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目指すはこの村に一番近い北の町である。
村長より大人が歩けば2日ほどかかるとのこと。
また、街道付近には獣や魔物は出ないが怪しい人物、つまり盗賊に注意するようにとの話があった。
町を目指して北上すると森から平原となってきた。
昼に移動し、夜は街道横で焚き火を起こして仮眠する。
「これは……妖精か?」
村を出て2日目の夕方の少し前。
薪を取ろうとして街道近くの林に入った時に、ぼんやりと輝いていたため近寄ってみたのだ。
冷静に考えれば、余りにも迂闊な行動だったと反省する。
体長15cm程の少女の妖精の足と腕には深い切り傷があるようだ。
髪や身体は白く、緑色の貫頭衣を着ている。アニメなどで見る薄い羽はないようだ。
治療する方法は分からないが、手のひらに載せたまま街道へ戻る。
妖精を柔らかな草の上におき、火打ち石で火を起こす。
火の起こし方は村長に教わったのだ。
火が燃え上がるのを確認し、妖精の体を確認すると――。
「傷が直っている……」
どうやら妖精の回復力は高いようだ。
妖精の傷の手当てなんてぶっつけ本番で出来るわけないのだから、これには助かった。
静かな息をしていることから、このまま寝かせておくのがいいだろう。
「それじゃあ。おやすみ」
そう声を掛け、眠りに付くのだった。
「魔獣に襲われたのです!でもでも、魔法でドカーンと撃退したのです!」
「それで、何で傷だらけだったんだ?」
「魔獣の不意打ちで避けれたかったのです……」
目覚めると妖精ちゃんが腕にしがみついていた。
彼女の話を聞くと、森で遊んでいると犬型の魔獣に襲われたこと、なんとか撃退したが力が残っていないとのことが分かった。
魔獣は倒すと黒い粉になり、最後は地面に溶けるそうだ。
また、脅威の回復能力は妖精の力でないことを聞かされる。
試しに妖精ちゃんの残っている傷を手で包むと、傷か消えたのだ。
彼女の傷を全て治し、彼女に森へ戻らないのかと聞くと、一緒に行きたいと言われてしまった。
食料が無いことを伝えると、食べる必要は無いと回答が返ってきた。
「独りぼっちは寂しいもんな……」
(えっ?独りぼっちではありません、森には仲間が居るのです!)
「……えっ。そっか、独りなのは俺の方だったのか……」
――そんなこんなで4日経ち、彼女達は町へ到着するのだった。
*****
「呼び止めて悪かったな。気をつけな!」
「ありがとうございます」
(ありがとうです!)
門番2人に声を掛け町中へ入ろうとすると、フードを被っていたため呼び止められたのだ。
フードをはずし赤目を見せると少し驚いていたが、特に否定する視線ではなく珍しいものを見た視線だった。
この間、妖精ちゃんはカバンの中に外を見れるようにして入れている。
彼女は名前が無いとの事。当面は"妖精ちゃん"でいいだろう。
道中で聞いた妖精ちゃんの話では、妖精は魔力が高い人が、特に女性が良く見えるそうだ。
男性でも魔力が高ければ見えるが、人型ではなく光の玉らしい。
その話を聞き、初めて少女になったことに感謝したのだった。
町の門は北と南2つあり、入るのは南門だ。
町は高さ3m程の円形の石壁で覆われており、それなりに大きそうだ。また町の建物は2階建ての木製が多い。
まず向かうのは役場兼冒険者協会。
門番との会話で身分証が無いことを指摘され、冒険者協会を進められたのだ。
この町に入るには身分証は必要ないとのことだが別の町では必要になるとのこと。
また、町に住居を構えるならば役場で手続きとお金が必要らしいが、無一文には関係ない話だ。
「申し訳ありませんが、規則ですので」
「……はい」
(む~~)
門近くの冒険者協会を尋ねるも、身元保証人が必要との事で断られてしまった。
大きな建物は石造りの2階建て。中は小奇麗になっている。
門番は保証人がいる前提で話しを進めていたのだだろうか。
受付の女性にお金が無いことを伝えると、教会の宿泊を進められる。
「本当に軒下でいいのですか?貴女1人を泊めることは可能なのですよ」
「いえ。軒下で十分です」
(泊まればいいのに~~)
「はぁ……わかりました」
教会に行き、教会奥の軒下を借りて寝ようとする。
