いていく。


 そして俺は足を止めた。

 振り返る。

 当然のこと、沢城先輩はこちらの動きになど全く気付くことなく、職員室の方へと歩いていく。

 その背中を、何となく見つめる。


「何かあったら気軽に、ね」

 小さく、つぶやく。

 気軽に、訊けることだったのならいいのだけれど。


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