62.冒険者と灰色聖女
「もう! 本当に好き勝手してくれる!!」
お好きにどうぞとは言ったが、この程度の文句は許されるはずだ。
ぜえぜえと肩で息をする状況はいまだ変わっていない。
「なんて粗雑な動きなの……」
頭痛すら覚えて、リディアナは呟いた。
その形のいい額に滴るのは明らかに冷や汗だ。
自分で広げた魔法陣の上から動かず、じりじりと回復する力をちまちまと使う。
まるで家計が火の車になった主婦のように、慎重かつ細々とした魔力運用だ。
「うおらあああ!!」
「こっちこいや!」
「いまだ! 隙ありー!!」
気合を入れた掛け声がそこかしこから聞こえてくる。
が、そのたびにリディアナは肝を冷やす羽目になった。
「ひえぇ! ――シールド!! あっ!? 落ちッ、強化! ちょっと、なんで姿勢変えるのよ!! 骨折ですって!? ――ええい、回復!!」
共に戦ってきた生徒たちとは全然違う。
こちらの気配も行動も、気にしてはくれない。
視線で語ることもなければ、タイミングを合わせてくれることもない。
「少し集まってくれれば範囲回復である程度の魔力の節約ができるのに!」
あるいは、強化だって個々にかけるより少し強めに力を込めることもできるだろう。
こんな状況だから、リディアナは後ろから細々とした魔法を飛ばすしかない。
「お? おお。すげえ、嬢ちゃん、あんがとよ!!」
そして冒険者たちは飛んできた魔法に、驚いたように自分の体を確かめる。
リディアナはその様子に顔を歪めた。
笑えばいいのか、怒ればいいのか、よくわからない。
回復や強化魔法に一々驚くということは。
つまり彼らは、リディアナの支援がなくても同じ行動をしていたということだ。
結果、地面に叩きつけられ、骨が折れ、仲間が吹き飛ばされていたとしても。
「私がいなかったら、とうに、全滅じゃない!! なにしてんのよ!!」
リディアナは胸の中のもやを吹き飛ばすように叫んだ。
「してねえなら、それでいいンだよ!!」
「はっはー! ちげえねえ!!」
「うおおらああ、もう一丁! こっち向けや化け物!」
「その足、貰ったぁー!!! ……硬ってえええ!!」
「あはは、むしろまだ誰も死んでないなんて、魔法ってのはホントに凄いね!」
「すげえのは、魔法じゃなくて、そこのお嬢だろう!! よッとぉ!!」
リディアナとて覚悟をしていたつもりだ。
心構えだって出来ている。それに文句をつけることは誰であろうとできないはずだ。
でも、自分たちが地獄だと思っていた経験は、もしかしたら彼らにとっての日常だったのかもしれないと思う。
「でけえ野グソみたいな見た目のくせに、なんでこう隙がねえんだ!!」
「おい、その表現やめろ! そうとしか見えなくなっただろうが!」
軽口の合間に、割られた額を手早く止血。
代わりの仲間は布で武器と手を縛り付けていた。多分、小指辺りが折れているんだろう。
でもそんなものは、新たに加わる傷の一つでしかない。
無数に刻まれた古傷は、命を賭けた場数の証。
いつものこと。
もし明日が続いても、きっと彼らはまた武器を握って変わらず生きる。
当たり前に覚悟を決めて、当たり前に命を賭けて、当たり前に挑んでいく姿が、そう思わせる。
リディアナは呟いた。
「冒険者なんてものは……」
粗雑で。
――目の前にはその通りの光景が。
下品で。
――どんな時でも忘れない罵詈雑言は呆れるほど多彩で。
自尊心が高く、自由を謳い、その実、使役されていることにも気づかない。自ら望んでその日暮らしを営む、教養のない最下級労働者。
そう言ったのは母だったか、父だったか。
「それでもこの迷宮だらけの国には必要な人材なのよ」
だから、見下してはいけません。
取り繕うことを忘れてはいけません。
彼らには、ほどよく命を賭けてもらわなければいけないのだから。
わかるわね?