妖精ちゃんとシスターは不満そうな顔だったが、教会というば苦しい経営に多くの孤児が居るだろう。
金が無いのに食事するのも気が引ける。いや、そもそも食べなくてもいいのだが。
教会には井戸があるとの事。こちらは水浴びや洗濯に使わせてもらうことでシスターと話はつけている。
教会に入るシスターが終始こちらを見つめていたのは気になったが、今まで野宿してきたこともあり雨さえしのげれば十分だ。
こんな少女でも心は日本男児。襲われたらナイフで刺してやるさ。
――今日見上げた夜空には星が輝いていた。
*****
(Zzz……)
翌朝、シスターに声をかけ、フードを被り町中へ出る。
妖精ちゃんはスヤスヤとカバンの中で寝ている。
いつも昼過ぎまで寝ていることが多いのだ。
空は今日も快晴だった。
町の中を見回り、既に日は傾いてきた。妖精ちゃんはカバン出てフラフラ見回っている。
小さな町だが珍しい食べ物や武器類、色々な人種が居て賑やかだ。
(リーナ!あっち!)
のんびりと教会への帰る道の途中、妖精ちゃんの焦った声で路地裏に寄る。
路地裏に近づくごとに男の声が大きくなる。
「大人しくしろ!」
「抵抗すると殺すぞ」
(あいつら2人しか居ないのです!)
人通りの無い路地裏に行き、建物の影からそっとみる。
妖精ちゃんは頭にくっついている。
少女が男2人に連れ去られそうになっているが、恐怖からか声が出ないようだ。
「警備兵さん!!!少女が誘拐されています!!!」
「チッ……」
「ずらかるぞ!」
(キャッ!ひどいです!)
建物の影から大声で叫び男の注意を引くと、男2人がこちらに突っ込んでくる。
妖精ちゃんを頭から剥がし空に投げる。彼女は空中に浮けるのだ。
「ガキかよ……」
「邪魔しやがって!」
突っ込んできた1人目の男の手にはダガーがある。
気づけば地面に転がされており、腹部に違和感があるが痛みは無い。
そして、2人目の男に蹴飛ばされ、壁に身体を打ち付ける。
肺から空気が抜け、息が苦しいが立ち上がる。やはり痛みは無いようだ。
少女はまだ固まっているが、手を引き大通りの近くへ連れ出した。
服を見ると、腹部がざっくり切れており血が付いている。
服をめくるを腹部にパックリと開いた深い切り傷があり、腹の裂け目からは赤い肉が見える。
出血はしていないようだが、傷と血が目立つため腹に手を当て隠す。
(リーナ!身体が……)
「服装は問題あるが……身体は問題ない。おい、大丈夫か?」
「……」
声をかけると解凍したようで、抱きつかれて泣かれてしまった。
少女の身体は柔らかく、温かく、いい匂いがした。嗚呼、異世界もいいものかもしれない。
ついでに"ぐへへ。おじちゃんと遊ばない?"など考えていると、少女との距離が開いていることに気づく。
――ごめんなさい。
赤毛ショートの少女に話を聞く。雑貨店の娘で名前は"レナ"、歳は13歳とのこと。
大通りを歩いていたら、男2人に突然路地裏に連れ込まれたようだ。
彼女にお礼を言われ、夕飯を進められてしまった。
ここで断るのは彼女に悪いだろうし、情報収集もできそうだ。
彼女に背を向け、切り傷を見ると少しずつ埋まってきているようだ。
埋まる様子を例えると、細菌が増殖するイメージが分かりやすいだろう。
切れた部分から肉がグチュグチュと増えており、特に痛みやかゆみは無い。
カバンから予備のボロ服を出し、路地裏で着替え移動する。
「ここです。ちょっと待っててくださいね」
彼女に案内され、小さな雑貨店に案内される。
なお、誘拐犯は帰り道に会った警備兵に特徴を伝えている。
「両親にお話しました。大丈夫です、入ってください!」
レナちゃんに背中を押され、店に入れられる。
レナちゃん以外に力が強いぞ……。
その後の夕飯の席では、彼女の両親にひどく感謝されてしまった。
夕食は肉料理にオニオンスープのようなもので、美味しさに1人で感動しているとレナちゃんに温かな眼で見られていた。
また、フードを外して精霊付だと分かると、レナちゃんと両親はかなり驚いたようだ。
(これは何んでしょうか?む~~)
妖精ちゃんは雑貨店が珍しいのか、店の中を縦横無尽に駆け回っている。
ここの皆からは認識されていないとしても、もうちょっと落ち着こうね?
