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イリアの世界  作者: 一集
第二章

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54.塔と騎士

また少し前に遡ります。メルやグレンが塔に上る話。



メルとリィンとウィル、グレンの四人は城の一室にランス・ニール・セオ・シリル率いる生徒たちを残して、一足先に自分の仕事に移っていた。


普段は広さに負けて静かな王城であるが、今日はいやに頻繁に人とすれ違う。

だれもが忙しなく足を動かし、その顔は焦りに満ちている。

その割に、悠々と歩いている自分たちより移動速度が遅いというのはいかがなものだろう。


「早くしろ! だが、その箱を一つでも落とすなよ!」

「は、はい、旦那様」


大事そうに自分の腕に抱くのは自らの子ではなく、家宝や権利書。

その顔触れが、王都に居ながらいつもは屋敷に籠って登城すらしない貴族たちだというのが、これまたリィンたちの呆れを濃くさせる。

地方で真面目に自領を治めている領主たちは努力相応の幸運に恵まれたということだ。


「で? メル、どうするつもりだ?」

「ひとまずは情報収集。見晴らしのいい場所に陣取りたいかな」


城の居残り組は期せずして飛行魔法が苦手な者ばかりだ。

状況が見える場所の確保は最優先事項だった。


あちら(ニールたち)が集団戦ならば、こちらは個の力。

突出した能力こそが必要とされている。


メルにとっては他人など十把一絡げ。

敢えて他人(そこ)にラベルを張り付けるなら、『不確定要素』とでもするだろう。


誰も『自分』を不確定要素に数えたりはしない。

彼の境界は自分と他人ではなく、自分たち(・・)とその他なのだ。

むしろ、入り込まれては困るくらいの認識に違いない。


メルは自分というものも正しく認識していたが、彼の他人への線引きはどこかおかしい。

そんなメルが他人との境界線の内側にいる仲間に声をかける。


「君の力で大尖塔に入れない?」

「馬鹿言うな」


メルの質問はリィンに一蹴された。


王都を守る神壁・カラカナに張り付く半円形の王都と同じように、王城も半円を描いている。

羽を広げた鳥のように横に伸びた城だが、縦にもまた特徴的な建物があった。


三本の天を目指す塔がそれだ。


城の前面に左右一対の北塔と南塔、そして城の最も奥まった場所に突き立つ中央の大尖塔。

城を正面から見れば、その立ち位置は正三角形を描いている。


そして大尖塔こそが王都に留まらず、グランドリエ(この国)で最も高い建物になるだろう。


実のところ先人達は当初カラカナを超える建築物を目指したらしいが、結局は叶えられず、カラカナの眼下に大人しく収まっていた。

その名残で大尖塔は途中まではかなり太く、先端の推は唐突ともいえる急角度で作られている。

途中で急な変更を余儀なくされたと推測できる作りだ。


建築技術の問題なのかと思うだろうが、伝承では神に考慮したのだとされていた。

()の壁を超える、という耳あたりの悪い目標のせいだろう。


メルが大尖塔に上りたい理由は明白で、高い、ただそれだけのこと。

リィンに聞いたのは、仮にも王族の傍系である故。


なにを隠そう、大尖塔は王族の住居にあたる。


「俺程度の血筋では塔に続く扉すら開けてもらえんだろうよ」


俺程度、というのはリィンの中では真実だが、事実としてはかなりの謙遜になるだろう。

公爵家の中でも大公と呼ばれるのはアランドリエ家のみであるし、むしろ公爵家筆頭というよりは王家からの分家の色合いが濃い。


「リィンですら、か」


三男とは言え、そのアランドリエ家のリィンが足を踏み入れたことがないという。

厳重さは予想の上をいく。


「俺には期待するなよ」


メルの視線が自分に流れてくる前にウィルはきっぱりと言い切る。

ウィルのライントレス家もまた、侯爵家という高い家格ながら、この辺りに働きかける権力はほとんどない。

なにせ王家の血が混じっていない事を誇りとしている豪族筋の家だからして。


もちろん言われずともメルはそんなこと承知している。


「わかってるって。強硬手段は選択肢に入るかって考えてただけだよ」

「……まだその段階ではないだろう」

