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イリアの世界  作者: 一集
第二章
66/75

55.塔と貴族



一瞬にして分断された魔物たちだが、彼らに動揺は見られない。

というより、そもそも連携という言葉が彼らにはないのだろう。

前へ、前へ、それだけ。


城壁に辿り着いていた魔物は、後ろから押し寄せていたはずの波が続かない事を気にも留めず。

運悪く障壁の中に取り込まれたものは壁に阻まれ、無作為に方向転換を繰り返し、結果四方八方に走り回っている。


後方に位置した魔物のほとんどは突如出来た障害物を避けもせず、盲目的に障壁に突っ込んでいく。

跳ね返されるものもあれば、壁の染みになったものもある。

だが、中には障壁を揺らすものもあった。


「長くは持たないかもしれない。……魔力を抑え過ぎたか?」


自分で作った壁だ。その状況も手に取るようにわかる。

崩れた物はまだないが、思った以上に障壁が揺らされていた。

それだけ魔物の勢いがある、ということなのだろう。


元々大型種と接敵する前の時間稼ぎではあったが、それでも予想よりも早い。

グレンは自身による、ワールド・アトラスと現実世界の齟齬による力の調整の失敗かと、少し苦々しい顔を作った。


「いや、これでいい。グレンの力の使い方は完璧だった。ワールド・アトラス(あそこ)と寸分違わぬ素晴らしい出来だ」


メルは冷静にそう指摘する。


「き、君たちは、……一体!?」


忘れていたとばかりに四人は図らずも奇跡の目撃者となった騎士たちを振り返る。

塔から出ていこうとしてた足を完全に止めて、多くの目が四人を凝視していた。

さすがに間近で見ていた彼らに、コレの行使者がわからないわけがない。


>どうする?

とメルに問いかけるも、彼の答えは


>無言でいいよ。


どういうことかと思いながらも素直に黙っている面々と、驚愕と緊張を張り付けていた騎士たち。

長い無言の時間が過ぎたように思う。


どこか張り詰めていた空気は、一人の騎士がふっと肩の力を抜きながら笑ったことで一気に弛緩した。

その笑いはどこかぎこちないが仕方のない事だろう。


「――いや、今はそんなことどうでもいいな。我等が何をするか、が大事なのだ」


隊長格なのか、従うように他の騎士たちも深く頷く。


>どうでもいいか?

