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イリアの世界  作者: 一集
第一章
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7.姉と盤面遊戯

建国祭での下町の奇跡は当然報告に上がったが、一笑に付されてファイルに閉じられるに終わった。


それを目にしていない人にとって、想像から真実を導き出せと言われるのはひどく酷なことだ。

奇跡とは想像を遥かに超えるもののことを指すのだから。


故に奇跡を起こした張本人であるイリアたちは、変わらぬ日々を研鑽に励んでいた。


イリアが学校の話を耳にしたのはそんな折のこと。

12の年に貴族の子供たちは優秀な平民と共に教育機関に放り込まれる。


家から通うことが許されるのはごくごく少数で、特別な事情がない限り集団生活を強いられる。

といっても、ニールの階級にもなると一人部屋が宛がわれるというし、他の弟たちもいるとなればそう心配もいらないだろう。


イリアの家族にしても同じ。

一番目の姉は家を離れて久しい。

むしろ戻ってくる年月を数えた方が早いくらいだ。


二番目の姉は一年前に嫌がりながら入学した。

週末になると必ず戻ってくるからあまり意識したことはなのだけれど。


どうやら子女たちは厳しい貴族のマナーを叩き込まれ、立派な淑女になることを目標としているようだ。


当然のこと、イリアにもその義務はあるのだが、まったくもって行くつもりはない。

病弱を理由に辞退する気満々だ。


今までマナーのマの字も知らずに生きてきたのだ、今更身に付くとも思えない。


多分、伯爵家は順当にニールが当主になるだろう。

自慢の弟にその役目が務まらない理由の方が探すのが難しい。


その時に、自分は他貴族との血を繋ぐ道具にもなれないだろうし、優しいニールならばこの何の役にも立たない姉を無下に扱ったりしないだろうこともわかる。


だが弟に養ってもらう姉というのも如何ともしがたい。

役立たずはせめてごく潰しにならないうちに家を出るべきだ。


それもこれも将来の話で、今はまだぼんやりとした未来。

父が現役の間は面倒を見てもらうつもりだった。


学校、教育機関、正式にはデルファベル学園とか言ったか。

創始者の名前だそうだが、多分この国の者ではなかったのだろう。

音に少しばかり違和感がある。


そこで子女は貴族に相応しい振る舞いと知識を得るそうだが、子息はというともちろん同じだけの品格のある振る舞いと、知識と、そして戦いの技術を磨く。


個人としての技量、指揮官としての能力、あるいは情報戦。

きっと士官や騎士になるものが多い貴族の子弟たちはそんなものを叩き込まれるのだろう。

とは、イリアの想像である。


イリアは何となく思いついてその製作に取りかかる。

自分にだって専門の知識はないけれど、どうせなら楽しんで学べるといいな、なんて思いながら。


魔法の技術や知識については現在進行形で体に叩き込んでいる。

数式や物理、その他諸々もそれに付随してついてきているし、歴史や言語に関しても各個人の勉強で問題はなさそうだった。


魔法という分野では弟たちは随分と方向性が分かれていた。

個性とも言う。


たとえばリィンは媒介魔法に関しては呼吸をするかのように簡単に行うし、グレンの結界魔法はその思考と同じように千変万化。

ウィルの広囲魔法に関しては右に出る者はいない。

メルは、多分いい付与術士になるだろうし、セオの幻術を見破れるものは自分くらいしかいないのではないかと思う。

シリルは、あの子が開花するのはもう少し先になりそうだけど、多分、彼はこの国ではまだ生まれたことのない新しい術者になるだろう。

ランスは単純ではあるけれどもっとも魔法の基礎となる循環魔法が得意なのだ。

その持続力とコントロールは随一、いい強化術士になる。


それぞれに教えたいことは多い。

リィンには媒介物にプログラムを組み込む方法だとか、やりたいことが多すぎて発動に組みきれないと嘆いているグレンには印なんていう手指を使った命令文の作り方だとか、ウィルにはあらかじめ用意しておく術式のショートカット方法とか。