「だよねえ」


グレンに窘められつつ、話ながらも動かしていた足が開けた空間に出た。

王城の真ん中、通称中央広間と呼ばれる場所だ。


騎士など実働部隊の詰め所が密集している北棟も、無数の執務室が押し込められている行政の中心である南棟も、城奥へ向かう道もここに集約される。


城門から素直に入れば真っすぐ伸びたこの回廊を必ず通るのだ。

つまり城門からここまでを繋ぐ道が最も広く華やかであることは必然。

国の威厳を大いに見せつけるべく美しく装ったこの通路は通称大回廊と呼ばれている。


そして大回廊の終点、それがこの中央広間だ。


メルは広間に出た足を止めず、ちらと城の奥を見た。

今出てきた南棟でもなく、武力が集結している北棟でもなく、ほとんどの貴族がそこを走っていく。

王族の住居があることからもわかるように、最も安全な場所が城の奥だからだ。


「こんな所にも扉があったのか」


感心するようにグレンが呟いた。

重厚な扉だ。


城門、城奥、左翼、右翼、四方に伸びているはずの道。

その一つが、存在すら知らなかった扉によって閉ざされていた。


だが、目を引くのはむしろ扉の前に締め出された貴族たちだろう。

混乱と怒号に彩られ始めている彼らの様子はまるで貴族街の扉を閉ざされた市民と同じ。


「開けろ! 私を誰だと思ってる!」

「今まで手を取り合ってやってきたではないか!」

「この俺を締め出すつもりか! なにを考えているんだ!」

「我々は開国以来の、いや以前からの仲間ですぞ! その仲間を見捨てると!?」


思わず足を止めてしまった。


「好き勝手言ってやがる」


不快感を滲ませたウィルの声には、それでも少しだけ呆気にとられた響きが混じっている。


そうしている間に彼らの息子娘たちが、あるいは他人だとて、成人にも満たない子供たちがなにをしているのか、彼らは知らないのだろうか。

もしくは、自らが切り捨てている平民たちのことを。


考えるわけがないと結論付けて、四人はばっさりと彼らの存在を切り捨てた。


「どうする?」


メルの望みである大尖塔はあの扉の先だ。

リィンの言っていた、彼も通れない扉はアレではないだろうし、ここで締め出しを食らっている者がいるということは、この先もいくつかの関門が設けられている事だろう。


メルに聞いたグレンも、正直あの一員になってがなるのは勘弁してもらいたいところだった。


「面倒だ、北塔に行こう」


メルもあっさりとそう返す。

第一希望は大尖塔だが、代替案がないわけではないし、代替案がそれほど劣るわけでもない。

拘るほどの事ではなかった。


ちなみに南塔が候補にないのは、あちらは塔の途中なり頂上なりで外に出ることが出来ない作りになっているからだ。

存在するのは嵌め殺しの窓のみ。

ベランダすらないのは、過酷な仕事場であることをよく示している。

暗黒期の折、飛び降り自殺の名所として名を馳せた、と言えば意味がわかるだろう。


そうして四人は、切り捨て切り捨てられる者になった自業自得集団に背を向けて、北棟へと続く道に足を踏み入れた。


そこもまた雑然とした雰囲気に包まれている。

だが、中央広間のそれとは少し趣が違った。


ワールド・アトラスでもよく知る、戦直前の砦の中のような雑然とした空気。

むしろ四人は安堵すらして息を深く吸った。


あの異世界ではよく無茶苦茶な難題を押し付けられたものだ。

敗戦寸前の戦線の立て直しや、兵士たちの救出、あるいは援軍到着までの時間稼ぎ。

奇襲の一報を受けた時などは、どこも大体こんな風に誰もが右往左往していた。


「一報じゃなくてすでに戦闘状態に突入して尚、コレってのはかなり情けない類だけどな」


ぼそりと呟いたウィルにメルは曖昧に笑った。

足りないのは危機感だろうか、それとも危機感を募らせるための情報だろうか。


「……まあ、コレより酷いこともなくはなかったし?」


フォローとも言えないフォローで返すと、近くを下っ端らしき騎士たちがどたばたと駆けていく。


「どけどけどけ! 避けない奴はぶつかっても文句は言うなよ!?」

「お前がどくんだよ! こっちは水薬だ!」

「ちょ、そんな壊れやすい物持って走るなよ!」

「ってか、本当に戦闘になると思うか?」

「どうかな。待機命令が長いから、このままかもな。ま、俺たちはできることをするだけさ。備えあれば憂いなしってな」

