10
――空は高く澄み、涼しい風が吹く。
ファーンへはドルドと戻ることになった。
往復は特別手配で警備兵への運搬用の馬車に相乗りだとミレーが言う。トラブルに巻き込まれるのを防ぐためだと。
なお、次回のノルデーラ行きについて行動が騎士団主体であることや嫁の圧力から、ドルドは同行しないことになっている。
俺の服はいつも通り、茶色のズボンと服とフードの組み合わせだ。ボロカバンを背負い腰にナイフ装備で支度は万全だ。
そして、目の前にある馬車を遠い目をして見上げ、旅の中での色々ことを思い出す。
主にケツ痛やゲロゲロだが……最初は辛かったが、旅の最後は無の境地に入りかけていたことを。
馬車の揺れは思い出すだけで気分が悪くなりそうだが、また乗ることを考えると気分は憂鬱だ。
揺れる馬車の中、俺はぐったりして横になっている。視線を馬車の外から中へと移すと、荷物と荷物に寄りかかって座っているドルドが居る。
馬車の前は警備兵2名が座っている。妖精ちゃんはカバンの中だ。
「そういえば、ファーンの町で見つけた少年は元気か?」
「あぁ。お前さんが町を出て2日後に目覚めたらしい。俺の所へも来たぞ」
ファーンの町で誘拐犯に刺された少年、"ライル"は無事回復したとの話を聞く。
今はドルドが昔組んでいた冒険者と一緒に旅をしているそうだ。
俺にも会いたがっていたみたいだが、今回のファーン行きでは都合がつかなかったとも。
ドルドが見たところ大器晩成タイプらしい。是非とも死なないで欲しいものだ。
――ガタンガタンガタンガダダッ……
馬車で戻る途中、俺は舟を漕いでいた妖精ちゃんに小声で話しかけた。
ドルドは残念な目でこちらを見ている。あの5ヶ月の旅の途中、妖精ちゃんが俺以外の人に見えることは無かった。
そのため、他人からは独り言を呟いている危険人物に見えるらしい……。
「妖精ちゃん、妖精ちゃん」
(な~に?)
妖精ちゃんが目をこすりながら見上げてきた。かわいいのう。かわいいのう。
「うん。この道を通るのは久しぶりだと思ってね。懐かしいなー」
(そー?懐かしいです?)
首を傾けながら妖精ちゃんが答えてくれる。
ついでにあの時気になっていたことも聞いてみる。
「そういえば、どうして襲われていたんだ?」
(実は眠たくなってずっと寝てたのです。気づいたら皆居なくなってて、探してたら襲われたのです……)
妖精ちゃん……不憫な娘。
どのくらいの期間睡眠していたか聞いたが"いっぱい"だそうで。
そうしている内に3日経ち。夕焼け空の向こうにファーンの町が見えてくる。
休暇10日の内、ファーンとの往復で5日、ファーンで2泊、ファーン北の村で1泊、残り2日は旅の準備だ。
この休みの間ファーン南の村に戻ることは計画していない。また、これからも戻ることは無いだろう。
*****
「お久しぶりです。リーナさん」
「久しぶりね!」
ファーンに到着してドルドの家へと案内された。ドルドの家は町の中心近くにあり、木造2階建てだ。
玄関を開けると、早速2人で出迎えられた。
アルマちゃんの格好は、ハーフパンツとシャツで、カミル君の格好は長ズボンに厚手の服を着ている。やはり寒いのだろうか。
ドルドの嫁は買出しに行っているとのことで、明日また逢うことを約束しドルドへ雑貨屋へ送ってもらう。
少し過保護すぎると注意すると、笑顔で流されてしまった。
雑貨屋の前に来ると、スカート姿のレナちゃんの姿が見え手を振っていた。
ファーンの町に滞在する間は雑貨レナちゃんの家にお邪魔することになっている。
最初、寝る場所はドルドに警備兵の詰め所や教会で問題ないというと、いつの間にか決まっていたのだ……。
「リーナちゃん!久しぶり!」
「うん。久しぶりだね」
レナちゃんの赤毛は最初会った時よりも伸びているようだ。背も若干高くなっているような気がする。
俺は久しぶりに会えたことが嬉しいのか抱きついてきたレナちゃんを受け止める。
やっぱりレナちゃんは最高だ……ハァハァ。
「旅はどうだったかい?ドルドを紹介した僕としては気になるところだけど」
「そうですね。とても"色々な体験"ができて刺激的でした」
「ははは。そう言ってくれると嬉しいよ」
夕食をご馳走になり、レナちゃんの凄まじい嵐の様なトークが炸裂する。
レナちゃんの生活や町の話、ドルドたちの冒険話が伝わっていることなどだ。
その後、彼女の両親から町を出た後のことについて聞かれたため、一部の描写を除き説明する。
旅をした他の町の風景や人の生活、ドルドたちの戦闘や活躍等についてだが。
「レナちゃんはどうだった?」
「う~ん……ドルドたちが戦ってくれたおかげで何も手出しできなかったよ」
「そうなの?」
(……もっと体を大事にするべきです)
あの旅の戦闘で、最初は俺も戦おうとしていたが、敵に身体のいたるところを噛み付かれたり、腕や足を食いちぎられたりした為、結局は戦闘の後ろで立っていたり逃げ回るばかりになっていた。
敵の引き付け役……巻き餌としてはそれなりに貢献した自身はあるが、ボロボロになった身体の話もできるわけはなく、曖昧な笑みでレナちゃん説明するのだった。
あの数多の戦いというなの捕食経験を経て、それなりに意識を飛ばしつつ、今では立派な食われっぷりを見せ付けるまでになりましたよ?ええ。