シリルには重力についてそろそろ教えてもいい頃だろうし、メルにも時限式の発動魔術を。


考え出したらきりがない。

学園では実践も経験するというからそれまでに自分の身を守れるようになってほしい。

姉としての切なる願いだ。


とりあえずは目の前のボードゲームを作り上げてしまおう。

喜んでくれるといいけれど。


イリアは多分、いわゆる研究肌の人間だった。

没頭すると周りが見えない。


「ううん、やっぱり視覚的な迫力は欲しいところよね」


立体的に、成果は見えるべきだ。

あとは、どう自由度と制限を設けるか。


「ポイント制にするのがいいかな?だめなら後で修正しましょ」


実験を何度も繰り返して。


「ポイントの消費をどう設定するかが問題ね。」


実戦を知らないのだからどうしたものか。


「地形はどうしようか。あとは陣地ね。」


考えた末にランダム機能も設けて、課題も勝利条件も複数作る。

あとはレベル制も設けた。

レベルが一定になると陣地を持てるように設定する。


「どうせだから陣地の経営と改造もポイントで出来るようにしておこうか」


そうするとポイントの名称はやめた方がいいだろう。


「コインでいいや、コインで」


お金で買う。

わかりやすい。


戦術ゲームのはずが、どこその国造りゲームのようになってきた。


「いや、でもこれ陣地を自分で作れるようにしたとして、そのデータを保存し続けるのはちょーとつらいかなー?」


ゲーム自体にその機能を持たせるには常にイリアのメンテナンスを必要とするようになるだろう。


「それは面倒ね」


それなら解決方法は一つだ。

データは本人たちに毎回回収してもらうのがいい。


「そんで使う時に読込む、と」


それならば必要な分を必要な時に読込めばいいから容量を割く必要はないだろう。


「うん、うん。そうしよう。データを保存するのはやっぱりカードかメモリチップよね」


これは形式美だ、譲れない。


「チップはなくしそうだから、カードかな」


この世界にもギルドカードなど、カードでの身分証明は普及している。

受け入れやすいだろう。


「なにで作ろうか」


魔法親和性が高くて、耐久性がある物質。

鉱石は部屋の中に色々と転がっているけれど、イリアはその一つを手に取る。


たいがいがニールが好きに使ってくれと置いて行ったものなのだが、その中にそういえばとても馴染む石があったことを思い出したのだ。


「うん、これにしよう」


イリアは自分の魔力を石に浸透させて、ほんの一瞬のうちに9枚のカードを作り出した。


データとは情報で、情報とは守られるものである。

かつての知識から当然のようにそう思考した。


カードは共有物にはしない。

個人に配るとして、それは個人データになるのだからセキュリティはしっかりと。


認識は指紋?

