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イリアの世界  作者: 一集
第二章

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56.大型種と精霊賛歌



「っらああ!!」


ガァンと二度目となる打ち合いは無駄に終わった。

大剣は弾かれて、一筋の線を残すだけ。


「かってえな!!!」


毒づくような言葉とは裏腹に、ランスの口元には笑みが浮かんでいた。

ようやっと骨のあるヤツと出会えたとばかりだ。


それは高さにして三メートル、長さ六メートルはある、亀の甲羅に似た装甲を背負った太い蛇、のような生き物だった。


立派な大型種だ。

キメラではない。

こういう生態なのだ。


見た目はカタツムリに似ているが、まあ端的に言ってそんなかわいい生き物とは一線を画している。


なにせ、動きが速く、しかもイヤに柔軟だ。

本体の性質としては蛇に近いのだろう。

その比較的柔らかな外皮を守るためにまとった鎧が甲羅なのかもしれない。


しかも攻撃を避けられないと見るや否や甲羅に身を隠す。

この甲羅が厄介で、仲間内では随一の膂力を誇るランスの剣を受け付ける様子もない。


ソレはランスをきちんと敵と見なしているのか、警戒するように剣を肩に乗せて一息ついているランスの周りをグルグルと回る。

油断なく目で追いながらランスは「はは」と声を上げる。


「お久しぶり、ってか?」


言いながら背後に回った蛇亀モドキの攻撃を避ける。

ついでなのですれ違いざまお返しにと剣をその背に打ち付ける。

当然、甲羅に阻まれた。


鈍い音がして、ランスは少しだけ目を見張る。


独り言の通り、ランスとしては幾度か出会ったことのある魔物だ。

あの蛇亀モドキは亀のように手足を引っ込めるのではなく、甲羅の中にとぐろを巻いて体を収納することだって知っている。

そして、ランスの記憶では特に苦戦した覚えはない。


が、

「あ~らら、装備がゴミなのを忘れてた」


ランスの剣は幅広で、切るというよりは叩きつけるように使うものだ。

その分重量もあるが、それに振り回されない人間にとっては攻撃力と速度を補ってくれるオプションですらある。

冒険者でも、その戦闘スタイルが『戦士』と呼ばれる者が好んで使う武器だった。

一般人や、まして魔法を使う貴族が持つものでは決してない。


この剣ももちろん冒険者用の武器屋で買い求めたのだが、如何せん「普通」過ぎた。


ランスの力で鋼鉄並みの甲羅を数回叩いただけで半ばからぽっきりと折れてしまったのだ。


「ふむ」


なるほど、ワールド・アトラスで苦戦した覚えがないのは武器のおかげだったかとランスは納得する。

甲羅を切り裂ける武器があれば、特に怖くはない魔物だ。


裏を返せば、武器に頼れないとなると苦戦する、ということかもしれない。


蛇亀モドキもこれを好機と見たのか、攻勢に出る。

しかも正面を取ってくるから、ランスは心躍らせずにはいられなくなった。

シュウッと蛇特有の威嚇音を残して魔物がランスに跳びかかる。


ランスは折れたままの剣を握り、そのまま迎え撃つ体制をとった。

魔物が笑ったような気がした。

言葉が発せられたなら、折れた武器でなにができるのかと叫びそうな雰囲気だ。


「甘いな」


ランスは突き出していた剣を引っ込める。

地面を抉るように足を接地させて、力を込めた。


魔物の目がぎょろりと動き、確かにランスのその動きを捕らえている。

回避も可能だっただろう。

けれど魔物はそれをしなかった。


拳を構えたランスを身体ごと呑み込もうとその大口を開ける。


「っそうらあああ!!!」


ランスは気炎を吐いて、その無防備な顎を蹴り上げた。

魔物的は、「え? 拳じゃないの?」と思ったかもしれない。

ガチリと歯が噛み合う音がして、衝撃でその巨体が少し浮く。


爬虫類特有の縦に長い瞳孔は、それでもランスからは離れていなかった。


そして最大のインパクトはすぐにやってくる。

本命の拳だ。

急所を開けるためだけに放たれた蹴りとは違う、渾身の力が喉元に入る。


浮遊感。

海から垂直に飛び出した魚のように、魔物は重い甲羅ごと地面から離れた。


魔物の目が細かく揺れる。

それでも白目を剥く前に甲羅に逃げ込んだ行動はなかなかの好判断と言えよう。

そのままひっくり返ったとは言え、腹側が柔らかい、なんていう都合のいい弱点はこの魔物にはないのだから。


亀と違い、蛇亀モドキはひっくり返っても自力で元に戻ることが出来るのだが、腹を見せたままぴくりとも動かない。

脳震盪でも起こしているのだろう。


