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イリアの世界  作者: 一集
第二章
69/75

58.英雄の影と死神の鎌

題名を『EX.セオドール・エル・アーカンドール②』と迷いました。

つまりはそういう話です。



――メルが出陣した。


ならば自分がフォローすればいい範囲は大分狭まる。

ふっと息を吐いて、力を抜く。


セオはその行動にやっと自分は手詰まりを感じていたらしいと気付いた。


なるほど、いつもは大人しく引っ込んでいるメルが出張るわけだ。

自身の余裕のなさが可笑しくてくつ、と少し笑う。


セオは当然、城壁内の出来事を全て自分で処理するつもりだった。

それが自分に任された仕事だと思ったからだ。


さすがに壁が崩され、なにやら得体の知れない魔物が侵入してきた時には肝が冷えた。

だが、まあ、この体は一つで、細工に走る時間は貰えず、後手後手に回っている現状では手が回らなくても仕方がない。


こちとら、敗北を知らない箱入りとは違うのだ。

諦めはしないが、割り切ることはできる。


「準備不足って状況も久しぶりだ」


かつては足りないものばかりで、壁にぶち当たる度にそれをどうにか埋めることに注力してきたが、ワールド・アトラスで過ぎた時間はすでに軽く十年を超している。

備えは万全だ。


「……そういえば、こんな感じだったな」


少しばかり昔日の創意工夫で溢れていた時代を思い出した。


懐かしさに浸っているのはセオだけで、もちろん辺りは阿鼻叫喚で忙しい。

とはいえ、それすらもいつもの事と思ってしまうくらいには修羅場を潜ってきたのだ。


だが、いつものセオの仕事は主に戦闘が始まる前にある。

あるいは戦場の舞台を用意することもその範疇かもしれない。

最近は暗殺業の方ばかりが目立って一人歩きをしている感が否めないが、セオ自身はそれに特化しているつもりはなかった。


――そもそも人には役割というものがある。

そうセオは考えていた。


例えば自分たちは幼い頃から一緒だったせいか、いつの間にかきれいにそれらが分担されていたりする。

意図したことではない。

気付いたらこうだった。


神輿にはリィン、盾はグレン、剣はニールで、火力にウィル。

地上戦はランス、空中戦はシリル。

頭脳はメル、暗部を担当するのがセオ。

そんな風に。


その中で自分の立ち位置は大分自由で、最も応用力を求められるものだとセオは自負していた。


メルの相談役は大抵セオであったし、メル不在の際は代わりを引き受けることもしばしば。

本業としては、諜報活動に情報操作。

斥候として動くこともあれば暗殺や脅しもやる。

複雑な勝利条件はセオの攻略心を刺激したし、地図を描くような綿密な計画を立てるのも好きだ。

なにより影で動くのは性に合っていた。


さて、話は変わるが、この様々な『役割』といわれるものをとある条件下で二つに分けたとする。

ここに分類されるのはセオとグレン、なんならランスを入れてもいい。

このカテゴリーがなにを指すのか。


答えは準備こそがものを言うスタイルである、ということだ。

セオとグレンはまさしくそれが顕著で、準備不足ともなれば実力の三割も発揮できない。


つまりは、今の状況。


十全にその力を揮わせればあらゆる状況を打破してみせる、敵に回せば最も厄介な男とは何を隠そうセオのこと。


例えば、ワールド・アトラスには多くの英雄がいる。

魔術に優れた大魔道士を筆頭に、憂国の宰相や絶断の守護騎士。

蛮勇の狂戦士、銀光の空術士、人類最強の名を背負う魔法剣士に、治める地を持たないまま王を冠した召喚術士。

まさしく枚挙にいとまがない。


その中でも一際異彩を放つ者が一人。


彼は小さくもなければ大きくもない、そんな国に属する貴族の一員でしかなかった。

国としての特徴を挙げるならば、大帝国に国境を接していながら長らく独立を保ち続けていることくらいだろう。


その国に在って、彼の爵位は高くはない。男爵家では弱小貴族と言われたところで反論はできなかった。

治める土地を下賜されることもなく、まさに名ばかりの貴族と言っても過言ではない。


家ばかりでなくその本人もまた、これと言った特徴がない。

強いて言うならば、一般成人男性よりは小柄で、その土地では少しばかり濃い色の髪と瞳を持っている。

要約すれば、取り立てて目立つところのない平凡な男。


それでもその名を知らぬ者は居なかった。

弱小貴族故に侮られることも。


特に高い地位を持つ者にとってその男には重要な意味がある。

国内ばかりでなく大陸中で密かに囁かれる名は、彼らにとって恐怖(・・)の代名詞であったからだ。


多くの危険が潜むワールド・アトラス。

魔物や天災、他種族との生存競争、そして同族との絶えぬ戦い。


だが彼らが最も恐れたのは、圧倒的な存在に蟻のように踏みつぶされることでもなく、天の采配による飢饉でもなく、他種族の台頭でもなく、他国の侵略でもなく。


――――一個人の、純粋なる殺傷能力だった。


男は名を隠してはいない。

顔を隠してもいない。

存在を隠してもいない。


だが、本名より多く、こう呼ばれた。


闇と共に現れ、確実に命を狩り取る――――すなわち『死神』、と。


証拠などない。

現場には何一つ残されない。

『死神』が彼だと、示すのは状況のみ。


公然の秘密。

暗黙の了解。

秘めたる真実。

純然たる事実。


誰もが知っていて、誰もが咎めない。


ワールド・アトラス最強にして最凶の暗殺者。

名を、『セオ』と言う。


紛れもなく、セオもまた英雄と呼ばれる者の一人だった。


仲間内で誰と戦いたくないかと聞かれれば、半数以上の票を得るのはセオだけだ。


揮える力が三割程度?

