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イリアの世界  作者: 一集
第二章

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50.変わる世界と精霊を愛した者




「警邏隊はどれくらいの規模なんだ? いや、そうじゃない、別におれが全てを把握している必要はない。連携準備ができ次第、適当に人数に応じて救護場所の警備と拠点の守護、おれたちと市街を駆け回る三隊に分けるように伝えてくれればそれで構わない。場所はわかっているな? それぞれ三か所だ。救護場所と拠点、どちらかを間違いなく伝えておけば、両者は必ず近くにあるからわかりやすいだろう」


第一広場に陣取ったセオは忙しなく指示を飛ばす。


拠点は先行した学園の生徒たちと道案内の市民の協力により、露払いとばかりに速やかに三か所とも確保された。


「市民への情報伝達は、―ああそうか、ならいい。ついでに旗にするための青い布を集めるようにと伝えておけ。服でも、敷布でも、なんでもいい。あ、おいこら! 単独行動はすんな! 死にてーのか! 自業自得のやつをわざわざ助ける余裕はねーぞ!?」


拠点近くの救護場所の方はその後を必死に追った士気の高い市民により設置され、かき集められた道具が次々に運び込まれる。

医療用具だけでなく、包丁や家庭用具が混じっているのは混乱の中の愛敬だろう。

そこに幾人かのグループを組んだ市民に、訳も分からぬまま連れられてこられた医者が詰め込まれた。

同時進行で患者も運び込まれてくるから、医者たちは悪態を吐きながらも治療を開始する。


「先生、コイツ足をかじられたんだ! 意識がない!」

「このバカ野郎ども! 患者を床に置くんじゃねー!」

「そんなこと言ったって、ベットが足りないんだよ! 誰か運んで来いよ!」

「そんな重いもの簡単に運べるか! やってはいるんだ、ちょっと待て!」

「おうおう、俺を必要としてる声が聞こえるぞ? ここは学校、材料ならいくらでもある、簡易ベッドでいいなら作ってやるぜ! 弟子たちも呼んでこよう」

「こっち、止血だけでいい、誰か手伝ってくれ! おい、そこのお前、お前でいい、早く来い!」

「俺、やり方知らねーよ!?」

「やり方なんぞすぐに覚える! 教える! 今すぐやれ! ―ここだ、ここを押さえろ! 離すなよ? こいつの生死はお前にかかってるんだからな!」

「そ、そんな! 先生、いつまで押さえてればいいんだ!?」

「ずっとだよ! 包帯が足りんのだ!」

「そっちはあたしらに任せな! 今すぐ用意してやる! そこのあんたとあんたは煮沸班! でっかな釜がここいらにないかい!?」

「炊き出し用の鍋が学校の倉庫に眠ってなかったか!?」

「だれか捜索してきな!!」

「「おう!!」」

「うおお、魔物だ! すばしっこすぎて見えねえ!!」

「三方から追い込め!」

「き、貴族さま!?」

「なんだ、その呼び方は! もっとマシな名称があるだろうが!」

「わあ、よそ見しないで! こればっかりはあなたたちが頼りなんですから!!」

「なに甘えてんだ貴様ら! 魔法なんか使わなくてもこんな雑魚程度殺せるだろう!!」

「無茶です無茶です、なに馬鹿な事言ってんですか!?」


大騒ぎの中、クワやカマを構えた市民たちだけを見るとまるで一揆か反乱だが、聞こえてくる声に必死さはあるものの内容は微笑ましい。


「重傷者はこちらへ。魔力の問題で完全回復はできませんが、一時処置にはなるでしょう」

「は、はい!」

「そう畏まらないで?」

「しかし! そのように貴重なお力をわたしたちに使っていただくのは、やはり!」

「せめてお布施を!」

「ふふ、わたくしたちはただの学園の生徒。神殿ではありませんのよ?」

「そも、施しと思うな。力は使ってこそ意味がある。今使わずにいつ使うのだ」

「なんと! ああ、奇跡だ! 神さま!」

「…う~ん、神に祈るなら精霊様に祈って頂きたいわねぇ?」

「は? 今、なんと?」

