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イリアの世界  作者: 一集
第一章
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5.豊穣祭と建国祭

イリアの要求は際限なく高くなって、「観客が飽きる前に」なんて言葉は建前に過ぎなかったらしい。

あれからニールたちは一度たりとも同じ舞台を演出したことはない。


役割が交代したり、登場人数が増えたり、演出ががらりと変わったり。

慣れるなんてことは夢のまた夢。

しかも性質が悪いことに、イリアはいつも必死に努力をしてやっと実現できるギリギリを割り振ってくる。

彼らは生活の全てにおいて常に思考の一部をイリアの課題に割いていた。


それは生活を疎かにするには至らず、夢中で駆け抜けた日々として記憶される。


必死の努力。

報われるとは限らない現実。


「くっそー!なんで上手くいかないんだよ」

「無理だよ!出来ないとは言わない!だけど間に合わない、方向転換しよう」


協力と妥協と、誤魔化しと。

柔軟さと諦めない心と。


「ハリボテがどうした、見せたいように見えればこっちのもんだろ?」

「…だな。だけどいつか成功させてやろうじゃないか」


築かれる信頼と磨かれる実力を彼らは知らない。

イリアだけが微笑ましそうにそれを眺めていた。


彼らが作り上げる舞台は美しい。

光に満ちて、力に満ちて、大自然を前にして圧倒される人間の矮小さを思い出させるほどに壮大だ。


イリアは自分の要求を次々に飲み込み昇華させていく彼らが、次はどんな舞台を作り上げるのかをいつも楽しみにしていたけれど。


だが、それはイリアの思い描いた世界なのだ。

彼らが作り上げるのは、イリアの世界。


村人たちが陶酔するように魅入るのは、それは彼女の、世界がこう在れと願う、心象風景。


広がっていくのは、イリアの世界なのだと、当のイリアが気付かぬまま。




ある日のこと。

村を訪問したイリアたち一行の前に身を投げ出し平身低頭する男がいた。


戸惑うイリアを庇うように背に隠すニールはいまだ少年とは言え、成長著しくイリアの背丈をついに追い抜いてしまった。

ニールがそれに気付いた時はひどく上機嫌で、姉としての寂しいような思いは胸に祝福の言葉を送ったものだ。


イリアは警戒を募らせる一同に静止をかけて、男に事情を話すように伝えた。


「…あらまあ、それは」


感想は、つまりそんな感嘆。

困惑に、もう一度「それは」と繰り返してイリアは頬に手を当てて首を傾げる。


「どうかお願いします!」


最早男はそれしか言わない。

それどころか、畳み掛けるような応援が付いた。

もちろん男に、だ。


「わたしからもお願い申し上げます!」

「お、おれからも、どうか」

「「「どうか!!」」」


いつの間にやら囲まれて唱和が怒声にも聞こえるほどに大きくなってきた。


「姉さん」


ニールがどう収拾をつけるのかと目線で問いてくる。


蹴散らす?