「あらら、暢気に昼寝ですか? この俺を前にして、そんな余裕があるとは感心だねぇ」


単純に気絶状態になった魔物に、ランスは恐れもなく近づく。


「起きた方かいいんじゃないか? ほら目覚ましだ」


折れた剣を力いっぱい突き刺した場所は表と裏の二枚作りになった甲羅のちょうど境目。

動いていれば難しい場所も、これでは狙い放題の的だった。


甲羅の中で巨体がとぐろが動く気配がする。

残念ながら中身はいっかな無事のようだ。

根元まで埋めたが、そもそも折れた剣だ、深くはない。


「刺激が足りないか? なら追加だな」


ランスの重そうな体がいとも簡単に跳躍する。


「ほ!」


着地場所は剣の柄。


めり、という音と、魔物の絶叫が響いたのは同時だった。


「おはよう。いい目覚めができたようでなによりだ」


梃子の原理で、甲羅は二枚に分かれ掛けていた。

爽やかな挨拶は周囲に振り撒かれた高い威嚇音に消されてしまう。

本来なら本能的な忌避感を煽るはずのそれに頓着せず、ランスは気軽に声をかけた。


「目覚めたなら、さっさと着替えないと、な!」


動き出す前にその手が差し込まれたのは、剥がれかけた甲羅と甲羅の間。

手を掛け、力を込める。


「ぐぎぎぎぎぎ、さすがにかてえええええ!!!」


ミシ、メリ、と嫌な音がする。

人力で、甲羅を分離しようとする馬鹿は世界にこの男ただ一人だろう。


魔物は焦ったように甲羅からその体を出してびったんびったんと暴れ出した。


「大人しく、して、ろ!!!」


言いながら、持ち上げて地面に叩き付ける。

大型種の巨体を持ち上げるという暴挙だが、もちろん仕掛けはあった。

魔力による身体強化がそれだ。


この技術は大変基礎的なもので、他の弟たち含め、現実世界でも使う者は多くいる。

高ランクの冒険者も魔法が使えないといわれている者はそれなりに多い。だが実のところ、彼らは例外なくそれと知らずにこの魔法を使っているのだ。


だが、こんなことをやってのけるのは当然ランスしかいない。

――やろうとするのも彼しかいないだろうが。


回復もしていない所に再びの衝撃を受けて、魔物は今度は体を出したままくたりと地面を寝床にした。

現在進行形で体を分解されかかっている為、すぐに激痛で目覚めるのだが、今後起きた時はもう遅かった。


シャラアァァァァアと長く尾を引く叫びが響く。

バリ、ガキ、と骨を折る様な嫌な音がして、甲羅が剥がれ落ちた。


「お前の誤算は、俺の武器が剣だと思ったことだな」


勿論剣も好きだ。

剣なら大剣が好きだ。

だが強弓も好きだ。

メルに作ってもらった射出型の魔道具は貫通力が高くて大変気に入っている。

強い奴に勝って分捕ってきた装着型の魔道具だって実は大好きだ。

グレンに持たせられている設置型の使い捨て魔道具も使い勝手がいい。


でも、何が一番強いかと聞かれたら、この身だと答えるだろう。


「そろそろ、本当におねんねの時間だ」


残ったのは軟く、大きいだけの魔物。

もう見た目はただの巨大な蛇だ。


魔物が怯えたようにランスから距離を取ろうと動いた。

闘争本能しかないような魔物が、である。


「おおっと、逃がしはしないぜ」


がしっと掴んだのは目の前から去ろうと振られた尻尾。

触れられて恐慌を来したのか、魔物は攻撃するという考えも思い浮かばず逃れようと前へ前へ。

だが進まない。

尻尾を掴んでいる男が一歩も動かないからだ。


「綱引きか? 勝敗が見えている競技はつまらん。そろそろ終わろう」


魔物は唐突に自由を取り戻し、ランスに首を向けた。

尻尾の先に驚異的な力を持つ人間はすでにいない。


次いで、空から何かが降ってきた。

重いと思い、暗いと気付く。

最後に聞いたのはぐしゃりという、頭上で、いや頭の中で響く音。


そして魔物の意識は暗転した。


()の御許に召されますように」


ランスはそう祈っておいた。




>なんっつう力業……。

塔の上から観賞していたらしい仲間たちの絶句混じりの感想はなんとも味気ない。


>いいだろ、別に! 勝ったんだから!

>もうちょっと、見た目に配慮できなかったんですか、あなたは。

>なんでだよ。ってか、誰に対する配慮だよ。

>そりゃ、……ここにいるご老人方に。


「な、なんだ、アレは! 人間なのか!? 味方なのか!!?」

「まるで野蛮な狂戦士じゃないか!」

「どうするのだ、アレがこっちにきたら!」

「魔物とどっちがマシだ? 話が通じるかもしれん、アイツの方が、」

「なら、ヤツが現れたらそなたが交渉せよ!」

「もしや、こ、こっち見ているのではないか? まさか声でも聞こえているのか? あんな遠くから? やはり化け物では!」


>むしろ配慮したくないわ!!