ドルドやレオ爺は最初引いていたが、今では……今でも引いているが。アルマちゃんとカミル君は、捕食中はこちらから目を逸らすことが多い。
翌日、レナちゃんとドルドの家に行く。
どうやら昨晩レナちゃんと話すと、年も近いこともありアルマちゃんとカミル君2人とも仲良くなっているらしい。
アルマちゃんは16歳、カミル君は13歳だっけ?仲良きことは素晴らしきことかな。
「貴女がリーラちゃんね?はじめまして、ミラよ」
「はじめまして、レーナです。ドルドさんには大変お世話になりました」
ミラさんにお辞儀をしながら、彼女の容姿をチラ見する。
ドルドの嫁は金髪セミロングの美人の20代に見える嫁だった。青色ワンピースがとても似合っていた……ちくしょうめ。
ドルドを見ると勝ち誇った顔をしている。
――そういえば、旅の中でドルドは夜になると結構な頻度で娼館に行っていたことを思い出す。
奴め、気づかないと思ったか?俺は気になって後を付けていたのだよ。
ふふふ……俺はドルドを見ながらにやついていると、目で制してきた。勘の良い奴め……。
「そう凄いわね~」
「うん!レオニドさん凄かった!」
「俺も見たかったな……」
「確かにな、レオニドは噂以上の男だった。あの動きは俺には無理だが、あの男も俺はマネできまい!」
「……」
(ZZZzzz……)
アットホームな空気に少し気まずい気分になりつつ時間が過ぎて行く。
その後、ファーンでは昼間はドルドの家でだべりつつ、夜は雑貨屋でレナちゃんとのんびりと過ごす。
ファーンを出るときに門番に挨拶すると、最初にファーンに入った時に出会った門番だった。
「それではまた!」
(では~~!)
「気をつけてな!」
そしてファーン北の村に向かうことになるのだった。
*****
「ノルデーラ!行ってみたいです」
ファーン北の村ではこの前泊まった宿屋に泊まることになった。
ソニアちゃんは、俺が騎士団に雇われたことや、その後の旅について驚いていた。このノルデーラ行きは特に秘密にする案件では無いため、ドルド含め出会った皆には話している。
「ドルドさんは、次のノルデーラは一緒じゃないんですね」
「うん。嫁さんからのこっぴどく叱られたみたいだよ」
「ふふっ」
その後の村の状況を聞くと、リーダとエドが主体となって警備を強化していると話していた。具体的には装備の後身や訓練などを整えているとの事。
エドに会いに行くと、すらっとしていた体がずいぶんガッチリした体になっていた。
ソニアちゃんに聞くと、やはりノルデーラへ行ったことがある人はいないとのこと。
これはファーンで会話した時も同様であり、どうやら遠いことや寒い地方である事、そもそも行く目的が無いとのこと。
観光地があればと思ったが、特に有名な場所もないようで、夏に金持ちが避暑に行くくらいだそうだ。
「そういえば、旅の方から聞いた話なのですが」
「うん?」
長期の滞在となると話すと、ソニアちゃんが旅の人から聞いた話を教えてくれた。どうやら無事に家へ戻る願掛けとして、自分の大切なものを家に置いていくのだそうだ。
定住していない人は、知り合いの家に置いていくらしい。そして無事に戻ったら受け取ると。ならばと、ソニアちゃんに何か渡そうとするもソニアちゃんからお小言を頂いてしまった。
「その騎士団外れの幽霊屋敷に住んでいるのなら、そこがリーナちゃんの家ではないですか?」
「えぇ……あれが……」
(おんぼろなのです……)
その後、ソニアちゃんの両親から、"しっかり食べないと大きくならない"と夕飯を特盛りで出され、ヒーヒー言いながら食べたのだった。
夕飯はとても美味しかったが、リーナの体はレナちゃんやソニアちゃんと比べて、未だに成長している気がしないのだが……。
そんなことを心に留めつつ、瞼が段々と重くなっていく――。
*****
「ただいま戻りました」
(ただいまですー)
「うむ。休暇はしっかり休めたかね?」
「はい。おかげさまで」
「君には、良い話と悪い話がある」
騎士団へ戻ると、ミレーから良い話として給金を月金貨1枚に増やすとの話があった。
悪い話として、増える理由は遠征手当てと危険手当を含めているとのことだ。
危険ならば行かせて欲しくはないものだが、教会に狙われるのとどちらがいいのだろうか……と考えるが答えは出ない。
因みに前回の旅では手当てや倒した魔物や獣を売って、いくらか懐に入れていたが今回の旅では難しくなるかもしれない。
幽霊屋敷にも戻った俺は、願掛けのため天井の板を外して目立つよう布に包んだ金貨1枚を置いた。
これはファーンで誘拐犯退治に貢献した報奨金で始めて手に入れたお金なのだ。
明日は装備を整えなければ。もうドルドは居ないのだ。
「お待たせしました」
そして当日集合場所へ行くと俺とレオ爺以外に20名の騎士がいる。ミレーが募集すると集まったメンバーらしい。
全員平民出身であり、レオ爺さんを慕っているのと俺が治療した騎士だそうだ。顔を覚えていなかったので心中で謝る。
この視察だが、対外には騎士団本隊が計画している事になっているため、リーダとサブリーダは騎士団から1名ずつ選抜される。
また、俺とレオ爺は彼らのサポート役のため基本的に後方待機となるが、人が不足しているならば前線へと行かなければいけないのだ。
本社社員の言いなりになる、契約社員の姿が目に浮かぶ。
――そして風が日に日に冷たくなる中、ノルデーラへと出発したのだった。