>いや、普通によくないと思うけど。

>面倒な時は勝手に解釈させておくのが一番だよ。


「稼いでもらった時間は無駄にしはしない。感謝する!」


びしっとした敬礼はきれいに揃った。

気持ちのいい動きだ。


「さあ、我々は現場に急行するぞ!」


急かすように隊長が手を打つ。

騎士たちはきびきびとした動きで再び動き出した。


部下たちが階段に消え、隊長も後に続こうとしたところでふと振り返る。


「一応聞くが、我々は今からどこに行くべきだと思うかね?」


メルは壁の方をちらと窺って、「南門辺りかな」と答えた。

なにせ北にはランスがいるし、西にはニールという巨大戦力がいる。


魔物も他に比べて少ないが、こちら側の戦力も圧倒的に南が薄い。

一番押され気味なのはそれでも北門なのだが、一気に崩れるとしたら南だ。


頷く隊長を見て、メルは自分の勘に従い、もう一つばかり自分の懸念を口にした。


「……あと、あそこに気を付けておいて」


指を差したのは王都市街で一際目立つ建物。


「っ!!?」


言われた男は目を限界まで見開いた。

だが反論や反発の言葉が出なかったことに、メルは自分の勘が正しかったことを確信する。


「頼んでもいいかな?」


何かあるかもしれない。

ないかもしれない。

けれど、なにかあったなら、よろしく。

民をよろしく、仲間をよろしく、国をよろしく。

メルはそう言葉なく目線だけで訴える。


「――――承知したッ!!」


沈黙の後に力強い答え。

もう振り向くこともなく大きな背中が消えていく。


後に残ったのは怖々とこちらを窺がっている尻込みして戦場には向かわなかった騎士と、塔の雑用係りや見習いたち。


――そして、


「いいい一体いまのは何事だ!!」

「道を開けよ!!!」

「なんと面倒な構造なのだ、この場所は……!」

「階段など時代錯誤であるぞ! この騒ぎが収まった暁には全て取り払ってやる!」


騒がしく塔を上がってくる者たち。

十中八九、中央広場で締め出しを食らっていた連中だろう。


音と歓声につられてやってきたに違いない。

大尖塔に入れない今はここが王都で一番見晴らしがいい場所だから、当然と言えば当然かもしれない。


それでも四人は余計なギャラリーが増える前に、げんなりとした顔を見せた。

余計なギャラリー以前に、それらは面倒な老害だからだ。


有力な騎士たちがいない今は塔への立ち入りを阻む者も居ないのだろう。

ぜえぜえと肩を上下させながら彼らが姿を見せた。


「ん? おお、あなたはもしやアランドリエ家のご子息では!?」

「や、やっと着いたか。やや、そこに居るのは確かライントレスの!」

「我等より先に到着なされてるとは、さすが行動力のある方々ですなあ!」


目敏い。

実に目敏い。


その咄嗟の観察眼があるなら他に出来ることもあったはずだが、彼らが能力を発揮するのはいつも限られた場面だけなのだ。


「して、状況は? 愚民どもは鎮圧されたかね?」

「ならば早く報告するのが筋であろう! なぜわしが自ら動かねばならんのだ」

「貴族街の被害はもちろんなかったのだろうな? 補修と称して財産の自主返納を求められたのではたまったものではない」

「それにしてもこの歓声……まさか、貴族街の門が破られたのでは」

「不吉なことを言うでない!! 神に言葉が届けば現実になるやもしれんぞ」


日本でいう言霊、という概念に似たものがこの世界にもある。

ここの神は願いや祈りだけではない言葉も聞き届け、時に叶えてしまうことがあるいう。

故に、不吉な事や嫌な予感は極力口にしないというのが暗黙の了解となっていた。


ウィルが肩を竦めてずいと前に出た。

あからさまに挑発体制だ。

ウィルが最も得意とするのは魔力頼りの大魔道。最も好んでいるのがこの行為、と言えばこの男の性質の悪さがわかるというもの。


「両手は祈るために、口は賛歌のために――ってのは、いつの時代の話だったんだ? 少なくともアンタらの囀りは聖歌を歌ってるようには、……聞こえないなあ?」


片耳に手を当ててわざとらしく耳をすませた後に少しばかり首を傾げ、ふっと口角で笑う。

実に楽しそうだ。

ワールド・アトラス内だろうと変わらないこの性格をもってしても讃えられるのだから、彼の魔術は本当に大したものだった。


