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宿の見かけはオンボロだが、中身は小奇麗なものだった。
少し残念な気持ちになったのは何故だろうか……。
どうやら宿の主人はドルドの冒険者仲間であったとのこと。
ドルドは2階の1室を2人で借りた。
格安で経営している宿に食堂は無く、酒場でドルドと夕飯を食べる。
「くはーっ!!うめええええぇぇぇ!」
「また酒かよ……」
(はむはむ)
ドルドは相変わらず酒ばかり飲んでいる。
妖精ちゃんは色々な料理をリスみたいに口いっぱい頬張っている。
料理は逃げないから、落ち着こうね。
その席で騎士団や教会が精霊付を管理している事を聞く。
詳細についてドルドは知らないため、騎士団へ明日行くことになった。
また、王城は北にあるらしい。王様とお后様、王子1人にお姫様2人いるんだと。
*****
翌朝、仕事を求めドルドと共に騎士団に行く。
フードを外して受付の女性に話掛けると、奥の部屋に通された。
妖精ちゃんはカバンの中で熟睡し、ドルドは後ろに立っている。
受付の話では正式に入団するには、15歳以上で初等学校・中等学校を出ることが最低限の条件とのこと。
因みに精霊付の多くは、そのまま上級学校へ進み、その後は騎士団や教会・役所勤めなどが一般的らしい。
また、国家機関は何れも試験があり簡単には入れないらしく、試験を受けないならば能力確認と面接を受けて雇われる形で入るしかないとも。
雇われた場合、安い給金に厳しい昇給と併せて従軍も契約に含まれており、傷病で契約を切られると。
団員ならばしっかりとした寮があり、高給かつ功績によって昇給もあり、傷病手当てもあるらしいが……。
住む場所が無いならば住み込みも可能だが団員とは別の住居になり、その場合は給金から一部引かれるようだ。
話を聞き宿へ戻る道の途中、ドルドに小声で話しかけられる。
「後ろをつけられているぞ。特に仕掛けてくる様子は無いがな」
どうやら騎士団を出てから尾行されているとのこと。
身辺調査の一環だろうか。宿屋前に来ると尾行は消えたようだ。
宿に戻りドルドと騎士団の待遇について話合う。立場的には傭兵になるのだろうか。
ドルド的には待遇は悪いようだが仕方が無いとの話が出る。
ついでに以前から考えていた、治療で金を稼ぎたい事を説明するとドルドの反応は悪い。
「教会が黙っては居ないだろうな」
ドルド曰く、教団のシマ荒らしになるとのことだ。
騎士団に入れば後ろ盾ができるので少しは安心はできるかもしれないが……。
ならばと、教会行きを提案してみるが諌められる。
「お前さんには力がない。知識も無い。万一教会に潜れても、教会にいい様に使われるのがオチだ」
教会には知り合いがいるらしく、いくつかの派閥に分かれているようだが基本は拝金主義なのだと。
教会に入るために、体を強要された女性もいるらしい……。
そんなドロドロした内情を聞くと、教会に行けば使い捨て要員決定なのは想像に難くない。
「いいように使われるなら騎士団の方がマシだろう。回復魔法は貴重だからな」
騎士団の知り合いが教会と仲が悪いらしいと愚痴っていたらしい。
回復魔法使いが居ないらしく、怪我すると高い金を払って神殿にいっているのだと。
そんな話をしていると夜も随分更けてきた。
ドルドはベットを使い、俺は床の上で寝る。妖精ちゃんをベットの下に入れ毛布を被る。
待遇と金とこれからのことを考えつつ眠りに付くのだった。
*****
翌日騎士団へ行き、受付から詳細な話を再度聞く。
実技や面接は別の担当だといわれ、ロビーで待機する。
「俺はミレーだ。今回、君の能力などを確認することになった」
男の名はミレーといい、目に掛かる長さの金髪で白の軍服を着ている。歳は中年くらいだろうか。騎士団内でも高い階級だとドルドに耳打ちされた。
「それでは能力を確認する」
能力確認のため、その場で腕をめくりナイフで傷をつけ再生すると驚かれた。
待遇や給金について改めて確認され、契約書を目の前に出される。
書面をドルドに確認してもらい、書面へそれっぽいサインを書き契約する。
仕事内容は回復魔法を使った医療行為に限定し、戦闘や訓練は除外されている。
給金は住み込み代を引くと、週6日勤務で月銀貨10枚程となった。
騎士団内での待遇は悪いようだが生きていくには十分だろう。
「契約完了だ。よろしくな」
「これから、よろしくお願いします」
荷物は持ってきているので、渡された地図を元に寝床まで行く。ドルドは宿に戻るとのことだ。
寝床は団員とは別の別の建物であり、騎士団の離れにあるとは聞いたが……。
「幽霊屋敷じゃねーか……」
(ひどいです……)
目の前には今にも朽ち果てそうな石造りの建物がある。
苔むした壁面に、木製の床は軋んで音が鳴り、ドアのたてつけも悪く、日差しも入りにくいのか薄暗い。
ミレーめ……嘘は言っていないかもしれないが、さっき見た馬小屋のほうが立派じゃないか。
翌日、身長・体重・視力・体力等について計測され、ミレーと会い所属についての話となった。