「違いない」


鎧を目いっぱいに詰めた箱を運ぶ者、物資の補充を行う者。

彼らから聞こえてくる言葉は、情報を遮断されている証左だ。


「街の状況は!? 壁は! 魔物は!」

「わかりません、情報が入ってきません!」

「城壁の兵から応援要請は!? すでに戦闘状態なんだろう!? 一体どうなってる!」

「誰か、塔に上って確認を」

「今は塔に立ち入るな! 飛竜が興奮状態だ!」

「しかし、これでは! 飛竜は今どこに? 上階ですか? ならば、せめて中階まで上る許可を!」


奥に進めば少しばかり事態を深刻に考えているのか、情報を欲する者の声がちらほらと聞こえてくる。


「第二隊が二人、第三隊が一人足りない。招集がかかってないから仕方がないのか? いや、この状況でここに集まらないのはあり得ない……」

「隊長、いい加減認めましょうよ。逃げたんですよ、ふつーに」

「認められん!!! 第六隊に至っては誰もいないんだぞ!」

「あそこ、みんな典型的高位貴族だったし、見事に腑抜けだったもんな~」

「ぐぬぬぬう」

「あ! ちなみに、第四隊は命令を待たず飛び出していきましたよ。行先は知りませんが、多分悪いことはしてないでしょう」

「謹慎処分だ! お前もなぜ止めなかった!」

「え、だって怪我とかしたら嫌ですし? あと、沙汰は本人たちに直接言ってくださいよ。……ま、生きてたらだけどね」

「……くそ、なぜまだ待機命令のままなのだ」


現状把握に努める者。

薄々事態の深刻さに気付いているのか、歯がゆさに見悶える者もいた。


「招集命令がないまま、特別警護依頼だと!? この状況で、壁を守らず一体なにを守れと言うんだ!?」

「戦力分散の愚を犯すつもりか!」

「命令違反をしろとでも言うのか、貴様は!」

「第一騎士団が中央棟を封鎖? 王族警護が彼らの仕事だ、任務を忠実に実行していると言ってもいいのだろうが……」

「貴族街の完全封鎖を急げ!! 「いいのか」だって? なにを言ってるんだ、命令だぞ! やれ! やるんだ! 聞こえてるのか、これもまた命令だ!」

「貴族としての誇りをはき違えるなよ」

「『誇り』の解釈の違いだ、私は降りるぞ」

「――神殿が沈黙だと? 神官どもはなにを考えている?」

「報酬をちらつかせよう。冒険者に働きかけるのだ。……仕方なかろう! 我々は動けんのだ! 警邏隊では魔物に対処できん!」


こちらもまた怒号が飛び交う現場だった。

だが、団結の空気が欠片もないところがこの国の現状をよく示している。


四人は互いに顔を見合わせて肩を竦めた。

なにせ部外者なのに今の所誰にも咎められていない。

混乱を極めていると言っても過言ではなかった。


これ幸いと南棟を奥に進む。

やっと誰何されたのは、まさしく目的地である塔の入り口で。


>遅すぎ

>油断し過ぎ

>俺たちが敵だったらどうするつもりだったんだ、ここの連中は。

>いや、これはむしろ自分たちの隠密技術を誇るべきだろう。


「おやおや、これは困りました」


優し気な口元のまま首を傾げ、ちっとも困っていなさそうな口調でメルがいきり立っている門番二人を見た。


正面突破ももちろんできる。

今の四人なら軽く捻る程度の力で済むのだ。

だが、穏便に済ませる方法があるのなら、そうするべきだろう。

幸いにも相手は平民か、家格の低い貴族の出と推測できた。


メルの意を汲んで、リィンが少しだけ面倒そうに前に出る。

少年の域を出始めた彼は背も伸び、王子然とした容姿と血筋の色彩も相まって非常に相手への威嚇に向いている。


「私を誰と心得る。私を遮るのであれば、膝をついて頭を垂れよ」


さらりと傲慢そのものの台詞を吐く。

権力を笠に着ることを穏便と言えるのかは別にして、次はずいとウィルが脅しにかかった。


「貴様ら、どこの家の者だ。俺たちの顔すら知らず生きてこられたとは、なんともおめでたく程度の低い人生だな、ああ? ……まあ、それももう終わるようだが」


ここまで言われれば、顔を知らずともそれが誰か、くらいの推測はつく。

家格だけで言えば二人とも国のトップクラス。

しかも嘘でもなく、ただの真実だ。

もちろん実際の権力は家長が握っているので、これはただの脅し以外の意味はない。


「別に取って食おうってわけじゃない」


