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1~5話について誤字修正。一部加筆しました。[2015/11/1]

 不穏な空気が漂う中、小声で妖精ちゃんに話しかけた。


「周囲を警戒して欲しい」


(……うん)


 妖精ちゃんの顔は不安一色だ。

 俺は腹を決めて返事をする。


「わかりました。しかし条件があります」


「何だ?」


 大声をかけてきた男が反応した。

 ソニアちゃんは俺の返事を聞き固まっている。


「はい、見ての通り私には戦闘はできません。その代わり少し遠くから熊を探すことはできます」


「……いいのかい?」


「そうですね……護衛にそちら3名をお借りできますか?」


 リーダ格のおっさん、リーダから声をかけられたので返事をする。

 大声をかけてきた男と宿屋の入り口に立っている男2名に指をさすと、彼らは顔を青ざめた。

 大声の男の名前はエドだそうだ。

 フードを被ったまま俺は口角を上げ微笑んだ。


 ――みんなで幸せになろうよ。




「あちらに見える木の付近でしょうか」


「そうだ……悪いがこれ以上は近寄れない……」


「ありがとうございます」


 熊から逃げてきた男に案内され、村付近の森まで案内される。

 場所は村から歩いて30分ほどだろうか。熊の大きさを聞くと背丈は2.0m超はありそうだ。


 妖精ちゃんには上空から周囲を警戒してもらっている。

 案内と護衛含め5名が先行し、残り他5名が後方で待機している。

 日が落ちるまで、まだ時間はありそうだ。


「辺りに熊は居ないようです」


「おう、行くぞ!」


 目標の木へはエドと1名が走って、俺ともう1名は歩いて接近する。

 空を見上げると、妖精ちゃんが手を上げている。

 ここまで歩く途中に"熊を見つけると手を下げ、高度を下げる"、"熊が居ないと手を上げる"ことで打ち合わせたのだ。


 既に問題の場所が目前となってきた。




「うわ……」


 思わず声が出てしまい手で目を隠す。

 死体はそこに残っていた。


 顔の半分は無く脳みそが出ているようだ。

 体は食い荒らされたのか空っぽになって、骨が見えている。

 足や腕は食いちぎられたのか、襲われたときに吹き飛ばされたのか身体に付いていない。

 男の倒れている辺りには血が飛び散り、凄惨な光景となっている。


 護衛3人は固まっている。

 妖精ちゃんを見ると、こちらから視線を逸らしつつも手を上げている。

 此処は一旦引く場面だろう。


「戻りましょう」


「…………」


「はやく!」


「あ……あぁ……」


 固まっている3人へ声を掛け、後方で案内含めて待機していた6名と合流する。

 こちらの表情を見ただけで状況を察したのだろう、皆の足取りは重かった。

 あの光景は当分の間は忘れられないだろう。



*****



「皆に悪い知らせがある――」


 宿屋の食堂に戻り、リーダが皆に状況を説明した。

 死体は回収せずにその場で埋めるそうだ。

 状況報告の後、これからのことに話が移る。

 熊がまた襲ってくるかもしれないため警備をどうするか、迎撃はどうするか……。


「みんなで斬りかかれば怖くねぇ!」


「いや、それでは被害が増えるだろう」


「じゃあ冒険者か騎士を呼ぼうぜ。明日朝から動けば3日で村まで来れる!」


「そうだな、それがいい!」




 色々な案が出るが、冒険者を呼んで倒す方に話が流れているようだ。

 腕を引かれて顔を向けると妖精ちゃんが俯いている。


(リーナ……)


「どうした」


(森の少し奥に熊が居たようなのです……) 


「ん!?」


 危うく大声が出そうになったが、口を押さえてこらえる。

 数人が怪訝な顔でこちらを見ているが、それどころではない。

 手を挙げリーダの注意を引く。


「どうした。何かあったのか?」


「はい。今思い返すと、あの辺りにまだ熊がいたかもしれません」


「おい!俺らを殺す気だったのかよ!」


 捜索には十分な余裕を取っていたこと、熊の姿は見当たらなかったが気配がしたことを説明する。

 しかし、それでもエドは納得しないようだ。

 冒険者を呼ぶと共に、熊の捕獲方法について議題が移る。


「落とし穴はどうだろうか?大きくすれば熊でも落ちるだろう」


「確かになぁ。落とし穴でうまくいければ誰も怪我はしないかもな……」


「そうだが、穴を掘る前に熊が襲ってこないとも限らないぞ!」


「もし熊が襲ってこなかったとしても、どうやっておびき寄せるかね」


「肉を撒くのはどうだ」


「撒くのはいいが、腐れる前に熊が来るのか?」


「ならば、誰かがおびき寄せるのか!」


 誰もが口を開こうとしない。無音の部屋で時間が流れていく。

 ここで口を開けば、おびき寄せ役になるだろう。

 妖精ちゃんの方を向くと、妖精ちゃんは首を横に振っている。




「では俺が――」


「俺がやります!!」


 リーダの声に被せて、エドが緊張しているのか大声を上げる。

 そして、エドはこちらを睨みつけている。


 ――分かったよ……。


「私もやります」


 沈んだ声で吐き出した。

 皆が、妖精ちゃんがこちらへ振り向く。

 その視線には様々な感情が交錯している。


「……他に誰かいるか?」

 