あるいはDNAデータか。


誰とも一致しない、その人だけの固有情報はいくつかあるけれど。

この世界ではもう一つ。


「魔力の波動でいいか」


それをセキュリティコードに設定してイリアの製作物は一応の完成になった。

製作時間は実に三週間ほど。


「あとは稼働実験ね」


まあ、頼れるものはニールしかいないのだけど。


うきうきと貴族としての仕事を終えて帰ってくるニールを待つ。

彼は今も律儀に帰ると姉に挨拶に来てくれて、その日あったことを話していってくれるのだ。


少々拡張性を残すために幾分かの修正を加えている間にニールが帰って顔を出してくれた。


「姉さん、最近食事が疎かになっているようだけど」


おかえりの挨拶の前に小言をもらった。

苦笑をもらしてイリアは返す。


「おかえり、ニール」

「…今日は目を見てくれるね、姉さん」


少し驚いてから、ニールが笑う。


イリアは首を傾げて考えてみた。

確かにここ最近の記憶がない。

ボードゲームを作っている以外の記憶だ。


「もしかして心配させたかしら?」

「…それはもう、とても」

「ごめんね、ニール。ちょっと夢中になりすぎたみたい」

「それで、最近姉さんの心を奪っていたものは完成したと思っていいのですか?」

「ええ」


答えればいつの間にやらイリアの背を追い抜いてしまったニールが悪戯そうに笑った。


「少しさみしかったですよ?」


だが、弟はまだ甘えん坊の弟のままらしい。

まあ、10と言えばまだ小学生。

見た目は随分と大人っぽくなってしまったし、この世界の貴族の少年たちは得てして精神の成熟が早いけれど、ニールはやっぱり可愛い弟に違いがなかった。


「では、わたしのかわいいニール。今日はわたしに付き合ってくれる?」

「もちろん」


ニールを力いっぱい抱き潰してイリアは幸福を噛みしめる。

こんな瞬間、彼のためなら何だってできるだろうと、イリアは何度でも思う。


「それで、何を作っていたのですか?」

「ちょっとしたボードゲームよ」


そうしてイリアは緑色のカードを一枚、ニールに手渡した。

光にかざしてみれば透けて見える美しいカードだ。


「これ、エルメラルダ鉱石ですか?」

「さあ?でもニールがくれた石の一つよ。とても馴染む石だったから使ってみたの」


ニールは姉に気付かれないように小さな溜息を吐いた。

エルメラルダ鉱石は決して加工に向く石ではないはずなのだ。

魔法親和性は高いけれど、硬度も高く、そのくせ一定の角度からの耐衝撃性に弱い。

その角度を見極めるのは加工職人の腕の見せ所だというのに、この姉ときたら自分の魔力を浸透させたうえで特性などなんのその、無視して形を変えてしまっている。


しかも。

ニールはカードを人差し指と親指で掴んで折り曲げるように力を入れてみる。


どの方向に力を加えても硬質な破折音は響かなかった。

むしろエルメラルダ鉱石が持ち得ない弾性が何故かそのカードにはある。


「…折れないのですけど」

「やあねえ、折れたら困るじゃない。」


イリアにとって、そのカードはそうあるべきものだったのだろう。


「まあ、姉さんですしね」


ニールは納得した。


「とりあえずそのカードに魔力を流してみてくれる?」


まずは個人設定を。


「やりましたよ」


それがどうしたのかと問えば、これでそのカードはニールにしか使えないだけ、と言われてニールは神殿やギルドの連中が聞いたら卒倒しそうだと思った。


そういう技術は確かにあるのだ、個人を特定したり、個人情報を記載したりする魔法。

だが機密事項だ。

神の御業とも言われる道具の製作方法は王だって知らないはず。


「…まあ、姉さんですしね」


ニールは納得した。


「それでどのようなボードゲームを作ったのですか?」

「ええ、ニール達が学園に入ったら戦術的戦略的なことを色々と学ぶと聞いて」


そんな感じのものをなんとなく。


「つまり?」

「やってみた方が早いわ、一緒にやりましょ。最初は対戦にしましょうか」


もちろんイリアとニールとで。

対戦相手がいないときはプログラムが相手になってくれるが、そう柔軟性を持たせているわけではないので、優秀な弟ならあっという間に攻略してしまうだろう。


「まずはステージ1」


ボードの対面に立ち、目の前のボードについている隙間にカードを押し込む。


ぶうんと、どこか機械的な音がして随分と大きいなと思っていたボードの上に地形が浮かび上がる。


この音もまたイリアの形式美。


「…姉さん?」


触れようとしても触れられない立体画像。


「どう?どう?よくできてるでしょう?」


はしゃぐイリアと戸惑うニール。


イリアとニールの前に同じだけの小さな歩兵が自動配置される。

最初は同じ条件で同じだけの戦力で同じ地形だ。


勝利条件も先に兵力の半分を削った方の勝ち。

自軍他軍の正確な配置や数字情報は目の前に浮かび上がった半透明の戦術ボードに記されている。

どうやら相手には見えないらしい戦術ボードは今のところあまり意味がない。


ステージが上がって複雑になってくるとこのボードは大変大きな意味を持つのだが、チュートリアル的なこのレベルでは見方を教えるのみ。


戦術ボードで自軍を動かし、目の前の立体盤面でその動きが反映されて戦闘が展開され、勝敗が決まる。

そういうゲームらしい。


動揺している間にもちろんニールはあっという間に負けた。


「…姉さん、これは、ダメだ。ちょっと、拙過ぎるよ」


ニールは頭を抱えた。


「え、うそ、そんなに?何がダメだった?どこをなおせばいい?」


姉にはめっきり通じていない駄目出しに、ニールは勝手に休もうとする頭を無理やりに動かして考える。


隠そう、何が何でも。

世間一般に知られたら拙すぎる宝庫。

規格外にもほどがあるのだ、この姉は。


だが。


「…楽しくなかった?」


しょんぼりと問う姉には答えるしかない。


「楽しかった」


ものずごく。


「あいつら、びっくりするだろうな…」


少し遠い目をして彼らの反応を思い描く。

だけど、一緒に遊べばとても楽しいことだろうとも思う。


とりあえず、グレンと相談してこの部屋には厳重なる結界を張っておこうとニールは決意した。

たまには二人の話。

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