「そんなに赤目が珍しいのですか?」
「いや、珍しいというかね……」
「そうねぇ……」
話を聞くと、精霊付は力があり国の財産であること。
精霊付の情報は国が握っており、多くの能力は分からないが、どうやら身体能力の強化や、魔力が格段に上がるそうだ。
精霊付は身分の高いものが多いこと、平民でも都市の上級学校へ行くことが普通と聞かされる。
こんな町中をフラフラ歩くと、浚われてしまうと注意を受ける。
一般的な話だと返されたので、"田舎から出てきた"で押し通したが。
過去には精霊付に懸賞金を掛けて、人狩りをしていた事もあったようだ。
精霊付は強い力を持っているため、特に子供や女性が狙われ、捕まえた精霊付は眼と肉と血に解体され、売られていたとも。
特に赤目が高級であり、眼や肉を食べると魔力が上がったり、血を薬に混ぜると薬の能力が向上したらしい。
その為、国が保護していると
つまり町中を1人で歩いている俺は、正に鴨がネギを背負って鍋の中に入っているわけだ。
「リーナはどんなことができるの?」
「えっと……」
「無理に言わなくてもいいんだ」
レナちゃんに力を聞かれしまい、傷を治す力があるようだと伝えると、彼女の両親に驚かれてしまった。
どうやら回復魔法自体が貴重であり、目立つとのこと。大多数の魔法は攻撃魔法ばかりだそうだ。
回復魔法を扱えるものは教会が囲ってるらしく、待遇や給金がよいとも。
この話の中、レナちゃんから父親が腰を打って調子が悪いこと、母親の腕に火傷跡があることを聞かされる。
袖振り合うも多生の縁。治るかは分からないが力を試させて欲しいとお願いする。
「どうでしょうか?人に使うのは初めてなので……」
「いや。これは凄いよ!今日は驚くことが多すぎだ!」
「ありがとう、リーナちゃん。レナまで助けてもらったのにここまでしてもらって……」
"再生"をかけてみて分かったことは、他人を治療するには自身が治るよりも時間がかかること、強く念じると治りが早くなるが少し疲れが出ることだ。
この治療の中で、傷だけでなく痛みにも効果があることを知ったのは大きな収穫だろう。
"再生"の効果や治療の早さ等について、考えることは多いがまずは一歩前進か。
お礼として欲しいものを聞かれ、身分証と護身術が欲しいと答えると、身分証は可能だが護身術は難しいだろうと指摘されてしまった。
ごもっともです。
その代案として、護衛はどうだろうかと言われてしまう。
護衛といえばお金、お金といえば無一文だと伝えると、笑われてしまった。
「何故護衛なのでしょう?無一文なのですが……」
「まぁまぁ。任せてくれ」
「うふふ~~」
「???」
(???)
両親は笑った顔のまま、レナちゃんと眠たそうに机の端に座っている妖精ちゃんはハテナ顔だ。
今夜は教会へは泊まらずレナちゃんの部屋の床に寝ることになった。
横ではベットにレナちゃんが寝ている。
既に寝ている妖精ちゃんはレナちゃんのベットの下へ移し、レナちゃんがさっき渡してくれた毛布を被る。
――スーハースーハースーハー……何も問題は無いな。