 リーダが問いかけるが、誰も声を上げようとはしなかった。




「どれくらいの落とし穴が必要だ?」


「大きさはこのくらいでお願いします」


 リーダに直径・深さ共に2.5m程の大きな落とし穴が必要と説明する。

 落とし穴にかかるよう薄い木の板を1本のせ、上に布を敷き草や枝をかぶせ、動物の肉と血を落とし穴の上に置くのだ。

 明け方から森の近くに落とし穴を作ると説明される。


 夜間に熊が襲ってくる可能性もあるため、村の男で警備をするとのこと。

 警備の要請について身構えていたが、声を掛けられることは無く、宿の部屋で寝ることになった。



*****



「できたぞ。見てくれ」


 朝から地面を掘り始め、昼前に落とし穴ができたと宿で声をかけられる。

 曇り空の薄暗い中、落とし穴の大きさに問題ないことや板の上を走って落ちないことを確認し、持ってきたカバンを開く。


 刺されて穴だらけの衣服を取り出し一部をナイフで切り、着ている服に羽織る。

 血の後は真っ黒になっているが、うっすらと臭いは残ってるようだ。


「妖精ちゃん。悪いけど頼むよ……」


(…………)


 指先をナイフで切り、切り取った布切れに血を染み込ませて妖精ちゃんに渡す。

 悲壮な顔をして妖精ちゃんがうなずく。

 カバンは村の人に宿屋へ持っていく様お願い済だ。


 ――曇り空から雨粒がポツポツと降り始めている。




「……」


「準備できました」


 熊捕獲のため集まった村の男らに、作戦を説明しているリーダに声を掛けるとこちらを振り向いた。

 男は青年中年含め、30名ほど集まっている。数が多いのは、失敗した時のためだ。

 エドは緊張のせいか一言もしゃべらず、身体が震えている。そんな姿を見ると、逆に落ち着くことができたのは僥倖だろうか。


「頼むぞ」


「はい」


 作戦は簡単なものとなっている。


 まず、妖精ちゃんが血の付いた布を持って熊へ接近し、魔法を使いながら落とし穴の手前まで呼び寄せてもらう。

 次に落とし穴"手前"に俺が立ち、熊が来ると背中を見せて反転し、落とし穴上の板を走る。

 最後に落とし穴に落ちた熊を、隠れていた皆で投石したり槍で殺す。

 エドは落とし穴向こう側で待機してもらい、万一俺が失敗した場合の代役と、落とし穴に落ちそうになったときに補助する役割だ。


 "やれるのか?"ともう一人の自分がささやく。


「……やるしかないだろ」




 ――雨脚が強くなっていく中、森の奥から徐々に音が大きくなってくる。


 心臓の鼓動が激しく、頭に血が上っているようだ。

 森の向こうに目を凝らすと、妖精ちゃんが黒い熊の前を飛んでいる。

 俺が手を上に挙げると、妖精ちゃんは布を落とし空へと上がっていく。


「――速い!」


 熊の視線がこちらに向くと、直ぐに方向転換して向かってきた。

 走り出したい気持ちを抑え、熊の視線を受けながらゆっくりと後退する。

 この遅い足で避けられるギリギリまで引き寄せる。

 背中は冷や汗で濡れている。


 まだだ、まだ引き寄せないと――。


 雨で濡れた草の上を熊が乗用車のようなスピードで迫ってくる。

 直ぐに反転し、落とし穴へと走り出す。

 どのくらい近づいているのだろうか、雨が顔に当たり視界も滲む。

 落とし穴まで後どの位だろう。直ぐ後ろだと思ったのにも関わらず距離が長い。


「ツ!!」


 雨でぬかるんでいる土で滑ってしまった。目に泥が入り前が見えずらい。

 後ろから地面を揺らす音が近づいてくる。

 俺は震える脚で必死に立ち上がり、走ろうとする。


「こっちだ!!!」


 エドの声がする。声のする方へ走る。がむしゃらに走る。

 足が板の上にのる。まだだ、後2mは残っている。

 前を見るとエドが腕を伸ばしているのが見えた。


 俺は彼の腕を取る。

 彼は俺の腕を取り引っ張ろうとしているが――。


「――!?」


 はじめに足が粘土を引き千切るように無くなったのが分かった。

 次に腰の肉が抉られているのが分かった。


 エドの顔を見ると青さを通り越して真っ白だ。

 隠れていた皆がこちらへ駆け寄ってきている。

 皆何か叫んでいるようだが声が良く聞こえない。


 ――そんな光景を最後に、視界が暗くなっていくのだった。


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