そこにすかさずグレンが威圧役二人を下がらせ、宥めるように言う。


門番はもはや顔面蒼白だ。

縋るようにグレンに取りついた。


「で、でも、今は塔で飼っている飛竜がこの空気に中てられて、制御がきかないんです! 遭遇すれば死んでしまいます!」


彼らは頑張った。

とても立派に職務を遂行したと言えるだろう。


メルが彼らの思考が正しく動き出す前に、畳みかけるように、けれど柔和に話しかける。


「僕たちは現状を正しく知りたいだけなんだ。責任は自分たちで取るよ。君たちはただ、命令されて扉を開けただけだ。いいね、君たちは悪くない」

「飛竜は……」

「さっき、上階にいると聞いたよ? 中階までなら安全じゃないのかな?」


そんな訳はない。

そんな訳はないと知りながら、門番たちは我が意を得たりと急いで扉を開けた。


四人はそこを臆するでもなく堂々と通り抜ける。


「あ、あの」


と、塔を登ろうとする後姿に話しかける者がいた。

振り向くと視線を合わせずおどおどと扉から門番が顔を出している。


「なぜ他の方と同じように避難なさらないのですか?」


高位貴族はみな、城の奥へと逃げ出した。

中には屋敷に籠っている者もいれば、成人前であれば学園に避難している者もいるが、なんにしても自衛に走っている。


スタンピードこそ初めてだが、厄介な魔物が現れたことにより王都の門が閉ざされることは今までもあった。

それが、今回は少しだけ様子が違う。

小さな魔物が壁を乗り越え、市街に入り込んだことで市民たちが暴動を起こしているとか。

スタンピードなど目にしては魔法も使えない市民がパニックになるのはわからないでもない。


そして市民の暴動で貴族たちは一斉に避難行動を取った。


なのに、こんな年若い高位貴族が状況を知ろうと危険を冒して塔を目指している。

疑問に思うのは当然だった。


「……逃げるのなんて今更だから、かな? このスタンピードは僕らが連れてきたようなものだし」


門番は目を見開いた。

メルの答えと門番の解釈には少々齟齬があったが、なんにしても門番はその台詞からすぐに思い至る。


「学園生徒の、生き残り!?」


正式な発表はなかったが、彼らとて噂くらいは耳にしていた。

スタンピードから逃げ切ってきた少年少女たちがいると。


「当たり。……だから、まあ、最後まで見届けるのは義務かなとも思ってる」


なにせ事態を引き起こした原因(精霊の作為)にとても心当りがあるものだから。

メルは欠片たりとも責任は感じていないが、するべきことはあるとも思っていた。


「そんな! 魔物の暴走(スタンピード)に意志はない。君たち、いえ、あなた方はただ懸命に生き、それを称賛されこそすれ、これがあなた方のせいだなどと……」

「ありがとう。心遣いに感謝する」


>よくもまあ、面の皮が厚いことで……。

>殊勝な態度が白々し過ぎだろ!

>責任を感じるどころか、今から存分に利用してやろうって野郎が言う台詞じゃないな。


>う・る・さ・い!


頭の中にはガンガンと仲間たちの揶揄い混じりの罵り言葉が響いてきていたけれど、メルはおくびにも出さず、門番には儚くも思える笑顔を残した。


それを見た門番ははっとして顔を地面に向ける。

罪悪感と正義感の合間で揺れたのは一瞬で、ぎゅっと拳を握って意を決したように顔を上げた。


「や、やはりいけません! やっとのことで生き残れたのです、あなた方こそ避難なさるべきです!」


その瞳には正しいことを信じる強い光が宿っている。


>うっわ、めんどくさ!!


メルからは思わずカードに掛け値なしの本音が駄々洩れた。


>メルでも失敗する事あるんだな、はは。こりゃいい、傑作だ。

>やり過ぎたな。お前あんまり笑わない方がいいぞ。

>ちょっとウィル、笑ってないでどうにかしてくださいよ! あとリィン、それはどういう意味なんですか!?

>天使の皮を被った悪魔みたいだからってことだな。

>悪口!

>誤解だ、褒め言葉だ。


「いえ、同じく生き残った学園の生徒たちは、もう戦場へ向かいました。今さら私たちだけ逃げるわけにもいきません」

「っな! ……まさか!!」


門番たちは飛び出すように四人を抜かして塔に駆けのぼり、メルはつい呆然とその後姿を見送った。

あまりの勢いに思わず普通に退いてしまったのだ。


「え?」


>え?