仲間たちは思っていた。


セオならば十分だろう。


「チッ! 狂化してるくせに」


セオは身軽さを生かして縦横無尽に駆け抜けながら毒づく。

足の腱を切るつもりがうっかり足首ごと断ち切ってしまった。


セオにとって、この敵は脆すぎる。


「無駄な力を使わせるなよ!」


魔物の狂化は体表が硬くなることが多いのだ。

それを鑑みて力を入れ過ぎたらしい。


最適化、セオはそれが大好きだ。

3の力で突破できるところを5使ってしまったことに嫌悪感を抱くタイプの人間だった。


狂化人間としても、体が硬くない、そんな理由で怒られるとは思ってもいなかったに違いない。


一瞬。

刹那というに相応しく、王都のいたるところで人の命が砕かれていく。

この男の前では、もちろん砕かれるのは神の眷属側に限定されていたが。


短く息を吐きながら力ではなく、しなやかに弧を描く腕の遠心力で無防備に晒された喉を掻き切り、


「む」


飛んで行ってしまった頭を見ながら、まだ加減が必要らしいと、顔を顰める。


「おおっと、そっちは立ち入り禁止だ!」


刃に乗せていた強化魔法を少し弱めながら、どこから取り出したのか一瞬で手の中に現れたダガーナイフを投げた。

ダガーナイフはとすっと軽い音を立てて神官の眉間に突き刺さる。


狂化の厄介なところは身体の電気信号が完全に断ち切られるまでは動き続けることである。

つまり必殺の一撃を放っても、一瞬後までは動き続けるのだ。


一瞬というのは案外長い。

その一瞬が命取りになることをセオほどに知っている者はいないだろう。


セオは一足で距離を詰めて顎を蹴り上げてから軽く跳ぶ。

着地点は神官の額。

体重と重力にものを言わせてダガーナイフを踏みつける。

神官が地面と接する頃には根元まで埋まっていた。


殺意の収束を足元で感じ取ってすぐさま飛び退る。

一瞬後には息絶えた神官が丸焦げになっていた。


飛んできた火球は十分な殺傷能力を備えていたようだ。

単純な火球を目くらましではなく、殺人目的で使える人間はわりと少ない。


「やるぅ~」


口笛を吹かんばかりの称賛の声にはこの場では誰も持っていない余裕が滲んでいる。


神官は魔法を使う。

事実である。


この混乱の戦場では神官だけならまだしも、信心深い市民もたまに狂化しているから厄介だ。

敵味方の区別が付き辛いというのは判断力の遅れに繋がる。


元は神官だろうが市民だろうが、魔法を自分に向かって放つ、という行為は違えようもなく敵対行為。

セオ的にはむしろわかりやすくて助かるくらいだ。


飛び退った姿勢のまま体を無理矢理捻り、敵に向き直る前に魔法の射線を頼りにクナイを牽制に放つ。

一瞬怯んでさえくれればそれでいい。


手に伝わった肉に分け入る感触は少し厚かった。


太ももかな?