ウィルの言葉を紐解くと神官と貴族の、ルーツの話になる。

祈る(頼る)者が神官になり、歌う(願う)者が貴族になった。

端的に言えばそういうことだ。


貴族が貴族と呼ばれるようになって長い時が経つ。

祈りを捨てなかった神官に対して、貴族は美しい旋律を早々に忘れた。

もはや、貴族自身も自らが特権階級になった理由を忘れてさえいる。


証拠に、ウィルの煽りを受けて瞬時に反応したものはほとんどいない。

意味すら分からなかったのだろう。

ウィルもまた予想外だったのか、一瞬素できょとんとした顔を見せてしまった。


「……あ~、……何と言うか、受ける側の教養(のなさ)に配慮しなかった俺の落ち度だな。次はもう少し安い煽り文句を考えておくよ」


ぼりぼりとバツの悪そうな顔をしながら頭を掻く。

さすがの彼らも馬鹿にされている事くらいはわかったらしい。

行間を読む能力には異様なほど長けているのがアランドリエ貴族という人種だ。


「いくら侯爵家と言えども、弁えぬ者に礼儀を重んじるほどこの社会は優しくはないぞ」

「所詮は甘やかされて育ったお坊ちゃまということだ。そも、そなたは確か後継ぎ候補にも挙がっていなかったと記憶しているが?」

「なるほどなるほど。だが、納得だ。これでは彼の侯爵殿も匙を投げるわけだ」


つまりは、「黙れ小僧」と言われている。

ついでに、家を継ぐこともできない雑魚に価値なし、と。


かつてのウィルならば激昂しただろう彼らの言葉も、今となっては心に引っかき傷も残さない。


「は! どうせ、俺たちがいなければ終わる国だ。何とも思わん」


負け惜しみではない、ただの事実がウィルの口から零れた。


そもそも、ワールド・アトラスでは各国があの手この手で自国へと引き抜き工作を仕掛けてくるような立場。

地図上では猫の額どころかほんの米粒ほどしかなかった小国を、列強豊国と呼ばれるまでに押し上げたのが誰か、ワールド・アトラスでは知らぬ者はいない。


現実世界でも同じだ。

ウィルは今更、故郷というだけで拘る様な小さな器ではなかった。

家というしがらみは、今思えば蜘蛛の巣のように振り切るのに容易く脆かった。


例え現実であろうと、大人しく縮こまっているのは性に合わない。

ここ数年、現実世界では如何に窮屈だった事か。

戦端を切ったのは自分たちではないが、多分これが正しかったのだとウィルは思う。


――どうせ、隠しきれなかった。目立たないように、なんていくら何でも限界がある。


グランドリエは、もう唯一(・・)ではない。

身体に流れる血は家の物ではなく、くまなく、その一滴も余さず自分の物だった。


もう、どこででも生きていける。

必要なのは身一つ。


「国が終われば、人はただの人でしかない。身分なんてものは、秩序あってこその肩書だ」


そう遠回しの同意をしたのは大公家のリィン。

高位貴族二人が、国など、ひいては身分などどうでもいいと言ってのける。


その泰然とした態度には、まるで自分たちが何か間違っているのではないかと思わせる余裕があった。


「……い、一体なんの話をしているのだ、お前たちは」


四人はまるで打ち合わせでもしていたかのように、彼らの視界から体を退けた。


「見えないのか? お前たちが目を背け続けたモノが、もう眼前に迫ってるぞ」


リィンが皮肉気に言いながら顎をしゃくる。


まるで絨毯のように王都を取り囲んだ黒。

それらは蠢き、王都内部までもをその色に染めようと壁に取りついている。


閃光弾が絶え間なく瞬く空。

豆粒のように遠くで、それでもわかる躊躇なく動く回廊の上の兵士たち。

時々黒い顎に飲まれ、壁の向こうに消えていった。

その度に染みのように黒い侵食が増えていく。


「ひ、ひぃ!!?」

「なんだ、あれは!」


そしてそれを見ながら民たちは歓声を上げているのだ。

魔物の断末魔も、人間の咆哮すらも飲み込んで。

激しい戦闘が行われている壁を指を差し、歓喜に沸き、栄光と繁栄を万歳と叫ぶ。


「く、狂ってる!!」

「なにが起きてるのだ!」

「この国に何がっ!」


「はて、面妖なことを聞くものですな。俺たちはきちんと報告したと思っていましたが……。遺跡群から魔物が溢れ出し、王都に迫っていると。まさか冗談だとでもお思いでしたか?」


