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イリアの世界  作者: 一集
第二章
61/75

EX.グレイン・ウル・バルバロド

次はニール回だと言ったな? あれは嘘だ。




少し前の話になる。

グレイン・ウル・バルバロドには困りごとがあった。


グレインの魔術は、シールド魔法から発展していると一般的には思われていた。

だが、魔法を体系立ててみるとそれに分岐点はなく、独立した一本の線であることに気付くだろう。

結界魔法はシールド魔法の上位互換ではないのだ。

シールド魔法ではどうしても結界魔法を再現できないのがその証拠。


なら、なぜ人々がそう思い込んでいるのか。

グレイン自身がそう答えてきたからだ。


「一方に張るだけのシールド魔法を四方に張っただけの話さ」


そうは言っても、その主張にもそろそろ無理が多くなってきたと、本人が思っている。


かつてはシールド魔法も多く参考にしていたから共通項も少なからずあったのだが、ワールド・アトラスに潜りはじめ、ワールド・アトラスでも希少な陰陽師なる術士に師事してから早数年。


もうどこも似てはいない。


呪文で発動する魔法に加えて、印を結び、札を作り、陣を描くことも覚えた。

現実世界で披露したことはないが、グレインが最も得意とするのは設置型魔術だ。

見せたが最後、シールド魔法ではないことは明白になってしまう。


バレるのは困るのだ。

異端を知られるには早すぎる。

あるいは状況によっては一生隠し通さなければならない秘密だった。


「さて、どうしたのものかな?」


顎を擦り、グレインはワールド・アトラスで自分の本拠地としている黄金の国(ジパング)と呼ばれる不思議な文化を持つ国で一人ごちる。


「できれば師に相談をしたいが……」


グレインの師匠は大変優秀な人物で、教えも上手い。

術の事だけでなく、人生観を語ってくれることもあったし、物の見方や考え方も多く教えてくれた。


だが自由人だ。

会えば教えも請えるが、捕まえるのに苦労する。


「今どこにいるのやら」


探そうと思えば探せるだろう。

時間をかければ。


つまり、危急の際には絶対に捕まらないのが彼の師だ。


そもそも国家に属しているはずなのに、最も腕利きの陰陽師はいつも行方不明。

故に弟子を取ったと聞いた時のこの国の喜びようときたら。

グレインがこの国の出身ではない事も、そもそも陰陽師でもない事も、全てがあっさりと許される程であったと言えばわかるだろう。


今や弟子のグレインの評判はうなぎ登りだ。

腕が良すぎる師のせいで、『時間をかければ探せる』ことすら称賛される始末。

自分でどうにかなるのなら、グレインが処理する事件も多くなった。


そんなわけで、師を得た仲間たちの中ではグレインの独り立ちは最も早かった。


「守る、その一点で言えば私すら凌ぐかもな」


そんな称賛を師から得たのはもう幾年も前の話だ。


「ま、総合的な話をすればまだまだ一人前とは言えん。結界以外も精進しろよ?」


これもまた耳にタコができる程言われたことだった。

聞き流して久しいけれども。


「まったく、素直そうに見えたのは初めだけだな。なんでそうも偏るんだ?」

「いけませんか? どんな事態にも対応してみせますよ? この力で」


攻撃が必要なら結界で武器を作ればいい。

罠を置いてもいい。

空間を断絶してもいい。

遠い敵を射抜けというなら、強固な結界を鋭利に千切り取りそれを飛ばすだろう。


「いけないとは言っていないよ。それがお前の道なら、そうすればいいんだ。死ななければ、対処できるなら、それでいい」


師は優し気に微笑んだ。

それはどこかイリアに似ていて、グレインはその笑みが好きだった。


グレインはいまだに師の性別を知らない。

女にも男にも見える中世的な美貌は、グレインが師を選ぶ基準にはなかったから。

容姿に頓着しないグレインを気に入ったと宣言して、師は初めての弟子を取ったのだ。


グレインはワールド・アトラスに足を踏み入れてから、結界の強固さをひたすらに磨いてきた。

師を得てからは対応の幅を広げたが、その根底は変わらない。


仲間内だけではなく、現実世界だけでもなく、ワールド・アトラスを含めてすら、グレインは自分に勝る結界を張る者を幾人かしか知らない。


その数人も、いつか越えるつもりだった。

結界を破る事象にはいまだ多く出会うが、それをもねじ伏せ、世界で最も安全な場所を作ること、それがグレインの夢だった。






――世界を変える。


そんな馬鹿な野望がカード越しに聞こえてきた。

密かで、けれど頑強な決意だ。


ニールの動揺がグレインには手に取る様にわかった。


そんな事情には頓着せず、他の誰かが言ったなら頭を疑うような主張に、仲間たちがあっさりと「いいよ」と返す。


>最初から、そのつもりだったし?

>面白そうだ。

>――このつまらない世界が変わるなら、歓迎する。


メルとウィルと、リィン。

悪態を吐いていたウィルだって、つまり言葉にすればそういうことなのだ。


グレインは頭を掻きながらカードにアクセスした。

賛成多数に異議を唱えるのがグレインの役割だ。


>ったく、仕方ないな。


――正気か?

