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イリアの世界  作者: 一集
第二章
57/75

47.市街の混乱と鬨の声




仲間たちと一日ぶりの再会。

誰もが同じ思考だったと見え、自然と城に集った。


「やはりその結論に至ったか」


苦笑と共に小さく呟かれる囁き。

言葉を交わさずとも、その姿を見ればわかる。

強い決意を持った鋭い瞳と、整えられた装備、備品。

鏡の中の自分も、きっと同じ姿をしているのだろう。


「一晩寝たらこうなった」


呟きを拾った仲間は肩を竦める。


名は知らない。

学年も知らない。

災厄からの帰還すら別の組。


けれど、ここにいる事、それだけで何よりも厚い信頼を寄せる。

腹の探り合いも、身分の差も、何もかもを放り捨て、身一つで向き合える仲間の何と貴重なことか。


「諦めるのは性に合わなかったよ」

「いやだわ、私たち。腐っても貴族なのね、ふふ」

「貴族は国の剣であり、盾であるってか?耳にたこができるくらい聞かされた言葉だ。…自分では聞き流せていると思ってたんだがな」

「思いの外、根付いてたらしいな。言い聞かせてた親父達自身が実践してるとはとても思えないけど、少なくとも子供(おれ)たちの教育は成功してたってことか」

「違うわよ、あんな贅沢三昧の甘やかされた生活で刷り込まれるモノなんてあるわけない。ただ、この数日で自覚しただけだわ」

「ひたすら逃げ回ったこの敗走で得たものが貴族としての自覚だって?とんだ報酬だな」

「皮肉はよしなさいな、自分に返ってくるだけよ。いま、ここに、準備万端で居る、あ・な・た、にね?」


くすくすとさざめく笑いの気配に悲観はない。

自分たちでも不思議だった。

昨日とは違う。


腹の中に堂々と座ったものがある。

ちょっとやそっとでは揺らがない、体と心を支える重石。

それを意識すれば背筋が伸びた。


大人たちがどうした。

彼らが何をしてなくても、何をしても、もう、これは自分たちの戦いだと思い定めた。

問題は自分たちがどう動くか、それだけなのだ。


「さて、大体揃ったか?」

「そろそろ我らがリーダーにご機嫌伺にいくかね」


生き残った生徒たちは、自分たちの命を救ったのが何かを知っていた。

その言葉に、その行動に、助けられるたびに積まれていったのは絶対的な信頼。


この戦いに勝利できるとしたら、彼らの力があってこそ。

生き残る可能性、勝利する可能性、あるいは死ぬとしても。

仰ぐなら彼らの指揮以外にあり得ない。


そうして、世間知らずの少年少女だった彼らは引き返す最後のチャンスを振り返ることはなかった。






リーダーと仰いできた彼らの目線が一人に注がれるから、生徒たちもリーダーの決定に従うようにメルに目を向けた。


「死んでも恨むなよ」


最初は渋っていた彼は、結局そう少し不機嫌そうに了承した。

眉間に寄った皺が言葉にしない不本意を表している。


「どうせ何もしなればここで死ぬ。なら少しでも可能性が高い方に賭けたい」


その生徒の言葉は十分に説得力がある。

城から見える王都には、すでにいくつか立ち上る煙が見えた。

石造りの建物が多い王都では延焼速度は幸いにも速くない。

しかし静観していていいものでもないだろう。


分厚いガラスに阻まれて城下の喧騒は多くは耳に届かない。

けれどその浮足立った雰囲気は目に見えた。


「…これを収めるのは大変そうだ」


目を細めて城下の様子を見ていたメルが静かな声で言った。


どうやら覚悟を決めてくれたらしいと皆でほっとする。

メル、と呼ばれる生徒は別クラスの者にとってあまり注目したことのない人物だ。

この事件が起きるまで名前すら知らなかった者もいるくらいには目立ったところがない。


身分があまり高くないのだろう。

だが、今となっては家格などどうでもいいこと。


自らが格上と認めた者たちが、こぞって彼の言葉に従う姿勢を見せている。

それが全て。


