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イリアの世界  作者: 一集
第二章

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46.イリアの困惑と王都の希望




「…あの魔物の暴走(スタンピード)、本隊は王都を目指してたみたいよ?」


不意にイリアがそう呟いた。


アルグマートではリューンと冒険者たちの活躍もあって無事に魔物の集団暴走(スタンピード)をやり過ごしている。

現れたのが支隊であったことも大きいだろうが、グランドリエ王国としては南の要所を被害なく守り切れたことは不幸中の幸いだった。

王都に被害が出始めている今は特に、今後の復興という観点で。


なんにしても、王都がその機能を残してこその話だ。

復興を進める者がいなければアルグマートが無事であっても何の意味もなくなる。


ここ数日、過ぎ去った魔物の後処理に追われていて、イリアたちはいまだにアルグマート周辺に居た。

あれだけの集団だったのだ、はぐれの魔物も残っている。

そちらは主に冒険者たちが率先して狩ってくれているため、イリアとリューンは魔物の暴走(スタンピード)の発生地点を探していた。


アルグマートからの断り切れない依頼で、他の冒険者たちに押し付けられたとも言える。


「あ、じゃあ俺たち周辺の魔物を間引いておくから!」

「こっちは任せておけ!」


と、先に言われてしまえばイリアは苦笑するしかなかったし、リューンは深々と諦めのため息で答えるしかなかった。


冒険者たちも、何も意味なく押し付けた訳ではない。

適任という点で、満場一致の選択だった。


最も危険な任務は、最も実力に優れたものが遂行することが望ましい。

自分たちでは生還できる確信がなかったのだ。


そんなわけで魔物の残した道を辿り、二人は遺跡群まで歩を進めた。


「…これはまた、…ひどいものだな」


リューンは遺跡群を空から見下ろして、そう言った。


もちろんイリアの魔法により滞空しているのだが、リューンは例に漏れず自力での飛行は出来ない部類だ。

イリアに制御を任せて、やっと滞空しているくらいである。

移動にすら使えないポンコツぶりだが、本来なら滞空できているだけまだマシだと言うべきなのだろう。

比べられる対象が弟たちであることがリューンの不運だった。


だが、こういった鬱蒼とした森の状況把握は空からの俯瞰が一番。

そんなわけでリューンは嫌々イリアに手を取られて空にあがった。


ちなみに、リューンにイリアだけを確認に向かわせるという考えはない。

ただでさえ故郷の影に敏感になっているのだ、傍を離れたら攫われるとでも思っているのか、いつにも増して過保護になっている。


そうして二人で遺跡群とそれを覆う森を確認し、思わず絶句しそうな口を無理矢理動かして出たリューンの言葉がそれだった。


まず有り様がひどい。

木々や地面を飲み込んで陥没している箇所が無数に見受けられた。


穴だらけの森。

それがすべて遺跡の成れの果てだと想定するとさすがのリューンも顔を顰める。


個人でどうにかできる範囲を逸脱していた。

湧き出た魔物の総数はいか程か、想像すらできない。


アルグマートでも、あれがスタンピードの本隊だと思っていた。

少し散開具合が気になっただけで、それも少々遠くからやってきたのだろうと一応納得していた。


が、これを見れば、あれはほんの一部でしかなかったのだと思い知らされる。


魔物たちが合流し、群れを成して通って行った後には緑がなぎ倒され、掘り返された裸の地面が川のように森の外に続いている。


行く先を辿っていると、魔物たちに削られた地面に裂けたような亀裂と盛り土が見受けられた。

魔物たちの進行方向に対して垂直に長く伸びる明らかに人工的なそれ。

亀裂は魔物の死体で埋められ、山は削られただの盛り土になり果てている。

それでも、それは人々の抵抗の証だろう。


中々に腕利きの魔術師がいたらしい。

生きのびているといいなと、リューンはなんとなく思った。


視線を森に戻すと、魔物同士の共食いで黒く染められた箇所も多い。

そこに溢れ出た、空気より重い瘴気が生き物のいない森で澱んでいる。


瘴気が魔物を呼ぶことはよく知られていた。


霊峰フォルメルド山脈の終わりに位置する遺跡群。

フォルメルドの魔物は人間の手に余るものばかりだが、中央に行くほど強い魔物が跋扈する中で、この末端部分まで追いやられる魔物はフォルメルドの魔物と言えども高が知れていた。