と不穏な気配が立ち上るのは多分シリル。


この舞台を演出し始めてからめきめきと才能を伸ばしていったセオがお得意の幻術の準備に入っている。


どうやらこの案件は自分の一存に任されたらしいと判断してイリアは口を開いた。


「でも、あなた方はいいの?みな、準備をしていたのでしょう?」


それを無に帰していいのかと。

イリアらしい配慮だな、とニールは心の中で笑う。


「いえ、…いえ、準備は、していましたが。奴らの言っていたことは本当は本当なんです。だから悔しくて。どうせ馬鹿にされるだろうって、思いながら。」


今年もこの嫌な季節がやってきた。

いつもそう思っていた。


事情はこうだ。

一年に一度、豊穣祭なるものが国を挙げて催される。

イリアも弟たちも当然知っていた。


貴族としては建国祭として名が通っているのだが、まあ同じことだろう。


娯楽の少ないこの世界では祭りは皆が待ち望んでいるイベントで、その中でも最も盛大なものがこの豊穣祭となる。

彼らとて祭りは楽しみなのだ。


何が嫌なのかと言えば、この祭り、強制的に発生するイベントがある。

普段は好き好きに暮らしている村人たちだが、最寄りの大きな街にて、地域ごとに何らかの催しをしなければならない。


それを以ってして、『国を挙げて』と言っているのだ。

国としては普段知らない隣人たちの特色を知って、新たな道に繋げてほしいという狙いもあるのだろう。


催しは何でも構わないという。

最も多いのは特産品を売ることだというが、変わったところでは美人が多い地方で美人コンテストなるものが開催されたとか。


ちなみにイリアたちが日帰りで訪問できるこの地方、最も近い大きな街は当然王都である。


そして毎年、苦心するのが特産品もないこの村々で一体何をやればいいのか、という事だ。

王都が近く、魔物が少ない、その分農耕や牧畜で十分に生活が賄えてしまうこの地方には特色と言える特色すらない。


「今までは一体何を?」

「…稚拙な踊りや劇を披露したり、時には木工細工や花を売ったり」


とにかく一貫性もなく。

いくつかの村を一括りにして地方とするが、ここでは一年ごとに持ち回りを決めていて、自分たちの村に番が回ってくる年を戦々恐々と待ち、もはやそれは罰ゲームの域だとか。


その場しのぎは他方にもよくよく伝わっていたようだ。


「今年は一体何をやらかしてくれんだ?」

「二年前だっけ?あれは面白かったな、もう一度やってくれないかな。もうあれだけで一年笑えるからよ!」


とは、先日王都に参加手続きに行った男がかけられた言葉だそうで。


男が次期村長候補であることも知っているし、十分に勤まる度量があると思っていた男が売り言葉に買い言葉を投げたのだから、きっともっと屈辱的なことを言われたのだと思うけれど、彼はそれを口にしなかった。