言葉をそのままランスに伝えてやれば、そんな答えが返ってきた。


老害たちは相も変わらず喧しい。

しかも彼らが絶望に打ちひしがれる程の敵を打倒したというのに喜ぶ気配もない。

戦々恐々と顔を青くするだけだ。


「せめて民衆たちみたいに感謝の一つでもしてほしいなぁ」


呆れながらメルがため息を吐いた。


眼下の市街を見渡せば、民の方はそれはそれは大喜びだ。

野蛮だろうが力業だろうが、彼らには関係ないのだろう。

はしゃぐ民衆に、「油断するな! まだ魔物の掃討は完了してない!」と怒っているのはセオくらいのものだった。

不真面目に見えて苦労性の彼らしい。


思わず笑いを漏らしていると、ふと風に乗って聞こえてくるものがある。


つい耳をすませてしまうのは、それに旋律があるからだった。


「……歌?」


グレンがそう呟いた。

旋律のある、人の声が奏でるもの。


ならば、確かにそれは歌だった。






§     §     §






王都を囲う壁。

その外に規則的に打ち立てられた無数の障壁。


そして王都が歓声に沸き立った。


家で震えていた者も、城に閉じこもっていた者も、学園に避難していた生徒も、治療中のけが人も、避難誘導していた市民も、王都から去る算段をつけていた冒険者たちも、街中を駆け回っていた警邏達も。

肩を揺らし、怪訝に眉を顰め、動揺に叫び、思わず振り返り。

そしてそれが悲劇の報せではない事を悟ると、様子を見ようと立ち上がり、窓を覗き、つい扉を開け、外に出た。


それは大地を揺らす様な興奮。

人々が叫びながら、走り回り、屋根に上り、煙突に取りつき、鐘楼は鈴なり、あの神聖なる神殿の屋根にすらよじ登って、壁の外を指差している。


「万歳!」

「グランドリエに栄光あれ!!」

「我らが剣! 我らが英雄!」


皆が叫んでいる。

状況のわからない者はふらふらと他の人々と同じように高所に上り壁を見る。


人間には不可能に思えるその奇跡を彼らは目にした。

絶望と、それに染まりきらない確かに存在する希望。


人の身では作り得ない、人間を守るための障壁。

人の身で抗うことなど不可能と思われる強大な敵に立ち向かう背。


それは、まるで人知の及ばぬ何かに助けられているかのよう。


「か、神の奇跡!?」

「まだ見捨てられていなかったのか!」


絶望に染まっていた瞳に、光が宿る。


「……助かる、――俺たち助かるかもしれない!」

「我らが神よ! 感謝いたします!」


そんな声が混じるのを耳にする。

王都の混乱に右往左往しているうちに、誰かに怒鳴られ、役割を与えられ、いつの間にか必死に連絡や避難誘導に駆けずり回っていた、すでに汗と埃とすり傷だらけになっていた市民たち。

爆発的な興奮に水をさされ、ちらりと互いに目を合わせた。


歓声は新顔たちの物となり、彼らは少しばかり押し黙る。


――違う。

多分、これは神の奇跡ではない。


思えば、知っていたような気もする。

少しずつ何かが変わっていることを。

世界が変化していることを。


「なあアンタ、豊穣祭の舞台を見たことがあるか?」


隣の、同じように汗だくな今日初めて顔を合わせた即席の相棒に聞く。


「――あるよ」


言いたいことを察したのか、男は静かに返した。


あの、心を揺さぶる光景。

魂が覚えていた懐古にも似た、憧憬。


「だから、わかってる」


最初に質問をした男が悔し気に拳を握っていたから、重ねてそう続けた。


精霊に呼びかけたことがある者はいるか?

神への背信と知りながら。


いるだろう。

きっと、多いだろう。

止めることは無理なのだ。

魂が思い出したのなら、心が引き摺られるから。


そして精霊が応えることは確かにある。

隣人が、あの店主が、あの子供が、あの娘が、隠しているもの。

雨を言い当てるあの男。

火事をボヤのうちに見つけたあの老人。


隠しているものがなにかを、きっと自分たちは知っていた。



口を開く。

なにかを否定するのではなく、彼らの歓声を掻き消すためでもなく、誰かを讃えるために。


男は古い歌を、口遊む。

絶えたと、きっと神殿辺りは思っている。

けれど密やかに語り継がれてきた。


その歌の名を、

――精霊賛歌という。


相棒は少し悪戯に笑ってから、「乗った」と一緒に唱和を始めた。


波が伝播するように、次第に声は増え。

それはやがて熱狂的な歓声を奪い、隅々まで鳴り響く聖歌のように王都を包んだ。






§     §     §






「これは予想外」


王都を見渡しメルが呟く。

どこまで聞こえているのか、この精霊を讃える歌は。


>こっちまで聞こえてきてるぜ?

>……そう


ランスの答えは胸騒ぎを大きくしただけだった。


>一体なにを心配してるんだ?


ランスと同じく大型種と剣を交えながらも質問してきたニールに、メルが答えようとする。

だが、答える前に現実が追いついた。


突如。


大地が震え。

魔物が震え。

空が揺れて、




神が、


――――怒った。



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