骨に当たる感触は微か。

芯は捉えられなかったらしい。

冷静に分析しながらクナイに括りつけていた糸を引く。


「回収、回収」


飛び道具として使うクナイは上質な鉄を使っている上に繊細なバランスやら形やらを整える加工代が嵩んでこちらで作るにはなかなかの単価になる。

いざという時ならば躊躇うつもりはないが、基本使い捨てはもったいない。


それらの作業をしながら一瞬の隙に敵の眼前まで迫って、杖を掴んでいた神官の手首を切り落とし、もう一本の腕は肩から切り落とす。

流れる様な、淀みも躊躇もない動き。


「って、おいおい! 人間やめるにもほどがあるぞ」


何もできなくなった神官が喉を使い口内に魔法の気配を漂わせたから、最後は顔を手の平で掴んで魔法で圧縮した。

ぐしゃりという音と共に骨ごと頭が小さくまとまる。


セオたちならばともかく、普通の魔法使いが杖を使うのは魔力の流れをスムースにするために必要なもの。

外に放つための導線なのだ。

なくても発動自体はできるだろう。

だが一回限りだ。その魔法は自身にも牙を剥く。


杖がないならその腕で、腕がないなら喉を焼く。

なんてのは、捨て身でなければできやしない。


潰れた顔を身体ごと放り投げて、セオは唖然としていた近くの男に声をかけた。


「おい、そこの!」

「へ、へい!」


予備動作なしに男の後ろに迫った魔法に魔法をぶつけて打ち消す。

ついでに魔法と同時に放っていたクナイが敵の眼球に吸い込まれた。

魔法がうまい具合に目くらましになってくれたらしい。

即効性の毒付きだ、幾らかの痙攣を起して地面にどうと倒れる。


その音にやっと後ろを振り返った男はあわあわとその場で足を躍らせた。

――やはり一般人が魔法へ対処するには無理がある。


セオの判断は早かった。


「魔法を阻む簡易結界を張る! 戦えない者を集めて、周りには護衛を立てろ! 効果があるのは魔法だけだ。神官共が生身で向かってきたら自分たちで対処しろよ!」

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」

「喋ってる暇があれば体を動かすんだな!」

「はい!!」


セオの厳しい言葉は反感も抱かれずに受け入れられる。

裏方に回ることが多いセオは少しだけ居心地悪そうに身じろいだ。


まずは救護場所として使っていた場所。

倒れて動かなくなった神官の身体を引き摺って四方に放る。


何かが記された紙を死体に置き、その上から紙ごとクナイを神官の死体に突き刺した。

紙は死体に沈んだように見えたが、実のところクナイに術式を焼き付ける為の小細工でしかない。

万が一のためにと用意していた数少ない「準備」の一つだ。

手元から伝わる僅かな感覚にうまく術式はクナイに転写してくれたらしいと判ずる。


更に隣同士をクナイ回収用に取りつけていた糸で手早く繋ぐ。


死体が四つ。

謎の紙。

クナイを刺した死体。

四角く繋いだ糸。


見たことも聞いたこともない、奇妙奇天烈な行動を咎める者はいなかった。

人々は肩を寄せ合い、黙ってセオの行動を見守る。


「この糸で繋いだ内部が結界範囲だ。間違っても糸を切るなよ?」


すぐに術は発動した。

半透明の結界だ。


「結界が弱まってきたら神官(燃料)を取り換えろ。代えは自分たちで用意しな」


怯えて縮こまっていた市民にそう言い捨てる。

彼らの顔色は揃って優れない。

それはそうだろう。


>おま、それ呪術の類……。


そちら方面に明るいグレンが思わず唸る。

死体を使うなど、どう見ても邪悪な術。


>しゃーないじゃん? 魔力がない人間が魔法を利用しようと思えば、他から持ってくるしかないんだから。


その点、神官というのは魔法が使える。

つまるところ、その体には魔力が詰まっているのだ。

死後であるから新たに魔力が生成されることはなく、経過時間で減っていくばかりだが、ここには出来立てほやほやの燃料タンクがそこら中に転がっている。


セオの言っていることは道理だった。

だが、問題はそこではない。


というか、これはワールド・アトラスでグレンが拠点としている東方国家ではれっきとした禁術扱いの邪法。

もちろんその道のエキスパートになろうというグレンは知識として知っているものだ。


問題はセオがどこからこの術を盗んできたのか、……なのだが。

――十中八九自分だろう。


>いつの間にやりやがった!


自衛が甘かったかと思わずグレンは自分の異世界での研究室を思い浮かべた。


>はは、玄関にはちゃんと鍵をかけておかないと。良からぬ輩が入っても文句はいえないぜぇ?


まるで自分が鍵をかけていなかったとでもいう口ぶりだが、そんなわけがない。

つまりは隙だらけだったと揶揄されているのである。

最強の結界士を志している身としては情けない限りだ。

どこから突破されたのか、この緊急事態が終わったならさっさと防衛結界の構築を洗い直さなければ。


ワールド・アトラスの話は置いておいて、現実の話である。

痛む頭を押さえながら、常識人枠のグレンが怒鳴った。


>査問会議にかけられたらどうするんだ、おまえは!