「―カレン、声が大きいぞ」

「あら、失礼? 独り言よ、意味はないわ、ね?」

「は、はい…」


良きかな、良きかな、とセオは満足を覚える。


「微笑ましいとか思ってるの、たぶんセオだけだと思うけど」


シリルがセオをちらりと呆れた目でとらえた。


実際の所はちょこまかと出現する小さな黒い獣たちによる被害が多発している。

壁を超える魔物が多い、ということだろう。


そこに息を切らせた男が駆け込んでくる。

警邏隊との交渉に走らせた男だ。


「報告です! 壁を守っている兵士たちが動いてます! 第七層封鎖、前線を第六層まで下げると!! 警邏隊に第六層警固の要請が!」


ざわりと騒ぎが一瞬静まり返った。

魔物の多さが前線の劣勢を伝えていたが、その緊迫具合が現実として突き付けられたのだ。


一気に広がる不安は人々の目を一人に集める。

背が高くもない、華やかさもない、けれどこの場所では絶対的な信頼を置かれる鉄青の髪の少年。


「落ち着け、おれたちはこのままでいい。ランスとニールが向かってるんだ、遠からず押し戻す」


顔色も変えず、必死さもなく、声に抑揚もない。

セオが確定した未来を読み上げるように静かな声で宣言すると、静寂はすぐに元の喧騒を取り戻した。


「おっそろしい影響力ですね、セオさん」


くすくすと銀紅の髪を揺らしてシリルが笑った。


「お前がやらねーからおれがやってんだぞ、わかってんのか」

「こーゆーのはー、適材適所だとおもうんで~、ぼく向いてないんですぅー」

「やりたくないだけだろうが」


ちっと舌打ちしたセオを気にすることなく、シリルが前線が持ち直すこと前提の話を始める。

予定通りなら、ここから魔物排除に向かわなければならない。


「どーする~? 一緒に行動する? それとも別行動? ぼくはどっちでもいいけど」


シリルが後頭部で手を組んで、のん気に聞いた。

思わずため息を落としたくなったのは、周りの士気を考えろと思ったから。


もちろんグリーンカードを通して、文句は言った。

見えてないはずのない文字だが、シリルにはあっさりと無視される。

ランスやシリルは見たいことと聞きたいことしか受け入れない都合のいい目と耳を持っているのだ。


「効率を考えると別行動一択。シリルがどうしてもっていうなら一緒でもいいけど?」


セオが肩を竦めながら言ってやるとシリルが一瞬きょとんとしてから噴き出した。


「んじゃ、どうしても。お願い?」


首を傾げて可愛らしくねだってみせるとセオが盛大に顔を顰める。

シリルにこういった類の嫌がらせがまったく通じない事を思い出したからだろう。

しかも全然違和感がないのが腹が立つ。


しばらくの間シリルを睨んでいたが、セオは諦めたようにふっと息を吐くと静かに立ち上がった。


「―行こうか」


彼の言葉は重かった。

本人とシリル以外にとってだが。


出陣だ。

拠点に残る生徒たちは一歩下がり、同じ役割を負った生徒たちは貴族が持たないはずの武器を持ち直す。

緊張感が一気に周りの空気を席巻した。


「警邏達と合流はできなかったが、仕方がない。接触したものは詳細を伝えて協力を仰げ。おれはシリルと行く。お前らも二人以下では動くなよ?」

「「は!!」」

「できれば警邏隊に市街の案内役を頼みたかったが、―ない物ねだりはやめよう。だれか、この辺りの地理に詳しいもので志願者はいないか」


辺りは鎮まった。

周りを窺うように人々は顔を見合わせる。


その目にあるのは、不安や恐怖ではなく戸惑いだった。


彼らは人々にとって英雄だった。

まだ国は未曽有の危機の真っ最中で、この命の助かる保証はないというのに。

つい数時間前まで絶望に満ち満ちていた人々には、希望をもたらし、市民のために力を揮う彼らはすでに神の化身に等しい。


力になれるならそれを躊躇ういわれはない。

それでも誰も声をあげないのは畏れ多いからだ。

足手まといになる可能性を考えてしまうからだ。


力になれなかったら?

(彼ら)の期待に応えられなかったら?