だが、今は普段見ない魔物がいる。


魔物の暴走(スタンピード)の原因は一目瞭然。

遺跡の崩落だ。

遺跡同士の位置が近いことが関係しているのだろうか、それは誘発され次々に周囲の遺跡を巻き込んで崩落した。

湧いて出るのは遺跡に住んでいた無数の魔物。


遺跡の魔物は種類が限定される。

環境変化がないからだろう、変異体が生まれにくいのだ。


だからその遺跡の特徴を知っていれば対処は難しくない。

そんな対策を真っ向から切り裂くような魔物が遺跡群の森を徘徊している。


「この瘴気に誘われ、降りて来たか」


悲鳴のような声で威嚇してくる魔物が皮膜を広げて滑空してきた。

見た目はイリアがかつて図鑑で見た翼を持つ恐竜に似ている。

空では何の対処も出来ないリューンは一瞬ひやりとしたが、イリアが呼吸をするように結界を展開した。


鋭い嘴は結界を破ることなくつるりと滑り、力を逸らされた魔物は一瞬だけ二人を気にしたが、他に気を引くものがあるのか、そのまま二人を置き去りにして飛び去ってしまった。

そもそも魔物の進路上に自分たちが運悪くいただけなのかもしれない。


イリアはフォルメルド山脈からやってきた翼竜が向かう方角を眺め、そして冒頭の会話に戻る。


曰く、魔物は王都を襲っていると。


リューンは突然の情報にイリアを振り返った。


「なんだって?」

「あの魔物も王都に向かってるんだと思う」


魔物が魔物を呼んでいる状況だ。

恐竜のような見た目の翼竜ならまだしも、体の大きな、いわゆる竜に翼をつけたファンタジー魔物代表、飛竜まで出てきたらいかな王都でも厳しい気がする。


王都は対人には優れた城郭都市。

地を走る魔物に対しても強い。

だが、平地の多いグランドリエに空を飛ぶ魔物はいないのだ。


「大丈夫かしら」


イリアが顔を曇らせた。


「…そもそも、今の王都の状況をなんで知ってるんだ?」


規格外のイリアだから大概のことは流せる。

どうせ突拍子のない答えが返ってくるのだろうと思いながらリューンは聞くだけ聞いた。


答えはいつも想像を超えてくるのだけれど。


ちらとイリアはリューンを見上げ、少し疲れたように息を吐いた。


「……とってもうるさいのよ。弟が。いま。現在進行形で」


王都に居なかったイリアを問い質すニールの文字とも声とも言えない思念が、グリーンカードからガンガンと流れ込んでくる。


「は?」


当然リューンに意味がわかるわけもない。


「とにかく急いで帰るわ」


この瘴気をどうにかしてからだけどね。

言って、イリアは足元の森を見る。


瘴気をとばさなければフォルメルド山脈からの魔物の流入は止まらないだろうし、魔物の集団暴走(スタンピード)が残した、王都への道標のような瘴気の跡も何とかしなければならない。