所属は医療補助隊第2班という書面上作成した暫定部隊らしい。
上官はミレー、所属は俺1名だと……。死んだら書類上から部隊が消えてお終いか。
また、測定結果は聞かされたが単位系が分からないので"感じ"で答えてもらうと、
小さい・軽い・視力はいいが足はやはり遅いことが分かった。
ドルドに道中ずっと"飯食え"と連呼されていたのは正解だったか。
身長は同じ年の少女と比べても低いらしい。ツルペタちびすけですか……。
黒の軍服を渡されるが大きいので上服はそのまま、スボンは背丈に合わせて裁断してもらっている。
ミレーにフードを被っても問題ないか聞くと、問題ないが何があっても知らないと返された。
怪我をしている団員は救護室にいると聞かされミレーと共に向かう途中、治療する団員を一旦別の場所へ移動させると言われた。
回復魔法は目立つこと、正式な部隊でもないにも関わらず医療行為をすると、他の医療メンバーからやっかみを受けるためらしい。
そして、幾人かの傷の再生を試みたのだった。
明日からは重傷者も担当することになるそうだ。
食事は食堂で貰い食堂裏で食べ、騎士団端の井戸で水を汲み、幽霊屋敷の空いた部屋で行水している。
――格差社会の悲哀を体感しつつ、忙しく働く日々が始まるのだった。
*****
一ヵ月後、上官のミレーに呼び出される。
長い騎士団の廊下の隅を、緑青のコートを着てフードを被り歩く。これは初任給で買ってみたお気に入りだ。
横を通り過ぎる騎士達が声をかけて来るので返事をしつつ目的の場所へと向かう。
入ったばかりの頃は救護室へ行くと怪訝な顔をされていたが、再生で傷を治すことで随分と印象が良くなったようだ。
そしてミレーに評判が中々いいので、外回りをしてほしいとの話を聞かされる。
騎士団から護衛を1名出すが、必要ならばもう1名の護衛手当ても出るとの事。手当ては旅費にしてもいいとの話だ。
そして護衛を紹介されるのだが、ダンディーな爺ちゃんだった。
黒い軍服を着て、背は高くすらっとしているが筋肉はありそうだ。軍人オブ軍人だろうか。
黒く短い髪で、鋭い目つきと深い掘りがある顔に圧倒される。
「レオニドという。よろしく頼む」
名前はレオニド、平民出身であり昔は戦場で活躍したらしく階級も高いそうだ。
"レオニドさん"と呼ぶと"レオ爺"でいいと返された。
レオ爺さんの所属は医療補助隊第2班になるとのこと、何か左遷させられてません?
翌日、レオ爺と騎士団に近い王都の冒険者教会に行きドルドを探すも居ないとの事。
俺の服装は茶色の服とズボンとフードに腰にはナイフ、レオ爺は黒の軍服でロングソードを帯剣している。
次に宿屋に行ってみるが、どうやら用事で出かけているようだ。
週末に遊びに行くと結構な頻度で居たのだが、今日は運が悪いのだろうか。
町中では大型の武器は騎士団や冒険者など許可された人だけが持てるらしい。
ナイフなど護身用武器は許可は要らないため携帯している人が多いとも。
仕方ないので大通りに出て騎士団に戻ろうとするが――。
「……ッ!」
背後から蹴飛ばされ地面に転がる。レオ爺の前にはフードを被った男2人が立っている。
周囲にいた人は叫び声を上げ逃げ出している。
体を起こそうとするが右腕をつかまれ組み敷かる。左手は足が乗っているようだ。
頭は地面へ押し付けられ、首に刃物が当てられている。
「そこの爺さん、剣を捨てろ」
男がレオ爺に話しかけた。
「お前達、何をしているのか分かっているのか?」
「あぁ……当然だろ」
「…………」
レオ爺が動いたのか足音が聞こえると、首の刃物も合わせて動く。
どうやら首から血が流れているようだ。
このまま首を切られると再生できるのかと不安になる。
「さっさと剣を捨てろ。俺達を追うなよ」
「妖精ちゃん……攻撃してくれ」
(わかった!)
俺が小声で妖精ちゃんにつぶやくと、俺を拘束している男に妖精ちゃんが攻撃し左手の拘束が緩む。
顔を上げるとレオ爺が男をロングソードで切り上げ、血しぶきが飛んでいる。
俺は体をひねって逃げ出そうとするが、拘束している男の力は強い。
左手を動かし、腰のナイフを取り出して背中の男に切りつけるが空を切った。
しかし、男は逃げたのか体が軽くなる。
再び前を見ると、レオ爺の前に男が2人転がっている。
俺を拘束していた男がレオ爺に袈裟懸けで斬りかかるが、ロングソードで剣を弾かれ、右手首を切り落とされている。
男は呻きながらも逃げようとするが、レオ爺に両足首を斬られて倒れた。
俺の後方にいた男は逃げられないと悟ったのか、走って俺に近寄り背中に剣を突き刺してきた。
剣は腹部を貫通し血に染まっている。
俺が後ろを振り向くと、刺した男はレオ爺に首を切られて絶命している。
手首が無い男は呻いているもののまだ元気に見える。
死ぬようなら俺が再生すればいいだろうと考え、レオ爺を呼び背中から刺さっている剣を抜いてもらう。
俺もレオ爺も返り血で真っ赤になっている。
――日が既に落ちた路地裏は、行き先の見えない迷路の様であった。