「と言っても私にできることは少ない。精々現場の責任者を決めること位かな」


顎に手を当てて、メルが考えるように呟く。


「私はここ()で情報収集に努めよう」


塔に上れればありがたいんだが、と城から突き出た三本の塔を思い描く。

その内の一つは希少な飛竜の発着場所兼庭で騎士団の詰め所も兼ねており、中央の塔は王族の私有物で立ち入りは出来ない。

もう一つは執務室が詰まった行政の中心だ。


「リィン、ウィル、グレンはわたしと一緒に来てくれ」


この都を守るだけでは根本的解決にはならない。

押し寄せてくる魔物自体を減らさなければいずれ人間側がガス欠で負ける。

外の魔物を焼き払うだけの大火力が必要だった。


「ランス、激戦になっている北門を任せる」

「おう!」

「ニール、それ以外の城壁を頼むよ」

「りょうか…いや、待て。『それ以外』って、北門以外全部か!?」


流れに頷きそうになったニールが悲鳴交じりの抗議の声を上げると、メルは何を当たり前のことをとにっこり笑い返した。


「出来るでしょう?」


思わず天井を仰いだニールにメルは諾以外の答えを想定していないかのように聞き返す。


「別に一人でやれとは言ってませんよ?出来るでしょう?」

「…わかったよ!やるよ、やってやるさ。くそ、覚えてろよ」


災厄の最中でもほとんど冷静さを崩さなかったニールの珍しい表情に、同組だった少年たちは一様に驚いた様な顔を浮かべる。

その心は幻滅や困惑ではなく、彼も同じ人間だったかと少しの親しみやすさ。


「セオには、城壁の中を任せるよ。入り込んだ魔物の掃討と治安の回復に努めて」

「適役だな。引き受けよう」

「シリルもそっちに加わってもらおうかな。もし人手が足りない所がありそうなら自己判断で動いてもらって構わない。でも、本当の仕事が何かは…わかってるよね?」

「もちろん、出番が今から待ち遠しいよ」

「連絡には引き続き閃光弾を使おう。見逃さないように。物資の不足や状況の報告は今まで使ってこなかったけど、頭に入ってるね?」


ちらと確認を取るように見回せば、しっかりとした頷きが返ってくる。

物資が不足した、あるいは怪我人がいる、戦線不利などの閃光弾がどうして使われてこなかったのか、もちろん災厄からの逃走中に補充される物資も人員も救助の手もなかったからだ。

知らせる人間もいないのに、使う意味はない。


「わたしたち個人で出来ることは高が知れてる。現場の人間とは上手くやってくれ。反感を抱かせるよりは共闘だ。…ま、今の君たちが居丈高に現場に押し入って、権力を盾に幅を利かせるとも思えないけども」

「んなことやるかよ」

「馬鹿にしないでください」


反射的に返ってきた言葉にメルは深く頷く。


「よろしい!ならば各自の善戦を期待する」


メルが立ち上がり背を向けるのと同時にランスが生徒に声を張り上げた。


「攻撃力に自信があるやつは俺について来い!」


ランスの言葉は単純明快。

守るのは北門を中心とした狭い範囲。

激闘に耐え、かつ一人でも魔物を屠れる実力のある者が必要だ。


回復専門のパーティーを一組募っているところから、彼らを後ろに控えさせるつもりなのだろう。

体力の尽きた者は下がって回復、戦線復帰を繰り返す算段だ。


「小回りの利く攻撃手段を持つ者、体力はなくとも回復魔法、治癒魔法を使える者はおれの所だな。探索(サーチ)が得意ならなお歓迎する」


セオもまた手をひらひらと振りながら人員の募集。

街中を駆け回り小型の魔物を狩って回るには大火力や範囲攻撃は必要ない。

また、回復魔法は街の混乱と治安の回復には大きな力となるだろう。

それもランスたちの所と違って自分の身を守りながらの回復作業が求められるわけでもないから、住みわけがはっきりしていた。


「最低限、持久力があることを前提として。他に遠距離攻撃手段を持つ者、回復・治癒・補助魔法が使える者、壁の修復に応用できる魔法がある者、範囲攻撃ができる者、判断力に優れた者。一つでも自信があったなら俺の所に来い」