「…まあ、お嬢がそうしたいのなら」


いまいち理解の追いついていないリューンは、いつものことだとイリアに同意する。

リューンはイリアがしたいと言ったことには基本寛容だ。


「じゃあ、さっさとやろう。で、急いで帰るか」


その言葉に「急いで(一緒に)帰るか」というニュアンスを読み取ってイリアはリューンから距離を取った。


「お嬢?」

「あ、え~と、…一人で帰りますので、同行は結構です。はい」

「あん?」


突然の拒否に思わず不機嫌な声が出た。


「どういうことだ?」


目を若干変化させ、少し縦に伸びた瞳孔を向けてきたリューンにイリアはきょろきょろと辺りを見渡す。

が、無言で先を促すリューンの雰囲気に観念した。


「…一緒に帰るのはダメ、だと思う。多分。きっと。なんかすごくマズい気がする」

「何がまずいんだ」

「バレると厄介な事になる予感しかしない」

「何にだよ」

「お、怒る気がするんだよね。すごく!」

「だから、誰がだ!」


今現在でも怒っているニールをこれ以上怒らせるわけにはいかないとイリアは必死だった。

そんな彼女はリューンの少し強い言葉にはっと止まる。

そういえば状況の話しかしていない、これではリューンに通じないのも道理だ。


だが、なぜこんなに肩身が狭いような気分になるのだろうか。

なんとなく言い出し辛いと思いながら、小さな声でイリアは言った。


「ええと…お、弟」


リューンは考えるように顎を撫でた。


「俺と一緒にいたことがバレると怒るのか?」

「…多分」

「弟が?」

「ええ、まあ」

「「………」」


二人の間に沈黙が下りる。


居心地の悪い空間にイリアが身じろぎを我慢できなくなった頃。

リューンはやっと「わかった」と神妙に頷いた。


頭一つ分高い場所にある顔を見上げると、癖になりつつある深いため息を吐きながらリューンがぼそりと呟いた。


「敵は弟か」

「………ん?」


独り言を続けるリューンにイリアはとても長い時間をかけてから反応した。


「こういう時に出て来るのは普通父親じゃないのか」

「…………んん?」


呟くリューンとハテナを飛ばすイリアのちぐはぐな空間は結局次の翼竜に遮られるまで続いた。









その頃、不機嫌メーターを振り切っているニールを宥めていた弟たちは城の一室に集まっていた。

グリーンカード越しではなく、もちろんニールも同じ場所にいる。


ニールにとってイリアのいない家に意味はない。

仮に家にイリアがいれば、意地でも傍を離れなかっただろうが。


「こんな混乱の王都にイリアがいないのは不幸中の幸いと思おう」


グレンに肩を叩かれても、椅子に座って膝についた肘の先、指で頬を叩くニールの目は剣呑なままだ。


なにかと真面目なグレンは助けを求めて仲間に視線を向けるが、彼らは冷たくお手上げのジェスチャーを返した。

リィンなど目も合わせず、放っとけとばかりだ。


セオはのほほんとそんなリィンに声を掛けている。


「北組は帰還者が随分少ないようだけど?」

「ああ、ロガートで拾った兵士と共に半分はリジレットに置いてきたからな」

「そうなんだ?」


アルグマートを南の要所とするなら、リジレットは北の要所という事になるだろう。

そこを守る意味はアルグマート同様大きい。

だが、イリアやリューン、弟たちクラスの規格外でもなければ、あの魔物の集団暴走に立ち向かうのは命がけだ。

彼らは決死の覚悟を持ってリジレットに向かったのだろう。


レオナルドやネプターもそちらの組にいる。


「足手まといが減ったおかげで、王都に一番乗りできた」


鼻を鳴らしながらリィンが言えば、ずっと黙り込んでいたニールがやっとどこかに向けていた視線を戻して口を開いた。


「言っておくけど、本人たちの希望だから」


別にリィンが命令したわけではないと言わずにいられないのが、イリアに目一杯甘やかされて育ったニールだ。


王都に向かう道中、謝りながらリジレットに行かせて欲しいと願い出たのはそこで生まれたというレオナルドで、この強行軍についていけそうもないと判断した城郭の兵士や体力のない者が同調した。