カードと声が完全一致したメルの言葉にグレンが真っ先に噴き出した。


「ぐ、はははっは! おい、メル、先を越されたぞ。俺たちも行かなくていいのか?」

「行くよ! 行けばいいんだろ! ってか、笑うなお前たち!」


急いで塔に上る。


南棟は大きく三層に分かれていた。

下階、中階、上階。


それを分けるのは見た目に簡単だ。

外に大きく張り出した、テラスやバルコニーと言うには広い外庭。

それが三つ。

これが区切りだ。

有名な飛竜の飼育場所でもある。

最上階の発着場、中階の餌場、下階の寝床、そして地上の訓練場。


そこを一気に中階まで上り、庭に出る。

幸いにも竜はいなかった。

城下の喧騒は別として、この場所そのものはひどく静かだ。


そこに響く悲痛な声。


「まさか、本当だったなんて……。なんてことだ! 子供たちを真っ先に戦場に送り出すなど!! 一体我々は何をっ!!」


城の中をウロウロとしているうちに、市街組はさっさと街に降りていたようだし、迅速な城壁組も順次戦闘に参加しつつあるようだ。


「これが、自分が目指した騎士なのか!? 自分が、っ情けない!」


嗚咽交じりの門番たちの後ろで四人はこそこそと話し合う。


「完全に出遅れたな」

「誰のせいだよ」

「お前だよ」


門番が塔から身を乗り出しているせいで立ち入り禁止場所に入ったことを見咎められたのだろう、塔の下からわあわあと声がする。


「なにやってんだ! はやくそこから降りろ!!」

「お前たち、いくら竜の飼育係だからって、油断すれば喰われるぞ!」

「それどころじゃない!! あれを見ろ!」


真っすぐに伸ばした腕の先、門番ははるか遠く市街地を指差すが、きっと地上にいる騎士には何一つ状況が見えない事だろう。

それに構わず彼らは喚く。


「お前たちは情けないと思わないのか! 俺は自分が恥ずかしい!」

「なに言ってんだ、お前たちも飛竜と同じく雰囲気に中てられでもしたのか!」

「笑い事じゃないんだ、わかってくれ! いいから、ここに来てみろ! そして現実をその目で見ろ! さあ!」

「なにが起きているのか。俺たちは、きっと知るべきなんだ……!」


ぐっと涙をのみ込んだ門番が真っすぐに前を見る。

目を凝らす。


彼らのただならぬ様子を怪訝に思った騎士たちが一人、また一人と塔を登ってくる。


「お、ニールが城壁までついたみたいだな」

「ランスはとっくに暴れてるよ」


閃光弾が打ちあがった。

城壁組の本格参戦だ。


塔に居ない者も、外にいた者はそれを見た。

窓から目撃したものは、それを読み取ろうと慌てて窓に駆け寄る。


瞬き、伝えてくる光の意味を、知らないものはここにはいない。


「なんということか……」


言葉は喉の奥に消えた。


光を追いかけ、良く見える場所へ。

塔へ。

何故か開いている塔への入り口を潜り、人々が集まってくる。


塔の上からは殊更よく見えた。


『怪我人多数』

『魔物の攻勢』


『踏みとどまるに能わず』

『第七層封鎖準備』

『第六層へ戦線を移動』


「なんだと……!? 戦線を下げる!?」

「壁が……まさか壁が、破られるとでも言うのか!」

「神の都が、魔物の侵入を許す? 冗談だろ、ハハ」


乾いた笑いに乗るものは一切いない。

言った本人すら、命を賭した光が冗談を伝えてくるなどと思ってはいない。


「だって、こんなことって……。いつもと同じじゃなかったのか? 数日すれば、また元に戻るんだろう? そうじゃないと可笑しいじゃないか。なんで俺たちはここに留まってるんだ。俺たちが出るまでもないって、そういうことだったんじゃないのか?」