――それが死の恐怖よりなお恐ろしい。


予想できなかった人々の心の変化に、どうやらやり過ぎたらしいと今更セオは気付いた。

まあ、経験値が絶対的に足りないのだ、こういうこともあるだろう。


ワールド・アトラスでは自分たちほどとは言わずとも、ある程度以上の強者は掃いて捨てるほどいる。

故にただの市民ですら強者に接する機会は多く、臆する者もその分少なかった。


さて、どうしようか。

効率は悪くとも、笛の音を頼りに進むことは可能だ。

行き止まりは壁を登ればいい、…自分たちは。


他の生徒たちはどうしようかと対処を考えていると、たどたどしく、けれど音量だけはしっかりと上げた声がした。


「お、おれが、行きます! ついて、行かせてください」


手を上げたのは市民の中に紛れていた青年だ。

少年を脱したばかりの若く、けれど自信のなさが顔に出ているようなうだつの上がらない容貌。


「なに言ってんの、アンタ! あんたじゃ足手まといだよ! まだアタシがいった方がマシってもんさ!」


近所の知り合いなのか、ふくよかな婦人に怒鳴られて思わず腰を引いている彼を見るに、容貌から察せられる性格もあながち間違いではないのだろう。


それでも彼は引かなかった。


「い、行きます!」


婦人に言い切った彼はセオたちに向き直った。


「おれが、行かなくちゃ。おれじゃなきゃダメなんです」


ぐっと引き結んだ口と、握られた拳が彼の意志の固さを思わせた。

少し、不思議な言い回しにセオは心の中で首を傾げる。


「なんできみじゃなきゃダメなの?」


のほほんと緊張感もなく、友達に聞くような口調でシリルがただ単純に疑問を口にした。

彼には思惑もなにもない。


「…力に、なれると思いました。いつも全然ダメなおれだけど、今が、きっと()なんです。『力』を得た、理由なんです」

「―『力』?」

「はい」


セオは何かの予感に思わず目を空に泳がせた。

その姿は見えねども、あまりの都合のよさに、誰かが仕組んでいるのではないかと。


そうして、青年は手を真っすぐに前に伸ばす。

何事かと注視していたがなにも起こらない。


目には、見えなかった。


変わりに風が吹いた。

不自然な風が。


「魔法?」


一介の市民が披露した魔法に、彼をただの凡人と思っていた人々が小声で囁きながらざっと距離を開ける。


「違います」


きっぱりと青年は言い切った。


――魔法でないならば、

答えは一つだ。


気付いた者は目の前にいるのが貴族だということを思い出して、慌てて彼の口を塞ごうと手を伸ばした。


が、彼は躊躇うことなはなく、助けようと動いた人々の行動は無駄に終わる。


精霊を愛した者(グルン・アリアルート)、と人々からは言われます」


誰かが大きく息を飲む。

この後の悲劇を予想してのことだった。


一息で紡がれた答えを聞きながら、その勇気は湛えたいなとセオは思う。


――神ではなく、精霊と共に生きる者がいる。


精霊信仰とは神と対を成す、自然崇拝から生まれたもう一つの信仰。

精霊に祈るものは神に祈らない。


神への祈りと血筋で魔法を使う貴族とは相容れない存在。

神に従わない人々を作り出すそれを、長らく貴族たちは弾圧してきた。


「なぜそれをおれたちに?」


わざわざ言うのか。

こうも明確な敵対者だというのに。


強い力を持った貴族(神に連なる者)は激昂もせずに聞いた。


静かな口調にしては、セオの口角は目の前の展開を面白がるように上がっている。


青年は一度ごくりと唾を飲み込んだ。

推測が間違っていれば、自分の命はない。


「あなたが、グルン・ルグリートだから」


その言葉は疑問ではなく、断定だった。

セオの眉が一瞬だけぴくりと動く。


精霊の守護者とも呼ばれる、精霊信仰において最も強い加護を与えられた者。

精霊に愛された者(グルン・ルグリート)

