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空色パレット、海色キャンバス  作者: FRIDAY
弐 混色交錯
10/33

手がかり

 俺の思っていた以上に打ち合わせというのは詳細にまで及んでいたようで、二時間ほど経過してもまだ続いていた。

 もっとも、それほど念入りに話し合っていたのは沢城先輩と古谷先輩のふたりだけで、俺は手持無沙汰にその様子を眺めていたし、戸木沢先輩に至っては部室を物色していた。

 おい。


「――ですから、このサイズに描くなら人数は多く割かないといけませんよね」

「そうだね……でも、こっちは私ひとりしかいないし……」

「おおよそのことはこちらでやっておきます。ですから沢城部長にはこちらの――」

 横から覗き込んだ限り、どうやら美術部が生徒会から委託されているポスターなどの、人員配置について検討しているらしい。思いのほか結構な数があり、これは確かに、協同でもなければ難しいものだった。とはいえ依然、俺の入り込める余地はない。

 ふと戸木沢先輩の姿を探してみると、戸木沢先輩は壁際の棚の前に立っていた。そこに無造作に並べられていた冊子の、一冊を手に開いている。

 そして、じぃ……っと俺の顔を見ていた。

「…………」

 素朴に、怖いんですけど。何か手招きされているけど行きたくない。

 だが俺にも戸木沢先輩にはひとつ訊きたいことがあったから、仕方なく腰を上げた。沢城先輩たちの会議に水を差さないよう、そっと戸木沢先輩の方へ向かう。


「……何ですか?」

 一応、手招きされてやって来たのだからそれを先に確認するのが筋だろう。訊くと、戸木沢先輩はそのいまいち焦点の合わない目で俺の顔をじっと見上げながら、

「青、好き?」

 と訊いてきた。

「え……ええ、まあ」

 意図の全く読み取れない問いに、俺は用心しながらも頷く。だから何か、と思ったが、ふうん、と応じただけで戸木沢先輩は開いている冊子へ視線を落とした。

 何なんだ。


「あの、戸木沢先輩」

「うん?」

「ひとつ、いいですか」

「うん」

 いまいち反応の薄い戸木沢先輩に仄かな苛立ちを感じながらも、俺は訊くべきことを訊く。

 確認する。

「さっき、この『青』について訊いたとき――」俺は例の写真を取り出し、戸木沢先輩へ向けた。戸木沢先輩は、ちらっとだけそれを一瞥する。「戸木沢先輩は、『この絵には見覚えがない』って言ってたと思うんですけど」

 そのはずだ。そこが引っ掛かったのだ。

「それって、もしかして『この絵そのものは見たことがないけれど、似たような絵なら見たことがある』ってことだったり、しませんか」

 言葉じりを捉えただけの揚げ足取りのようなものだ。ただ、そうあってほしいという儚い希望だ。

 どんな些細なことでも、手掛かりが欲しいのだ。

 戸木沢先輩は、すぐには応えなかった。

「どうして、探しているの?」

「……え?」

「青が好きだから、それだけ? それだけの理由で、そこまでしてあの絵の描き手が知りたいの? どうしても? それがどんな現実だったとしても?」

 俺は、驚きですぐに言葉が出なかった。

 この人が、これほどの長文をすらすらと言えるとは思わなかった。

「……理由は」

 そういえば、それを問われるのは初めてかもしれない。統也も、沢城先輩も、問うことはなかった。

 なぜか?

「……うまく、言えません」

 としか、答えられない。


 中学生の時、あの絵を初めて見上げた日。

 その瞬間に覚えた感情を、確かめたい。

 感動、と言えばいいのかもしれない。だが、そんな言葉では俺の覚えたものから遥かに遠ざかってしまうような気もする。

 だから、これは、言葉にはできない理由だ。

 知りたいのだ。

 誰の手によって調色され。

 誰の筆がキャンバスを踊り。

 あの『青』が出来上がったのかを。


「ふーん」

 対して、戸木沢先輩の反応はいっそ清々しいくらいに簡素だった。訊いたくせに、興味がなさそうだ。けれど、戸木沢先輩の言葉にはまだ続きがあった。

「まあ、確かにそうなんだよねー。その絵自体は私も初めて見るんだけどー、その絵とそっくりな絵なら見たことがあるんだよー」

「え、本当ですか? それはどこで」

「これ」

 と。

 戸木沢先輩が俺の眼前に広げたのは、あろうことか今の今まで戸木沢先輩が手繰っていた美術冊子だった。その、一ページ。


「こ、これは?」

「左のページ」

 言われて、俺はそちらへ視線を向け、

 そして固まった。

「……これは?」

「読んで御覧」

 頑として、戸木沢先輩は自分から説明することはしないらしい。

 だから俺は読んだ。

 第五十六回中学校全国統一絵画コンクール。印字されている日付は今からおよそ三年前のもの。

 最優秀賞受賞作。


 青だった。

 水底から空を見上げているような構図だ。陽の光であろう白が射していて、波間に揺れている。そして中ほどやや下を漂うように、こちらに背を向け、同じく水面を見上げているのは、制服のままの少女だった。

 そして、青。

 青、蒼、藍、碧、あお。

 一面が、ありとあらゆる青で満たされている。

 題は、『境界の青』。

 そしてその作者にして最優秀賞受賞者の名は。



 沢城小春、と刻印されていた。


 

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