ニールに任せられた範囲は広い。

いくつかの総合力に優れたパーティーを作って場所を割り振るつもりだろう。

それでも一つのパーティーが担当する範囲はなかなかのものだ。

駆けまわる体力と、咄嗟の判断ができる頭脳と、様々な事態に対処するための応用の利く能力、それらが求められる。


生徒たちに戸惑いは少なかった。

何が求められ、何が自分に出来るのか。

冷静な判断と共に自らに相応しいと思うリーダーの傍に移動する。


「はじめまして、どうぞよろしくお願いします」

「よお!今回も同じ組か、心強いな」

「得意とするのは槍か?ならば俺の武器とは少々相性が悪いな。君とは離れた場所に陣取ることにするよ」

「ええ、怪我や骨折の治療よりは異常状態の回復の方が得意なのよ。あなたは?」


互いに情報の収集に余念はない。


「ん、ニールの所が少し足りないか。っても、俺の能力は応用が利かないからな」

「なら私が行きましょう。幸い私の魔法は壁の修復も出来ます。体力に自信がなかったので控えたのですが、補助魔法を使える者と組めば問題はないでしょうし」


人員の偏りさえ自分たちで均してしまう。


心配はいらなさそうだとメルは彼らを残してリィンたちと部屋を後にした。

自分たちには自分たちの戦場がある。


メルたちの姿が扉の向こうに消えたのを見届けて、残されたニールが声を上げた。


「さて、俺たちも行こうか」


騒めいていた部屋はすっと静まりかえる。


再び会えるとは限らない顔を見渡して、彼らは自然、胸に手を当てた。

貴族礼の初動だ。

正式な礼の仕方としては、その後に膝を折り頭を垂れるのだが、誰もそうはしなかった。


背筋を伸ばし、顎を引く。

心臓の上に手を乗せ、言葉なく命を賭けることを誓う。


膝を折ることなく、頭を下げることもなく、しっかりと視界に焼き付けた仲間たちに。


「グランドリエに勝利を」

「グランドリエに安寧を」

「グランドリエに栄光を」


お決まりの文句の後ににやりと笑ったセオが付け加えた。


「我らに精霊の加護を」


魔法と便宜上言っている自分たちの奇跡は、もう神に頼ってはいない。

同じ現象を起こす、まったく別の何かだった。


「「「我らに精霊の加護を!」」」






貴族街の入り口は相当な喧騒だった。

閉ざされた門の向こうの民と、門を守る騎士団と、一触即発もいいところだ。


騎士団は一列に並び門を守っているが、その間から体を捻じ込ませた市民が厚い扉を代わる代わる叩いていく。


「門を開けろ!俺たちを見殺しにする気か!!」

「どうしてあんたたちはこんな所で門なんて守ってんだい!魔物は今だって街中で暴れてんだよ!?」

「やつらが来る!早くしないと、後ろから!早く開けてくれ!」

「治療を!子供が腕を噛まれたの!せめて子供だけでも中で手当てを!」

「金ならある!俺の家族だけでも中に入れてくれ!」

「西地区で中型の魔物が暴れて…警邏隊だけじゃ無理だ!早く来てくれよ!!」