精霊王すらその目に映すと言われる、人と精霊をつなぐ者。


神の信仰者たる貴族に向かって、青年はそういった。


人々は驚きに声も出ず、青年と貴族たちを交互に忙しなく見つめる。


「どうしてそう思った?」


いよいよ声に笑いが滲んだセオが青年に聞く。


「あなたには、精霊の気配が強すぎる」


答えにセオは笑った。

青空を見上げて、高らかに。


呆気にとられたのは市民と、

学園の生徒たちすらも。


「セオさま?」

「おい、セオ?」


戸惑いの声に応える価値を感じないまま、笑いを収めたセオは否定も肯定もせずに青年に言った。

顎をくいと引きながら。


「いいだろう、ついて来い」

「は、はい!」


青年がセオの呼ぶ声に喜色満面で答えた。

だっと駆け出す青年がシリルの横を通り過ぎる。


何の気配を感じたのか、ぎょっと、一瞬足を止めた青年にシリルはにっこりと笑いかけた。

こわがらなくていい、と。


青年はセオとシリルを見比べて察したらしい。

グルン・ルグリートはなにも一人ではない。


「ぼくも願ってるよ。いつか、『力』が特別なものではなくなることを。――心から」


シリルの声は、長い静寂を強要した。

ぽかんとした青年に、中世的な美しい顔がゆったりと微笑む。


「だって、君がいるんだ。もう荒唐無稽な話でも夢物語でもないでしょう?」


青年を真っすぐに見てシリルが言った。


貴族だけでなく、血だけではなく、開かれた世界と力を―。


青年がただの平民でありながら『力』を持ったように。

そこでは、誰もが手にすることが出来るかもしれない。

今は特別に見える、『力』を。


世界が変わる予感がした。

新しい風がいま、ここに吹いている。


人々は確かに聞いた。

鐘の音だ。

世界が鳴らす、祝福の。


分岐は示された。


きっといつか、歴史は語る。

今を。

この奇跡を。


これが、歴史の転換点だったと。


自分たちがそこに立っている事実に目眩がした。

興奮が血を沸騰させて、危機的状況を忘れさせる。


気付けば喉を嗚咽が震わせていた。

魔物の威嚇すら聞こえないほどの、自分たちの、意味をなさない咆哮。

一時、それらの襲撃を退けるほどの、祝声。


落ちた声と涙が地面に染みて、人々は頭を下げて過ごす時代の終わりを知る。


世界は、神でも貴族のものでもなく、今日、この日、この時、人々の手に渡ったのだ。




>嘘つき


セオがシリルに一言送った。

シリルの眉が跳ねあがる。


誰もが―、なんて平等な世界は来ない。

それは相も変わらず、荒唐無稽な夢物語。

精霊を作り出した自分たちが誰よりもよく知っていることだ。


精霊は気まぐれに人を選ぶ。

神が血で選別するなら、精霊は言うなれば無作為の選択。

一つだけ条件があるとするなら、創造者(自分たち)に害をなさない者、ということくらい。


単に、抽選権が世界中にバラまかれただけ。

平等に不公平な世界は今も昔もこれからの先も、違いはなかった。


>いいじゃない。神が魔法と階級で人を支配するなら、ぼくたちは希望で人々を操ろう。何が悪いの? 互いにWin-Winの関係でしょ。セオだって途中までノリノリだったじゃん!

>やりすぎだって言ってんだよ。期待を裏切られたと思った時の群集心理はこわいんだぞ。

>な~んだ、そんなこと。その時はメルがどうにかするだろうし、どうにもならなかったら恐怖政治の出番だね。ぼく、魔王役やってもいいよ!


セオは少しばかり頬を引き攣らせた。


>神より怖いものがあるってことに、人はいつ気付くんだろうな。

>なにそれー、ぼくのことー? 心外~!

>いや、お前を止めようとも思わないおれのことだ。


シリルがグリーンカードで笑いの気配を伝えてくる。

後ろめたさの欠片もない、セオに対する友愛を目いっぱいに乗せて。


セオとシリルは現実ではただ、手を高く上げて互いの手を打ち合わせた。


その意味も知らず、人々はそこに熱狂の理由を見出す。


「「「精霊さま、万歳!」」」

「「精霊王に祈りを!!」」

「「「グルン・ルグリートに敬愛を!」」」


精霊を讃える声を背に心地よく聞きながら、彼らは淡々と魔物の掃討に出かけた。


いつかその声が、遥か遠く手の届かない場所にいる神の元へと続く道になるのだから――。


そんな二人の決意にメルが苦笑を返し、リィンが肩を竦め、ウィルが悪態を吐き、ニールは何も言わないけれど、後悔はない。


精霊たちが勝手に作り出し、緻密なのか行き当たりばったりなのかもよくわからない演出で作り出した道。


それにメルが乗ると決め、仲間は肯定を返し、二人が足を踏み出した。



つまり、


――いま、二人は世界を敵に回して(神を殺して)やろうと思っている。






内容要約:精霊王、大喜び。



一年以上ぶりなので、頑張って二日連続投稿。でした。

でも思わせぶりに終わる。


何話かニールの話が続くと思いますが、次回がいつかはわからない…。

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