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――雨の中、泥まみれの少女が倒れている。
「――!――ド!!」
「……どうして」
握った手の先にはリーナが倒れている。
俺はその前で座り込んでいる。
リーナは熊に追いつかれ落下すると同時に俺の手に捕まったが、下半身は落とし穴に落ちていた。
そして、落とし穴に落ちた熊に襲われたところを引き上げたのだ。
身体に視線を落とすと、左足は落とし穴に落ちた熊に食いちぎられている。
また、腰から右足は熊の爪で引き裂かれている。下半身は血まみれだ。
リーナのフードはめくれ、しかめた顔で荒い呼吸をしている。
このままでは出血で死んでしまうかもしれない……。
「どうしてこんなことに――」
俺は肩を揺さぶられ顔を上げると、村の男が睨んでいる。
周りの声が徐々に聞こえてくる。
「エド!おい!」
「……あ……あぁ」
肩を揺さぶっていた男は手を離し、落とし穴付近に居る奴らへ顔を向けた。
「熊はどうした!!」
「始末したぞ!」
「熊の解体は任すぞ!こっちはコイツを村へ運ぶ!」
「わかった!」
リーナを村へ運ぶため、村の男が槍2本の間に布を被せている。
俺は気を取り戻し声を掛けた。
「……手伝わせてくれ」
「当たり前だろ!!さっさと来い!」
俺がリーナを身体を引き起こすと、長い焦げ茶色の髪が垂れてきた。
ずっとフードを被り大きな服を着ていたためか、少年だと思っていたが……。
――布に乗せ村へ運ぶ彼女の身体はひどく軽かった。
*****
ぼんやりする中、目が覚めると厚い雲が見えた。
フードが掛かっていない顔に雨が降ってくる。
どうやら、寝かされて運ばれているようだ。
「この身体、動かないぞ……」
熊をおびき寄せる時に転んだためか、泥が身体に掛かって気持ち悪い。
身体は痛くは無いが鉛のように重く、腕を上げるのも辛い。
思わず、自嘲の言葉を呟いてしまった。
(リーナ……うぅ……)
顔を声の方に向けると、妖精ちゃんが胸元に座って泣いている。
そんな妖精ちゃんを撫でたいのだが、やはり腕が上がらない。
「起きたか。傷の痛みはどうだ?」
リーダが声を掛け、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫です。傷は痛くありません、血も止まっているようです」
「そうかい……それは精霊付だからか?」
「まぁ、そうですかね?」
俺はリーダの質問に曖昧に笑って返事をする。
リーダはそれ以上質問してくることは無かった。
なんて空気の読める男なのだろうか、流石リーダ。
エドは担架の前を持って歩いているとのこと。こちらに声を掛け難いのか無言である。
傷がひどい為、胸から足にかけて布が掛かっているとリーダに説明される。
そんな状態で村まで搬送されたのだった。
「リーナちゃん!……大丈夫?」
「血も止まったし大丈夫。布はめくらないようにね」
宿屋に入ると涙目のソニアちゃんに声を掛けられた。
傷は酷いが命に別状は無いことを伝えると、リーダとエド含めた皆から"何を言ってるんだ"といった顔をされてしまった。
「リーナちゃん。精霊付なんだね」
「一応そうかな」
ソニアちゃんにも確認されてしまった。やはり精霊付が珍しいのだろうか。
"精霊付だから大丈夫"という訳の分からない根拠で皆を説き伏せる――が納得はしていないようだ。
食事は朝に1日1食で問題ないと伝え、2階の部屋に誰も入ってこないように宿の夫妻にお願いをする。
飢餓耐性で全く食べなくなったせいか、トイレに行かずに済むのは助かった……。
ソニアちゃんは看病するといって引かなかったが、何度も繰り返し説得して最終的には枕元のベルを鳴らして呼ぶことで妥協してもらった。
「心配してくれるは嬉しいけども。ね……」
(私も心配なのですが!)