押し返しても首根っこを掴んで引き剥がしても、それしか知らないように人は押し寄せる。

市民は暴動一歩手前まで殺気立っているし、騎士団も収拾のつかない事態に怒鳴り声で応戦し、そのうち苛立ちから小突き合いに発展しそうだ。


締め切られた門の内側で、暗い先行きに深々とため息を吐いたのはセオ率いる街中組。

まずはこれらをどうにかしなければ市街へも行けない。

そしてどうにかするのは混乱の回復を任されている街中組だ。


「どうする?」


だがランスに聞かれたセオはいつものように余裕を見せて笑った。


「おれ、パフォーマンスってわりと嫌いじゃないんだよね」

「はあ?」

「セルジュ、カレン、ついて来て」


セオはランスを無視して、騎士団の頭を飛び越えひょいと門の上に立つ。

名を呼ばれた二人の少年少女も一歩遅れて追従した。

ついて来られる者を選んでいるところはさすがとしか言えない。


二人とも自分の役割を理解しているのか、一方(セルジュ)は槍を構え、一方(カレン)は門の上から冷静にターゲットを探している。


「あ、おい!お前たち!」


頭上を飛ばれた門の内側の騎士団が何やら叫んでいたが他の生徒たちに捕まり、丁寧な説明と言う名の足止めを食らう。


門の外で市民と押し合いをしていた騎士団も内側の騒ぎに気付いたのか、怪訝そうに視線をさ迷わせた。

その不審な動きに気付いた市民たちもまた、つられて周囲に目を向ける。

時間を要せず、誰かが門の上を指す。


「おい、あれ」


ざわざわと門の上に立つ不審人物に注目が集まり始める。

騎士団員だけは普段から身近な存在なだけにすぐにその正体に気付いたらしい。


「学園の生徒!?一体何を!すぐにそこを降りるんだ!」


その声に反応したかのように、槍を構えていた少年が市民の波に向かって無造作にそれを投げた。

続く悲鳴は何を見たからか。

市民との押し問答に嫌気が差していた騎士団も直接害するような行為にさすがに目を見開く。


「な、な、なにを!」


騎士団と言えども一枚岩ではない。

貴族が多く所属するだけに口答えする民など魔法の的だと思っている者すらいた。

それも少なからず。

そんな好戦的な連中をわざわざ遠ざけて穏便に済ませようと思っていた目論見が水の泡だ。


彼らは学園の生徒。

ならば貴族の子息。

騎士団の好戦的連中と同じ考えの者がいたとして不思議ではないのだ。


学園の生徒と看破した瞬間にその考えに至るべきだったと後悔してももう遅い。

一投は放たれてしまったのだ。


魔物に襲われている王都で始まるだろう人間同士の殺し合いに絶望の色を濃くした騎士団員の耳にさらなる不吉な音が響く。


槍を失った少年が背負っていた弓を素早く構え、引き絞った音。


「お前たち、自分が何をしてるのか、わか、!!!?」


わかっているのかと問うはずだった怒声は横を掠めていった矢音に消された。

騎士団員に矢を放つ?