禁術、それは人々からの迫害を恐れて、術者たち自身が封じたものが大半。

人は異端を恐れるものだから。


だが実際の所、現実世界で作り出せる道具と術で発動できる魔法はごく限られている。


セオは肩を竦めた。

選択肢は他になかった。


それに、

「大丈夫だって。人間ってわりと図太くて利己的で、現金で寛容だよ」


次の結界を準備しながらそうセオはそうのんきに返した。


死体を使った邪法。

それでも背に腹は代えられず、力を持たない女子供は恐る恐る自ら死体に囲まれにいった。

身を寄せ合い、肩を寄せ合い、今は不気味な術に縋るしかない。


術は使用目的としては完璧な仕事をした。

流れ弾どころか、直接狙って放たれた魔法すら掻き消してみせた。


だが、神妙に顔を強張らせていた彼らの表情は次第に困惑に変わり、そう時を置かずに我慢できずに娘が叫んだ。


「……って、さむ! さむ!」


大事なことだから二回言ったのかもしれない。

どうやら結界内が寒かったらしい。


「もしかしてコイツ。さっき氷の魔法使ってたから?」


燃料にしている死体の一つを指差して、誰かが推測を口にする。

結界内に魔力の質が影響を及ぼすことに人々は早々に気付いた。


「あ、今の神官、火の魔法使った! コイツと交換しよう!!」


周りにいた護衛の男をちらと見る。

つまりは死体にしてこい、ということだ。


「く、今度は熱い!」

「ちょっと、どこかに無害なのはいないの!?」

「あ、あれ! 土魔法!」

「でかした!」


身を寄せ合っていた様子はどこへやら、彼女らはきょろきょろと周囲の観察に余念がない。

困ったのは周りに立っていた護衛要員の男たち。


「おいおい、あれは遠すぎる。俺たちはここを守れって言われてるんだ、あんな所まで持ち場を離れて行けるかよ!」

「なんだい、情けないね! じゃあ、あたしらが行くよ! それならいいだろう!?」


よくはない。


「それじゃ本末転倒なんだって!」

「いいから黙ってな! 行くよ、あんたら」


恰幅のいい女性の号令一下、包丁やらスコップやら物騒な獲物を手に結界を飛び出していく。

かわいそうなのは突如一方的に、しかもピンポイントで狙われた神官の方だ。

いくら魔法を使えても多勢に無勢の上、後ろから殴られふらつけば袋叩き。

しかも襲撃者には結界という逃げ場がある。


神官を赤く染めて、引き摺って返ってくる彼女らを喝采で迎える結界内の市民たち。

自分たちは本当に必要なのだろうかと疑問を持ち始めた男たち。


各所作られた結界で同じような光景が頻発した。

なかには、


「ねえ……今の見た?」

「み、見ました」

「回復してた、よね」

「あれって、つまり回復魔法?」

「「「……!!!?」」」

「絶対に逃がすんじゃないよ!!」

「ソイツ獲ってきて!」


狩る者と狩られる者が逆転している場所すらある。


>な?


