13
――ユサユサ……ユサユサ……
まどろみの中で目が覚める。少しずつ意識が戻る中、小鳥のさえずる音が外から聞こえてくるが……。
(リーナ起きて!起きて!)
「んんー……あと10分……」
(みんな起きてるよ!)
「ん……」
妖精ちゃんが体をゆするのを止めたので、箱の蓋開けて体を起こすと外から人の話す声が聞こえてくる。小屋の中は、隙間から朝日が入り込み薄明るい。妖精ちゃんに顔を向けると、横になっている俺の前で仁王立ちをしている。ちょっと可愛すぎるだろう。
「朝食、取りに行ってくる」
衣服を着たまま寝ていたので直ぐに小屋を出ると、スコルが後をついてくる。どうやらすでに起きていたようで、俺が一番寝坊助だ。
途中、騎士団員が声をかけてくるので朝の挨拶をしつつ食堂へ向かう。
――村の中心にある見張り台を見上げると、青い旗が翻っていた。
*****
ノルデーラ兵と団員が訓練や見張りへと向かっていくのを横目で見つつ顔を前へ向けると、やつれた雰囲気の軍服を着た大男が目の前に立っている。対する俺は、もやしのような体に革の靴とズボンと手袋を装備し、緑のフード付きコートで顔を隠してダガーとナイフを腰に差している。右腕の動きは少し渋いが問題ない。
「お前さんの仕事は歩哨だな。他の兵士1名と犬を連れて村の周りを回り、異常があった場合はすぐに知らせることだ」
「はい」
(はいです!)
パンとリンゴの切れ端の朝食を妖精ちゃんとスコルに食べさせ、集合場所の兵舎前へ向かうとノルデーラ軍の副隊長から指示があった。
どうやらスコルを連れているのが評価されたようだ。スコルは俺が声をかければ一応は動いてくれている……かもしれない。
また、こちらに来ているジガンに聞くと、ノルス第1に重体の人はいないとのこと。
重傷者が出るとノルス第2や近くの町、騎士団の治療所へ送られるとレオ爺から話があったが事実のようだ。3日後にはレオ爺がこちらの様子を見にくると話していた。
「何か見つけたら青の首輪、獣が向かってきているなら黄色の首輪、怪我人がいるなら赤の首輪をその犬につけて寄越せ」
「わかりました」
輪っかの金具でまとまっている首輪3つを受け取り、腰のベルトに引っ掛ける。午前中は村の外の巡回、午後は洗濯や草むしりとなるようだ。
その後、ノルデーラ兵2名、団員2名と俺の計5名でまずは巡回することになるが、俺の姿を見るとノルデーラ兵が背中に背負うカゴを渡してきた。スコルは俺の後ろ。妖精ちゃんは上空で監視をしている。
「これを持ってけ」
「これは?」
「ただ回るだけも無駄だろ?ついでに山菜とか採って帰るぞ」
ちゃっかりしてると感心しつつ、カゴを背負い歩き出す。
俺だけにカゴを渡した際に彼らは言わなかったが、言外に"どうせ戦えないんだろ?"というのがひしひしとわかる一幕だった。
*****
草木の香る林を歩いていく。林の中は明るいが足元には落ち葉が多く、細い山道の足場も悪い。見上げれば緑と赤のコントラストが目に飛び込み、遠くの山の頂はうっすらと白くなっている。
「通常の道順はここを歩くが、あの岩の傍の道を行くと短縮できるぞ」
「この傷は爪を研いだ後だ。足跡が森に向かっているのがわかるから危険度は低い」
「糞があるな。比較的新しいし、大きい。今は付近に獣がないようだが注意すること」
「このカエルは煮てよし、焼いてよしだ」
水の流れる音が木々の向こう側から聞こえてくる。空を見上げると妖精ちゃんと日が真上に来ていることから、ずいぶん時間が経ったようだ。
「ここで一旦休憩だ」
林を抜けた先にあるこの川はノルデーラへ来るときに橋が架かっていた川の上流らしい。大きな川の流れはゆるく、夏なら水浴びもいいかもしれない。少し休憩した後、再度林の中を歩き回ることになる。
「あの草は食べられるやつ。これは熱さましの薬草になる」
「この白いのは食べれないが、この赤いのは旨いぞ。後は余り採りすぎるなよ。程々にな」
案内をしてくれた兵士はキノコ大好き野郎のようだ。今はキノコを両手に持ち、キノコ談義をしている。そんな中、つい無駄なことを聞いてしまう。
「白いキノコ。食べるとどうなるんですか?」
「旨いが食べると死ぬ……は言い過ぎだが、2~3日激しい腹痛があるぞ……」
「……」
(いらないです……)
感情のない声で兵士が回答してくれた。そして、俺のカゴに赤いキノコが投げ込まれる。巡回中にとった獲物はその場で食べることもあるというが、基本的に持ち帰っているそうだ。少しずつカゴが重くなっていき、慣れない道と合わせて疲労がたまっていく。
「とまぁ、こんな感じだ」
「ありがとうございました」
「まずは3日よろしくな。明日は地面を掘るものを持ってくるんだぞ」
「はい、明日もよろしくお願いします」