褒めてやってもいいかな、とニールは思った。

姉の心を痛めるのは我慢ならない。


「悔しくて、わたしは不敬にも、精霊様のことを話してしまったのです。」


最近、彼らには自慢がある。

密かにお目にかかれる精霊様のことだ。


穏やかで、特徴もない村だが、男には愛着があったし、守っていこうとも心に決めていた。

村を馬鹿にされることも許せなかったけれど、もっと許せなかったのは多分、精霊様が降り立ってくださる村だという自負があったから。


精霊様まで馬鹿にされたような気持ちにかっとなった。


では見せてみろと言われてやってやると答えた。

なのに。


「嘘だと、決めつけられたことも悔しくて」


そうして今、現在に至る。


つまりあの舞台を豊穣祭でやってほしいという依頼だとイリアは理解した。


後ろを振り向く。


「みんなは建国祭、出るわよね?」

「それは、もちろん貴族の義務ですから」


その一日は平民だけでなく、貴族もまた祭りの最中。

朝から晩まで王城でも貴族たちの宴が催されるのだ。


「そうよね」


困ったように微笑むイリアと、無理な願いなのだと理解した村人たちの落胆が交差する。

けれどイリアはいまだに平身低頭している男の前にしゃがみ込んでその手を取った。


「ではわたし一人でやりましょう」

「え?」


男と弟たちの声が一致した。


「心配ですか?大丈夫、わたしだって魔法を使う者の端くれですもの」


イリアはただの一度も建国祭に出席したことがない。

毎年、体調が優れないとエスケープを決め込んでいる。

弟たちは知っているはずだ。


今年も同じだ、毎年のことだから不審にも思われないに違いない。


「でも弟たちがいないので、手が足りません。どうか手伝ってくださいね?」


穏やかに微笑むイリアに手を取られたままの男はぶんぶんと首を縦に振った。


「姉さん!」

「イリア!?」

「冗談じゃない」


と悲鳴交じりの声が後ろから聞こえる。


「どうして?わたしの実力を疑うの?」


きょとんと問いかければ噛みつくように否定される。


「イリアなら一人でやれるでしょう、でもそういうことじゃない。そういう話じゃないんだ」

「そんなところにイリアを一人で向かわせられる訳がない」

「危険です」


彼らの言い分にイリアはころころと笑った。


「危険って王都よ?お膝元でそうそう危ない目にはあわないわ」


危機感というものが姉には絶対的に足りないことを彼らは今の今まで知らなかった。


「…姉さん、余計にダメですよ。そんなことを言っているうちは絶対に一人では行かせません」


あ、これはダメなやつだ。

多分自分がどこかで失言をしたのだろう。

イリアはニールが決して折れない時に見せる声色を聞いて目線をさ迷わせた。


「そこの男、いつまで姉の手に触っているつもりだ?」


睥睨する目は大変貴族らしい。


「あ、申し訳ありません、イリアさま」

「いいえ、気にしないで」


ニールはもう一度目を眇めて不快感を露わにしたが、イリアに向き合ってしまった武骨な男の視界には入らなかったらしい。


ニールが折れない、それは長年の経験からわかっていたが、イリアも決めていた。


「ニール?わたしは行くわ」


自分の頑固さもまた弟は知っているはずなのだ。

そしてどちらが妥協するかも、昔から決まっている。


深い深い溜息を吐いてニールがきれいな金色の髪を掻き毟る。


「男、祭りの参加の時間は?ずらすことは可能か?」

「あ、一応可能かと。時間は確か昼過ぎに割り振られていました」

「では夜に変えろ」


命令が実に様になっている。

もう少しフレンドリーでもいい気がするけれど、それは貴族の義務というものかもしれない。

何せ弟はとても優秀な人間だ。


「ニール?」

「建国祭は何とか昼の部に参加する」

「いや、無理だろ」


即座に否定された。


昼と夜と入れ替わり立ち代わり王城には貴族が出入りするが、基本的にメインは夜の部だ。

最近話題の、注目を集めている人物としても、伯爵家の跡取りとしても、彼は本来夜に姿を現すべき人間なのだ。


それはリィン、ウィル、グレン辺りにも言える。


「では何とかしてくれ」

「はあ?」


無理と言われたらあっさりと何とかしろと仲間に求めてきた。


「いや、お前を何とかするんだったら自分を何とかしてイリアに付いていくよ、俺は」


リィンが呟けば同感だとグレンが続けた。


「セオ、得意の幻術でどうにかならないの?」

「無理だろ!会話して接触もあるんだぞ!幻術に何を求めてるんだお前たちは!」


わいわいと話し始めた弟たちの様子をみて、イリアはどうやら弟たちの協力も得られるようだと、男に向き直る。


「あの、わたしたちは、イリアさまたちのために何が出来ますか?」


イリアは少し考えた。

祭りはみんなが参加してこそ楽しいのだ。

負い目を感じている彼らだからこそ余計に。

だって、お祭りは楽しむべきものなのだから。


「そうね、この地域にたくさん咲いているあのお花」

「え、シルビアの花ですか?」

「ええ、とてもきれいよね?」


バラに似ていて、それよりは花弁が少ないけれど十分に美しい花だ。

この地方ではよく見るのだが、他ではあまり見たことがない。


「あれを採って困る人はいるかしら?」

「いえ、自生しているだけですし、特に売り物になるわけでも薬になるわけでもありませんので」


薔薇モドキと呼ばれることもある通り、あまり求める者もいない。


「ではみんなにはそれを手伝ってもらいましょう。」

「どうするのですか?それに今採っても建国祭までに枯れてしまいますよ」

「ええ、ですからドライフラワーにしてもらいたいの」


どうやらドライフラワーの概念がないらしい村人たちに説明して加工までをお願いする。


「出来るだけたくさんお願い。あ、でも採り尽くしてはダメよ?せっかくきれいに村を彩ってくれているのだから」


絶滅なんてことになったら申し訳ないと一言を付け加えておいた。


「シルビアの花…」


それでも村人たちが首を捻っていたから、その使い道を少し説明しておく。


「あら、知らなかった?精霊の好きなお花なのよ?」


とてもいい言い回しだと自画自賛。

悪戯そうな顔で言った冗談に村人たちはわっと笑い、やる気を出してくれた。


結構なことだ。

イリアは自分の発破の成果に満足して弟たちを振り返る。


きっと幾人かがフォローして、幾人かが抜け出すのだろう。

その役割はどう決まっただろう。


「決まってるだろ、全員行くよ」

「…ええと、どうやって?」


にやりと笑った弟たちは随分と逞しくなったようだ。

あと二年もすれば姉離れだろうか。


こうしてたまに予想外の行動を取られる度にこの手を離れていく感覚を覚えるのだけれど、姉の威厳を保つために内緒だ。


「さあ、姉さん早く帰ろう。決めないといけないことは多いし、練習もしたい」

「ええ、そうね」


弟から伸ばされた手を取ってイリアは微笑む。

まだもう少しは教えらることがある、それまでは一緒にいられるだろう。




実を言えば、イリアたちは夜に舞台をやったことがない。


「光を抱えた水の精霊は映えるでしょうね」

「それなら自分で発火している火の精霊もだ」


この二体は決定。


「それじゃあ光そのものの光の精霊は?」

「目立ちすぎる気がしない?明るすぎて」

「迫力で言えば水の聖獣入れたいなあ」


確かに海から舞い上がる鯨もどきはかなりのインパクトがあった。


「それじゃあ聖獣誕生秘話にしましょうか。火と水メインで」

「いいけど…聖獣ってどうやって生まれるの?」

「なんか神秘的な演出が欲しいよな、やっぱ」

「せっかくだから豊穣祭に絡めて何か考えようよ」


考える作業も、イリア一人でやるものではなくなった。


「今まで幻術で見せてたけど、暗いのに海ってどうやって表現するよ?」

「…やっぱり発光?」

「ほのかに光るくらいなら余計に神秘的に見えるんじゃない?」

「帰ったら試してみるか~」


新しい試みは彼らにとって躊躇するものではない。


そんな風に、いつもの延長線上の出来事。

彼らにとっては。


彼らにとってだけは。

閑話的な?


村人たちとの認識の違いにイリアは一生気付かないような…。

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