セオの短い問いに、グレンからの返信はなかった。


「さて、」


セオはいくつかの結界を張り、次なる行動に移る。


当然の話、結界近くの攻勢は局地的な話で、大多数の市民は混乱の極み。

なんとか騎士連中の活躍もあって一方的な虐殺にはなっていないだけだ。


混乱状態というのはとてもよくない。

結界という逃げ場を確保しても、冷静さを欠いている市民たちはそれを認識すらしてくれないのだから。


ではどうすればいいのか。

先ほど、貴族街の門でやったことと同じだ。


恐慌を来している頭に、やること与える。

単純な命令を叩き込み、流れを作る。

流れさえあれば、人々は潮流に乗るものだ。


セオは屋根の上を飛びながら目的の人物を探す。


目についたのは強いばかりに集中的に取り囲まれている鎧の騎士。

倒れ伏しているのはすでにやられた仲間なのだろうか。


だが、孤軍奮闘になりつつある男の実力は確かなようだ。

妥当なところだろうと、セオはひょいと地面に飛び降りながら男の周りにいる敵を蹴散らした。


「!? 助太刀感謝する!」


こくりと頷き、背を預け合う。

対処する場所が半分でよくなった騎士は先ほどまで押されていたのが目の錯覚かと思うほどに機敏に動き出した。

なるほど、この国の騎士というものは基本単独では動かないものなのだろう。

慌てたように他の騎士たちが駆けつけてくるところを見るに、それなりに身分がある人間なのかもしれない。


セオは心中でビンゴ!と自分の見る目に喝采しながら手短に言葉を紡ぐ。


「状況を打開したい。協力して欲しい」

「了承した。何をすればいい」


中々に頭の切れる男なのか、背から聞こえてくる答えに逡巡はなかった。

共闘短く剣戟の響く中、何をもってセオを信じたのかは男にしかわからない。


「罠を張る。そこへの敵の誘導。罠の位置と発動時間の周知」


とにかく現状、敵の数が多く、しかもそれらがばらけすぎている。

少しでも効率的に狩る(・・)ことが必要。

ついでに人々を無理矢理にでも動かして、混乱に変わり秩序を生み出そうというのだ。


男は無駄な言葉を発しなかった。

した事と言えば驚きに一瞬目を見張ったくらいだ。


「人員がかなり要るな。どうやる」

「鐘楼の鐘を使おう。俺が鐘を鳴らした場所、そこが罠の位置だ。10分後に発動する。カウントダウンを頼みたい」

「一般市民を逃がすのと、誘導位置を知らせるためだな?」


物分かりがよくて助かる。


「神官の誘導はどうやる。無差別に市民を襲ってるんだぞ」

「精霊万歳とでも叫べばいい。喜んで襲いに来るんじゃないか? あるいは精霊術を使う市民を囮にするのでも構わない。むしろそれが一番効率的な釣り方だろう」


男の顔は苦み走った。

騎士ならば信仰対象は神だ。

精霊を崇める言葉を口にするには抵抗があるのだろう。

それができなければ異教徒とは言え市民を囮にしろというのだから、どちらにしても嫌な選択肢だ。


逆にセオとしては一石二鳥。

敵を狩ること、そして神の信仰を削ること。

貴族連中に明確に神に反旗を翻させるのにこんなに整えられた舞台はない。