グレンが顎を擦りながら首を振った。


「だ、だが、これは、こんなことは、……規模が、こんな大量の魔物など!」

「言いましたよ、私たちは。過去に類を見ない、スタンピードだと。早急に対策を、とも」

「オメデトウ、この結果を招いたのはあなた方だ」


水際で魔物の侵略を止めているのは、彼らが一切顧みてこなかった兵士たち。

時々光るあれは魔法光。

兵士たちに魔法は使えない。

だが、市街でもあちこちで魔法を示す光が瞬く。


貴族たちは恐る恐る目を向ける。

魔力を集め、目を細める。


民と共に市街を走り、兵士と共に回廊を駆け、仲間と共に壁の向こうで戦うのは、紛れもなく昨日帰還してきたばかりの学園の生徒たちだった。


それでも目に見えてわかる。

ギリギリだ。

その内堤防が決壊し、雪崩を切ってここに流れ込んでくるのは目に見えていた。

少なくとも彼らの目にはそう見えた。


もうこの膠着を何時間も続けているとは露知らず、貴族たちは思わず後退る。

彼らには壁の外に打ち立てられた魔法障壁すら目に入っていないのかもしれない。


「おっと、一体どこに行こうというのです。この王都に、もはや安全な場所などありませんよ。そして、逃げる場所も、逃げ出す手段も」

「そん、な……!!」


メルの言葉はただの真実。

それを目の前の現実が伝えてきた。

その体はがくがくと震え出し、くしゃくしゃに歪んだ表情は一気に老け込んだかのように見える。


「とどのつまり、お前たちの命運を握っているのが俺たち(・・・)だという、それだけの話だ」

「が、学園の生徒程度が何が出来るというのだ。これを前にして」


彼らの『俺たち』は少々解釈違いだったがわざわざ正してやる必要もないだろう。


「なにができる、か……」


ごちた所で、ちょうど

ガァァァアアン!!!

と激しい金属同士を打ち付けたような音がここまで響いてきた。


出所は遠い。

壁よりさらに向こう。


それは本能的恐怖を煽る音。


見ればもっと恐ろしくなるとわかるのに、見ないのも怖いから貴族たちは視力を強化して外を見る。


壁を侵食する群れはやがて途切れていた。

一瞬希望に輝いた瞳は、だがしかしすぐに元の闇を取り戻す。

いや、その色は一層深くなった。


無駄によく見える目が捉えたのは、黒い波に勝る、恐怖。


彼方から向かってくる巨体に目が吸い寄せられる。

目を逸らすことすら今となっては出来はしない。


そういう、圧倒的な存在感。


貴族たちから蛙の潰れたような声が漏れた。

言いたいことはあっただろう。

だが、その全てが言葉にならなかった。


「さっきまでは地平の(ゴミ)だったんだが、さすが大型種。早いな。それにしてもこの数は……圧巻の一言に尽きる」


グレンが素直な称賛を口にした。


大型の魔物を見たことがなかったのか。それともその数か。

貴族たちは酸素を求めて水面に口を出した魚のように口を開閉させていた。


恐怖に慄いていた体の震えは完全に止まっている。


見ればわかる。

人間の抵抗など塵芥。

人の命など風前の灯火。

国の命運など、語るもおこがましい。

あるのはたった一つの未来のみ。


それらにとって人間など蟻と相違ない。

あれ一匹を止めるのに、どれほどの戦力が必要だろう。

十人か、二十人か、あるいは百人か。

その余力がいま、この国にあるはずがない。


大型種ならば壁も壊すだろう。

壁が壊れれば魔物の群れが雪崩れ込む。


恐怖すらぬるい、それの名を絶望という。


力の抜けた人形のように石造りの床にへなへなと座り込んだものがいた。

がくんと崩れるように膝をついた者もいる。


「……終わりだ」


辛うじて発せられた言葉は掠れていた。


「いんや、終わってなんてないぜ? なにせ、ここには俺たちがいる」


ほらと、指を差す壁の向こう。

障壁の更に先。


再びガァァンと腹に響く固いもの同士を打ち付けたような音がした。


そこには大型の魔物が一匹。

大型種の中では最も王都に迫っていたソレの足は止まっていた。


一人の人間が、止めていた。


「自由が欲しくなった。今は救ってやろう」


かすかに聞こえた傲慢な声を聞き咎める者はいなかった。

神以外には。







精霊がスタンピードを引き起こし。

メルが乗じて生徒たちに精霊信仰を推し進め。

神が介入して精霊vs魔物(神)の構図が出来上がり。

王都に逃げ込んだは良いものの、貴族たちが思った以上に役に立たないので俄然やる気の新信者と共に王都攻防戦へ。

精霊たちの仕込んでいた種が上手いこと芽吹き。

いつの間にやら精霊信仰上の最上位者と位置付けられていたので、セオとシリルが「もうやっちゃおうぜ」「望まれた通りに、神に反旗を」と唆し。

弟たち(精霊信仰者)vs魔物(神)←イマココ


精霊信仰側

弟たち

生徒

市民半数

兵士

警邏隊


神信仰

貴族

神殿

市民半数

騎士(?)

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