訳がわからない。


呆然としたまま矢の行方を追う。

答えは息を飲んだ市民が口にした。


「魔物!!?」


地面に射止められた黒い小型の獣。


慌てて一投目の槍を目で探す。

そこだけがぽっかりと穴が開いたように人々が遠巻きになっていた。

穂先には違わず黒い影がある。


ばっと門の上の人物を振り仰ぐ。


矢を番える少年と小柄な少女の真ん中で、泰然とした少年が両手を広げた。


「私たちは学園の生徒。騎士団と違って命令を持たぬ身。動けぬ彼らの代わりに、我々があなた方の剣となり盾となろう」


大きな声ではない、けれど不思議と耳に残る声。


今まで動かなかった少女がふわりと門を蹴り、人ごみの中へと音もなく降り立った。

身動きできる隙間もないと思っていたのに、彼女の周りには空間ができる。

それが当然とでも言うように、少女は迷いなく歩を進めた。


やがて足を止めてしゃがみ込み、差し出した手の先には、人々の足元で蹲る一人の女性。


「大丈夫でしたか?」


声を掛けられてやっと女性は顔を上げた。

人の波に押されて転倒し、興奮した人々の足から体を丸めて守るので精一杯。

その顔は地面とのすり傷だらけ、肩はズレて痛むし、指は真っ先に踏まれて折れていた。


突然頭上の圧力がなくなり当惑している彼女にカレンはにっこりと笑いかける。


「お腹の赤ちゃんを守ろうと必死だったのですね」


言われてはっと女性は自らのお腹を抱きかかえた。


「大丈夫です。お母さんが頑張ったおかげで無事ですよ」

「よ、よか」


医者にはとても見えない、幼さすら残す少女の言葉を、それでも彼女は信じた。


「ええ、本当に良かったです。それにしても母親としての役割を全うしたあなたに比べて、周りのなんと親切なことか!これがわが国の民かと思うととても嬉しく思うわ」


嫌味のみで構成された言葉は、身に覚えがあるだけに耳が痛い。

誰もが気まずそうに顔を背けるしかできなかった。


「でも、頑張ったあなたにはご褒美を」


途端に柔らかな光が女性を包み込んだ。


「え、え?え?」


戸惑いの声を上げている間に、彼女は四肢の自由を取り戻していた。


「どうかしら?もう痛む箇所はない?」

「いたむ、ばしょ。痛む?…あれ、痛くない。どうして?指、腕、肩、足も、…擦り傷も、ない」


一瞬の間をおいて、瞬間にぶわりと噴き出す汗をカレンは間近で見ていた。


「ま、ま、ま、まさか、…治癒魔法!わたしなどにそのような貴重な魔法を使ってくださったと!?」


彼女はせっかくきれいに治した額を地面に擦り付けた。


グランドリエでは魔法は貴族のもの。

貴族以外で使えるのは他国から流れてきた冒険者くらいだ。

そして冒険者は攻撃魔法の使い手がほとんど。

となると初めて目にする魔法ですらあったかもしれない。


「本物だ!」

「傷が一瞬で治ったぞ!」

「奇跡だ!!神の奇跡だ!」


治癒魔法は神殿の管轄だ。

そして神殿は神の僕たる、貴族以外にその奇跡を起こさない。


「神はやはり我らを見捨ててはおられなかった!」

「神の国グランドリエ、万歳!!!」


民の意識はもう門には向いていなかった。

降って湧いた奇跡と希望にすり替えられている。


奇跡を体現したカレンは騒ぎの中、否定も肯定もせずに微笑んでいるばかり。

笑みの一つも崩さずに、小さな呟きのように囁かれた声は、歓声に消されて女性の耳にしか届かなかった。


「精霊の加護に感謝を」


その意味を頭の中で構築した彼女は、賢明にも悲鳴のような驚愕を必死に飲み込んだ。

悪戯が成功したような顔を見せた目の前の少女が唇に人差し指を立てたから。


ただ流れる涙と共に、黙って深く頭を下げた。


カレンはそれを見届けて、再び門を駆け上がる。

セオの隣に控えて、人々の注目を集めた。


「さてこのようにいまだ学徒の身とはいえ、我々にも出来ることがあるだろう」


魔物を一撃で屠り、重傷者を一瞬で治してみせたインパクトは大きい。

人々は耳を傾けた。


「それにはあなた方の協力が必要だ」


眼下の人々を見渡して、セオは語り掛ける。


「我々は市街の地理に疎い。まずは拠点の確保から始めたい。そこを始点として安全圏を広げていく。どこか候補地に心当たりは?広く、高い建物がなく、守りに易い場所だ」

「第一広場は!」

「いや、西地区に魔物が多い。第三広場にするべきだ!」

「なに!?それではあまりに南地区から遠すぎる!見捨てる気か!」

「静まれ!誰も見捨てはしない。…そうだな、最初の拠点は独断で第一広場に決めさせてもらおう。誰か市街の地図をそこに持て。各地区の代表も招集する。今発言した男ども、お前たちが呼んで来い」