優しく髪を撫でた母の笑みを、思い出す。
「飼い殺すように。鳥かごの中にいるとは気づかれないように。気分よく働き、自業自得で死んでもらうのだよ」
人の命はそうやって、上手く使うのだ。
それが貴族たる者の在り方だ。
かつて得意気に、父が胸を張ってリディアナに言った。
「――いいえ、いいえ、お父様」
いま、その言葉にリディアナは頭を振る。
「彼らは私と何一つ変わらないのです。……貴方より、ずっと。私は彼らに共感するのです」
ならば、自分もまた使われる側なのだろうか。
命を、都合よく使い潰される者なのだろうか。
リディアナは城に引きこもっているだろう両親を想う。
怯え、縮こまり、嵐が過ぎることを祈り、待つだけの彼ら。
全てが終わった時、もし生き残っていたら彼らは誇るだろう。
死んだ者を嘲り。生き残った命を、傲慢にも当たり前と受け止める。
あるいは死ぬべき者が、死ぬべき時に、正しく死んでくれたと喜ぶかもしれない。
それを貴族と言うのなら、リディアナは確かにもはや貴族ではなかった。
「……ッが! げえ!? お前ら、構えろ!!」
「「あいよお!!」」
はっと顔を上げれば、頭上に再びの影。
「無茶よッ」
振り上げられた重そうな腕の一つは、もう振り下ろされている途中だった。
リディアナが全力の魔法で対峙しようとして、それでも覚悟を決めた一撃。
今からでは逃げ切れない。そんなことわかっているだろうに。
「おっと、……これは俺には耐えられん。いったん引かせてもらう!」
冒険者は飄々とのたまうのだ。
「了解した! ――あとは任せろ!!」
それを死の宣誓と知りながら、あっけらかんと送り出すのだ。
リディアナにとっては、誰も、彼も、真っすぐに、『人間』だった。
馬鹿!
ほんと、馬鹿な連中!!
リディアナは心の中で喚き散らした。
だから、やるしかない。
やれるから、やるのだ。
やりたいから、やるのだ。
痺れるような熱が目尻に溜まるのを無視して、リディアナは一喝した。
「――そこから誰も、動くなッ!!」
足掻くことをやめない人たちが。
地獄を駆けた自分たちと同じ強さを持った人が、それでもリディアナの顔を見て、――足を止めた。
にやりと笑って、命をチップに、自分に賭けた。
リディアナは拳を握る。
命をその手に、心を燃やす。
――いいわ、やってやる。
この私が。
「シールド!!」
彼らの前に膜を張り、形を作る。
面しか作れない自分に臍を噛む。
「二重展開!」
重ねて、重ねて、
「一、二、三……」
仕方ないから多面体でドームを作る。
「……思い出せ」
あの人は、どうやっていた。
この世界で最高の防御魔法を使う人を、リディアナは知っていた。
その技を、目の前で見た。
「地に。楔。――それから、壁。そびえる様に、強化。熱、と、空気、と、魔力を混ぜる」
そうやっていた。
アレに比べたらお遊戯のようなものだけど、それでも紙のように柔いシールドよりはいい。
あの人ならともかく、自分の稚拙な術では耐え続けるのは無理とわかっている。
だから、ほんの少し。
「インパクトにだけ耐える。それから、解くエネルギーで弾く。すぐにもう一度、展開。――やれる? ……やる。できる!」
言い聞かせるように、自分に発破をかける。
彼らを賭けに勝たせるのだ。
効率的に殺すのではなく、都合がいいから生かす。
やるのは、自分。
頭の中で振り下ろす触手の重い衝撃にカウントを合わせる。
――ズレれば終わる!
踏みとどまっていた冒険者たちは目前に迫った影に武器を構え、――触手は振り下ろす直前の拳を、強引にスイングに変えた。
――ズラされれば、終わる。
自分たちを囲んだ壁が、触手が触れないまま一瞬輝き、次いで光量が落ちる。
冒険者たちが、息を飲んだ。
リディアナは頬を歪めて、精一杯の嘲笑を込めて笑ってやった。
「――読んでないとでも、思った!?」
合わせてやった。
タイミングを合わせるために飲んだ魔力の代償が、鼻から鉄錆の匂いを伴ってどろりと流れたけど。魔物からは確かに驚いたような気配がした。
それで十分。対価にはなった。
今度こそ、衝撃。
受けるのは一瞬。それでもみしりと、自分が直接受けたわけでもないのに、骨が軋んだような気がする。
あの男がどれほど規格外なのか、リディアナは身をもって知った。
「いまっ!!」
強引に術を解き、それは何重にも展開した魔法にしては軽い音を残して消える。
狙い通り、少しだけ勢いが削がれた。
「ッ、展、――開!!」
その隙を突いて、片手に握り込み無理やり止めていた展開途中の術を解放する。
さっきからごりごりとリディアナの手を皮膚ごと削り取っていたけど、一瞬で術を構築できる技量はない。他に方法がなかった。
満身創痍で作り出したとは思えない程、美しく、歪みのない術が再び冒険者たちを守る様に現れる。
「『属性結界・光』!」
リディアナの渾身の結界を前に、小賢しいとばかりに触手が躊躇いなく結界にへばりついた。
「――ッチ!」
こうなったら絶対にもう一度渾身の力で叩きつけに来ると思ったのに!