そう、騎士はそのほとんどが貴族で、市街まで下りてきているのならば正義感を持っているに違いないのだから。

それを使わない手はなかった。


もちろんこんな小細工は強大な信仰を持つ神に対して、大した打撃ではない。

一万のうち1や2を削ったとして何が変わるというのだろう。


だがセオはやれることはやっておく主義だった。

種を蒔く。

芽吹くかはわからない。

しかし、蒔かねば芽吹くこともないのだ。


「神に楯突いたんだ、今更だろう」


狂化を免れている時点でその者にとっての神=絶対ではない。

神官を殺している時点で、神への服従という道は閉じている。

騎士たちはあちら側にとってはすでに限りなく黒に近い灰色。


だが、セオはその中立(灰色)を許さない。

黒になれ。

すでに行動で示しているのだから、声を上げることに何を躊躇う必要があるのかと、悪魔のように囁いた。


「……わかった。罠の方は任せていいんだな?」

「敵を集めてさえくれれば、確実に殺してやるよ」


騎士にはその言葉を疑う余地がなかった。


細身にも見える少年が作り出す死線は今も必殺。

周りの敵は群がる端から死んでいく。


それなりに強いと自負していた騎士とは戦闘スタイルがまるで違う。

それでもその技術が隔絶していることはわかる。


やれるというのなら、この少年はやるだろう。


頷く騎士にセオは満足を覚え、


「……怖い男だな、卿は」


呟かれたその台詞におや、と意外そうに眉を少しだけ動かした。


敵の攻撃の合間に、ちらりと流された目線が合う。

意図的ではなかったのか、騎士は焦ったようにすぐに視線を外す。

だが遅い。


セオはにんまりと笑った。


どこまで看破されたのかはわからない、少なくとも敵の殲滅以外に意図があることに気付かれたらしい。


弧を描く目と、ぺろりと唇を舐める仕草。

騎士が反射的に身構えるほどの、ノイズのような殺意がびりりと走った。


セオは聡い人間が好きだ。


「なあに、敵にならなければいいだけの話だ。そうだろう?」


賢明だと尚のこと。


「さあ、選択の時だ」


無防備にすら見える仕草で両腕を広げる。

騎士は黒衣の少年の手に大鎌を幻視した。


その鎌を振り下ろさせるなと少年が笑う。

けれど、少年は振り下ろすことを躊躇わないのだろう。


死を司る、万国に知られる幽玄の概念。

まさか、生きているうちに出会うとは思わなかった。


一瞬の目眩の後に諦観染みた思いが湧き上がる。

何かが折れる音が、自分の耳にだけ聞こえた。

それはもしかしたら、信仰なんて名だったのかもしれない。


「……名を、聞いておこうか」


少年、とは言えないから。

死神に騎士隊長は尋ねた。


「セオドール。親しいものはセオと呼ぶよ」

「そうか。では、これからよろしく。セオドール卿」


そうして騎士は肺に空気を目一杯吸い込んで叫んだ。



精霊万歳、と。






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