小さな囁きが聞こえた。

書き込む意思のない、けれど漏れ出た心の声。


絶対に反対の声を上げるはずのグレインの言葉に驚いたせいだろう。


してやったりと少しだけ愉快に思う。

普段は一つの事柄以外に隙がない奴だ。


思わず出そうになった笑い声がカードに漏れ出ないように無理矢理飲み込む。


畳みかけるように、散歩にでも誘うような気軽さで神への謀反を唆してくる声なき声がオープンモードで頭に書き込まれた。


>ニールも当然乗るだろ?


現実では一時たりとも動きを止めることなく敵を屠り続けているはずのランスの声は、ニヤニヤとした表情が想像できるような声色。


ニールの言葉が苦々しさを帯びる。


>……戻れなくなるんだぞ。


考え直せと、カードが意訳を伝えてくる。

さて、なんと言ったものかと考えていると、意外にも先に反応したのはウィルだった。


>ニール、覚悟を決めろ。お前一人の問題じゃない。お前のための選択でもない。


自惚れるなとニールが遠回しに怒られている。

考えてみたこともない事態が起きるものだ。

ウィルとニールの関係は、どちらかというとニールが手綱を握る側であることが多い。


>君が私たちを巻き込むことを心配しているのならお生憎様。最初から君は巻き込まれる心配をすべきだった。


続いたメルに返す言葉に詰まって、ニールが迷う素振りをみせた。


>これでいいのか、グレン。


迷った末に向けられた矛先が自分だった。

これは意外でも何でもない。


グレインは問題を大きくする仲間たちの中にあって、唯一のストッパーだ。

たった一人の常識人で、最後の良心。

自らそうあろうとしてきたグレインは、悪く言えば尻拭い担当。


だからその主張は穏便で、いつも波風立てずに済まそうとする傾向にある。


グレインには、他の仲間たちのように、過去や血筋や家族に問題はない。

環境的にはメルやシリルに似ていたかもしれない。

けれど彼らのように心に問題もなければ、好戦的でもない。


反抗理由が何一つなく、現状に不満もない。


故にそれがグレインの立ち位置になったのだ。

普段だったら絶対に反対意見を掲げる立場である、というのはそういう理由だった。


だからこそ、突然の鞍替えに驚くなという方が無理な話なのだろう。

わかっているから、グレインは肩を竦めながらニールに答える。


今回に限って馬鹿げた決断に乗った理由を、そろそろ話してもいいかと。


>昔、イリアに言われたんだ。

>イリア、に? なにを。


その名を出すと反応が鋭く、そしてある意味鈍くなるニールに微笑ましい思いを抱きながらグレインが語る。


今までは二人だけの秘密。

これからは、自分たちだけの思い出。


それはとても昔の話。

欠けることなく満ちていた環境の中で、グレインが人格形成すら途中の頃のこと。


「あなたは優しいから、少し心配だわ」


弟妹が多い故か、自由奔放な仲間たちの中にあって自然と注意役兼まとめ役になっていたグレインに、イリアが言った。


イリアは放任主義だ。

そんな彼女から見れば、自分は真面目過ぎてつまらないのではないかと常々グレインは思っていた。

むしろ自由な弟たちの行動を阻む、口うるさい小姑のように思われてはいないかとすら。


そんな彼女から、自分を指す言葉として『優しい』という単語が出てきたから驚いた。

イリアは目を細めて、グレインを愛おしそうに眺めたものだ。


髪を梳く細い指の感触と、額に落ちた唇の感触。

両親から無数に貰っていたはずのそれなのに、思わず耳まで赤くなる。


気付かずイリアは抱き寄せたグレインの頭上で、だからと囁いた。


「大切なものはちゃんと心に決めておく事」


離されたイリアの体の温もりを寂しく思うのは不思議な気分だった。


「約束よ」


その胸に誓ってね。


グレインの胸を指差し、イリアは優しく、けれど悪戯っ子のような含み笑いでグレインに言った。


「優しい人は大切なものが多いから」


困ったようにイリアが頬に手を当てて、ため息を吐く。

視線の先にいるのがニールだと知っていた。

そして、ニールを優しいと称するのは彼女だけだということも。


でも、グレインはイリアの思い込みを否定する気にはなれなかった。


「そういう人は、守るものも多くなる。それで、あなたはとても強いから、強くなるから、――守れるものも多くなる」


守れてしまうから、優しいから、守ろうと、きっと頑張るのでしょうね。


それは途中から独白だった。

グレインに聞かせるための言葉ではない、ただ弟たちが大事で心配性な姉としてのイリアの未来予想図。


「でも、どんなに強くても、全てを守り切れないことはきっとある」


だから。

いざという時、選択を迫られた時に、決して間違わないように。


大切なものを心に決めておくのだと、イリアが言った。


――そして、今がその選択の時なのだろう。


>教えてやろう。


グレインがニールに思い出の最後を語る。

あの時から、変わることのない、『大切なもの』。


言われた通りに、グレインは決めた。

ちゃんと、考えて、ちゃんと選んだ。

そしてそれが、グレインを形作る根底となった。


『楔を打ち込まれたような口約束』

グレインはそれをそう表現する。