「は、はい!」


偉そうに腕を組むセオに顎で指名された男たちが反論も許されず駆け出していく。


「中央区に治療施設はあるか?負傷者の救護場所としたい。第一広場から遠くなく、だが隣接していない場所だ。それなりに広さは欲しい。神殿は却下だ」

「ならサイモン先生の治療院は!?」

「まて、あそこは人が五人も入れば一杯だぞ」

「立地条件が厳しい!神殿を除くと広場近くに治療施設なんて…」

「サイモン先生の治療院の隣は学校だ!そこを開放してもらおう!器具は先生の治療院から運べばいい!」

「…カレン、行って確かめて。使えるならそのまま使うといい。駄目なら適当な場所を確保してくれ。セルジュ、アンナ、ルース、頼んだよ」


同行者の名を呼べばすぐに首肯が返ってくる。


「案内はできるな、そこの女」

「え、は、は、はい!」

「他に二か所、救護施設を設置したい。候補地は?」

「西には大治療院があります!」

「よし、ソフィ、ジル、ロアン行け」

「「「は!」」」


切れのいい声が揃って答えた。


「南も学校を開放します!治療用具は…じ、自分たちで運びます!どうか治癒魔法師さまの派遣を!」

「いいだろう、シルヴィ、アーサー、二人で足りるか?」

「やりましょう」

「では決まりだ、案内を。医者はそこに集める。該当者に心当たりがある者がいるなら声をかけてこい。地区の負傷者がいればそこに運ぶように情報を拡散して回れ」


次々に決まっていく物事を追うので精一杯。


「おい、そこの男。何を呆けている。そんな暇があるのか?随分と余裕だな。そうだ、我々が制圧完了した場所には青い旗を立てるとしよう、安全な場所としての目印だ。お前には民の避難誘導を頼もうか。女子供らを優先しろ。その責任者だ、よろしくな?」

「そ、そんな!?俺にそんな重要な役割は!」


抗議に聞く耳はない。

人々には他に気を取られる余裕はもうない。


「市街での一般化された連絡手段はあるのか?音か、光か、遠くに居ても情報の伝達ができるような何か、だ」

「警邏隊が詰め所に閃光弾を常備していたはずです!」

「他は各所に立っている鐘塔を鳴らすくらいです」

「…どちらも多人数では使い辛いな」

「あ、自警団で配布される笛は!?あれなら自警団に入ったことのある家ならどこにでもある!多分最低でも五軒に一軒は持っているはずだ!」


自警団とは有志で構成された見回り組とでも思えばいい。

実際のところは場所によっては有志ではなく持ち回りだが、そんなことは今は関係がない。


「よし、いい情報だ!街中で魔物と遭遇したら長い音を。要救護者を見つけた時は短い音で知らせることとしよう。短音を聞いたなら、手が空いていれば駆けつけること。長音ならば我々が行こう。警邏隊とも連携したいな。誰かこの中に伝手がある者は?」

「はい、自分が!父が第二警邏隊の隊長です!」

「ん、グラド、交渉を頼む」

「了解です」


固唾を飲んで成り行きを見守っていた多くの市民は、向き直ったセオの言葉にぎゅっとこぶしを握った。


「自分に何が出来るのか、何をやるべきなのか。頭の中の整理は出来たかな?」


情報の拡散、避難誘導、救護場所、医者の確保、安全圏の印、笛での合図、忘れてはいけない事を頭の中で必死に繰り返す。


セオの穏やかな声は、その雰囲気に反して優しくはない。

失態は許さないと、細められた目が語っていた。


「門を開く。道を開けてくれ」


市民は粛々と門の前から退いた。

騎士団は逆らえない流れに無言で門を開く。


やっと開かれた門に殺到する者は居ない。

門の向こうにはずらりと並んだ学園の生徒たち。

市民にとっては、昨日まではただの小さな暴君。


だが、もう誰も彼らを頭上の搾取者とは思ってはいない。

大人に足りない背丈を頼りないとも思わない。


扉を閉ざした支配者たちの中で。

彼らは。

彼らだけが、自分たちに希望をもたらしたのだから。


開かれた門の上からすとんと地面に降り立ち、生徒たちの先頭に位置したセオの声が静寂に支配された場に響いた。


「さて諸君、共に我らの街を取り戻しに行こうか」


静寂は続いた。

一瞬だけ。


収縮した空気が爆発するような音は耳を突き抜け脳を揺らす。

歓喜。

奮起。

喚声。


全てを飲み込んだ割れんばかりの喊声が空気を震わせ、人の心を震わせた。


「やる、やってやるぞ!」

「俺たちの街だ!俺たちが守る!!」

「いくぞ!」






ランスとニールだけが、声にならない声でお見事と、セオに拍手を送った。




進まな過ぎて挫けそう。

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