「ごめんなさい……」
妖精ちゃんを宥めつつ、重い身体を起こし傷口を見る。
宿に付く頃には腕も少しは動かせるようになった。
腰の肉は少しずつ増殖しているようだが、欠損した足は未だそのままとなっている。
自身の足だが、肉と脂肪が見える様はグロテスクであり、目を背けたいくらいだ。
自己回復と再生能力の併用で早く直らないか試してみるべきと考え、傷口に手を当てた。
深夜、雨音が徐々に弱くなってくる。
「こんなものかね」
欠損した足を見ると、徐々に足が生えてきている。
再生途中もグロテスクだが、見ないわけにはいかないのだ……。
沈んだ気持ちを切り替える。これならば2日程で足の指まで治るかもしれない。
目標はドルドが帰ってくるまでに完治させることだ。
完治させなければ、首都まで行けないのはもちろんの事、小言を言われるためだ。
窓の外を見ると雨は止み、明け方になってきている。
――そして雲間から光が射す中、寝床に付くのだった。
*****
ドルドが来る予定の日の朝に傷が完治した。
やはり大きな傷や欠損は時間が掛かるようだ。
また、直す際も疲れが激しく直ぐに眠くなる。
予備の服を着てローブを被り、宿に1階へ下りて宿の夫妻とソニアちゃんに挨拶する。
「おはようございます」
「「ええっ!?」」
「リーナちゃん?」
皆、足を見て驚いている。ソニアちゃんは近寄りズボン越しに足を触っているのだが――。
思わず"おじちゃんが足を触り返してやるぜ、ぐへへへへ……"と考えてしまった。
その後、ジャンプしたり、走ってたりと足の調子が元に戻っていることを確認した。相変わらず足は遅いが……。
そうやって過ごしていると、その日の昼にドルドが宿までやって来たのだった。
「おい!大人しくしてたか?」
「まあね」
すまし顔で俺は答える。ローブを被り表情は分からないだろうが。
(じ~)
「じー」
横目を使うと、妖精ちゃんとソニアちゃんがジト目で見ている。さてはて、一体何のことやら。
皆には熊退治についてドルドへ言わないようお願いをしている。
そんなドルドから、嫁との惚気話と距離を稼ぐため今から出発すると話を聞く。
旅支度をしてドルドを探すと、食堂でエールを煽っている……。
俺は少し用事があるとドルドへ声を掛け宿の外に出る。
「――悪かった!」
リーダとエドを探し一言声を掛けると、エドに頭を下げられた。
そんなエドの頭を俺は背伸びして軽くはたくと、苦笑いを返してきたのだった。
そして、分かれる間際にソニアちゃんに抱きつかれる。
この国にはハグする文化でもあるのだろうか。
――ハァハァハァ……。
*****
3日後の昼過ぎ、森を抜け、平原を抜け、首都へ到着する。
道中は商人の馬車に幾度か抜かれてくらいで平和だった。
この道中で、薬草やウサギを狩るが、ウサギ狩りでナイフの使い方が下手だと指摘されてしまった。
「自分、不器用ですから……」
「何言ってんだ!次だ、次!」
「……はぁ」
そんなやりとりを思い出しつつ首都へ近づくと家や畑が増えてきた。
道の向こうには城壁が見える。
「でかいなー」
(大きいです!人いっぱいです!)
城壁の高さや、城壁外から見える人の多さに圧倒される。
笑顔の妖精ちゃんが頭の上ではしゃいでいる。
城壁の高さは10mはあるだろうか、今まで見た中で一番高い。
壁は横に何処までも横へ続いているように見える。
「だろう!ようこそシルエへ!」
ドルドが両手を広げつつ、そんなことを言う。
一番はしゃいでいるのはドルドなのは気のせいだろうか。
そうして新たな街へと向かうのだった。
人ごみに流されないよう注意しつつ、店や人を観察する。
店舗は石造りが多く道も石畳だ。
冒険者らしき人はファーンよりも明らかに多い
武器屋など色々なところも時間があれば周ってみたいものだ。
「まずは宿屋だな」
「了解」
(む~~)
この3日。ドルドを過ごした妖精ちゃんはのドルドに対する評価は厳しいものった。
まず、声が大きなことが減点で、次に暑苦しいことが減点で、最後に何でも力で解決することが減点らしい……。
今後、ドルドには妖精が見えることは無さそうだと判明した道中であった。
「何で道の端を歩いてるんだ?道は広いぞ!」
身体も態度もでかいドルドは振り返り問いかけてきた。
俺は大手を振って道の真ん中を歩けるほど、身体も態度もでかくないである。
悲しいかな。他人に接触してふっとばされるのは、常にこちらなのだ。
「ここだ!俺がいつも泊まっている宿屋だ!」
「……」
(……)
俺も妖精ちゃんも無言である。
ドルドに連れられて宿屋に来たのだが……。
――見上げた宿屋は街の外れにあるオンボロだった。