兵士が山菜の入ったカゴを持ち兵舎へ戻っていく。空いた時間でスコルの食料調達もいいかもしれない。
結局、初日の巡回では特にイベントも起きることはなく平和なものだった。
昼過ぎに巡回が終わったのでボロ小屋へ食事をとると、妖精ちゃんとスコルはボロ小屋で寝るようだ。
次の仕事となる洗濯場所の確認をすると、おばちゃんが数人いたので頭を下げる。ノルデーラ軍の食事や整備はノルス第2から村人が来て対応しているが、騎士団は人を雇うか自前で対処するしかないため、洗濯は俺の役目になっている。おばちゃん達はこちらを見て何か話しているが聞き取れないため、兵舎へ隣接している訓練所へ足を向ける。
*****
「おう。どうした?」
「見学しにきた――けど、邪魔かと?」
「いいぜ、折角だし訓練するか!」
汗滴るジガンから声をかけられ訓練所を見渡す。皆は剣と弓矢を訓練しているようだ。剣は木刀の打ち合い、弓矢は板に向けて撃っている。使っているのは短弓とクロスボウのようだ。以前の旅の途中で試射した弓は短弓だったが、引く力がなかったこと、あまりの当たらなさに凹んだことを思い出す。
せっかくなのでクロスボウを撃ってみたいと話すと、ジガンに物を渡される。大きさは70cmはあるだろうか、重量もかなりある。
「弦固し……弓重し……」
「お前さん、本当に力ないな」
「むむ……」
呆れ顔のジガン曰く、訓練と言っても弓も矢も実戦用を使ってるらしい。また、これが標準だが金があれば特注もできるそうだ。
「じゃあ、もっと小さめの張力も低い中折れ式の弓を一つ」
「そりゃー売ってねぇぞ……護身用には使えるかもしれないが」
「……」
「元々連射が遅い上に、威力は落ちる、飛距離も落ちる。それなら普通の弓を使えばいいからな」
「特注すると幾らくらいに?」
ジガンがこちらを見て目を細め腕を組む。屋根裏へ投げ込んだ金を除き、貯金は金貨2枚になっている。
「そうだな、強力なものを作るわけじゃないんだ。普通の奴で金貨1枚だ。その弓なら特注でも金貨2枚で行けるか」
というわけで、特注のクロスボウ作成をジガンの商会経由で依頼することになるのだった。
なお、金がないことを盾に矢と予備の弦も金額に無理やり入れさせたが、ジガンは溜息をついていた。製作と輸送含めると2か月程かかかるとの話だが、待つのも楽しみの一つとしよう。
――そして2日目の作業はひたすら罠用の穴掘り要員となるのだった。
*****
3日目にレオ爺が村までやってくる。道中で獣と遭遇したが向こうが逃げたそうだが、大丈夫なのだろうか。
そして1日休み、ノルス第2の村にレオ爺とジガン含めて行くことになる。ノルデーラ軍の隊長は、"レコルド=デュアル"といい、ミレーの叔父だとレオ爺が話してきた。
なお、今更だがミレーの本名は"レコルド=ミレトス"ということを知る。
「到着だ」
(ん~やっと到着~)
「尻が痛い……」
「ま、頑張れや」
朝出て昼過ぎに到着したが、鞍付きの乗馬でも薄い尻にはとても耐えれなかった。
馬から降りて村を見渡すとノルデーラ兵と共に団員がちらほら見える。建物数はノルス第1の2倍はあるだろうか。レオ爺は兵舎へ向かっている。
「それにしても注目されているな!」
「確かに」
ジガンの言う通り、村の子供たちは俺の方……ではなく、俺の後ろに注目している。彼らの目線を追って後ろを振り返るとスコルがついてきている。
(ん~~?)
一方で肩にくっ付いている妖精ちゃんを見ると、首をかしげている。
(あっち?から見られています)
「んー?」
妖精ちゃんの指摘した方向を見ると建物の陰から少女がこちらを見ているようだ。その少女と視線が合うと彼女は建物の陰に隠れて見えなくなる。今度見かけたら声をかけてみようと思う。元の姿なら事案だが、今の姿ならセーフだろう。
「君の活躍に期待しているよ」
「はい。ご期待に沿えるよう頑張ります」
「うむ」
レオ爺に連れられ一番大きな兵舎の2階に行くと、ノルスを管理している隊長を紹介された。ごつい風貌と肉体に、長いひげが似合っている。目線は鋭く、噂に聞いているように第一印象は固い人だ。俺はフードを外して挨拶する。
挨拶後、フードをかぶって食堂に行くとすでに満員だった。俺は最後まで待つように言われたのでレオ爺の部屋へ行く。
今夜は、スコルは兵舎ロビー端で、俺はレオ爺の寝る部屋の隅で寝かせてもらえることになったのだ。
部屋には赤いフカフカの絨毯が敷き詰められ、おしゃれなテーブルや椅子と共に分厚いカーテンが透明な窓ガラスの横に掛かっている。普通は傭兵のような階級は入れないとのことで貴重な体験だ。俺は厚手の刺繍が入った毛布を被り寝転がる。
――久しぶりのふかふかの寝床で見た夢は、休日ゴロ寝の懐かしい或る日の自分だった。