「しかもご丁寧に『土の精霊王(ヴォル)』を呼び出す権限まで与えて」


甘いことだとニールが肩を竦める。

祭り上げられるのはご免だと常々口にしている友人は、いつもこうして行動が伴わない。


今回の騒動で王族はものの役にも立っていない。

対比で、少しでも目立てば注目を浴びる立場にいるというのに、結局リィンはそうしてしまう。


リィンは無表情を貫いているが、バツが悪い内心はバレバレだった。

室内には見知った顔しかいない、気安い空間が小さな感情の揺れを見やすくする。


部屋はリィンの泰然とした態度によく似合った重厚な作りで、室内の誂えは程よく品があった。


他の生徒たちも城に集まってきているようだが、さすがにリィンほどの身分ともなると十把一絡げにするわけにも行かず、通される部屋が違う。

用意された広い部屋を一人で使っても仕方がないと、リィンがニールたちを呼んでくれたおかげでこうして水入らずの時間を作れた。


それからはグリーンカードのやり取りだけでは伝えられなかった細々とした情報を互いに共有し合う。


「何もしなければ王都が落ちるからな」


それは確定した未来だ。

イリアからフォルメルド山脈から飛行種が流れてきていると聞いていた。

ただでさえ物量に押されつつあるというのに、地上空中の二面戦闘は経験のないこの王都では厳しい。

グランドリエには翼を持つ飛竜も、それに乗れる竜騎士も少ないのだ。


リィンたちとしても、さすがに住む場所を失うのは痛い。

目を瞑っていては、犠牲になってしまうだろう命の多さもまた問題。


だが、十全に力を発揮してしまっては異端の烙印は免れない。


「…まあ、そこは、すでにわたしたちだけの問題ではありませんけど」


神ではなく精霊に願って魔法を使う、ここまで共に帰ってきた生徒たちの姿を思い描く。


「木を隠すなら森の中ってか」


あるいは「赤信号、みんなで渡れば怖くない」といったところだろうか。

これだけ異端者ばかりであれば、注目も分散される…かもしれない。


「彼らを巻き込むしかないですかね」


メルが軽く嘆息しながら結論した。

その台詞が不本意そうに聞こえたなら願ったり叶ったり。


冷徹を自称するメルには他人を巻き込んで痛む心はない。


ただこの仲間たちと共にいられればそれでいい。

これから先もそうであれば。


そんな未来の楽園を作るには、これは絶好の機会。

逃すわけがない。


メルはこれを機に精霊信仰を広め、弾圧の対象とされないくらいの力を見せつけたかった。


すでに信仰が根付き、見咎められないようにとひっそりと暮らしている王都外の民と、今回その奇跡を目にするだろう王都市民。

貴族にも浸透しているのだと知らしめるには生徒たちが役に立つ。

いかな貴族と言えど、自分たちの子供をそう簡単に弾圧対象にはできないだろうという読みもあった。


それだけの声があれば、自分たちの力を明らかにしても立場は悪いものにはならないはずだ。


「とにかく、まずは押し寄せている魔物を何とかしなければ」


それには手数が必要で、今頼れるのはここまで共に駆けてきた生徒たちだけ。

そう続けるつもりだった。


仲間たちさえ説得できれば、戦場に立つことを忌避する生徒たちを扇動できる自信はある。

彼らは時間稼ぎと信仰を振り撒く道具としては大変優秀だ。

使わない手はない。


メルが誠実でありたいのは彼らとイリアに対してだけなのだ。


だがそんなメルの思惑を遮るように部屋の扉が軽い音を鳴らした。

大事な台詞を中断されたが、続けるわけにもいかない。


ノックの音に顔を見合わせ、皆の了承を得るとリィンが短く「入れ」と声を掛けた。


入ってきたのは件の生徒たち。


メルは本人たちがいたのでは話が出来ないと苦々しく天井を仰ぎ、セオはそんな様子のメルに苦笑した。


「何の用だ」


短くリィンが問えば、彼らは昨日別れた時の憔悴を忘れたように瞳に力を乗せて答えた。


「王都防衛に力を貸して欲しい」


リィンは小さく笑い、ニールは面白そうに口の端を上げる。


「せっかく極限状態から脱出したのに、またそこに自ら飛び込むのか?」


グレンが呆れたように忠告し、シリルは「いいねぇ」と好戦的に呟いた。

ウィルとランスはちらとメルを見てその判断を委ねることを伝える。


そしてメルは自分が扇動して死地に追いやるはずだった生徒たちの思わぬ行動に眉を顰めた。

素直に言葉にしたなら「なんでだよ!?」と叫んでいたかもしれない。


セオはメルの肩を軽く叩いて、彼だけに聞こえるように小さく言った。


「悪役になれなくて残念だったね」


思わずセオを振り向けば、にやりと笑っている顔に行き当たる。

肩の力が抜けて、メルは椅子に沈み込む様に寄りかかった。


生徒たちは自分たちの集団を率いていたそれぞれのリーダーを真っすぐに見て、見つめられた仲間たちは最終判断をメルに委ねるように彼を見る。


いつの間にか視線を一身に集めていたメルは長い髪をかき混ぜてやけくそ気味に答えた。


「ああくそ、仕方ない。やるか!」






ほのぼの?

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