――今思えば、あれは呪いだったのではないか。


イリアが告げ、グレインが頷き、自分で決めた。

本人にそのつもりがなくとも、グレインの承諾をもって成立してしまった、事故のような契約。


グレインはあれからずっと、確かな効力を感じている。

縛る力を。


それは形成途中の人格にすら作用して、グレインの真っすぐに育つはずの心に絡みつき、今や生きる指針となった。


>家族と、――仲間だ。


それだけは裏切らないと決めている。

そもそも裏切れはしないけど。

事故で始まったかもしれない呪いを、グレインは解こうと思ったことがない。


他の誰かから見れば、グレインという木は歪んだようにも見えるだろう。

異物が混ざり、寄生された憐れな木のように。


けれど、グレインは誰にもそれを言わせるつもりはなかった。

これが、グレインの逆鱗だ。

侵してはいけない領域。


グレインは、自分がとても真っすぐに何の問題もなく、成長したと思っている。

他者から見たなら歪んでいると知って、尚。


だから小難しいことを考えている仲間たちに、正直に、一言で、自分の立ち位置を告げてやることにした。


>お前たち、放っとくと破滅に突っ込んで行くから。俺が見てないと。


困った奴らだと、グレインは笑う。


家族を守る術は状況がどう転ぼうと「ある」。

けれど、仲間たちはそうではない。

彼らの傍にいないと彼らを助けられないなら、グレインはそうする。


当たり前のことだった。

遠い昔に、誓ったことだ。


呪いのせいではなく、自分の決意。


>ニール、どう考えてもお前の負けだ。観念して大人しく活躍してろ。


ニールからは無言が返され、珍しくリィンが問答の終わりを告げる。

まとめ役のグレインが説得役に回ってしまったから代わりに引き受けてくれたのだろう。


そも、この大切な仲間たちは皆が皆、どこかが足りず、あるいはどこかが多く、歪だ。

なのに強靭な肉体と、驚異的な戦闘能力と、捻じり束ねたことで切れない精神力を持っている。


グレインは、自分がただ一人の守護者であることを知っていた。


誰よりも強く、誰かに守られる必要もない彼らを、それでも一人守る者。


強い者にはより困難な試練を。

超える者に、より厳しい道を。

血の滲む努力を積み、傷に呻き、喪失を知り、痛みの果てに人は前に進む。


当たり前だと思うだろう。

強さを求める者には相応の犠牲があって然るべきだと。


だがそれを当たり前だと思わないのが、グレインだった。


茨の道だと知りながら、自ら素手で切り開いていく者がいる。

いや、グレインが心を許した友にはそんな者しかいなかった。


だから守るのだ。

言葉を尽くし、対立も厭わず、平坦な道へ導く。


――それでも険しい道を避けて通れないなら。


道を均し、棘を落とし、岩すら切り裂き、露を払う。

疲れたなら休めばいい。

休息に、眠ればいい。

再び立ち上がるまでの時間なら、いくらでも作れるのだから。


その体の前に盾を構え、その心のために結界を張る。

盾は磨かれ、結界は強固だ。


グレインの力は、そのための、力だった。

そのためだけに強くなった。


だから、自分がいる限り、彼らは決して終わらない。

負けない。

死なない。




白い塔の上、足を踏み入れるのにひと悶着あったが、無事に王都を眼下に臨んでいる。

後ろには余計なギャラリーも多いが、些細な事だろう。


「グレン、やれる?」


メルが王都の外を指差し、すいと見えない線を引く。

黒い海のような魔物の群れの真ん中を横切り、指は王都を半周した。

広い範囲だ。

この世界の誰一人、実現できないだろう大規模な結界を所望された。


「仰せのままに」


おどけてみせると、珍しいなとメルが小さく笑った。

それを聞き流してグレインは打ち立てる結界の指示を細かく仰ぐ。


「多分あと数回、同じ規模の魔法を使ってもらうよ?」


余力を残しておけと、それで尚、出来るのかとメルが聞く。

メルが指示したのは魔物を減らすためのものではなく、単に城壁を守っているランスやニールの負担を減らすものだったからだ。


それで後の本番ともいえる結界に影響が出るくらいならやらなくてもいい、そう言っている。


「誰に聞いてるんだ」


聞かれること自体、プライドが傷付く。


「なら、お願い」


ごめんとメルがカード越しに謝ってくる。


「構わん」


と声で返した。


「随分と上機嫌だな?」


後ろで見守っていたリィンが口を挟む。

グレインはリィンを振り返ってにやりと笑った。


「それはまあ、当然だろう?」


もう、隠さなくてもいいらしいから。

大手を振って、最高の魔法で応えるのだ。


「全力で、守ってやるよ」


だからお前たちは全力で駆ければいい。


ここにはグレインがいる。



崩れぬ者。

グレイン・ウル・バルバロドが。






予定は未定。

ニールの話じゃなくなりました。すいません。

いえ、途中まで書いたんですよ。

あまりに暗くて重くて寒かった(冬の話だったので、読んでて凍えるかと……)ので、やめました。

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