やがて、現実を否定する言葉は消えていった。


口を閉ざし、歯を食いしばり、唸り声のように喉を鳴らす。

拳は震え、腰の剣を、杖を、彼らは思わず握る。


立ち尽くし、身を乗り出し、塔から食い入るように戦況を読み取り、見ることしかできない遠い戦場にただ息を乱す。


知ることのできなかった情報が、途切れなく怒涛のように押し寄せてくる。

見たくも、聞きたくもない、凄惨な現実から目を離すことは、それでもできない。


『緊急要請』

『救助要請』

『応援要請』

『物資要請』


助けを求める光が輝き続ける。


『不足』

『不足』

『不足』


返す煌きは無情にも一つの意味しか持たない。

そして当然の結果が齎される。


『戦力減退』


「ここまで、」


誰かが思わず口を覆った。

けれど、その先を察せなかった者は誰もいない。


――ここまでとは、思わなかった。


壁の外の黒い川を、初めて見た。

塔への立ち入りが禁止されたのはもう二日も前の事だったからだ。


高く瞬く閃光弾の命令一下。


『持場死守』


一つ欠け、二つ欠け。

人員が半人分欠けた。


普通では半人なんてあり得ない。

そんなのは戦力外だ。


「それすら、できないのかっ!」


代わりなんてないから、それでも戦うのか。

腕がなく、あるいは足がなく、それでも戦っているのだろうか。


命が流れ終わるまで、戦い続けるのか。


「あそこに駆け付けたのは、騎士(我々)ではなく、学園の生徒たちだと……そう、聞いている」

「子どもたちがあそこに!?」


驚きに声をあげられた者はまだ余裕があった。

多くの者は息を飲み、目を見開き、肩を怒らせ、悔しさに壁を叩く。


いま欠けていっているのは、兵士だけでなく、まだ成人も迎えていない子どもたちかもしれないのだ。


現実から目を背けてはいけない。

そこにある悲劇から。

惨劇から。

崩落から。

そして、それを食い止めようと足掻く人々を。

守られるべき子どもたちの雄姿を。


「私たちよりよほど立派な騎士じゃないか……」


死闘を伝えてくるばかりだった閃光弾に、一際強く瞬く色が幾本か空に上った。


『拠点一時確保』

『任務遂行完了』


「おい! 見ろ!」

「やりやがったな、あいつら!」

「押し戻してるってのか!?」

「強い!」


わっと騎士たちに喜色が滲む。


そして間断なく続く光。

意志を乗せた煌きが騎士たちの声を再び奪う。


次点の指定(次の戦場)を求む』


まだいける。

まだ駆ける。

まだ戦える。

だから戦う場所をくれ。


「……あれが、本物(・・)だ」


あれこそ、本物だ。


「――なら、我々はなんだ?」


思わずこぼれ出た誰かの声。

しんと場が静まり返った。


「…………鎧はどこにある? 儀礼用じゃない、実戦用だ」


沈黙はほどなくして破られる。


「水薬が必要だな」

「武器もだ。杖の予備と、剣も持つべきだろう」


次々と。


「情けないが、第二騎士団は集まっている人数がかなり少ない。第三騎士団の協力を仰ごう」

「……確かに日頃の確執を四の五の言ってる場合じゃなさそうだ」


「おいおい、どうした」

「まさか、あそこに行こうってんじゃないだろうな?」


戸惑う声もやはり多くある。

けれど及び腰のそいつらを責める者はいなかった。


「待機命令が出てるじゃないか!」

「何も僕たちがやる必要はないはずだ」


誰かがやる。

生徒たちが駆けつけて、戦線が維持されているように。

きっと神が素晴らしい采配で収めてくれるに違いない。

そう彼らは信じていた。


「場の乱れがひどい。これじゃあ魔法もまともに放てない。人数だって揃ってない。こんな何もかも無い状況で、一体なにをしようって? 一体なにができるって?」


塔を出ようと踵を返していた騎士たちは振り返り、遠く壁を指差した。


いままさに英雄たちが生まれ、そして死んでいく戦場を。

何もない中で、懸命に戦う戦士たちを。


「決まってる。戦争に行く。これは国と、未来を守るための名誉ある戦いだ」


誰かがやるなら。

――――自分がやる。


その誰か(・・)に、為りに行く。






「グレン、早く!」

「俺たちの存在感が消えかけてるぞ」

「壁だ、壁。はやく出現させて度肝を抜こう」

「……くそ、お前ら簡単に言いやがって! 少しは待て!」


EX.グレイン・ウル・バルバロドのラストは、最後の四人の言い合いの前にやってます。

あっちはちゃんと締まってたのに……。



それよりも、自分は一体何度グレンの壁シーンを書いたのか。

1カメ、2カメ、3カメ! ばりにやってる気がする。

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