耐久型の力比べではあまりにもこちらに分がなかった。
「そこまででいい、嬢ちゃん。あとは俺たちが打って出る!!」
「冗談はよして! あなたたちを、生かすのは、私!!」
自らの術で削れた手の平からぼたぼたと落ちる血を吸って、魔法が勢いを増した。
「え?」
増して、昇華し、――魔術になる。
メシ、ミシ、と結界を食い破ろうとしていた触手から不意にジュと蒸発する音がした。
焦げる様な匂いと、煙。
慌てて触手が腕を引く。
だが浸食は止まらない。
ジュウジュウと広がる白い煙。
こんな大きな規模ではなかったけど、リディアナは似たような光景を目にしたことがあった。
「――浄化?」
のたうつ触手は制御が利かなくなったらしい。
本体を無視して壁に自らを打ち付け始めた。
業を煮やしたのか、無事な触手がのたうつそれを切って捨てる。
切り離された触手はしばらくもがく様に苦しんで、やがて縮んで動かなくなった。
「光属性が、弱点……?」
攻撃力としては光の派生である雷や電撃を纏わせた方が強い。
から、そうしていたのだけど。
「――結界を解く! 属性魔法、光」
純光属性の魔力を練り上げ、身体強化の魔法を込めて矢のように放つ。
背に受けた冒険者は不思議そうな顔をして、それでもそのまま巨大な魔物に駆けていった。
相変わらず、無鉄砲で、向こう見ずで、考えなしな戦法だ。せめてちゃんと発動しているのかくらいの確認はしてほしい。そもそも強化は属性魔法ではないのだから。
「でも、嫌いじゃない」
続いて武器をターゲットに属性付与。
理論上、攻撃力は上がらない。
だが、細い足の一本にその剣を叩きつけた冒険者は「うお!?」と驚きの声を上げる。
先ほどまで弾かれていた剣があっけなく半ばまでめり込んでいた。
その上、そこから白い煙が噴き出す。
「効いてるぞ!!!」
「いよっしゃあ!!」
「足だ! まず足を削ぎ落すぞ!!」
一本二本と体にしては細い足が切り落とされていく。
そのたび、頭上で耳障りな高い憎悪の声が上がる。
振り回す触手は増え、我武者羅に足元に群がる人間たちを払うように薙いでいく。
「障壁!」
「が、ごッ!!」
「無事!?」
「――じゃねえが、死んじゃいない。ふん、俺の勝ちだ!」
「強がりもいい加減にして! ――回復!」
「言ってくれるぜ、乳臭いガキが!」
「そのガキに助けられてるのはどこの誰よ!」
大口も軽口も、流れる様な罵詈雑言も、リディアナは嫌いではなった。
強化が切れる瞬間に合わせて同じ魔法を飛ばす。
きれる前に当てても意味がないし、切れた一瞬を狙われたら即死だから気が抜けない。
ターゲットにされた者が必殺の一撃を食らう前に目くらまし。意識を逸らして、別の者に誘導。
右に弓。属性付与。
左に負傷者。動けなくなるような傷だけを重点的に治す。
腐っても冒険者、ある程度の怪我なら自分でなんとかできるだろう。
巨大な魔物と壁の隙間から入り込んでくる魔物だっている。
無数の群れのほとんどは、触手魔物の後ろに築かれた見えない壁に弾かれていた。それがなければ今頃質量に押しつぶされていたに違いない。
――アレが本物だ。
どこからだろう、姿すら見えない場所からほんの瞬きの間にこんなものを打ち立てられるのだから、その実力たるや戦慄すら覚える。
そんな障壁を飛び越え、時々小型、中型の魔物が入り込んできていた。
こちらは属性強化が効かないものが多い。異常状態を振りまいて弱体化を図る。
自分の獲物とばかりに突っ込んでいく冒険者。
異常状態に巻き込まれない様にこちらが気を付けなければならないのはどういうワケか。
リディアナはめげずに魔法を放ち続けた。
「神さまを信じてるわけじゃないけど、……こりゃ、確かに信じたくもなるわ」
瓦礫と砂埃の中で、自分たちの命を支える少女が一人。
髪も、顔も、服も、灰色一色に染められ、ボロボロな見た目の彼女。
「まるで聖女様だね」
それでもその言葉を否定する者はいなかった。
冒険者だから。
戦いを生業とした自分たちだから。
仰ぐならば、戦う女神が、相応しい。
――その時、足をすべて切り落とされた魔物の巨体がドスンと地面に落ちた。




